久し振りに音楽を聴きたくなって、作業BGM代わりに聴き流す
切っ掛けは、ほんの些細な出来事で、昔から好きで時折聴いていたアーティストの音楽を久し振りにじっくり聴きたくなったのだ。其れが、事の発端の始まりである。
慣れた手付きでスマホ端末をタップして、何気無く某動画サイトを開いて、検索項目に某アーティストの曲名を打って検索に掛ける。すれば、ここ近年聴いていなかった内に公式チャンネルからフルで好きな楽曲が上げられていた事を知り、内なるテンションが舞い上がった。何となく、脳裏に過って離れなかったメロディーを元に、指先は記憶の奥底にこびり付いている懐かしき名曲をタップする。途端、画面は切り替わって、選択した通りの音楽がスピーカーから流れ始めた。
今、端末のスピーカーから流れているのは、世代や時代をも越えて尚愛され続ける有名な某アーティストが作曲・作詞まで手掛けた、一世代前の楽曲である。ロックミュージシャンと言えば、知らない人は居ない程に世界から愛され続けているアーティストの内の一つで、彼等が奏で響かせる音楽には魂が込められているのではないかと思う程に聴く者の魂を震わせる――そんな楽曲を生み出すアーティストだった。何万、何億という人々の命を奪い脅かしたかの疾病が蔓延し大流行した渦中でも、ファンの心を支え続けた音楽。そんな歌を、音楽を、久し振りに聴き返してみたくなったのだ。
いざ、スピーカーから流れ始めれば、心地良く響くロックなギター音に、不思議と体の何処かしらが疼いて、気付けばリズムに合わせて小刻みに頭を揺らしていたり、指先や足元がリズムを刻み始める。
聴く人によれば、懐かしいと、この楽曲が初めて発表された当時の頃を想起させるだろう。例に漏れず、自分もこの曲を初めて知った時の頃の事を思い起こしていた。審神者でも何でもない、まだ何の取り柄すらも無かったであろう、純粋無垢で幼かった少女時代の思い出。中学時代の運動会のスローガンに合わせてテーマソングに選曲されたのが良い思い出である。当時は歌詞の意味なんて特に考えもせずに単にノリが良いというだけで聴き流すばかりであったが。大人になった今、改めて歌詞の意味をゆっくり考えながら聴いてみると、感慨深いものがあった。
ロックミュージックとは別の楽曲も聴きたくなって、偶々オススメに出て来ていた動画をタップした。すると、アカペラのようなサウンドで歌が始まり、雅楽的楽器の音が壮大な調べを奏でて大和に生まれた人の心を揺さぶった。
楽曲そのものは、某震災が起きた当時の事を歌った歌詞であるが、曲中のとある節に、『君の匂いが僕の帰る場所』といったフレーズがあるのだが、その歌詞に何故か妙に心を引き寄せられてしまったのだ。魔の引力さえ感じる程に引き付けて止まない一節の歌詞に、漠然とだが、ポツリと思い浮かぶ事があった。
思えば、自分は、今こうして端末という機械を通して審神者に就き、現実と本丸という次元をも越える世界を行き来している。その事は、別に自分から望んでなりたくてなった事だから何も問題は無い。けれど、未だずっと
審神者になって暫くが経ち、就任してから数えて早数年目を迎えた折に、とある刀の事を好きになった。其れこそ、ガチ恋レベルに心を奪われてしまった。それ以来、自分はその刀の事を考えてばかりで、頭から離れない程にぞっこんラブな状態である。その刀とは、現実であれば、一定の時期になれば所蔵された博物館より展示されるので、直接会いに行こうと思えば、お金とスケジュールさえ都合が付けば遠征出来なくもない。だが、本丸であれば、画面越しに
よって、此方は、ガチ恋レベルに愛して止まない刀の匂いなど知り得ないのである。刀剣男士として降ろされたからには、人の身を器として戴く故に、パッと見は我々普通の人間とそう変わらない作りをしている。だからこそ、其処で生きて生活している上で纏う筈であろう匂い、謂わばその個刃を体現する体臭なるものが生まれるものと考えている。端から見たら、あまりにもヲタク的思考を露見し過ぎていて気持ち悪く捉えられるかもしれないが。我ながら、自分でもなかなかな怪文書を連ねているなと思う。けれど、思わずには居られなかったのだ。
何故ならば、自分は、当然として自分の匂いを知っているが、画面越しでしか会えない彼の匂いを知り得る術は無いのだから。在り来りと言えば、そうかもしれないし、世の中探せばありふれたフレーズだと言われれば、そうかもしれない。けれども、だ。何故か、今の自分の奥深い場所に突き刺さって抜けなくなってしまったのだ。其れくらいには、奥深い、感慨深い歌詞だと言えよう。こんなにも、心を揺さぶって離さないのだから。
嗚呼、自分は、どうすれば彼の匂いを知る術を得られるのだろうか。彼の帰る場所が自分の匂いと仮定するならば、自分の帰る場所も彼の匂いであれば良いのに。次元という大きな壁を前に項垂れる事しか出来ないのは、
刀剣の横綱、美の結晶、池田輝政から見出された、天下五剣にも劣らぬ美しさを持ち、世界にもその名と存在を
天下五剣に選ばれなかった事をコンプレックスに持ちながらも、己の矜持を曲げぬ、何処までも芯の真っ直ぐな強き鋼。其れは、人の形を得ても尚、刀の姿から称された言葉を体現するかの如く凛々しく雄々しい。まさに、
どんなに努力したって、彼の本当の匂いを知る事は叶わない。幾ら夢で相見える事が叶おうとも、所詮
古備前派の祖たる鶯丸を兄とし、近年弟に属する八丁念仏まで実装許可が下り、ライバルと謳い続けた結果なんと十年越しにも今年の夏頃に童子切安綱の実装許可まで発表された、数多の人々より愛され続け、今も尚期待を寄せられ続ける大包平。己という刀は何たるかを見つめ直す為の修行を経て、諸々を清算して帰ってきた彼は、今や極の姿となった。そんな彼の匂いとは、如何なるものなのだろう。純粋な好奇心による探求心が尽きないのは、元来のヲタク気質によるところからなのは許して欲しい。ヲタクでない一般人の目から見たら、十分変態の域に部類されかねない思考回路だとしても。
どんな匂いがするのだろうか。一度好きになってしまってから尽きる事を知らない好奇心。惚れた相手の匂いを求めるのは、生ける動物としての本能によるところが大きいとも言えそうだが。確か、そんな議題で研究し論文か何かを発表した人が居なかったっけな。例え、記憶違いだったとしても、かなり昔のバラエティー番組で、所謂合コン形式でカップルを成立させる企画コーナーか何かで、相手の汗の匂いで好きな相手を選び出す……といった内容のものがあった筈。其れをリアタイで観ていた当時の自分は、恋の“こ”の字も知らなそうな頭で何も考えずに観ていた記憶だが。要は、そういう事であったのだろう。元より、人も動物の一種。
何だか、南海太郎朝尊辺りが食い付きそうな話題になってきたな……。つくづく、ヲタクの思考回路は計り知れないものだ。
どうすれば、愛して止まない彼の匂いに辿り着く事が出来るのだろうか。悩みは尽きないが、もし、辿り着く事が出来たとしたなら、その時は、其処が自分の帰る場所となったら嬉しく思う。
加筆修正日:2025.04.03
公開日:2025.04.03