今日も一日審神者業に尽くし動き回って疲れている筈なのに、いざ寝る時間だと床に就いて、暫くは目を瞑って眠気が来るのを待ったが、一向に眠くならなかった。
時は既に夜遅く、
(明日も、いつも通り、日課の仕事を片付けにゃならんから早いところ寝てしまわんとイカンのだが……如何せん、全くと言って良い程に眠気が来ん…………。明日は明日で、早くから出掛けにゃならん用事があるから、少しでも寝とかんと明日に響くというのに……そういう時ばっかし目が冴えてしまうから参った…………っ)
早く寝なければと思えば思う程、眠気からは遠ざかり、返って頭が冴えてきてしまうのだった。
(やべぇ……マ〜ジで眠くなんねぇ。体は疲れとる筈なんだがやァ……全っっっ然寝付けん。寧ろ、逆に目が冴え過ぎて、いっそ起き上がって明日の分の仕事片付けるか何かせんと無理だわ、こらァ……。眠れねぇモンは仕方ねぇ。諦めて起きて気晴らしに夜の散歩にでも繰り出すとしますかねぃ)
寝るつもりで布団に入っていたものの、待てども待てども一向に眠気が来ない事に焦れた審神者は、とうとうのそり、と身を起こして、布団から抜け出す。そして、手短な肩掛けを上着に羽織ると、寝室を抜け出して縁側にまで出て、勝手口用とばかりに
春先の夜は、日中と比べてグンと気温が下がる所為か、まだ寒い。花冷えとはよく言ったものだと、早くも暖かい室内から外へ出てしまった事を後悔した。けれども、完全に頭が冴えて眠るどころではなくなっているのも事実で、審神者は人知れず溜め息を吐き出し、カランコロンと下駄の音を鳴らして歩き始める。最早、此処まで来たら、そこそこに疲労を覚えるまで体を動かすのみだ。
ひゅるり、顔に吹き付ける冷えた風にふるり、と身を震わせ、首を竦ませ縮こまる。春先の夜に吹く風はまだ冷たい。あまり長居し過ぎては、芯から体が冷え切ってしまって風邪を引いてしまいかねない。よって、夜の散歩は程々に切り上げ、室内に戻って何か温かい物でも飲んで
思っていたよりも外気温が冷えていた事に対し、己の装備があまりに心許なさ過ぎる程薄着な格好である事に気付き、今更ながら悔いた。せめて、襟巻きの一つくらい巻いて出て来た方が無難だったか――なんて思うも、今更来た道を戻ってまでわざわざ着込んでから出直すのも面倒である。見る者が見たら、確実に怒られかねない格好だが、面倒なものは仕方がない。この際、寒さは二の次だとして、無精を起こした事は一旦思考の他所へと置いておく事にした。
さくさくと草生える地を踏み締めて、夜の薄暗い庭先を探索する。月明かりと明かり取り用に灯された石灯籠の火だけが頼りの、夜の世界。我が本丸ながら、昼間とは別世界のように見えて不思議な感覚に陥った。
緩慢な足取りで細く白い息を吐き出しながらぼんやりと空を見上げていると、不意に己の背へと向かって誰ぞより声をかけられた。
「――主よ。このような夜更けに、そのような場所で何をしておる?」
振り向けば、少し離れた先に在る母屋と離れとの渡り廊下の狭間にて佇む小烏丸が居た。つい今しがた耳にした特徴的な声は、彼のものであろう。
「おや、パパ上様でないか。こんな夜更けにどうしたんだい? 何かあったのかね?」
そう、問いかけに問いかけで返しながら、審神者はくるりと身を反転するなり、ゆるりとした足取りで彼の元まで歩み寄っていった。審神者側から先に動いたのは、普段、素足で出歩く彼の足を汚してまで側へ引き寄せるのは違うだろうと思っての配慮である。
出て来た時と同様に、カランコロンと下駄の音を鳴らして程近い距離まで来れば、彼が寝間着姿でなく、出陣の際にいつも着ている戦装束であった事に気付いて、更なる問いを投げかけた。
「あれ。パパ上様、何で戦装束着てるんだい? 時間帯的にも寝てる頃だろうから、寝間着着てるものと思ったんだが……マジで何かあったクチかい?」
「此れか? この装いはな、万一に備えての為のものよ。何せ、我は今宵の不寝番担当の内の一振りだからな。当然の事までよ。……して、主は、このような夜更けに何用があって庭先なぞを
「あ゙ー……まぁ、ちと眠れんくてやな……。其れで、ちっくとばかし夜の散歩にでもと思うて、ぽてぽてと歩いておったのよ。まさか、夜の警備隊の子等に見付かるとは思わなんだが……っ」
「ほほ。其れでか。良い良い。そう気負わずとも、時には眠れぬ夜がある事くらい、我も知っておるでな。古来より、人の子は、主のように眠れぬ夜を抱き、かように出歩いてみたりするものよ。咎めたりする事は無い故、そう構えずとも良い」
「はは……っ、流石は生き証人……。長生きしてると、パパ上様みたいに寛大さも増すのかね?」
「確かに、我は長い時の中、存在する刀の一振りであるが。だからといって、皆が皆して我のようになるかと言えばそうではなかろうな。まぁ、時に叱る者が居たとて、其れは主の身を案じての事よ。此処には、些か過保護が過ぎる刀も多い故にな……その多くの者が、皆心配性なだけよ。そう気に病む事もあるまいて」
「ははっ……パパ上様らしいや」
軽く微笑を浮かべて返答した彼女に、何も憂いた様子はない事を確認した小烏丸は、満足気に一つ頷いた後に、打って変わってちょっとだけ茶目っ気を感じる顔を覗かせて言う。
「まぁ、理由が何であれ、このような夜更けにかような格好で外を
「アッ……ハイ……軽率な真似してすんませんっした……っ」
「つい先日という程最近、今申したような夜に生きる者に、危うくタマを取られかけたのを忘れたとは言わせぬぞ?」
「昨年秋のお彼岸シーズンの事ッスね……。勿論、存じ上げておりますとも。そもが、強く印象に残る出来事だったが為に、そう安々と忘れる事も出来まいて……っ。アレは二度と体験したくねぇ事、トップスリーの堂々一位を飾る事っしたから…………」
「分かっておるのなら、其れで良い。さぁ、体が冷え切らぬ内に
「パパ上様が眠くなる為に一計打ってくれるのかい……?」
「うむ。眠れぬのならば、眠くなるようにすれば良いだけの事。丁度、今宵は近場で夜市が開かれておるでな。物見見物がてら、この父と参ろうではないか」
「夜市……? そんなのが夜な夜な開かれてるっていうのかね?」
「ふふっ。夜市とは、昼間に遭遇するただの市とはちと趣の異なるものでな。あの世とこの世の境界線が曖昧になるカタワレ時より開かれる、謂わば
そう言って、仕舞っていた翼をバサリッと大きく広げる小烏丸。急な展開に付いて行けずに惚けていれば、徐ろに審神者の手を取った彼は、にこやかに口遊むように囁いた。
「何、少しだけの間ならば、既に寝静まった者や他の者達も見過ごしてくれるだろうて。心配せずとも、この我が付いておるからには何者にも手出しはさせぬ。安心して、主は身を委ねておるだけで良い。此処まで言えば、行かぬ道理もなかろう?」
何とも
「しっかりと掴まっておれよ? そうでなくとも、父が主の事をみすみす落っことしたりなどせんがな。ほほ。さぁ、飛ぶぞ。皆には内緒の、父と二人だけの夜間飛行ぞ。振り落とされぬようにだけ気を付けておれ」
横抱きの状態でしっかりとした手付きで抱えられれば、両の翼を羽ばたかせて宙へと浮いた。そのまま風を掴むと、空へと舞い上がり、ゆっくりとした速度で飛び始める。
八咫烏の力を借りて空を飛んだ審神者は、其れだけでも十分に興奮した様子で地上に居た時よりも近くなった夜空を見上げた。
「凄い……っ! こんなにも星達の近くに居るよ、パパ上様!」
「ほほっ。怖くはないかえ? 酔ったりなど気分の悪さを感じたら、すぐに申せ」
「有難う、パパ上様。今のところは大丈夫だから、このままもう少し夜間飛行を楽しませて」
「主の頼みならば、喜んでそうしよう」
暫く緩やかに空を飛び、夜の空中散歩と称して夜間飛行を楽しんだ。その内、
「そら、着いたぞ。此れが夜市だ。今宵開かれるものの規模は其れ程大きくはないが、暇潰しに眺めるには打って付けであろ?」
「本当だね! 提灯の明かりがいっぱい集まって綺麗だし、沢山の
「気になる物があれば、近くまで飛んで行ってやろう。何か目ぼしい物はあるかえ?」
「彼処の一際賑わってるのって何?」
「あぁ、あれは、競りをやっておるところよ。気になるか?」
「うん。何を売り出しにかけてるか、ちょっと見てみたい」
「ほほ、では近くまで寄って行ってやろうなぁ」
トントンと屋根伝いに進めば、あっという間に夜市の中でも一際見立つように賑わいを見せる競りの近くまでやって来る。其処は、大層賑わっているのか、ガヤガヤと喧騒に溢れ、提灯の明かりが大いに集まってか夜闇にぼんやり浮かび上がる程の明るさであった。
「揺れる提灯の明かりが綺麗だねぇ」
「うむ、見事なまでの壮観さよ」
「祭囃子かぁ……懐かしいな……。子供の頃は、よく盛んに近くでお祭り事があって、地域の人達が皆集まって楽しんでたのを思い出すわ……。大きくなるにつれて、過疎化が進んだ所為か、お祭り事も減っちゃって、学業が忙しくなっていったのも相俟って、祭囃子からは足が遠退いていっちゃったんだよなぁ……。本当、懐かしいな…………」
ユラユラと揺れる提灯の明かりを見つめている内にやって来た眠気に、コクリコクリと舟を漕ぎ出す審神者。みるみる内に眠気は加速して、あんなに冴えていた目が嘘のように瞑れて、終いには完全に閉じ切ってしまったのであった。其れを終始静かに見守っていた小烏丸は、クスリ、と笑みを零して穏やかに微笑んだ。
「どんなに体は大きくなろうと、心は童のままよな。良い良い。そのままぐっすり眠ってしまえ。この父がちゃあんと寝床まで運んでおいてやる故な。我が腕の中で安心して眠るが良い」
行きと同様に帰り道もしっかりとした手付きで審神者の事を抱えると、本丸まで寄り道せずに真っ直ぐと飛んで帰る。
無事何事もなく本丸上空へと着けば、離れ前の庭先目掛けて滑空し、縁側へと降り立つ。その足で、羽根を仕舞いつつ、そのまま審神者部屋へと入っていき、奥の寝室への敷居も跨いで、中央に敷かれたままの布団へ抱きかかえていた審神者を横たわらせた。そして、きちんと肩まで毛布と掛布団を掛けてやってから、最後に少しだけ乱れていた髪を梳くように頭を撫ぜて部屋を後にする。
すたん、とごく僅かな音を立てて出て来た部屋の障子戸を閉めた途端、音も無く暗闇からぬっと現れた刀が一振り、無表情を浮かべて静かに声を発した。
「――こんな夜分遅くに女人の寝所を訪ねるとは感心せんな、小烏丸よ」
空に掛かっていた薄雲が晴れて月明かりが照らしたのは、小烏丸と同じく、今宵不寝番を担当する大包平だった。夜分遅い時分に加えて審神者の寝所前である事を踏まえてか、その声は常よりも控えられた声量であったが、声音には明らかに険が滲んでいた。此れに、小烏丸は敢えて朗らかに返す。
「そう警戒せずとも、我は眠れずに夜の散歩に出ていた主を寝かし付けていただけよ」
「ほぉ? なら、先程上空より降り立った
「おやおや、見られてしまっていたか。ならば隠しても仕方あるまい。素直に白状するとしよう」
「そうか。では、主を連れて何処で何をしていた……?」
「ちょいとばかし夜間飛行ついでに、夜市見物へと繰り出しておっただけよ。其れも、主が祭囃子の音と提灯の明かりに眠気を誘われるまでの話ぞ。故に、主が眠りに就くと同時に我は帰路に着き、今に至る。安心せよ。きちんと寝床まで導きはすれども、手出しなどしておらぬわ。父は、飽く迄も父たる立場を貫くまで。我は、この本丸の外敵となるものを排除するのが仕事故な」
「……なら、紛らわしい真似はしてくれるな」
「ほほ。其れはすまなんだが、早とちりして我を疑ってきたのは其方であろう? まだまだ青いな。真にあの娘の事を守りたくば、我に噛み付く前に、夜の散歩などという危ない真似をさせぬように努めよ。我が気付いたから良かったものの、あのまま誰にも気付かれず、咎められずにいたらば、最悪の事態に陥っていたやもしれぬぞ? かの一件が起きて、まだ其れ程時が経たず日も浅い事を忘れたか?」
「……三日月宗近による神隠しについての話か」
「左様。あれが大層急く程危ぶんだが故に仕出かした事ではあるが、その発端が何であったか、忘れたとは言うまい?」
「ッ………………」
「吠える相手を間違えてはならぬぞ。我は、飽く迄も事が起きぬ前に動いただけの事。悔いる気持ちがあるのならば、今回の事を学びと活かせ。あの娘は、良くも悪くも我等に近過ぎる。故に、者共から見れば甘露の如く甘い蜜よ。そうして、人知れず群がり貪り尽くさんと画策する。外敵は我等に仇なす者だけに非ず。その事を
終始至極淡々とした口調で述べ終わるなり、涼しい顔を浮かべた小烏丸は、そのまま元居た持ち場へと戻ってしまった。残された大包平は、人知れず静かに拳を握り締めたのち、踵を返して、元来た道を引き返していく。
春先の、まだ冷えの残る、宵も深き静かな夜の事であった。
一度ある事は、二度・三度と起こり得る事とは、古来より言い伝えられる事である。
何の因果か、またもや寝付きの悪い日が訪れた審神者は、
(何で早く寝たい時に限って寝れないんだよ、クソ……ッ。今日も普通通り生活して程々に疲れた筈だよな?? なのに何で来ないの眠気ェ〜〜〜! あ゙ーもう駄目だ……こりゃ完全に徹夜コース入りの流れですわ……。しゃーなし。諦めて起きよう。んで、一旦、白湯でも飲んで……その後どうすっかなァ……)
もそり、布団を剥いで半身起こした審神者は、のっそりと立ち上がると、部屋の隅に在る小さな隠し部屋の扉を横にスライドさせて、中の電気を点けた。そうして、備え付けの小型キッチンで白湯を調達し、喉を潤す。別段小腹が空いている訳でもなかった為、何も食べずに、白湯を飲み終わったら隠し部屋スペースから出て、元在ったように入口を塞いだ。
(さて……白湯を飲み終わっても尚眠気が一向に来ないのを、どうしたものか……。また、
前回同様、寝る前提であったが為、絶賛審神者は寝間着姿の状態であった。そんな薄着で春先の花冷えする夜に本丸内を
大丈夫、今回は前回を踏まえてきちんと厚着して出て来ている。此れで、仮に誰かしらと遭遇したとて、ギリお説教コースからは免れる事が出来るだろう。安直な思考からそんな考えに至った審神者は、そろり、部屋を抜け出して、突っ掛けの下駄に足を通そうとした。
そんな折、またとないデジャヴが訪れる。
「――これ。またぞろ、このような夜更けに出歩こうとは感心せぬな? 主よ」
「ギックゥ……!」
「ほほ。この父の目は誤魔化されぬぞ?
「はははは……っ。あっれ、可っ笑しいなぁ〜……?? どうしてこうも高確率でパパ上様に見付かるのかなぁ〜??」
「其れは、変に主が夜な夜な徘徊したりなどせぬよう監視する為よ。さぁ、この父に正直に申してみるが良い」
「あ゙ぃ゙……あんまりにも眠れないからって、軽率に夜のお散歩に繰り出すのは浅はかな考えでした。しゅみません、御免なしゃい。でも、何卒見逃して頂きたく
お目付け役とやらだろうか。先日と同じく真っ先に小烏丸より見付かってしまった審神者。今回に至っては離れの居住区から出てすぐの事だった故に、あまりのあっさり感も相まり、偵察・隠蔽共にザラが過ぎると瞬時に思った。
前回に重ねて二度目のやらかしである。悪い事をしている自覚があったのも所以して、審神者は素直に平謝りした。さて、この時点において、素直さが取り柄である事が
一応は反省しているものと分かるや否や、小烏丸は子供に言い含めるが如く下げた頭にポンと手を置き、ゆるゆると撫ぜた。
「そのように頭を下げずとも良い。主の偶の寝付きの悪さは存じておる故な……。頭を上げよ。どうせ、今回も床に就いたは良いが全く眠れなんだったが原因での事であろう?」
「あ゙ぃ゙……まさしく、その通りでして……。如何にもし
「ふむ。先日、夜市見物の途中で寝転けてしまった主を部屋まで送り届けた後、不寝番仲間の大包平に見付かってどやされてしまったからなぁ。あまり遠出したりや派手に動く事は、またぞろ見付かりかねん故にお勧めはせん」
「おぅっふ……うっかり俺が寝落ちってしまった後に、そんな事があったとは知らなんだで……。パパ上様には多大なるご迷惑をお掛けしてしまい、面目ない限りで……っ」
「まぁ、偶にはそんな事もあるというものよ。あまり気にするでないぞ。……して、此処で我からの提案があるのだが――万屋街の上空を飛んで見て回る程度ならば、許容範囲内となるのではないかと思うのだが、主はどう思う? 前回は、
「流石は、パパ上様……! 話が分かる相手で助かるッス……!」
「ほほ。我は、ただ、眠れぬ哀れな愛し子を寝かし付けてやりたいだけよ。さて、では他の見張りに見付かる前に出て行くとするか。主はそのまま我に身を任せるが良い」
そう言って、小烏丸は前回同様に審神者の事を横抱きに抱え込もうと手を差し伸べた。だがしかし、其処で審神者は待ったを掛ける。
「ちょい待ち。今回は、俺、
「もしや、あの時の
「単なる飛行訓練という前提にして、気持ち小規模のサイズになるよう努めれば、ワンチャン其処まで霊力消耗しなくて済むんじゃないかな〜とは思う……。まぁ、何事もチャレンジしていく事が大切だよね。消費霊力を最小限に留めれば、たぶんだけど、分霊箱の縁で繋がってるみかちにも悟られずにイケる……筈」
「些か性急的というか、荒療治が過ぎる気がしなくもないが……主が良しと決めた事を、我が横から口を挟むのも余計な話か。やれ、頑固な主の事よ。その口振りから察するに、我が止めたところで意志を変えるつもりはないのであろう?」
「ウッス。
「全く、仕方のない主よ。相分かった。ならば、この父は何かあった時の為のさぽーと役に徹しようぞ」
「ふふ。俺の我が儘聞いてくれて有難う、パパ上様……!」
段取りが付くなり、審神者は己の魂の器の形を変える事に集中した。
初めて似た光景を目にした時は、それこそ、火の鳥か鳳凰バリに巨大なサイズであったが、アレは飽く迄も分霊箱の契約を結んだが故の三日月宗近の霊力を根こそぎぶん取る勢いで借りたからこそ成せた結果であったのだったか。兎にも角にも、何度見ても美しい姿で、一部始終を見守っていた小烏丸は「ホゥ……ッ」と溜め息を
「何とも器用なものよな。
『俺一人だけの霊力で賄える分のサイズ感に留めたからね。あんまりデカくしても余計に霊力喰うだけだし、何より、ただでさえこの宵に満ちた世界の中ではド派手と言える程目立つ見た目だからよ。ちょいとばかし力を抑えた省エネモードってヤツさね。此れで準備は万端にゃのだ!
「では、暫し夜の街明かりを見物がてら空中散歩と行くとしようか」
彼が背より広げた翼を大きく羽ばたかせると同時に地を蹴る。其れへ続くように、ふわり、浮かせていた体を軌道に乗せるべく、後を追うように黄金に輝く鳥となった審神者も夜空へと舞い上がった。
省エネモードと称して力をセーブしているからどうなる事かと思ったが、案外遣れば出来るものである。不安定にブレる事もなく、危なげなく飛行出来ている審神者へ向かって、小烏丸は何処か嬉しそうに微笑んだ。
くるり、飛びながらその身を回転させた小烏丸は、大層嬉しそうに言葉を口にした。
「お見事。最早、この父が抱えてやるまでもなく飛べるようになってしまったな。その事に、ちと寂しく思わなくもないが……此れは此れで、共に並んで空を飛ぶ事が出来て、父は嬉しく思うぞ」
『俺も、ずっと憧れてた事が叶って、今、超絶最高な気分……っ! 俺ね、子供の頃に遊んだゲームでプレイヤーキャラが鳥の姿になって空中を舞うシーンを見た時から、ずっとずっと、俺もいつか鳥の姿になって空を飛べたらなぁ〜って思い続けてたんだ。其れが、まさか、こんな風にして叶おうとは、当時まだガキンチョだった頃の俺には想像も出来んだろうな! 本当、夢みたいだ……っ! 実際は、夢でも何でもなく、己の力で起こした奇跡みたいなモンなんだけどさ! 人間誰しも、一度くらい鳥になってみたいとか考えるんだから、其れが叶っちまったら、口角天井になったのちにテンション爆上げのアゲアゲになるでしょうよ……! ヤッフー!! 風を切りながら進むのが癖になりそうだぜ!!』
「これこれ。飛び立って間もない内からそのように飛ばしては、帰り道の途中でバテてしまうぞ」
『あはっ! つい、厨二病なトコが顔出しちゃいました。年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎるのは流石にイタかったわ。みっともねぇトコ晒しちまってスマンそ。でも、鳥になって飛んでみたいと思うのは、古来より人が抱きしロマンだから、大目に見てちょっ!』
「しょうがあるまい。主の上機嫌さに免じて、今ばかりは大目に見るとしよう。だが、仮に帰りの途中でバテたその時は、我が寝床まで抱えて運んでやるからな。覚悟しておるが良い」
『そうならないよう、程々に気を付けまぁ〜っす!
そう呟きつつ、黄金の鳥の姿をした審神者は、旋回するようにくるり、と体を回転させた。先程の小烏丸の真似であろう。
仲良く夜空を空中散歩しながら辿り着いたのは、目的地の万屋街上空地点だった。
『おぉっ……! 普段昼間にしか出掛けなかった分、夜独特の光景との差が出て面白いな! 万屋街って、真夜中でもこんなに明るかったんだ! 知らなかった……っ。まるで、現世の眠らない街みたいじゃん?』
「一部の店は閉まっておるが、飲み屋街一角や花街とされる一角は、昼間とは打って変わって明明としておるし、賑やかしいだろう?」
『そだね。夜の街はこんなにも賑やかだったのかぁ〜……成程、都心部とか田舎の中心部的な場所とかとそう変わんない訳か。つって、俺の現世で住んでる地方も地方の田舎じゃ、この時間帯マ〜ジで閑散としてるし、車どころか人っ子一人通りかかりもしねぇや。打って変わって、此処は賑々しく煌々とした明るさで満ちてるねぇ』
「万屋街は、その国々で規模は異なるが、何処も似たようなもので、眠らぬ街とは言い得て妙な響きよ」
『此れは此れで、なかなか乙なモンですなぁ〜っ。ふふっ、空から見ると、人が豆粒みたいに小さく見えるや。おっ……? 何やら、コッチに気付いたっぽい人が手ェ振ってきてんね。アレは……刀剣男士の
「飲み屋街の延長線上先に在る花街の一角から振ってきておるようだな」
『今思えば、手ェ振り返したくとも手先が羽根に変わっちまってるから出来ないんだったわ。代わりに、宙返りかましといたろ。何処の
上空から物見見物然としている光景が珍しいのだろう。何処の誰とも知れぬが、気前良く陽気に手を振ってくれたからには愛想良く返したいところ。よって、審神者は今出来得る限りのお返しとして、その場で宙返りして見せたのだった。人の身のままであったら絶対に出来ない真似である。最早何でもアリか。
滞在(滞空)時間は、時間にして数十分程であった。程々で満足したところで、一行は元来た道を帰る事にした。
「満足したならば、そろそろ本丸へ戻るか?」
『うん。あんま長時間部屋から抜け出してたら、其れこそ巡回組にバレちゃうだろうし。今日のところはこの辺で帰るとしよか』
「では、行きと同じくゆるりと参るとしよう」
意見が一致するなり、一行は来た道を戻るべく、Uターンし、再び夜空の上を舞った。
――程無くして、二人は帰路に着き、本丸の上空まで戻ってきた。
先に小烏丸が庭先へ降り立つと同時に、審神者も飛ぶ速度を緩めて滑空を始める。履き物を履かずに出掛けた為、降りる目標地点を縁側に定めて、いざ着地へ。
そうこう身構えていたらば、偶々厠からの帰り道で目撃してしまったのだろう、寝間着の浴衣姿の山鳥毛が驚いた顔付きで慌てて此方まで駆け寄って来るのが目に入った。途端、意識が其方側へと向き、急遽着地地点を目標地点から山鳥毛の方へとズラす。
此方が着陸態勢に入った事を察知したのだろう。咄嗟に、両腕を広げて受け止める姿勢を取った山鳥毛の胸元目掛けて、半ば飛び込むように霊力で編んだ仮の姿たる鳥の姿を解いた。そして、危うげなく、しっかと抱き留められた身は、イリュージョンの如く元在った姿形へと戻っていた。
どのような状況でこのような事態になっているのかの
「一体全体、何がどうしてこうなっているのやら説明願っても……??」
「ほほ。夜分遅くの起き抜けのところに、突然驚かせるような真似をしてすまなんだ。ざっくり事の顛末を説明すれば、眠れぬ主が夜の散歩に繰り出そうとしておったのを見咎めた故、どうせ気晴らしをするならばと夜の空中散歩へと誘うたまでよ。まぁ、初めこそ、我が人の姿のまま抱えて飛ぶつもりだったのだがな。其処な主は、時折此方が思いもせぬ発想に至る故に……結果として、共に飛ぶ事にしたという訳であり。今は、その散歩より帰還したところだったのよ」
「まさか、ちょもさんが受け止め体勢に入るとは俺も思わなんだで、咄嗟に抱き留めてもらう事にしたが……大丈夫だったかえ?」
「いや……私こそ無事そのものだが……小鳥の方こそ、本当に大事はないのか?」
「まぁ、今回のは、飽く迄も飛行訓練と力の制御感覚を覚えるんも兼ねての事やったけぇ。見た目こそ、あの時と同じくド派手で目立つ事この上なかったろうが。消費霊力はセーブしての省エネモードに抑えてたから、良い感じの疲労感感じるだけで済んでるっぽい事も踏まえて、想定内に事が収まってぶっちゃけ
「そうか……。其れは、とても安心した……っ」
「安心したトコで悪いんやけど、そろそろ降ろしてもろうてもヨロシ? 流石にこんまま居るんは色々と
「あ、あぁ……っ、此れはすまない。今ゆっくりと降ろそう」
子供の頃にしてもらった時以来の高い高いみたいに両肩に掴まる方式で抱き留められていた審神者は、一言断りを挟んだ上で降ろしてもらう。
短い間ではあったが、久し振りに地に足を付けた感覚にホッと息を
「小鳥……ッ! 大丈夫か!?」
「あぇ゙……っ、さっきまでは何とも無かったんに、急激に強烈な眠気が…………っ。霊力セーブしたつもりやってんけど……どうやら思ったよりも消耗が激しかったみたいやんなぁ…………ッ」
「だから無理は禁物だと忠告したであろうに……全く、主は利かん坊だからなぁ。まぁ、お陰様で目的は果たせたようだの? そのまま山鳥の子の力を借りて、寝床まで連れて行ってもらうが良い」
「えっ……いや、其れは勿論そのつもりであったが……っ。小鳥は、本当に大丈夫なのだろうな?」
「安心せよ。今しがた主自身が申した通り、霊力を消耗し過ぎた事による、ただの電池切れよ。寝床へと運んで、そのまま寝かし付けるが良かろ。父としての役目は此処まで。後は御主に任せて、我は不寝番としての持ち場に戻る事としようぞ。ではな」
「あっ……! 止める間もなく行ってしまわれたか……仕方ない。此処は、言われた通り、私が責任を持って小鳥を寝床まで運び届けるとしよう」
小烏丸がその場から去る頃には、すっかり電池切れを起こして活動限界から意識を落としていた審神者。此れまで築き上げてきた信頼によるものか、随分と気を許した様子で体を預け切られた側の山鳥毛は、仕方なしとばかりに苦笑を浮かべて、横抱きの状態へ抱え直す。完全に身を委ね切っている審神者は、少し揺さぶられた程度ではピクリとも起きず、健やかな寝息を立てていた。その様子を穏やかな顔付きで見下ろしつつ、審神者の寝室を目指して歩を進めていく。
女人の寝所へ本人の許可無く入室するのは些か憚られたが、元々寝る予定で敷きっぱなしとなっていた布団を視界に入れるなり、早くきちんと体を横たわらせた上で寝かす方が良いと判断し、敷居を跨ぐ。
一度、綺麗に敷かれていた毛布と掛布団を剥ぎ、横になれるスペースを作った上で、丁寧にそっと毀れ物を扱う手付きで布団の上へと降ろした。
柔らかな布団に辿り着くなり、むにゃりと身動いだ審神者は、そのまま落ち着けるポジショニングを探して暫しモゾモゾと身動ぎ、落ち着くとふにゃりと体の力を弛緩させ、猫のようにころりん、と丸くなる。ふと、その一連の動きが、身内の南泉一文字の其れと重なって見えた山鳥毛は、人知れず静かにクスリ、と微笑みを零して、風邪を引かないようにと肩までしっかりと布団を掛けてやった。
そうして、最後に名残惜しげに乱れた髪を梳くように頭を撫ぜ、誰に聞かせるでもなく呟く。
「……どうか、あまり無茶をしてくれるな。君は、君が思っている以上に、皆に愛され大事にされている身なのだから……少しは自覚を持って行動してくれないと、困るぞ。頼むから、このように心臓に悪い真似はしないでくれ、小鳥よ。……恐らく、既に聞いてはいないだろうがな」
起こさないよう、細心の注意を払って、吐息混じりに囁いた言葉は、果たして届いているのやら。甚だ疑問だが、今は此れだけに留めておく事にした山鳥毛は、彼女を無事寝かし付けれた事に満足して部屋を後にするのだった。
――翌日、分霊箱の契約上繋がってしまっている霊力の変動で、昨晩こっそり真夜中にも関わらず変化して本丸敷地外へ移動した事に気付いていた三日月宗近は、大層不服そうに物申し立てるのであった。
「主よ、昨日の晩は何処へ何しに本丸の敷地外へ参ったのだ? 爺にもよく分かるように説明願おう」
「ア゙ッ……気付いてたん……??」
「俺と主は、今や誓約を交わした仲だ。よって、縁の繋がりは以前にも増して強化している。だからな、御主が魂の器の形を変えるなどという大それた術を使えば、自然と俺にも伝わってしまう仕組みだ。此れで、俺の言いたい事は分かったな……?」
「ア゙ッ……その……軽率にも浅はかな真似をしてすみませんでした…………ッ」
「うむ。一先ず、反省しておるのなら良い。だが、次、同じ事をするならば、せめて日の高い内から頼む。あのような夜も深き頃合いにされては、心配でおちおち寝るどころではなくなってしまう故……。返事は?」
「あ゙ぃ゙……大変誠に申し訳御座いませんでした……ッ。以後、気を付けますんで、どうか御慈悲を……!」
「ははははははっ。まぁ、既に懲りたとして、俺からは以上とするが……大包平や初期刀殿を筆頭とした者達の説教からは免れぬものと心得よ。今回、御主が仕出かしたのは其れ程までの大事であるという事だ。……小烏丸も、ちと甘やかしが過ぎるなぁ? 主の事が可愛い気持ちは分かるが、あまり甘やかし過ぎては主の為にならん。今後は控えてくれるよう頼むぞ」
「ほほっ。この我にもお叱りが飛んでこようとはな。肝に銘じておくとしよう」
結局、お説教コースからは逃れられぬ運命で幕は閉じるのであった。
残念無念、また来週――☆
加筆修正日:2026.02.23