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愛しさ余って口吻を漏らす


 或日の事である。
 何の前触れもなく、不思議な夢を見たのだ。まるで乙女ゲーな雰囲気満載の、というより、完全に乙女ゲーな感じのスチル画面を只管ひたすら眺めて、台詞音声を聴いているだけの内容であったが。何が不思議かって、出て来た登場人物達が、皆自本丸にも居る刀剣男士達で、本当に画面越しに愛を囁かれているような気分に陥る感じの雰囲気だったからだ。
 実際に、審神者は二〇〇〇年代も初期の頃に招集を受けた人間故、刀剣男士との出会いの切っ掛けはゲームというコンテンツとメディアミクス展開された先で得たアニメ等からであった。故に、画面越しという感覚はリアルの其れを示唆するようで、何となく無視出来ない気がした。特に、此方を射抜くが如し眼差しで真剣に愛を伝えてきた御手杵の存在は一際目立ち、目覚めた後の審神者の脳裏に焼き付く程印象強く残った。
 そんな不思議な夢を見た審神者は、その時抱いた感情を二月ふたつき程寝かせたかと思えば、ふと思い付きで夢に出て来た本刃へ向かって問うていた。
「なぁなぁ、御手杵さんや」
「んあ? 何だぁ、主? 変な呼び方までして改まってさぁ」
「いや、な。特にコレと言って改まってるつもりはないんやが。まぁまぁ、ちょいとだけ俺からの話を聞いて行っておくんなせぇや」
「はぁ? まぁ、別に今特に遣る事も無くて暇だったから、聞いてやらん事もないが……。其れで? 俺なんかを捕まえて何の話をしたいって?」
 わざと茶目っ気溢れた風に茶化してきた点には追及せず、審神者は聞きたい事のみになるべく要点を絞って質問を投げた。
「大体二月ふたつき程前の事だったかね。夢にね、お前が出て来る夢を見たのよ」
「へぇ。そりゃまた何で?」
「いや、俺も全く知らんし。特にコレと言った脈略とか前触れとかもなかった分、余計に意味分かんなくて、ぶっちゃけ今も全然意味分かってないし。しかも、ぎね以外の子も何振りか同様のスチル画面みたいな感じで出て来たんよね。そん中で、よく分からんけども、分からんなりに何となく気になったぎねのスチル画面を何度も繰り返し見てた事だけは覚えてんねんよ。何で、巷で一時期流行った『愛してるゲーム』っぽい内容の、完全乙女ゲーみたいな夢見たんかも分からんけど。まぁ、そういう事もあらぁな、という風に一応は納得した上で訊きたいんやけどさ……。実際のトコ、どうなん……?」
「んん……? 何がだ?」
「俺の事、愛してるんかどうかの部分。正直に答えてくれて良いよ」
 至極淡々とした感じで言えば、一拍間を置いて、少しだけ難しい顔を作った御手杵は神妙な空気を伴って訊き返してきた。
「……うーん、答えてやるのは簡単だが……その後、あんたの俺に対する行動とか接し方とかは変わるのか? もし仮に変わるって事なら、今はまだ答えないでおくけど。あんたの方は、どうなんだ?」
「うん? 俺は、別に……今んトコ何も変える気とか無いけど……。とりま、我が本丸内で一番俺の夢への出演率が高い気がするのは、ぎねだよな〜っていう感想を抱いた。ただ其れだけの話さね」
「そっか……なら、問題は無さそうかな。――俺からの答えを聞く覚悟は良いか?」
 急に真顔になってアクセルを踏み込んでくるものだから、思わず審神者は動揺を露わに分かりやすくアワアワわちわちと心許無さげに心臓を守るような体勢を取った。
「えっ……アッ、お、応……っ。いや、待って?? そんな覚悟要るような事、俺、今から聞かされるん?? えっ、心臓ないなったらどないしょ……」
「っぷ、あはははは! なんて反応してるんだよ、あんたってばさぁ!」
「だぁって、覚悟して聞けなんてお前が言うからぁ〜〜〜!」
「ッふ、ははははっ! そんな身構える程の事は言わねぇって! ただ、そうだなぁ……あんたと過ごしてきたこの七年と少し余りの時間は、俺にとって掛け替えもない日々で、大切で、今あんたの目の前に居るという存在を証明してくれている訳で……今更手放せって言われても凄え手放し難く思えるくらい、愛しいなって思うよ」
 唐突にもたらされた熱量に、思うままの素直な感想という名のリアクションが口から零れ落ちていく。
「ッ……お゙、わぁ゙……っ、」
「ははっ、改めて言葉にすると、やっぱり照れ臭いなぁ〜。……でも、今言った事は全部本当の事だぜ。何せ、俺はあんたの為の修行を終えて帰ってきて久しい――同田貫からの言葉を借りて言えば、“打ち直しの時間”だっけか? まぁ、そんな時間を経て今に至る、あんたの自慢の初槍で、一番槍だって事に変わりはないからな! そうだろ? 俺だけの・・・・主……っ!」
 そう宣った御手杵の、悪戯が成功した悪戯っ子みたいな無邪気な笑みを湛えた精悍な顔付きを眺めて。審神者は、自身の顔に集まり昇ってきた熱を自覚して、隠さんと片手で覆いつつ、蚊の鳴くような、ほぼ吐息のような声を絞り出して何とか言葉を返す。
「お前って奴は……ッ、そういうトコだぞ〜〜〜ッッッ!!」
「ははっ、顔真っ赤だぞ?」
「うるせえっ!! コッチ見んなや!!」
「やだね。夢に出るくらい好きな奴が可哀想なくらい顔真っ赤にして恥ずかしがってるところとか、可愛過ぎてずっと凝視したくなるし」
「今ガン見してくるとか悶え殺しに掛かってるじゃん!? いっそコロシテッッッ!!」
「縁起でもない事言うなよなぁ」
「ひぇッ、目が本気と書いてマジなヤツじゃん……怒んないでぇ」
「怒ってねぇよ。でも、あんたの事、本気で串刺しにしたいと思ってる、って事だけは伝えとくな」
「お゙あ゙ッッッ…………心がちゅたちゅたになるんじゃあ…………ッ」
「おーおー、瀕死だなぁ〜」
「誰の所為で……」
「うん。俺の所為だなぁ」
「分かってて言うとか、最早確信犯……」
「だなぁ。加州の奴に怒られるかな? それとも、前田の奴にお覚悟されちまうか?」
「え……いや、何で??」
「だって、あんたの事、好き放題虐めちまったし」
「えぇ……これくらいの程度なら、たぶん、一々目くじら立てたりしないんじゃない? 飽く迄も戯れ程度の範囲だったと思うし……」
「ふぅん。なら、此れも言っちまっていっか」
「うん……??」
 一度そんな風に言葉を区切った御手杵に小首を傾げていれば、真っ直ぐと、それこそ槍身の如く鋭い視線に射抜かれて分かりやすく固まって瞠目した。
 其れに構わず、御手杵は区切った先の言葉を告ぐ。
「愛してるぜ、主」
「ぐあ゙ッッッ!! ……い゙、今のは、流石に効くって……ッ」
「うん、知ってて言ってる。俺の事好いてくれてて、その上で信頼もしてくれてて、尚且つ、この本丸じゃ一番槍として顕現した事を誇りに思わせてくれる、そんなあんたの事が好きで好きで仕方ないんだ」
「ちょッッッ!? こっ、これ以上は過剰摂取の致死量になるから勘弁してもろて……!!」
「やだ。今だけは止めてやらねぇぞ。今までも、これからも、この先ずっと好きだ。愛してる」
「ひぃッッッ!! もっ……もぉ、無理ィ……!!」
 最早隠しようがない程赤く火照った顔を冷まさんと、致死量の熱量を与えてくる存在から離れようと両腕を前面に押し出しながら抵抗した。しかし、大槍身らしく恵まれた体躯で顕現した彼には、そんな軟な抵抗なぞ通用しない。そもが、既に極め終えた身の相手だ。勝ち目がないであろう事は百も承知である。だが、羞恥が天元突破しそうで、メーター数値が表示されていれば、確実に振り切る寸前という状態にあっては、少しばかりでも抵抗のての字くらい足掻きたかった審神者は無駄な抵抗に出た。
 其処を逃しはしなかった御手杵に、此処ぞとばかりに長身で長い手足を活かして、離れた分の距離を埋めるように、槍の穂先で安易に貫ける程の間合いに詰められた。その上で、更に自身を庇わんと前面へ押し出していた両腕を絡め取られて、一つどころに纏め上げられてしまった。なんて奴だ。小柄でか弱く非力な審神者では、これ以上の抵抗のしようがないではないか。辛うじて繰り出せるとしたら、金蹴りくらいしか手段は残されていないのでは……などと考えていた思考は見え透いていたのだろう。一歩先を先手取った彼の長い足が股の間を割るようにして行動不能にしてきた。
(ぐぬぅっ……おのれ、やるではないか……ッ)
 思わず、そんな感想が審神者の内心で零れ落ちる。考えている事がバレバレだったのかと察して、悔しげな顔を作る審神者だが、御手杵目線から見た彼女は実に分かりやすく感情表現を露わにしてくれていた為に、手に取るようにその先が読みやすかっただけであったり。
 金蹴りすら封じられて、ちょっぴり怪しげな雰囲気すら漂う空気に、審神者は頬を引き攣らせて、半ば自身へ覆い被さるようにして覗き込んでくる相手を見上げた。
「おうおう、此れが主に対する態度ですか? 御手杵さんよう」
「あんたが下手に逃げ腰にならなけりゃ、こんな手段取るような真似してないんだけどなぁ〜。でも、あんた、俺から逃げようとしただろ? だから、ちょっとタンマ掛けるつもりで捕まえさせてもらったぜ」
「わあ、分かりやすく悪いお顔ですね〜! 主にこんな真似して許されるとでも?」
「あんたなら許してくれるかなって」
「ゔッッッ……的確に相手の弱いトコ突いてくるじゃん……! 俺が自分トコの刀剣男士に甘いって見越した上で敢えて訊いてくるとは、流石は天下三名槍の御手杵様やな……っ。侮ったが最後という訳ですか、そうですかぁ〜〜〜。くッ殺女騎士になりそう」
「あんまりにも恥ずかしいからって、何も逃げなくても良くねぇか? さっきの答えた後での今逃げられたら、流石の俺も傷付くぞ?」
「えーん! なら、今すぐこの手離してよぅ! どうせ既に足元まで動き封じられてる時点で逃げ様が無いんだからさぁ!」
「あんたが本気で逃げないって誓ってくれるんなら離してやるよ」
「神様と迂闊に誓いやら約束事すんのは駄目だぞって、新人審神者向けマニュアルにだって書いてあるくらいだから、誓いは出来ないけど、本気で逃げるつもりはねぇからマジでこれ以上の拘束はお控えなすって。さもなくば泣くぞ。惨めったらしくも泣き散らかすぞ。良いのか? 俺、一遍泣き始めたら中々泣き止めねぇ上に、最悪発作引き起こして過呼吸なる可能性あるけど、その責任まで取れるってんなら続けても構わんぞ」
「この期に及んで逆に脅しに掛かってくるとか、あんた、やっぱ肝据わってんなぁ〜。伊達に七年余り本丸の大将を勤めてる訳じゃねぇって事かぁ……。あの戦のいの字も知らなそうな平々凡々な主がなぁ〜……此れも歴史修正主義者との戦いが長引いてる所為か? 体酷使しながらも戦の最前線で俺達を使役しながら戦の指揮執って、お役所仕事も同時進行でこなしつつ、現世では実家の事とかで色々と板挟みになりながらって……思い返しただけでも、あんた体張り過ぎだろ……。人の子は、ただでさえ儚く散る定め背負ってるっていうのに、あんたって奴は、どんだけ命削りゃあ済むんだ? 頼むから、少しでも長生きしてくれ……っ」
「今度は、心配の意を示してくる、だと……っ? えぇ……お前、一体俺の事どうしたいんだってばよ??」
「俺の愛が伝われば、少しは無茶する事も減るかなって……」
「その程度の制止で減るモンなら、とっくに無茶しなくなってると思うが。お前、俺の事舐めとんのか?」
「其処で開き直るなよな。俺は、あんま無茶すんなって言い含めてるんだぞ、今」
「あでッッッ!? ッ゙〜〜〜!! 極男士からのデコピンは冗談無く痛えってェ゙……!! しかも、そこそこの高練度で、おんっまァ゙……!! 俺の事殺す気か!?」
 一纏めに拘束していた両腕を解放したかと思いきや、油断した瞬間に痛烈なデコピンを食らわされて、一瞬頭に星が散った審神者は軽い脳震盪を覚えた。そして、痛みに悶絶しながらも抗議した。
 ――が、涙目で睨め上げた先の視界に映った彼は、一切茶化した空気など無く、先程覚悟を問うてきた時と同様に真剣な眼差しを向けてきていた。思わず、閉口してしまった審神者は、怒りを萎めて、お口をキュッと引き結ぶように唇を噛んだ。
 そんな審神者の様子をつぶさに観察しつつ、妙に降りた沈黙に耐えかねて俯きかけた彼女の顎をくっと掬い取り、己を直視しろと言わんばかりに上向けてきて言う。
「俺は、あんたをタダで殺す気なんてねぇし、そう安々と死なす気も更々ねぇよ。ただ……今、俺の中にあるのは、あんたを主としてだけじゃなく、ただの女として見たい気持ちがあって、欲のままに手籠めにしてやろうかって乱暴な劣情と、嫌われたくないからなるべく優しくしたいって切ない感情とがせめぎ合ってる状態でさぁ。だから、迂闊な発言は控えて欲しいし、出来る事なら、あんま俺を煽るような真似しないで欲しいんだ」
「ひょえッ……きゅ、急展開過ぎて追い付けねぇってばよ……」
「言っとくが、今言った事全部冗談抜きで本当の本気だからな? あんたは、素直そうに見えて案外捻くれてる上に疑り深く慎重なところがあるから、一歩引いてその場は誤魔化してやり過ごすつもりかもしんないけど。悪いが、今回ばかりはそうはさせてやれない。恨むなら、俺みたいな奴に惚れられちまった運命を恨んでくれ」
「じょ、情緒が……情緒が追い付かんのやって……ッ」
「俺、槍だからさぁ、あんま誤魔化したりするのとか得意じゃねぇから、直球にしか物事言えないんだよなぁ。すまんなぁ、まだうら若き乙女だってのに」
「三十路手前でそんな表現俺でもしないわ……。つか、君等刀剣男士から見たら、俺等人間なぞ赤子同然だろうよ? 何時いつからそんな感情持て余してたん……?」
「えーっと……たぶん、あんたの夢に渡って出るくらいの頃から、になるのかぁ?」
「え……其れって、つまりはかなりの前からでは……?? 俺、お前が出て来る夢、不定期だけど、お前が極める前から見てるし。そう考えると、大体俺が審神者始めて二・三年経たん内くらいからって事にならんか?? ほぼほぼ初期の頃うか、黎明期ん頃からになるじゃないですか。マジかよ。俺の事好き過ぎか?」
「だから、そう言ったじゃんかよぉ……」
「おうっふ……ソウデシタ。主、あまりの事態に、現状を飲み込めないでいたよ。俺、変なトコでおつむ弱いから、許してネ」
「別に、今更だから気にしてねぇよ」
「さいでっか……」
 妙な空気が霧散したところで、緊張が解れたのか、審神者は少しだけ笑みを取り戻して、頬を緩めながら問うた。
「もしかしてさ……今年の百鬼夜行ん時に、第四部隊の隊長任せて支援部隊に任命した時、やたら武功挙げてて一番活躍率高かったんも、其れが理由だったりする……?」
「おっ……? 気付いてくれてたのか?」
「いや、あんだけ滅茶苦茶支援攻撃繰り出しといてよく言うわ。支援部隊四部隊組んでる内、お前んトコの部隊が割かし一番活躍してた印象やったぞ? 次点で、第五部隊の特カンスト槍二振りと、第三部隊の蜻蛉さん辺りかな? 第二部隊任せとった号さんは、他の部隊が先攻した後続けて出る事のが多くて、先攻出るのは割と終盤寄りやった記憶やんな。そんな感じやったき、結構印象残りやすかったぞ、お前の活躍」
「へへへっ……あんたに褒められると、やっぱ嬉しいなぁ〜」
「百鬼夜行は、去年よりも今年のが色々としんどかったし、不安定な状態での顕現を果たした童子切を迎えたりと大変やった分、支援攻撃は本当に有難かったぜ。お姉んトコの本丸の部隊編成案聞いといて正解やったわ。槍で尚且つ高練度な分、敵を一発で仕留めてくれるやろうって話に、確かに名案やって頷いてウチでも採用した策やったんよな〜。いや、コーレがマジで全然違くて槍組に隊長任して良かったって思ったよ。去年は初めての百鬼夜行やった分、色々と手探り感強かったし、今年は当時よりもウンと練度も上がってたんもあるんは分かってんねんけどな。やっぱ、俺の一番槍は流石やなって改めて思ったわ!」
「お、おぉ……っ。な、何か、こうして改めて突き詰められると、照れるな……っ。というか、あんたって、審神者らしく結構姉ちゃんと策の練り合いみたいな事してたのな?」
「まぁ、割かし結構な頻度で軍議……というよりは、作戦会議っぽい事話してなくもないかなァ? イベントのたんびに部隊編成案は訊き合うし。まぁ、うて、各本丸ごとに刀種ごとの練度も異なってくるから、それぞれの編成の仕方や各審神者の癖が出て来るけどな。そういうの、本丸差で個性出て面白いと思いながら聞いとるよ」
「俺が想像してたよりも、だいぶ真面目に審神者やってたんだなぁ……。あっ、勿論、疑ってた訳とかじゃなくって!」
「知ってるよ。…………つか、そろそろこの手、離してくんねぇ? ずっと上見続けんの、流石に疲れるんやが……」
「へっ? あ゙っ! わ、悪い! 今、楽にさせてやるからな……!」
「いや、その言い方語弊があるわ……。この状況知らん奴が聞いたら、勘違いする奴出て来そうだからヤメイ」
「えっ!? 俺、そんなに変な事言ったか!?」
「いや……って、何か言い直すんも疲れたわ……」
「御免なぁ〜! この方があんたの顔見やすいからって、うっかりしてたぜ……! 身長差考えたらずっとこのまんまは辛かったよな!? 本ッッッ当ぉ〜にすまぁん!!」
「お前に悪気は無かったんは分かったけん……落ち着け餅つけ、なっ?」
「うん……。でも、身長差有り過ぎるのも考え物だよなぁ〜…………あ。お互い立ったまんまだから差が大きく開くんだよ。俺があんたの事抱えれば少しは差が埋まるんじゃないか?」
「は……っ? いきなり何を――、」
 審神者が言葉を言い終わらぬ内に、御手杵は思い立ったが吉日を地で行くが如く、許可を取る云々の遣り取りを挟まずして、ヒョイッと軽々と抱き上げた。そのいきなりの行動に付いて行けなかった彼女は、当然急な事に驚いたし、地面との高さに大層ビビり散らかして情けない悲鳴を上げた。
「ひょわぁあああッッッ!!? た、高い高い高い……ッ!!」
「おっと、暴れないでくれよぉ〜。落としはしねぇけどさ」
「抱き上げたいなら、せめて一言言え!! 何かするなら前置きをくれと再三うとるじゃろう!? 急に抱き上げられたらビビるじゃろうがッ!! 槍の身長! 約二メートル近いの!! 故に、胸の高さまで抱き上げられたら、俺みたいなチビは足届かん上に、滅茶苦茶浮遊感凄いの!! 高いトコ平気でも、急に抱き上げられたらジェットマシーン乗った時みたく胃がヒュンッてなるし、俺がマジの男じゃったらタマヒュン事案になっとるトコやぞ!? ホンマに分かっとんのか、ええ!?」
「うえぇ……っ、そんな怒んなよぉ〜。悪気は無かったんだからさぁ〜」
「尚悪いわ!!」
「へーへー。怖いなら、落ちないよう俺の首に腕回すなり何なりしてしっかり掴まっといてくれ。ちょっと歩くぞー」
「ひょえッッッ……!! 俺がちゃんと掴まる前に動き出すんはヤメテヨシテ!! 冗談抜きで心臓に悪いからァ!!」
「あ、今のは本当に悪い……。次は、ちゃんと行動前に言うから」
「絶対やぞ!! 次やらかしたらお前の首絞めるからな!!」
「物騒極まりない宣告すんなよぉ……」
 身長差でお互い見つめ合うのに首が疲れる事に困ったと、一寸ばかり考え込んだかと思えば、次の瞬間には地から引き離されて浮遊感を覚えさせられた審神者は、率直に怖い思いをした事を申告した。今の一瞬だけで本気で寿命が縮む思いをしたのだと、声を大にして物申せば、一応は反省した様子だが、次は無いぞと分かりやすく脅せば、呆れの溜め息を零しつつも抱きかかえ直してから歩き始める。
 慣れない高さと不安定な体勢に必死と首へしがみ付くようにして掴まっていれば、不意に、「ふはっ、」と吐息だけの微笑を漏らして笑った御手杵に、視線を遣れば、思いの外、近い距離に彼の顔があった事に気付く。同時に、至近距離で見つめてくる彼の視線が柔らかに緩められている事にも気付いてしまって、途端に引っ込んでいた筈の羞恥が戻ってきて、ぶわりと頬に赤みが灯る。其れに気付かない程鈍ちんでもない御手杵は、殊更赤銅色の双眸をふにゃりと蕩けさせて微笑った。
「ははっ、また真っ赤になっちまったなぁ〜、あんた?」
「ゔぅ゙っ……。し、仕方にゃいだろぅ……ッ! こんにゃにも至近距離にゃんだからしゃぁ……」
「うん。こんだけ近いと、あんたの顔が見やすくて良いな」
「うぇ……あんま見んといてやぁ〜……っ」
「うーん、そのお願いは聞いてやれないかもなぁ〜。だって、あんたのその顔すっげえ可愛いし。困って八の字に下がった眉毛とか、羞恥で潤んだ瞳とか、全部引っ括めて愛しいし。凄え接吻キスしたくなるくらい可愛い」
「み゙ッッッ……!! ……か、過剰摂取は、致死量になるって、さっき言ったァ……!」
「うん。でも、マジだし。正直、今すぐあんたの事、滅茶苦茶にしたくなるくらい滾ってるし。そういう意味でもそそる顔してるぜ、今のあんた。自覚有るか?」
「み°ッッッ……!? ち、ちらにゃい……っ、俺が今どんな顔してるかにゃんて分かる訳にゃいやんけ……! そもそも、この状況でどんな顔したら良いのか教えてけろぉ……っ!」
「あ゙ー、まぁ、自覚有る訳ないよなぁ〜。じゃあ、部屋戻るまでもうちょい遠回りすっかぁ〜」
「え……にゃんで……?」
「何でって……そりゃ、あんたの今の顔を他の奴に見せる訳にもいかないからに決まってるだろ? あんたのその顔は、俺だけが知ってれば良いんだよ」
「ど、独占欲ってヤツですかぃ……っ」
「あはっ、そういうのにはすーぐ気が付くのになぁ〜。あんた、変なトコで聡いんだか疎いんだか。まっ、どっちだって好きな事に変わりはねぇけどさ!」
「も、もぉ……ユルシテ……」
「んん? 俺、別に今怒ったりなんかしてないぞ?」
「うん……其れは声音だけで分かるから知ってりゅ……。単に、俺の気持ち的な部分が懺悔を求めているだけなので、深くは追及せんでもろて……」
「あ、そういう事か。要は照れ隠しって事ね。ハイハイ、分かってる分かってる。大丈夫だから安心しろって」
「頭ぽんぽんヤメェや……」
「えぇ……急に塩対応になるじゃん……振り幅がえげつねぇ」
 謎の“自分は全て分かってます”ムーヴからの頭ぽんぽんの流れには、ツッコまずには居られなかった審神者のツッコミに、直前までの温度差を感じて一気にしゅんとなる御手杵であった。
 照れ隠しも含めて、彼の首元へ顔を埋めていた審神者は、本気でつれない態度を取った訳ではなかった事を示す為に、気持ち首へと回す腕の力を強めて擦り寄った。次いで、もにょもにょと不明瞭な声量で呟く。
「……別に、塩対応になった訳じゃないよ……。これ以上は、ちょっと恥ずかしさが無理なレベルに振り切れそうだったから、つい語気強めに言葉が出てっちゃっただけにゃんデス…………。傷付けたのなら、すまねぇ、御免にゃのだ……。お願いだから、嫌わないで……? 俺も、ぎねの事嫌いじゃないから……寧ろ、好きな方だし…………っ」
「…………ッスゥーーー、」
 本丸の裏庭をぐるっと回るように通り道をしながら歩いていた筈の御手杵が突然ピタリと立ち止まったかと思えば、己を抱えたまま徐ろに無言で天を仰いで長く長く息を吸うものだから、思わず気になった審神者は問うた。
「ん……? ぎね? どしたん?」
「……あのさぁ、」
「あい」
「あんまし、俺の事煽んないでくれって頼んだよなぁ」
「あい……」
「……俺さぁ、此れでも結構あんたの事見てきた方だから、あんたの言う語彙の意味は分かる方なんだよ……。つまりはさ、あんたが“嫌いじゃない”って言う時は、大抵“好き”を意味してるって分かってんだ。しかも、その“好き”のレベルが案外高くて“大好き”レベルな事も知ってる……。その上で敢えて重ねて“寧ろ好きな方だ”なんてさぁ……もうソレほぼほぼ答え言ってるようなモンだし。照れ隠しで“嫌いじゃない”って言い換えてる意味無いじゃん」
「おっと……?? 何やら風向きが変わってきましたかな??」
「今更はぐらかそうとしても無駄だからな」
「あ゙ぃ゙……ッ」
「あんたもその気があるんならさ……接吻キス、しても構わないよな?」
「ッッッ!?」
 思わず、反射的に顔を上げてしまったのが悪かった。途端、至近距離で交わった視線はあまりにも熱の宿ったものであった。直視すべきではなかったと気付いたところで、時既に遅し。またの言い方を、後の祭りとも言う。
 分かりやすく熱っぽさを帯びた視線を真っ向から受け止めてしまった審神者は、思考回路がフリーズしてしまったのか、ガチリと固まって身動きが取れなくなってしまったらしい。その機を逃す程、天下三名槍の東の御手杵様は優しくはなかった。
 しっかりと片手で安定した抱え方で抱え直すと、空いたもう片方の掌を伸ばして審神者へと触れてくる。初めこそ怖怖とその掌を受け止めていたが、次第にその大きさと高い体温故の温かみにほだされ、擽ったいながらも嫌じゃない事を感じて、されるがままを受け入れた。
 自ら掌の温もりに擦り寄る仕草を見せる頃には、気持ちを抑え切れなくなってしまったのか、気付いた時には御手杵の腕の中に大事に仕舞い込まれていた。
「うみゅ……っ。あのぉ、ぎね……?」
「……ッあ゙ーーー……ったく、あんたって奴はずりぃだろう〜…………ッ」
「え……な、何か御免??」
「あ゙ー、いや……別に謝って欲しい訳じゃなくって……。えっと、何て言ったらあんたに上手く伝わるのか分かんねぇんだけどさ……俺、本当はあんたの事、凄え大事に大事にしたいんだ……。その、なるべく傷付けたくはねぇからさぁ……。だから、優しくしてやりてぇのが本音なんだけど……同時に、欲のままに滅茶苦茶に乱してやりたい気持ちが、な…………っ。本当、男は狼で御免…………」
「にゃんでそれしきの事で謝るんだい?」
「えっ……だって、あんたが気にするだろうと思って……」
「男が狼な事なんざ今更なこったろうよ。そもが、戦で真っ先に先陣切って敵をぶっ刺しに行くような奴程、色欲的な欲求度が強いのは当然だろうし、そんなん七年余りも審神者勤めてりゃ自ずと知れるこった。万屋街の裏番通りの奥に政府公認の花街があるくれぇじゃしの。じゃけぇ、其処までおもんばかる程おぼこでもなかよ? 此れでもディープなヲタク気質なんでね、知識だけは無駄に豊富にあるし、耳年増な方なのだよ。お前ェさんが知らねぇだけで、俺って結構エッッッな事考えもするし、其れをネタに小説書いてるくれぇだからよ。まぁ、実体験は無いんですがね! あったら、今頃彼氏居ない歴イコール年齢なんて喪女ヲタク代表格なポジショニングになんて居やしねぇしにゃあ!」
 「にゃはは!」と軽口を叩いて笑っていれば、突如抱擁を解除されて、徐ろに視線を合わせさせられると、御手杵はこう宣った。
「つまり……これから俺が手を出しても何も問題はねえって解釈で良いんだな?」
「はぇ……?」
「あんたが今言った事は、そういう意味を指すからな。という事はだ……俺があんたに接吻キスしても許されるって事と同義であると思っても良いって事だよな?」
「……OMG……ッ」
「あんた……実は墓穴掘るの得意っつーか、自らフラグ立てて回収するタイプの奴だな……?」
「あ゙ぃ゙、ソウデス……俺こそがフラグ建築者及び即フラグ回収する馬鹿野郎デス……いっそコロシテ……ッ!」
 何処ぞの本科様のような口上をもじって宣えば、クツリと喉奥で笑った御手杵が妖艶な色を纏って言葉を返す。
「ははッ……悪いが、その願いは聞いてやれねぇなぁ。代わりに、自ら立てちまったフラグ回収するついでに、俺からの重たい愛を受け取ってくれよ?」
「お゙ぁ゙ッッッ……お前、さては乱舞上限実装初日に自分も達成出来なかった事、根に持ってんな? 乱舞レベル上限達成した子限定で俺からの贈り物あるし、記念しての御祝いで宴開くし。同じ無用組であるたぬさんも一足先に上限達成しちゃったモンな。一丁前に嫉妬か??」
「愛は重たくてなんぼなんだろ? 俺は、あんた自身が初期刀の加州に言ってた言葉をちゃんと記憶してただけだぜ。どうせ、俺も近い内に乱舞レベル上限達成するだろうから、其処まで心配はしてないし、気にもしてねぇよ。俺が気にしてんのは、どっちかっつーと、あんたが他の奴に取られねぇかって事だ。分かったなら……俺からの接吻キス、受け取ってもらえるよなぁ?」
「圧が……圧が凄いんよ……!」
「そりゃ、天下三名槍の御手杵様、だからな。当然だろ?」
「ぴぇッッッ……な、何卒お手柔らかに……!」
「ん。勿論、出来る限りの手加減はするし、優しくするつもりだって……。だからさ、今だけ、俺に身を委ねてくれるか?」
「ぅ゙ん゙ッッッぐ……!! 今の問に“NO”と返せるだけの材料がねぇし、断固として拒否れない圧に逆らえない時点で俺に拒否権なんてモンは無いに等しいのよ、ド畜生ッ!! そもが、推しにキス迫られて断れる女が居たら会ってそのツラ拝んでみてぇわい!!」
「照れ隠しが斜め上過ぎるだろ、あんた……」
「嫌なら今は大人しく控えてくだすっても良くってよ?」
「俺のやる気に火を付けた以上は責任取ってもらわなくちゃなぁ〜。というか、ぶっちゃけもう少し勃っちまってるから、このまま生殺しは流石にキツイし辛い……っ」
「待って。キスまでは許すと言ったが、まだ其処まで許すとは言ってないが?? というか、今その報告します?? 俺、今、お前に抱っこ状態よ?? 逃げ場など無いが??」
「じゃあ、逃げる前にせめて接吻キスだけでもしとくか!」
「ちょッ、待っ……!? まだ心の準備出来てにゃいィーッッッ!!」
「もう散々“待て”食らったんだ、これ以上の“待った”は受け付けねぇ。つーか、待てない。という訳で、頂きます」
「ま゙ッッッ、ンン゙……!!」
 散々言葉を尽くして待ったのだから、これ以上は待たないと宣言した上で、ご丁寧にも食前の挨拶を口にしてから審神者の唇を塞いだ。御手杵の口は大きく、口付けられる側は、まるで食べられているかのような気分であった。
 最初はおっかな吃驚してガチガチに口を閉じた彼女に配慮してか、軽く唇が触れ合う程度に重ねた。角度を変えながらも、何度と重ね合わせる内に弛緩しかんしてきたあわいを察して舌先で突付けば、緩く開いた唇にすかさず熱く熱を持った分厚い舌を捩じ込んで口内を暴く。
 まだ誰も触れた事のない、粘膜同士の触れ合いで、思わずふるりと身を震わせた審神者をなだめるように、首裏を支える大きな掌がうなじを撫ぜた。逃げて奥へと縮こまる舌先を追い駆けて、口付けを深めて追い詰め、御手杵は己の物と絡める。
 次第に口内に溜まっていく何方の物か分からない唾液を、飲み下し切れずに口端から溢して顎下へと伝わせる審神者は、ぎゅっと固く目を瞑って睫毛を震わせていた。其れを、薄目を開いてつぶさに見つめていた御手杵は、口端だけで器用に笑い、より一層口付けを深めて、審神者の呼吸を奪う勢いで口内を蹂躙した。
 どうやら、審神者は口蓋を撫ぜられるのが一番感じるらしく、其処を中心的に虐め抜けば、くたっと全身に入っていた力が脱力し、首に巻き付いていた筈の腕からも力が抜けた模様でへにゃりと腰砕きになったようだった。流石に、これ以上は今の彼女には酷であろうと、引き際を見極めた御手杵は、唇を解放した。途端、二人の間を艶めかしく光る銀糸が糸を引いた。其れを、自身の唇を舐める事でぷつんと切り、顎下まで伝ってしまった唾液を親指で拭い去ってやる。
 散々虐め抜かれた審神者の唇は、哀れな事にぷっくり赤く腫れ上がってしまっていた。未だ深い口付けの余韻から抜け出せないでいるのか、ぽややんとした表情で薄く口を開いて肩で荒く呼吸している審神者の意識は朧気であった。ぽってりと赤い唇は互いの唾液で湿って艷やかに映り、其れだけでも十分男の本能とも呼べる本質を揺さぶったが、薄っすら赤く色付いた頬に潤んだ瞳に口元から覗く熟れて美味しそうな赤い舌までもがセットとなると、色っぽさに拍車が掛かって、これ以上は視界の暴力だと判断して、そっと自身の肩へ凭れ掛からせるように隠した。
「すまん……初めに手加減するって言った手前の癖して、思いの外、自制が効かずにがっついちまった……。いきなり無理させちまって御免なぁ」
「……ん゙い゙ぃ゙……っ」
「うん……今回は、俺の理性の為にも此処までにしとこうな。これ以上は、ちょっと本気でマズイ気がしたんで……。あ、マズイってのは、俺の理性と俺の槍身がはち切れそうって意味な! 暫くは体に力入らなそうだし、無理せずそのまま俺に部屋まで運ばれとけ。大丈夫、道中誰にも会わないようにするからさ。俺と接吻キスした事は、二人だけの内緒な?」
 すっかりくったりとしてしまった審神者を横抱きに抱えたまま、離れの間へと戻る道中、御手杵は至極嬉しそうに抱きかかえた審神者の米神こめかみへと鼻先を埋めるようにして口付けを落とした。審神者自身も、其れを煩わしくする素振りも見せず、大人しく受け入れて、すりりと彼の首元へ擦り寄る。己の示す愛を少しでも受け取ってもらえた事が嬉しかった故か、はたから見た彼が纏う空気は甘ったるく、それでいて慈しみに溢れていた。
 大層ご満悦そうな雰囲気の彼からは、鼻歌さえ口遊くちずさみそうな空気であったと、何も知らずに遠くから彼の姿を認めた極短刀はのちに語る。


執筆日:2025.09.29
公開日:2025.10.14
加筆修正日:2026.01.16