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とんでも珍道中に巻き込まれた警備課新刃男士は、迷子の派遣審神者にメルトする。【上】



※尚、作中の一部にホラー要素を含む、所謂“とうらぶホラーネタ”となっております故、「ホラー無理駄目絶対」な方はご注意くださいませ。
※その他、暴力表現及び嘔吐表現が含まれる描写があります。
※この時点で少しでも苦手意識を持たれた方は、自己回避願います。自衛は大事。無理な閲覧はお控えくださいね。
※以上を踏まえた上で閲覧どうぞ。


 時の政府に派遣の形で雇われている審神者は、通常業務とは別に依頼された任務を遂行すべく、登庁した。目指すは、歴防本部の某所である。病み上がり直後でしんどい体に鞭を打って、単騎で乗り込む。
 本来、歴防本部施設内とは言え、本丸所属の審神者ならば、通常は用心棒的意味合いも過分に含めて己が所持する刀剣男士を最低一振りは伴に付けて来るのが、かの大災害とも言える“大侵寇”以降の通例且つ半強制的な義務であった。しかしながら、今回ばかりは、登庁する際にそうするように・・・・・・・との指示があった為、初期刀を筆頭とした過保護勢に出掛ける直前まで渋られる中、審神者単騎での出向と相成ったのだ。
 だが、御上からの指令とあらば、否が応でも従う他ない。其れが、どんな道理であれ、下々の者たる宿命さだめである。だいぶ動けるようになる程回復してきた身とは言え、全快と言うには程遠い調子だ。無理は禁物。けれども、御上からの御使いを頼まれたとあっては、多少の無理は承知でのぞむしかないだろう。
 事前に資料として手配された紙媒体の地図を片手に、深々とした溜め息を吐き出しながら、政府職員及び関係者以外立入禁止の区画エリアへと進むべく、出入口の自動ドア横に設置された認証システムの画面へ、ストラップ状に首から提げていた専用の審神者証を翳す。すると、機械的な音声と共に自動ドアのロックが解除され、中へと進む許可が下りた。
 画面へと翳していた審神者証を落とさないよう懐に仕舞うなり、止めていた足を再び動かして歩き出す。開いたドアのラインから審神者が数歩離れると、自動的に背後でドアは閉まり、関係者以外立ち入る事を許さないと言わんばかりに硬くその口を閉じた。
 カサリ、音を立てながら大きく両手で広げて持った地図を覗き込みつつ、目的地を目指して歩みを進めていく。
「……ったく、何で施設内なのに、わざわざ電子媒体の方でなく紙媒体の方を寄越したかね? しかも、古びて日焼けしてる上に所々霞んで読みづらいし。屋内だからっつっても、もうちょいマシなモンはなかったのかよ……。わざわざウチみたいな本丸に派遣頼むくらいなんだから、俺に合わせてアプデした地図を貸してくれても良いだろうに。お陰様で分かりづらいったらありゃしねぇ……。そもそも、俺、初めて行く場所とかは土地勘無いから、迷いやすいっつーのに……御伴も無しで単騎で調査しろとか、巫山戯ふざけんなっちゅーねん。控えめに言って、“死にに行け”言うとるようなモンやぞ、クソが。此れで何かあったらマジで賠償請求したるからな、おんどれェ……っ」
 物騒な愚痴と文句をぶちぶち垂れながらも、“仕事”として頼まれた事には真摯に向き合うところを、派遣審神者として雇った側は見込んで買っての事なのだろう。親の心子知らず、ならぬ、御上の心兵知らず、であるが。
 やけに古びた地図を片手に、地図上へ印付けされた地点を目指して、一人寂しくぽてぽてと歩いて進む。
 出入口は増設の際に作り変えられた物で比較的新しいシステムであったが、いざ区画内に入って少し進んでみれば、些か古びた内装であるのが見て取れた。
「……何か、やけに古びた処だなァ、此処……。もしかして、旧施設棟の方だったりする? そうなると、俺、一度も来た事ねぇ可能性あるから、迷う確率急上昇しちゃうんだけど。……と言いつつ、実際は、どんだけ新しい施設だろうが、一度たりとて足を向けた事がない場所なら、何処だろうが一緒扱いなんだけどね。ははっ……ワロエぬぇ〜……」
 仮に、今立てた仮説が正しかった場合、無駄に長いだけの無機質で殺風景な廊下の照明が所々チカチカと点滅していたとしても、何ら可笑しくはない。事実、頭上の真上で動作感知式のタイプ且つフルオートで点灯している筈の照明が、時折頼りなくも点いては消えてを繰り返しているのを、横目に視界へと映しながら通り過ぎて行く。
 この審神者、元々が地方の片田舎出身で、尚且つ築百年を優に超えた日本家屋住まいで暮らしてきた為、多少のポルターガイストじみた現象には慣れ過ぎていた。故に、照明がただ頼りなさげに点滅するくらいでは動じず、思う事といったら……「何だよ、人が出入りするんなら蛍光灯くらいちゃんと取り替えとけよなァ〜」ぐらいであった。だからこそ、怪異対策調査課にスカウトされ、同時に一時世話になった縁も手伝ってか特殊討伐課からの勧誘を受けていた。
 生来の霊力の性質もあり、怪異関連の事は対処出来なくもないというていで以て、本業とは別に“派遣審神者”という肩書きが加わる事を受け入れた。……が、時の政府の闇を暴くような裏仕事側に就くのは御免被りたいとして、しつこく催促してくる特殊討伐課からの誘いは断固として断っている。
 本業は飽く迄も本丸就きの審神者であり、正史を守るのが使命だ。今現在依頼を受けて行っているのも、飽く迄も雇われバイトの範疇という訳である。
「……それにしたって、目的地遠いな……。まだ着かねぇの? 俺、此処入って来てから、そこそこ歩いたと思うんだけど……途中で道間違った、とかではない……よなァ? 無駄に長いだけの廊下歩いてるだけだし。つーか、この地図クッソ見づれぇ……ッ。所々霞んでて読めねぇし。コレでいきなり迷ったとかなったらマァ〜ジで詰むぞ、クソが」
 ……とか何とか、お口悪くもぶちぶち文句を垂れ流しながら進み、漸く終わりを見せた長いだけの廊下の曲がり角を曲がって、すぐ目の前に現れた階段を上がっていく。そして、地味に足腰に来そうな急作りの階段を手摺を使って上りつつ、眉間に思い切り皺を寄せて渋面を作った。
「うえ゙ぇ〜……マジ最悪……何でわざわざ埃っぽいアレルギーの巣窟みてぇな旧施設棟なんかに出向かなきゃならんのよ……。大抵の設備は、新設した施設の方に移転してる筈なんじゃねーのかよ……。はぁーっ……地味にコレ、キッツイな……。こちとら病み上がりの身ぞ、気遣えよ。……つって、社畜にんな事言う権利すらありませんってにゃあ〜。ははっ、マジで草も生えんて……」
 一階層分を上がり切り、其処から踊り場を左に曲がって、隣の棟と繋がる連絡通路らしき薄暗い渡り廊下をただ只管ひたすら歩き進める。政府職員及び関係者以外立入禁止の区画エリア内へと入ってから随分と歩いたが、一向に目的地へ着く気配が無く、審神者は段々とその表情を曇らせていく。ついでに、ボッチで寂しいからという理由だけではない独り言が、思わず口からポロリポロリと落ちていく。
「え゙ー……コレ、まだ着かねぇの……? いい加減、着いたって良くなぁい? こんなに歩く事になるとか聞いてないんだけどォー……普ッ通ゥーに病み上がりの体に悪いからヤメて欲しいんだけどな……。ちょっとした御使いのていで来たから、水分補給用の飲み物とか持参してないんだが……始めから延々と歩かされる羽目になるなら、うぐ御墨付きの保温性抜群の水筒持って来たっちゅーねん……。はぁ〜っ、だッッッる…………せめて、一振りくらい同伴者付けさせてくれてたら、今頃暇潰しの会話にも困らんかったんだろうによォ。現実は非情で無情。まさしく、この世は地獄です……ってか。江雪兄様かよ。……目的地本気でまだですか??」
 苛立ちと気怠さを隠しもせず、些かピリついた空気を醸し出しながら、兎にも角にも早く面倒な用事を終わらせるべく目的地を目指して足を動かした。
 そうして、これまた閑散とした無駄に長いだけの連絡通路を半ば辺りまで進んだところで、不意に視界の端に人影らしきものを映し、歩む速度を落とした。元々、其れ程急ぎ足でもなかった速度は、徐々に落ちて、遅々とした狭い歩幅まで下がる。ほぼ止まりかけのような速度ながらも歩みは止めずに、前方方向へ進むという動作のまま、視界の端に映り込んだ人影にそれとなく視線を向けて、若干気持ち程度自身の警戒レベルを上げて進んだ。
 すると、徐々に人影の輪郭がはっきりとし始め、やがて、その全貌が明らかになる頃には、無意識的に張り詰めていた息をそっと細く吐き出した。前方から此方へと向かって歩いてくる人影のヌシは、実装許可が下りて日が浅い刀剣男士――二筋樋貞宗、そのヒトであった。正しくは、刀であって、ではないが。
 此処に至るまで、自分以外の誰とも遭遇する機会がなかった事もあって、“誰か他にも居る”という事実にただただ安堵した。丁度良い機会だ。目的地までの道順が合っているかを尋ねてみよう。
 肩に掛けられた上着の刀紋入りの腕章とは別に、青地のカッターシャツの左二の腕の位置に付けられた政府所属男士である証の腕章を視線のみで確認した上で――、現在地点をもう一度確認するべく、手にしていた紙媒体の地図に一度視線を落とした。そのタイミングで、向こう側から声をかけられた。
「うん……? あんた、見ない顔だな。此処は、政府職員及び関係者以外立入禁止区画のエリアだが……其れを知っての侵入か?」
「あれ。何も通達行ってない系……? 困るなァ〜。ただでさえ俺外部の人間だから、伝達はきちんと上で行ってもらっとかないとトラブルの原因になるんだが……。そもそも、逐一の報連相とか、社会人における基礎中の基本だぞ。どうなってんだ、今回俺を派遣に回した奴……。ちゃんと警備課の方にも連絡回しとけよなァ〜……ったく」
「外部の人間……という事は、本来であれば、立ち入る事は許されない分類の人間という訳か。刀のお巡りさんたる俺の目の前で、白昼堂々と不法侵入を働くとは、中々図太い神経だな。良い度胸してるよ、あんた。見た限り、腕章が無いって事は……政府職員でもなく、限りなく黒、と。不届き者は漏れなく連行対象確定だ。現時刻、一四時五〇分ヒトヨンゴマルを以て確保。警備課の方までご同行願おうか」
 “外部の人間”という一部分だけを鵜呑みにして早とちりしたらしい相手に、勘違いで手錠を掛けられての連行をされそうになった寸でのところで慌てて待ったを掛け、上着の内側へ挟むように仕舞い込んでいた――ネックストラップ式の審神者証を提示した。
「ちょっ……タンマタンマ! 外部の人間とは言ったけど、正式に時の政府側から雇われた派遣審神者ッスから! 此れがその証拠の、派遣部隊専用に発行された審神者証! 普通の審神者なら、電子媒体での発行が多く、その上、証明写真の部分は近侍の刀剣男士の顔が表示されてるところだけど。此れの場合は、原則アナログカード式で、尚且つ審神者本人の顔が印刷されてるでしょ? この審神者証は、専門機関から直々に発行されてるヤツだから、不正は出来ない仕様となっとりますぜ。政府所属男士なら、研修の段階でそういうの教えられとる筈やし、“知らん”なんて事はないやろ。……此れで疑いは晴れましたかい?」
「……ふむ。確かに、此れは然るべき部署から直々に発行された代物で間違いなさそうだな。此れは失礼しました。派遣審神者としてのお勤め、ご苦労様です。性分上、つい頭から疑ってかかりがちとは言え、理由ワケも聞かずに一方的な勘違いで縄を掛けるところだった」
「此ればっかりはしゃーないですわ。だって、“二筋樋貞宗”言うたら、実装許可が下りたばっかの新刃さんですもん。お巡りさんらしく見回りしてらしたところを見るに、其方さん、警備課所属の男士でっしゃろ?」
「如何にも。俺は、歴防本部警備課に配属となったばかりで、顕現歴も戦闘経験も日が浅い、二筋樋貞宗だ。さっきは頭ごなしに疑って本当に悪かった。この区画エリアは、普段あまり人が出入りする事がない場所だと聞いていたモンでね。おまけに、あんたが初めに言ってた通り、今日この時間帯に此処へ誰かが出入りする予定があるという事は、一切知らされていなかったんだ。気に障ったのなら、すまない」
「その件に関しては、完全に上の情報伝達ミス……或いは、意図的に秘匿されたものと思われるので、君は悪くないと思うよ。後で俺の方からも然るべき部署に苦情申し立てておくから、問題は無いさ。話は変わるんだが、つかぬ事をお訊きしても宜しいかね?」
 彼の目の前へ掲げるように見せていたネックストラップ式の審神者証を上着の内側へと再び仕舞いながら、話を変えれば。先程までの職質或いは尋問のような剣呑な雰囲気とは打って変わり、親しみやすさを滲ませた態度での返事が返ってきた。
「話を聞くのも、刀のお巡りさんの仕事だからな。それで、どうしたんだ?」
「建物の構造を見るからに、此処は旧施設棟の方であると認識して此処まで進んできたんだが、合ってるかい……?」
「あぁ。間違いなく、此処は旧施設棟で合っているぞ」
「だからか……わざわざ紙媒体の地図なんか用意されたのは」
 旧施設棟であった場合、所々設備が老朽化している影響で電波が届きにくい可能性がある。よって、電子ナビゲートでは途中で電波が途切れて迷う可能性がぐんと上がる。此れを踏まえて、電子ナビゲートに頼るよりも、紙媒体の地図に頼った方が迷いにくいという安牌方法を取ったのだろう。
 一先ずは己の直感が間違っていなかったのだと証明され、片手に持ったままであった紙媒体の地図を改めて両手で広げてみせながら、此処に至るまでの事情を説明しつつ、丸印の付けられた目的地を指差して問うた。
「俺が此処に来た理由は、怪異対策調査課からの依頼で調べて欲しいポイントがあるとの連絡を貰い、資料として受け取ったこの古臭い紙媒体の地図を元にやって来たんだが……。生憎、俺は、紙の地図で土地勘無い処に行くと方向音痴を発揮するタチでね。同伴者が居る、または電子媒体での地図なら自動音声案内とか使えるから迷わないんだけど……今回は始めから探索条件が絞られていて、自本丸から護衛役の男士を伴うのもアウト、尚且つナビゲートは紙媒体での地図を頼るのみで、本部からの助力は緊急時を除いて得られないと決められてる。そんなこんなで、俺単騎で一人寂しく、此処まで来た訳なんだが……まぁ、俺の事情はさておき。目的地までの道順が合っているかの確認をお願いしたいんだけど……ちなみに、目指すべきポイントは、印の付けられたこの部分。地図が古過ぎる所為で、所々文字が掠れて読みづらかったりして分かりにくいかもしれんが……現在地点は、目的地手前にあるこの連絡通路で合ってるよね?」
「どれどれ……何だ、こりゃ? この地図、かなり古い時代の物じゃないか? 旧施設棟とは言え、増改築を繰り返して現状の構造に落ち着いているから、連絡通路此処を抜けて行く事になると、あんたが目指すべき地点から逆算したら遠回りする事になるぞ」
「えっ!? マジかよ……。つまりは、俺、無駄に歩き回らされてたって事じゃん。はぁ? 巫山戯ふざけんなし。わざとこんなふっるい地図寄越しやがった奴に、本丸帰ったら元政府刀を通して正式に苦情申し立てに行ってやろうか。派遣審神者の事、何やと思うとるんじゃ我。コッチだって暇じゃねぇんだぞ。理由ワケも無しにこんなクソ面倒な真似しやがったんだとしたら、冗談抜きでイテこますぞ」
「お、おぉ……っ。派遣審神者も色々と大変なんだな……御愁傷様……」
 まさかのまさかで、調査の為に事前資料として渡された紙媒体の地図が古過ぎる物である事が判明した。思わず、審神者の口から取り繕いもしない口調での愚痴が盛大に漏れ出る。其れを間近で見聞きしてしまった警備課所属の二筋樋は、軽く引いた態度で労いを込めた慰めの言葉を口にした。素直なその態度に、打って変わってお上品に片手でお口を押さえた審神者は、今度は丁寧を通り越したお嬢様口調で軽く詫びた。
「おっと、失礼。つい素のお口の悪さが露呈して、お見苦しいものをお見せ致しましたわ。御免遊ばせ。どうか、お気になさらず」
「あ、あぁ……。別に、大して気にしちゃあいないから謝る必要もないんだが……まぁ、良いか。あんた、見かけによらず、かなりギャップのある奴なんだな……?」
「混乱させて申し訳ない。普段の任務中は、外面良くもう少し自我を抑えているところなんですがねェ……今はちと気が立っておりまして。俺の口調に関しては、ケースバイケースでコロコロと変わったりするんで。“気にしたら負けよ”のていで、スルーする方向でオナシャス」
「ははっ……了解した。ちなみになんだが、此処に来るまで、どういう道順で来たか覚えているか?」
「えっと……今居るのが、この連絡通路だから……地図を見ながら記憶を遡ると……政府職員及び関係者以外立入禁止の区画内に出入りする為のオートロック式ドアを通過してから、無駄に長い殺風景な廊下を真っ直ぐ突き進んで、突き当たりの角を曲がった先にあった階段を一階分上った後……確か左に曲がって、今此処状態かな」
「成程な……。あんたの目指す予定の場所が、赤色で印の付けられた連絡棟の通信室だとすると、本来であれば、階段を一階分上り切った後、右に曲がって行くのが一番近い道順だ。けど、この地図じゃあ、其れは分からなかっただろうから、俺が直接案内した方が早いだろう。さっき、土地勘が無い場所だと迷うとかどうとかって言ってたしな」
「おや、其方から道案内を買って出てくれるとは有難い。此処は、素直にお言葉に甘える事としましょうかね。巡回中だっただろうに、余計な仕事増やしてスマンね」
「いや、なに。道案内をするのも、お巡りさんの仕事の内だからな。特に、あんたみたいな“迷子の子猫ちゃん”は、俺の気質的にも放っておく訳にはいかないんでね。丁度、この旧施設棟区画は俺の巡回エリア範囲だし、巡回ついでに道案内するとしよう。迷わないよう、しっかり刀のお巡りさんの後を着いてくるんだぞ?」
「はぁーい、宜しくお願いしまぁーっす!」
「うん、良い返事だ」
 そんなこんなで、政府所属の刀のお巡りさんの手を借りながら目的地までを目指す事が決まった。良かった良かった。もし、あのまま誰にも出会わなければ、何も知らないまま土地勘の無い場所で延々と彷徨い続ける羽目になっていたところである。偶然という奇跡が重なって、運良く巡回中の警備課所属男士と巡り会えてラッキーだ。
 大人しく道案内を受け入れつつ、素直に彼の後を付いて行くべく、元来た道を一旦戻るように踵を返していれば、数歩前を歩いていた彼が再び口を開く。
「ただ無言で歩き続けるってのもどうかと思うんで、あんたさえ良ければ、道すがら何か適当な話でもしようと思うんだが……大丈夫か?」
「体力的にって意味での質問なら、一応大丈夫ッス」
「なら、良かった。知り合って間もない間柄の異性相手と二人きりってのは、何かと気まずいんじゃないかと思ったんでね。目的地まで案内する道すがらの間だけ、お巡りさんとちょっとした世間話でもしようか」
「顕現してまだ間もないだろうに、其処まで気ィ遣ってもらっちゃって悪いねぇ。でも、ぶっちゃけ有難いたいッス。俺、陰キャのコミュ障なんで、自分から話題振るのとか苦手だったから、正直助かりますわ」
「そいつは何よりだ」
 歩きながら、無難な暇潰しに何か会話しても大丈夫かを問われた為、是と答えれば、気遣いに溢れた回答が返ってきて、ストレートに感謝を述べた。すれば、彼は首だけで此方を振り返りながら、笑みを浮かべて言葉を返してきた。場面だけを切り取ると、面倒見の良いお兄さん的な雰囲気である。此れはメロい。ビジュアルもる事ながら、此れは沼落ちする女審神者(或いは男審神者)達が続出しても可笑しくはなさそうだ。まぁ、当該審神者の本丸には、既に一振り顕現している故に、ある程度の耐性は付いているからサラッと受け流しているが。
 そんな事を考えながら目の前でヒラヒラと揺れ動く、彼が肩から羽織っている白のジャケットの袖口や裾辺りを見つめた。さながら、お猫様のような視線であるのは無自覚である。
「派遣審神者と言ったら、確か……最低でも五年以上本丸を稼働させ続けている事と、審神者レベルが二〇〇にひゃく以上に到達している事――というのが条件だった筈……。その流れで行くと、あんたは、既に五年以上は真面目に審神者業を勤続している事になるんだな?」
「応ともさ。俺は、審神者に就任してから早七年と半年余りの中堅どころの一般審神者よ。まぁ、審神者歴十年以上の熟練審神者様方には、まだまだ足元にも及ばんレベルかもしれんがね。一応、審神者レベルも二五〇にひゃくごじゅう台ではあるが、真のゴリラ審神者勢に比べちゃあ雛ゴリラレベルさな。さっき審神者証見せたから知ってるだろうけども」
「ご謙遜を。審神者歴だけでも十分、古参寄りと言い張っても過言じゃないだろう?」
「其れは、確かに事実だが、俺より上の方々なんて沢山居るんでなァ。現状に胡座をかいてるつもりはねぇですよ。上には上が居るという事を常に意識しつつ、身分を弁えつつ、己の本分を見失わんように誠心誠意努めて精進あるのみ。俺は、こう見えて脳筋思考故に、考え方はシンプルなんで。歴史修正主義者たる時間遡行軍、そして、第三勢力である検非違使は、全て敵。敵は纏めてぶった斬る。ただ其れだけ。俺達審神者の使命は、正史を守る事が本分だ。……なんだけど……審神者ってのは、如何せん、お役所仕事だけでなく、神職にも纏わる業種の所為なのか……或いは、物の心を励起出来る霊的力を有するが故なのか……怪異やら神性生物に狙われやすいんすよね〜。其処で、そういった関連のお悩み相談窓口となっているのが、俺が派遣として雇われている怪異対策調査課になるって訳。で、今日此処に来たのも、その業務としての一環ッス。まっ、俺は飽く迄雇われの派遣部隊に過ぎんがね」
「という事は、普段は本丸で生活しているのか?」
「余っ程の事でもない限りは、基本本丸在住の審神者だよ。此れが、本丸持ちの政府所属審神者とかってなると話は別になるんだろうが……俺は飽く迄もバイト・・・なんでな。社員寮住みではないッスよ。……まぁ、ちょっとばかし一時世話になった事はあるが、そりゃまた今度話すとしようか。言うて、そのまた・・会う機会があればの話だがね」
「へぇ……話を聞いている限りでも、あんたの本丸ってのは、そこそこ優秀な戦績を修めているんだな。でなきゃ、派遣審神者の勧誘なんてお声はまずかからない筈だし。何か切っ掛けとかあったのかい?」
「あったにはあったが……半ば強制的に派遣審神者となる条件を飲む他なかっただけなんだよな、俺の場合……」
「と、言うと……?」
「あ゙ー……こう言うと外聞悪く聞こえるからアレなんだけど……まぁ、所謂、その……ちょっと色々とやらかしちまった件を敢えて黙認してやるから、“ペナルティ”という形で引き受けた……みたいな流れなんすよ、実は」
「……其れは、刀のお巡りさん的には、かなりグレーゾーンな話なんだが。仮に、今の話が本当だったとして、敢えて黙認しペナルティを課した不届き者は何処の部署のモンか、詳しく教えて――……、」
 警備課所属の二筋樋が言葉を言い終わらぬ内に、不意に進行方向である前方の照明が一部、突然として「パリンッ!」と鋭い音を立てて割れて消えた。吃驚すると同時に音がした方向を見遣った直後、辺りの空気の温度が一気に下がったような、そんな感覚を覚えた。途端、二人の間に流れていた穏やかな空気は掻き消え、ピリリとした空気で張り詰めた。
 明らかな異変に、刀剣男士の本能として臨戦態勢へと素早く移った目の前の彼の手が、腰に佩いていた刀を何時いつでも抜けるように柄に掛かる。審神者自身も、静かに目を眇めて、前方方向を凝視した。そして、空間の一部――審神者から見て、通路の右側奥の付近が、不自然に揺らめいているのが分かった。十中八九、今回調査対象の怪異か、怪異が影響で起こったポルターガイストと思われる。
 現在二人が居る地点は、先程居た連絡通路より手前地点まで戻った、階段からの分かれ道ポイントに差し掛かる場所である。多少なりとも開けた場所であった連絡通路と比べて、此方は完全屋内戦となってしまう。万が一、戦闘が避けられない状況下に置かれた場合、打刀である彼では不利だ。おまけに、顕現してから日が浅く経験も浅いと言っていた。となると、最悪戦闘になった場合の分が悪過ぎる。
 審神者は、彼の背後より前方を真っ直ぐに見据えたまま、声を潜めて問うた。
二筋樋貞宗さん・・・・・・・や。アンタ、今の練度が何レベくらいか把握してるかい……?」
「俺の今の戦闘レベルを問うているのなら、先日漸く特が付いたばかりという程度だが……何か問題が?」
「あ゙ー……うん……。という事は、この場はソッチが仕切るより、本丸という戦の最前線基地で死線潜り抜けてきた俺が前に出て仕切った方がまだマシそうだ。相手は、十中八九、怪異だ。其れも、たぶん、俺がこれから調査予定だったヤツだろうなァ。ついでに解説すると、今照明が割れたのは、物に対する影響から察するに“ポルターガイスト”ってヤツになる。人に対しての影響を及ぼす場合は霊障となるが、今のは見た限り明らかにポルターガイスト現象っぽいんだよなぁ。はぁー……向こう側から出て来てくれんのは有難いが……今ばかりは状況が悪過ぎるぜ、全く。ははッ……」
「分が悪いなら、体勢を立て直すという意味での一時撤退で、走って逃げながら撒くのは?」
「すまんが、俺の諸事情により今は走って逃げる事が出来なんだわ。なので……アッチが敵意剥き出しで此方を害してきたと判断した瞬間、一時的にだが結界術で防壁を展開する。コッチも病み上がり直後で今回の任務に当たってるモンで、本調子とはいかなんだなァ〜コレが。だから、防壁張れても長くは保たん。故に、もし仮に戦闘行為に発展するってなった時は……アンタの力、迷わず貸してもらうぜ」
「つまりは、現状は真っ向勝負……当たって砕けろ精神でいどむしかないと? 俺があんたを担いで逃げるのも駄目なのか?」
「じゃあ、逆に訊くが、アンタはあの怪異の存在、その目ん玉で捕捉出来てんのかい?」
「あんたには、照明が一部割れた以外にも何か見えている、と……?」
「完全に見えてる訳じゃあねぇが、朧気な輪郭程度ぐらいは捕捉してる。俺は、一般家庭出身だが、親戚に神職や住職に就いてる人間が多い家系で、尚且つ霊感強い母の血を濃く受け継いだ身でね……。審神者になってから、何度か死にかけた事があったのもあって、波長やチャンネルが合えば見えちまうくらいには霊感が強くなってる。現時点では、何か不可解な感じで空間が揺らいでるポイントがある……ってな感じでギリ見えてるかな。アッチが、警戒レベルを示す為にポルターガイスト起こしただけで済めば、怪異レベルとしては易しいモンで事は片付くんだが……明らかなる害意を見せてきた場合に限り、規則に則って“害為す怪異は排除しろ”って事で戦闘は避けられんだろうなァ。はぁ〜〜〜っ……今日の俺、厄日か何かァ? クッソ最悪なんですけど。せめて、近侍の刀を連れて来れてりゃ、まだこの状況を好転出来たんですけどねぇ〜っ。本当、俺と言い、アンタと言い、運が悪かったにゃあ。ははッ」
 苦笑いを浮かべて気丈に振る舞うも、緊迫した状況に冷や汗が米神を伝う。眉間に皺を寄せて険しい顔付きになりつつ、緊張で嫌に乾く下唇を舐めながら、怪異に対して耐性の無い彼を庇うように、スッ……と一歩前へと躍り出た。その慎重な足取りと自分自身以上に張り詰めた空気を背負う審神者から漏れた乾いた低い笑い声に、訝しげに顔をひそめながら再び口を開く。
「あんた、この状況下でよく笑ってられるな……?」
「はははッ……そりゃあ、人間っつーのは窮地に追い込まれれば追い込まれる程、可笑しさに笑いが込み上げてくるような生き物だからなァ。特に、俺みてぇな、元社畜上がりの脳筋且つ戦闘狂を謳ってるゴリラ審神者なら、尚更……戦において窮地に立たされた時程、狂気背負って高笑いしながら敵陣に突っ込むぞ」
「そういうのを、人の世では無謀だと言うんだぞ……!? あんた、正気か!? というか……何かちょっと顔色悪くなってないか? 本当に大丈夫なのか??」
HPライフも最大値に満たない状態異常持ち中でSAN値がピンチな時に一々顔色とか気にしてられるか。つーか、自分が今どんな顔色してるかとか、自分からじゃ見える訳ねぇーんだから知ったこっちゃねぇよ。正直今それどころじゃない。この危機的状況をどう乗り切るか、今必死に脳内会議してるから、ちっと黙ってろ」
 指摘されて初めて自覚するも、己の顔色が悪くなっているのは、恐らく怪異との遭遇以前の問題な可能性がある。そう来ると、如何にこの状況を短期決戦で片付けるか、己の体力と霊力問題に掛かってくる。奇しくも、自然と湧き上がってくる笑みと変な活力で、不気味な笑いがクツクツと喉奥を鳴らして止まず、傍から見れば狂気的とも言える牙を剥いた獰猛な笑みが無意識に浮かぶ。
「作戦と呼べる策は特に無いが……まぁ、本丸で待たせてる刀達が居る以上、俺もこんな処でおめおめと犬死にしてる訳にゃいかねぇんでなァ。強行突破行かしてもらいますぜ。なに……こちとら怪異対策調査課から直々にスカウトされる程怪奇現象には慣れてるんだ。二筋樋貞宗・・・・・、アンタは俺の指示が出るまで余計な手出しすんじゃねぇーぞ。死にたかねぇなら、黙って俺に命預けてな。安心しろ……俺は、自分の刀じゃなくとも一振り足りとて折らす気はねぇ主義で貫いてっから、絶対に折らせはしねぇよ。何が何でも生き抜いてみせてやらァ。念の為の確認として訊くが、御守りは所持してるか?」
「あ、あぁ……一応、万が一の為にと支給された物なら持ってるが……」
「なら良し。御守りあんなら、多少ダメージ食らっても最悪折れる事だけは防げそうだな。そしたら……取り敢えず、今から俺が地味にちょろっと移動してみる動作に出るんで、其れで向こう側から攻撃の手が飛んできたら、即時防壁展開して様子見しながら一旦凌ぐぞ。そっから先は、アッチの出方次第で動く。何か質問や異論はあるかい?」
「ふー……っ。俺は、怪異に関しての知識も浅く、専門外だ。素直にあんたの指示に従おう。俺の力が必要となったらすぐに言ってくれ。顕現して間もない未熟者とは言えど、腐っても刀剣男士……あんたの盾くらいにはなってみせるさ。そもが、審神者であるあんたをみすみす死なす事はしないし、刀のお巡りさんとしても守ってみせる」
「じゃあ、こっから先の方針は、今言った流れで宜しく頼むぜ」
 目線は正面へと固定したまま振り返らず、軽く利き手を振って合図とした。一瞬足りとも目標から視線を外す事なく、ひたと見据えた状態のまま、じりっ……と摺り足で片足を数センチメートルだけ横にずらした。途端、ヒュンッと空気を裂く音と共に衝撃波のようなものが正面から襲い掛かってきて、反射的に結界術を応用した防壁を展開する。直後、透明な膜状に張られた結界が怪異の攻撃を受け止め……たかに見えて、あっさりと破られたのか、貫通した部位から徐々に結界は解けて守りとなる防壁を失った。幸い、攻撃は足元近くを狙ったもので、二人共無傷である。思わず、審神者の頬がヒクリと引き攣った。
「ウッソだろ、オイ……ッ。殺る気満々かよ……! 今の、そこそこの強度の防壁張ったつもりだったんだが、あっさり破ってきやがった。あ゙ーハイハイ、成程そういう事ですか。つまりは、コレくらいは屁でもねぇって事ですか。巫山戯ふざくんな? はぁ〜……ッ。病み上がりで本調子でもない内から、あんま霊力使いたくなかったんだが……止むを得ん。背に腹は代えられんってな。ソッチがその気なら、コッチも実力行使さしてもらいますわ。コッチも命が惜しいんでね。という訳で、早速で悪いんだが……二筋樋貞宗・・・・・、アンタの力貸してもらいますぜぃ」
 そう言いながら、ざりっと地面を踏み締めるなり、腰を落として両方の掌を前面へと突き出す。そうして、今度は先程よりも強度をガン上げした防壁を展開した。途端、再び先程と同じく鋭い矢のような衝撃波が複数此方に向かって飛んできた。結界を通して掌に伝わってくる衝撃の重みが、先の比ではない事を悟ると、更に倍の霊力を放出して防壁を生み出す。数枚の結界壁を重ねて張った上で、対怪異からの攻撃に耐えながら、後方で何時いつでも加勢出来るよう控えている彼に向かって口を開いた。
「単刀直入に訊くが、新刃研修で“大侵寇”の事は習ってるよなァ?」
「あ、あぁっ……かの大災害とも言える出来事の事なら、必ず研修時代にどのような事が起こったのか、詳細に叩き込まれて、教訓にするようにと教わるからな。其れがどうしたって?」
「知ってるのなら話が早い。今から、“大侵寇”で各本丸の初期刀と三日月宗近が行った特殊攻撃の遣り方を再現する。これからやってのける事の流れをざっくり説明すると、各ポジショニングについては、俺が初期刀のポジで、アンタは三日月のポジを務める。簡単に言い直せば、一旦刀の姿に戻ったアンタを俺に憑依させる方法だ。本当は、他所様の刀でやりたかねぇ、超絶物理的な力技なんだが……この状況を打破するには、ソレしか考え付かねぇんだわ。気持ち悪ィかもしれんが、一時的なモンだと思って我慢してくれや。ぶっちゃけ、俺もコレは本当の本当に最後の手段という奥の手で切るつもりのカードだったんで、こないに早く最後の切り札を切る羽目になろうとは思わなんでなァ。マァ〜ジでワロエなさ過ぎて草も生えんっての!」
「待て待て待て……っ! この状況下で刀の姿に戻れだと!? どう考えても自滅行為過ぎる!! あんた、本当に正気か!?」
「現状を打破するにゃあ、今はソレ以外方法がねぇーんだから仕方ねぇだろ? 男なら腹ァ括りな。俺はとっくの昔に腹括ってんぜ。顕現して間もない内から戦場でもねぇ場所で散りたかねぇだろ? なら、ごちゃごちゃ御託並べてねぇで、さっさと俺の言う通りにしな。最初に言った通り、飽く迄この防壁は一時凌ぎだ。俺の霊力だって有限な上に……この際はっきり言うが、対怪異戦とは言え、一対一サシでのタイマンならまだしも、今回は超絶つよつよな御札補助も無しに低練度であるアンタを庇いながら戦わなきゃならん状況故に、長くは持ち堪えられん。そもが、こちとら病み上がり直後で全く本調子じゃねぇ身で動いてんだ。だから、早めに決着付けねぇと、本気で後がねぇぞ。ちなみに言っとくが、結界は後二枚で破られる。これ以上は流石に俺も無理だし、破られたが最後詰みだぞ。分かったか?」
「あ゙ー、はいはい、考える余地すら与えて貰えないって訳ね……! 一先ず、あんたの覚悟の程は理解した! 俺も自分の正義を信じるべく、腹を括る……。言われた通り、全てあんたに委ねるから……頼むから、俺の目の前でみすみす死ぬような真似だけはしてくれるなよ……っ!」
「その為の手段を行使するべく、こうして頼んでるんだろーがよ」
 了承の意図の返事を受けた直後に、通路の前方方向にあった全ての照明が破壊される。同時に、残り二枚で攻撃を防いでいた結界壁が、また一枚と破られた。審神者は弾かれたような痛みを覚えた利き手を反射的に引き、舌打ちを零した。結界を破られた反動を食らって地味にダメージが蓄積している証拠だろう。反射的に引っ込めた利き手の指先からジンジンとした痺れがするのを、顔を顰めるだけに留め、軽く手を振るようにして痛みを誤魔化した。
「素直にあんたの指示に従うと言った手前で悪いが、具体的に俺はどうすれば良いんだ……?」
「俺が合図したら、その瞬間、アンタは刀の姿に戻ってくれ。そしたら、俺は直ぐ様アンタの本体を使って怪異そのものを斬る。今唯一張ってる最後の結界が破れる寸での一瞬の隙を突いて攻撃に転じるから、アンタは俺の動きに合わせて霊力を俺に流してくれ。脳内シミュレーションは済んだか?」
「ふぅー……ッ。了解。何時いつでも、どうぞ……!」
「んじゃ、三・二・一の合図で行くぞ。――三、二ィ、一ッ……!」
 数を数え終わった瞬間、最後の結界が破られた。貫通してきた攻撃を間一髪で躱しつつ、刀の姿に戻った二筋樋の本体を手に、腰を落として前傾姿勢で力強く踏み込む。彼の色である瑠璃紺色を瞳に宿した審神者は、そのまま素早く怪異との距離を詰めるなり、居合斬りの如し勢いで鞘から刀身を振り抜くと、躊躇無く刀を振り下ろし、一刀両断した。


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 何かを斬った手応えがして暫く、振り切ったポーズのまま動きを停止させて、五感だけで辺りの様子を探る。そうして、自分達以外の気配が去った事を確認するなり、体勢を整え直して、血振りするように一度刀身を振ると、鞘に納め、ポツリと一言口を開いた。
「…………殺ったか……?」
 何かを斬った感触は確かにした。それまでの攻撃の嵐が一瞬にして去った事も加味して、難は去ったものと判断したが……何となく、手応えが薄かったような気がしなくもない感覚を覚えて、イマイチ腑に落ちない心地がする。審神者は、寸の間だけ眉間に皺を寄せて、己の直感が鋭い時のパターンを振り返り、のちにフラグとならなければ良いが……などと内心思いはしたものの。確定した未来でもない確信もない詮無き事を今この場で考えても仕方がない。懸念事項はあるものの、一旦事は片付いたものと捉え、気持ちを切り替える事にした。
 それまで張り詰めていた緊張の糸とギリギリまで高めていた警戒を徐々に緩め、一拍分の深呼吸を置いてから、改めて口を開いて言葉を吐き出す。
「ッスゥー…………はあぁ〜……ッ! 一時はどうなるかと思ったが……まぁ、お互い、遣れば出来る子だった、っちゅー事で。ご協力感謝するぜ、二筋樋貞宗さん・・・・・・・や」
 審神者が疲れを滲ませたような表情でそう口を利けば、刀の姿から人型に戻った彼が労いの言葉をかけた。
「お疲れさん。人間の身ながらよくやったよ、あんたは。流石は、中堅どころの古参寄りと言い張るだけの実力はあるみたいで、正直驚いたよ。幾千練磨の死線を潜り抜けてきた猛者ってのは、いざ目の前が戦場になったとしても、皆あんたみたいな面構えで采配を振るえるのかい……?」
「さてな。其ればっかりは、各本丸毎に教訓も異なるから何とも言えん。……が、此れだけは言えるだろうな。かの“大侵寇”に加えて、“百鬼夜行”を二回もリアルタイムで戦い生き抜いてきた奴等は、そんじょそこらの奴等とは面構えが違うってよ。だがまぁ、今ばかりは、その称賛を素直に受け止めるとしますかね。有難うさん。ソッチも、俺の無茶振りによう付いて来てくれたで、ホンマに。土壇場のやっつけ感やばかったけどもさ。君の協力無かったら、恐らく冗談抜きで詰んでましたわ。ホンマに有難うね〜。怪異絡みの危機一髪乗り越えた君なら、この先どんな困難が立ちはだかろうとも乗り越えられるだろうよ。将来有望間違いなしさね。現役審神者からの御墨付きだぞ、喜べ」
「ふっ……此方こそ、どういたしまして。土壇場の急凌ぎとは言え、タッグを組めたのが、あんたで良かったよ。本当に」
 警備課所属の二筋樋から徐ろに拳を突き出されたので、その意図を察して、まだ死闘の余韻で痺れが残る利き手とは逆の左手を差し出して拳を作り、コツンと軽くぶつけ合う。共に戦い困難を乗り越えた事で、友情が芽生えた証であった。
「はあぁ〜……正直なとこぶっちゃけると、もう金輪際、二度とこんな真似したくねぇ。仮にやるとしても、ウチの本丸の奴限定で頼む……。マジの本気で病み上がりだから、戦闘行為は普通にしんどいってばね……。あ゙ー、クソッ……折角せっかく塞がったばっかの傷口開いちゃったかな……? 不可抗力で医者に怒られるの嫌なんだけど……イテテテテッ……! はぁ゙〜っ、コレで労災下りなかったらマジで恨むぞ、あんのクソ爺……」
「は……? 傷口が開いた……って、あんた、まさか始めから負傷してたのか!? だから、最初俺が“走って逃げて撒くか”を提案した時に“走って逃げる事が出来ない”って言ったのか……! 何で先に言わなかった!? 痛むのは腹か!? ちょっと見せてみろ……!! 応急手当なら、一連の流れは訓練済みで頭に叩き込んであるから心配するな!」
「えっ? いやいやいや違う違うそういう意味じゃなくって、ちょちょいちょいちょいだからちょまっ、待った待った待てってばァ! ステイ!! 一旦落ち着け餅つけ!! 傷口言うても、二週間ちょい前に大腸検査してポリープ切除した時の傷口の事やから、内臓の方になるし、出血したかどうかなんて服捲ったところで見えへんし分からへんて……っ! 取り敢えず、俺の服掴んどるその手を離しなさい今すぐに……!!」
「分かった、離すから……あまり大声を張るな。傷に響いたらどうする……? ただでさえ、怪異との戦闘で人の身ながら無茶をしたんだ。そのまま動かずじっとしてろ。立ってるのも辛いなら、俺が抱えて移動するか?」
「アッ、前屈みになる体勢は傷口が引き攣ったり痛んだりと滅茶苦茶響くから、ナシの方向で。アンタが言う、俺の事を抱えて移動するってのは、横抱きにして運ぶ意図を指して言ったやろ……? 悪ィが、横抱きも軽く体を折り畳まれるが故に却下だ。当然、おんぶも腹部を圧迫する姿勢故に物理的に不可なのでナシだぞ。今は、ちょっと動き過ぎた所為で痛むだけで、たぶん一時的なモンだから気にすんな……。俺の事よか、君は自分の心配した方がエエで? 対怪異戦で穢れ貰った可能性大で、今は体何ともなくっても、後々影響及ぼして不具合が出んとも限らんからな。この後、そんまま仕事に戻らず、一旦浄化部に寄ってちゃんと祓清はらきよしてもらってから帰りんしゃいよ。あと、所属してる部署にちゃんと届け出を出せば、特別手当貰えたりする事もあるんで、そこんところも忘れずにな〜」
「おいおいおい……っ、事の重大さってものを分かって言っているのか!? 審神者は、一国一城の主で、本丸の要を務める大役を任せられた存在だろう! そんな相手が、こんな戦場でもない処で負傷事故なんて事態になってたら、大事おおごとだぞ……っ! 殆ど無傷の俺よりも重傷なんだぞ、あんたは!! ちゃんとその事を自覚してるか!?」
「いや、なに……こんくらいの程度なら慣れっこでさァ。どれだけの死線を潜り抜けてきたと思ってんだ……? 其処んところ、舐めてもらっちゃあ困りますでぃ?」
「冗談抜かしてる場合か……! 今すぐ無線で本部に連絡して救護班に担架持ってこさせるから、それまで大人しくしてろ! ――此方、警備課・旧施設棟エリア巡回担当の二筋樋貞宗だ。一四五〇ヒトヨンゴマルに連絡棟付近にて、迷子の派遣審神者を保護した直後に、怪異と思しき対象と遭遇。戦闘行為に発展後、怪異は討伐出来たものの、保護した派遣審神者の状態が悪化。至急応援と、救護班及び担架の手配を頼む。それから、医療課の方にも連絡を。要救護対象は一名で、所属元は……」
 己の身を顧みずに、彼の状態の方を心配していたら普通に怒られた挙句、即行で無線で本部との連絡及び応援という名の救護班を呼ばれてしまった。静かに口を噤んで彼の仕事ぶりを見守っていれば、救護対象らしい己の事を説明する段階になって一瞬言葉を濁した彼。察して、首から提げたまま上着の内側に仕舞っていた審神者証を再び取り出すなり、見やすいように彼の目の前へと掲げて見せた。すると、すぐに目線を其方へと移し、口頭で救護対象の所属元を口にする。
「えっと……陸奥国サーバー所属、猫之目城の本丸付き審神者で、審神者名を猫丸。派遣先の部署は、怪異対策調査課だ。そっちの方へも連絡を回しておいてくれると助かる。尚、救護対象の意識は有り、此方の質疑応答にも問題無く答えられる状態だ。此方からの通信は以上だ――。……話は聞いていたな? 救護班が到着するまでは、刀のお巡りさんと仲良く一緒に大人しくしてるんだぞ。良いな?」
「うぃっす……」
「ん、ちゃんとお返事出来て偉いぞ」
「俺の事、幼児だと思ってる……? 見た目ちんちくりんでも、三十路手前まで歳食っとる立派な成人済みの大人なんだが。君等刀剣男士から見たら、人間が幾ら歳取ろうが赤子と変わらんように思うかもしれんがな。一応、成人済みである点を強調して言うとくぞ。俺、こう見えて三十路手前なんよ?? 大事な事なので二回言いました。三度目はねぇぞ」
「そうかそうか。だったら、俺の言う事、素直に聞けるな? 万が一、言う事聞かずに抵抗見せるようだったら……縄を掛けて固定するつもりだから、そのつもりで居るように」
手錠わっぱ掛けられる程重病人でも重傷者でもないんやが……向けられる圧が、普通のお巡りさんが向けてくる圧じゃないんよ。一文字とか言うヤーさん方に向けるような圧やないですか。怖ァ……俺、其処までヤンチャボーイガールしてないんすが……お巡りさんを無駄に怒らせたくもないんで、言われた通り大人しくしときますね。どっちみち、傷に障るが故に、担架来るまでは何も出来っこねぇですし。せめて、待ち時間の間に本丸に“帰り遅くなるかもしれん”って一報くらい入れとくかの……」
 ドスを効かせた圧で以て威圧されたので、大人しくその場で無理せず楽な体勢で待機していろとの指示に従った。流石は、“大阪貞宗”の呼び名も持つ刀だ。あまりの威圧感に、思わず審神者の脳裏にて、現世で度々ネタとして流れてくる大阪府警と暴力団員との遣り取りのワンシーンが過った。何方もお仕事の一環で行われている出来事である事は分かっているのだが、如何せん、そういった修羅場には慣れ過ぎている本丸住みの審神者には、大した効果はなかった。
 だがしかし、病み上がりの体に鞭打って動いた挙句に、霊力まで使って心身共に疲れていたのも事実だった故に、大人しく階段の踊り場側の壁に背中を預けて足を投げ出すように座り込んだ。口や態度では気丈に振る舞ってはいるが、その実はそこそこしんどいのである。
 疲れを滲ませた表情を張り付けたまま、細長く溜め息を吐き出しながら、懐に仕舞っていたスマホ端末を取り出した。そして、スリープモードであった画面を起動させると、本丸と怪異対策調査課の両方から複数件の不在着信が入っている事に初めて気が付いた。
「うわ……いつの間にか、えげつねぇ件数の不在着信が入ってら。マ〜? え゙ー……コレ絶対過保護勢おこなパティーンですやん、やだぁ……。しかも、さっきの君の連絡が本部にも行ったからかね……鬼電の勢いで怪異対策調査課の方からも不在着信入ってんだけど。サイレントモード切ってた筈なのに、何で受信し切らなかったの、お前……。もしかして、此処電波悪かったりする? それとも、単純に俺のスマホが弱小回線ポンコツなだけ? でも、つい今しがた無線の方は普通に繋がってたよな?? 何でだ??」
「そりゃあ、警備課に配属する男士達に支給されてる無線は、本丸回線とは別の回線で本部と繋がってるからな。あんたが今手にしてる連絡用端末は、時の政府からの支給品じゃなく、個人で持ってる代物だろう? となると、拾う電波は、必然的にこの旧施設棟のものを拾う事になる。見て分かる通り、此処は所々老朽化が激しいんで、場所によっては電波が入りにくい箇所もあるだろう。不在着信は、其れが原因じゃないか?」
「あーね〜。もしくは、さっき殺った怪異と対峙してた所為で、一時的に電波妨害食らってたのかもしれんな……。よくあるんだよなァ〜、普通の電波じゃ通じなくても、オカルト関連の掲示板だけには何故か繋がっちゃうパティーンとか。まっ、今はちゃんとアンテナ立ってるし、普通にWi-Fiも来てるっぽいから、電波問題は解決したって事で。取り急ぎ、本丸に帰りが遅くなる一報だけでも入れておこう」
 そう言って、目の前でお巡りさんらしく周囲への警戒をしてくれている警備課の二筋樋貞宗を横目に、審神者は本丸への電話を繋いだ。ワンコール目が鳴るや否や通話が繋がった直後、スピーカーから地を這うような低音ボイスが聞こえてきて震え上がった。
『ちょっと、俺何遍なんべん電話架けたと思ってんの……?? 何で今の今まで一度も出ない訳?? 今すぐ俺の電話取れなかった理由を手短で構わないから包み隠さず洗いざらい吐きな。じゃなきゃ一生許さないから』
「ワンコール鳴り終わる前に電話に出てもらえたのは有難いけど、電話口での開口一番ノンブレスでのお説教は有難くないから勘弁してつかぁさいよ、清光や……」
『御託は良いから、早く理由を述べな』
「圧が怖ェよ。あ゙ー……どっから説明したら良いかねぇ〜? えーっと……かなり端折はしょるけど、依頼の任務遂行中に迷子になったかと思ったら運良く警備課の男士に助けてもらえて、その後すぐに調査対象だった怪異と遭遇し、戦闘行為も止むなしという事でドンパチかまして無事片し終わったかと思ったら、今度は動き過ぎた影響で傷口開いたかもしれんって事で、今救護班から担架手配してもらってる最中の待機中につき、待ち時間の暇潰すついでに帰り遅くなるかもしらんっちゅー事の折り返し電話してる……今、此処なう。お前からの電話すぐに取れなかったのは悪かったと思ってるよ。けど、ついさっきまで対怪異と死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされてたんだから、大目に見てくだせぇや……っ」
 電話口の声のトーンから、此れは絶対初期刀様からのお説教は免れないと判断するや否や、どう説明すべきか悩むような逡巡する間を一拍置いた後、怒涛の勢いで脳内整理した粗方の事実を口にした。すると、其れを聞いていた初期刀様こと加州清光を筆頭に、通話を聞いていた本丸の者達が一様にして頭を抱え込んだみたいな、呆れた反応が見えてもいないのに手に取るように分かってしまって微妙な顔を浮かべる。
『ちょ……っと待って。情報過多が過ぎるから一遍いっぺん整理させて……っ。調査途中で迷子になったのは、まぁ分かるから良いとして。その後、何つった……? 怪異と遭遇して戦闘勃発?? 術後二週間以上経過してても遅発性出血起こす可能性もあるから、完全完治するまでは激しい運動はしちゃ駄目だって、あれ程医者が言ってたの忘れたの?? まだ若いのにもう耄碌始まっちゃってる感じ?? なら、一遍いっぺん同田貫のリアル兜割りでドタマかち割ってみようか?? そしたら覚えてなきゃいけない事も忘れないで済むようになるよな??』
「いや、極めたたぬさんのリアル兜割りなんか食らったら普通に御陀仏しちゃうからヤメテ? 俺、審神者って肩書き持ってても中身はただの人間だから。墓から出ちゃ入っちゃを繰り返したりするのはヲタクの精神的な部分だけで、リアルに致命の一撃食らったら俺でも普通に死ぬんだわ、ド阿呆。運悪くエンカウント発生しちゃったんだからしょうがないでしょ〜〜〜!? 俺、被害者且つ不可抗力ゥ!! 戦闘したくてした訳じゃねぇってばよ!! 血の気盛んな何処ぞの狂犬野郎と一緒くたにしてくれるな!? 聞いてるか、其処の真っ黒黒助な壬生狼野郎!! お前さんの事だぞ!!」
『責任転嫁は止してくれ、主人や……ッ。俺にまで初期刀様のとばっちりが来るじゃないか、どうしてくれる?? アッ、待ってください、俺は今回本当に何もしてないし悪くありませんったら! ちょっ……無慈悲が過ぎるって、ア゙ッー!!』
 本丸に設置してある固定電話の受話器を、通話途中で投げ出して問題児の教育的指導へと移ったらしい。初期刀様の声が遠退いたと頭が認識した途端、己が名指しした事で反射的にチラッと抗議の声を上げていた男士――孫六兼元の断末魔のような悲鳴がスピーカーから響いてきて、思わずスマホを耳から遠ざけた。そうして、もう一度スマホを耳に当て直すまでの寸の間、正面の方を見遣れば、あからさまに口元を押さえて必死に笑わないように堪えているものの肩を小刻みに揺らしている彼の姿が目に入り……。虚無った目を浮かべて、疲れた声音で言葉を絞り出した。
「……あ゙ー、清光ログアウトしたなら、もう切って良いか? 目の前に居る警備課の男士が、控えめに言っても笑い堪えてらっしゃる状況なんで……マジでもう切って良いッスか?? 俺が居る現場、とんだ羞恥プレイと化してるんで。もう用が無いってんなら、一遍いっぺん切るぞー」
『あー、通話切る前に最低限の事だけでも教えてくれや。今、大将は安全地帯で待機しながら、この電話を架けてきてるんだな? 其処は、本当に安全が確保されてる場所であるという認識で間違いないか?』
 もう粗方の事は話してしまったし、無駄話や長電話をする程の余力も今は残っていないので、一言断りを挟んだのち、電話を切るべく通話終了ボタンをタップしようとスマホを耳から遠ざけかけた。刹那、投げ出された受話器をキャッチした者が居たらしく、電話口に聞き馴染みのある低音が聞こえてきて、審神者の口角が無意識に上がった。
「その声は薬研だな。調査対象の怪異なら、警備課の男士の力を借りてザシュッと真っ二つに殺っちゃったんで、今は一応安全が確保された場所に居るって認識で間違いないと思うぞ」
『そうか。なら、良いんだが……傷の具合の方は? 出血とか起こしてねぇだろうな?』
「動き過ぎた影響で少し痛みが出たけど、今は大人しくしてるんでちょっと引いた感じ。出血に関しては、検査してみらん事には分からん。たぶん、この後、担架で医療課の方に運ばれると思うから、想定してたよりも本丸に帰るのが遅くなりそうだわ。怪異とドンパチやらかした手前、浄化部からのお清めコースなのも確定やろうし。最悪夜まで掛かるかもしれん。厨当番の方には、晩飯遅くなる、もしくは絶食で食えない可能性があるって事を伝えとってくれ。まぁ、どっちみち、まだ術後で大したモン食えねぇ身だがな。毎度毎度心配かけてすまなんだやァ、皆」
『大将の無事が確保されてるって事が一番重要だからな。分かった。晩飯の件については、俺の方から厨番長殿を通して伝えといてやるよ。たぶん、十中八九この後、加州の旦那が前田の奴と……何かを察知したらしい三日月の旦那を引き連れてソッチに向かうと思うんで、覚悟しときな』
「アッ……ハイ……そっすか……」
『安心しな。留守は俺が預かっといてやるから、大将はしっかりと加州の旦那に絞られてこい』
「其処は、せめて、清光という猛獣ラスボスを止めてくれる……とかっていう優しさはないんですかね?」
『あんたが無茶したら、加州の旦那に叱られるまでがセットだろ? いい加減、諦めて素直に怒られとけ。大将が無茶するのは日常茶飯事で今更だけどな……俺達皆、あんたの事を心底心配してるって事だけは忘れるんじゃあねぇぞ。俺からは以上だ。大将の方は、まだ何か伝えとくべき事項はあるか?』
「いんにゃ……特にねぇよ。その他諸々に関しては、土産話として帰ってから話すから、今はもう十分かな。気遣い、ありがとThanks。じゃあ、また本丸で。留守居役、宜しく頼んだぜ。じゃあの」
 プッ、と通話終了ボタンをタップするなり、警備課男士らしく警備に当たってくれていた彼をジト目で睨み上げ、先程までとは打って変わった風な態度で口を利く。
「おいテメェ、何笑ってんだ。見世物じゃねーぞ、ゴルァ。隠したって態度でバレバレなんだよ。他人様が電話してるとこ見て笑ってんじゃねーよ。殴るぞ」
「ッ……ふふ、すまん……。あんたが、本丸の奴等と言葉の応酬をしてる様子が面白くってな。つい笑いが込み上げて来ちまって、電話口に声が入らないように堪えるのは中々に大変だった。あんたは、普段からさっきみたいに本丸に所属する刀剣男士と気安い感じなのかい……?」
「其れが何か?」
「いや、別に悪いって言ってる訳じゃない。ただ、純粋に興味が湧いただけだよ。俺は、政府所属の刀剣男士として実装許可が下りて間もない上に、顕現したばかりの新刃扱いだ。故に、まだ職場の同僚達とも日が浅い関係でね。だから、今のあんたとそのお仲間って奴等との遣り取りが、少し眩しく感じた……ただそれだけさ。俺も、いつか本丸へ異動が叶ったら、そんな風にわちゃわちゃと賑やかな輪の中に入れてもらえるのかね、って。……なんて、柄にもなく、ちょっとばかし感傷的過ぎたか?」
「君がそうと望めば、幾らでも道は切り拓けるんじゃないか……? 政府所属だろうと本丸所属だろうと、根本的使命は変わらないし、御上に仕え戦における兵であり駒である事も変わらないんだからさ。今は取り敢えず、君の適性や特性に合わせて警備課へ配属させてるだけで、それなりの経験さえ積めば、政府所属男士だってそこそこの要望は通してもらえるようになると思うぞ。まぁ、詳しくは直属の上司にでも訊いてみると良い。もしくは、ネットで刀剣男士専用の相談掲示板とかで調べてみるのもアリかもね。そうして色々と考えあぐねた上で、その先の事は、君の好きに決めたら良いさ。政府個体の警備課所属のままで居るか、或いは何処か別の部署や本丸へ異動するのか。好きなだけ悩むと良い。俺は、君がどのような選択を選ぼうとも、その答えを否定はしないよ」
 何処となく淋しげとも言える、憂いを帯びた彼の顔と声音を察して、審神者は何ともないような顔でそう言い放った。すると、一瞬だけ呆気に取られたようなキョトンとした顔をした彼。しかし、すぐにその瞳を伏せて満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
「…………そうか。気休めに過ぎない言葉だったとしても、あんたにそう言ってもらえたのは素直に嬉しく思う。有難うな。今後の参考にさせてもらうとするよ」
「あ、一応コレだけは言い含めておくと、本丸勤めも楽じゃないとだけは言っておこう。確かに、和気藹々と賑やかなのは事実だがね。けど、逆を言うと、其れだけ喧騒が絶えない職場とも言えるぞ。何せ、全部で百振りは優に超えてるからな……。個性の闇鍋過ぎて、本丸設立黎明期の頃と比べると本丸もデカくなって色んな意味で圧巻だぞ。ウチは、現時点で実装許可が下りてる刀は皆揃ってるし、修行許可が下りてる刀についても皆修行済みな上、極部隊以外は皆カンスト済みの精鋭揃いだ。皆、漏れなく俺の自慢の刀達だよ。其れも、超絶バリ強という御墨付きでね」
「おいおい……惚気話は止してくれや」
「君の方から始めた話だろう? 責任持って最後まで聞いてけや」
「確かに俺から始めた話ではあるけども……。ふーっ……そういやぁ、あんた、気付いてたかい?」
「うん? 何の話さね?」
「俺への呼び方についてだよ。あんたは無意識だったのかもしれないが……今と最初は、俺を指す時に“君”と言ったが、怪異と対峙してた緊迫した状況下では、“二筋樋貞宗”という名前をそのまま口にして呼んでいたぞ? 敬称有りのさん呼びかと思いきや、途中呼び捨てだった事もあったの……気付いてたか?」
「あぁ……呼び方の話か。其れについては、まぁ、意識的に呼ぶ場合は、敢えて名前を口にせず呼ぶ時もあるのは定期だから、気にせんでくれ。……が、戦闘中においてだけは、素が出やすいっつーのかな……結構初期の頃から咄嗟に呼び捨てしてしまう子もチラホラ居んのよ。所謂、癖みたいなモンかね? あとは、そのー……何だ? 名前っつーのは、この世で一番短いしゅだからな……意図して呼ぶ事もある。職業柄、言霊を使う事もあるんでな……さっきのは、別にそういう意図は含んでなかったが、気に障ったんだったら悪い」
「いや……決して嫌な訳ではなかったから謝らないでくれ。俺としては、あの時の限定下だけでも、あんたと対等になれたみたいで嬉しかったんだ。…………もし、この先、俺が正式に相棒関係を結ぶ事があるんなら、あんたみたいな奴と結びたいもんだね……」
「えっ……? 御免。最後の方、声が小さくて、よく分かんなかった。何て言ったの?」
「俺個刃の話で独り言のようなものだったから、気にしないでくれ…………っと。そうこう話している内に応援部隊と救護班が到着したみたいだな」
 駄弁っている内に、気が付けばそれなりの時間が経過していた模様だ。複数人の足音が聞こえてきたところで、警備課から手配された応援部隊及び救護班が担架を持って駆け付けてきた。一見穏やかそうに見えた現場の空気は、忽ち緊張感のある物々しい空気へと塗り替わり、地べたへ直座りして待機していた審神者は担架の上へ慎重に横たえられるなり、警備課の者達に警護されながら医療課まで搬送される事になった。


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 大人しく運ばれた先では、簡単な質疑応答に受け答えつつ、あっという間の流れで医療処置が進んでいく。軽傷にも満たなかったが、特が付いたばかりで練度の低い彼も軽微の負傷が見られたのか、治療を受ける己の近くで手入を受けていた。其れを横目に眺めながら、痛み止めの点滴を打たれた為、暫く安静にするべく寝かせられたベッドに身を預けた。
 処置が終われば、「点滴が終わったらナースコールで呼ぶように」との説明を受け、其れが済めば、周りでせかせかと動いていた此処まで己を運んできた者達は持ち場に戻って居なくなり、シン……と静まり返る。点滴が終わるまで何も遣る事がなくて暇だな、などと考えながら何となく天井や管で繋がった先の点滴の水滴が落ちていく様子を眺めていれば、バタバタと忙しない足音を立てて、とある人物が慌てた様子で己の元へと駆け寄ってきた。
「調査先で負傷したとの連絡を貰ったんだが、大丈夫か……っ!?」
「おやまぁ、漸く御出ましかい? よぉ、特殊討伐課のご隠居。正確には負傷とはちゃうんやが……今回のって労災下りますよね?」
「開口一番の挨拶が労災云々とは、君も中々図太いというか、肝が据わってるなぁ〜。というよりは、コッチ側に染まりつつある……と言った方が合ってるのかね。まぁ、事と次第にもよるが、勿論申請自体は可能だぞ。何なら僕の方から手続きしておいてやろうか? というか、本当に大丈夫なんだろうなぁ? 君に何かあったと特殊討伐課のボスたる山鳥毛の奴に知れたら、怪異対策調査課へ派遣推薦した僕の責任になるからな……。兎にも角にも、今から軽く聞き取り調査するが、しんどかったら今日のところはパスして後日書面で回答する形でも構わんぞ」
「いえ……寧ろ、点滴終わるまで暇してたところだったんで、丁度良いッス。んで……? 何から聞きます?」
 特殊討伐課のご隠居こと政府所属男士の一文字則宗からの質問に対して、落ち着き払った態度で淡々と受け答えれば。早速とばかりに手にしていたバインダーを片手に、直ぐ側にあった丸椅子を引き寄せて腰掛け、此方の様子を窺いながら聞き取り調査を開始した。
「そんじゃ、まず、君の今回の調査対象だった怪異についてになるんだが……遭遇場所、及び当時の状況をなるべく事細かに詳しく教えてくれるかい?」
「遭遇場所は、探索調査予定のポイントから少しズレた地点で、旧施設棟の連絡棟に入ってすぐ付近、連絡通路前の階段からの分かれ道ポイントです。突然廊下の奥の照明が割れた事で異変を察知後、怪異によるポルターガイストと判断し、即時警戒態勢に移行。本当は、もうちょい引っ張れるかと思ったんすけど、初っ端から敵意剥き出しで攻撃仕掛けられたんで、結界で防壁を展開して一時凌ぎする事になりました。けど、思ったより攻撃性が高くて、威力もそこそこあって、偶々一緒になった顕現して間もない警備課男士を守りながらじゃ無理だなって判断して、無理くり力技使ってザシュッと一刀両断で片付けさせてもらいやした。とりま、一旦此処までで区切りますけど……今更ながら訊きますが、今回のアレって斬って良かった奴です? 向こうから先に攻撃してきたんで、反射的に斬ったも同然の対処取りましたけど。ワンチャン、斬っちゃ不味いパターンだったりします……? 一先ず、その点だけ先に教えてください。其れによって、この後自分が取るべき行動変わってくるんで」
「待て待て待て……っ! 一度の情報量が多い多い! えっと……? 取り敢えず、調査対象だった怪異は討伐して消滅したって事で合ってるか? そもそも、どうやって倒したんだ? 今回、戦闘にまで及ぶとは想定していなかったから、最低限の装備しか用意してなかっただろう?」
「そこんところは……不運にも現場に居合わせちまった警備課男士さんの本体を用いて、になりますかね。だって、俺、フィジカルゴリラな戦闘系審神者じゃないッスから。直接的物理攻撃行使するなら、武器ないと戦えない一般審神者ですし」
「いや、例え武器があったとしても、自ら斬りかかりに行ったりなぞせんだろう、普通……。本当に君は筋金入りの脳筋プレイヤーだなぁ……」
「やぁ〜、だって、ホラゲーで鉄パイプとか敵殴れる武器手にした瞬間、勝負はコッチのモンじゃんてなるの、鉄板じゃないすか。対怪異でも同じようなモンでは??」
「うん。僕が知ってる限りでも、怪異に対してもホラゲーと同じ感覚で討伐しにかかるのは君くらいだって事だけは分かる。君、本当に派遣審神者だよなぁ? 怪異対策調査課の正社員じゃあないよな? もしくは、討伐課の戦闘部隊に所属してたのかってくらい肝が据わり過ぎてるんだが、経歴詐称してる??」
「してないしてない。武術家でも武闘家でもないんで、普通の一般審神者枠です。そもが、怪異対策調査課に派遣部隊として採用させたの、ソッチじゃないッスか。何で今更疑ってくるんです? 元は特殊討伐課所属してた特命調査課男士で、怪異対策調査課も兼任してらっしゃるご隠居なら、俺がどういう経歴持ちかなんて知らない筈がないッスよね? つか、今その話ぶっちゃけどうでも良いんですよ。俺が今知りたいのは、調査対象だった怪異は斬って良かったのか悪かったのかどっちなのかって事です」
 論点をずらされて不満を露わに憮然とした態度で再度問い質せば、気を取り直した様子のご隠居が慌てて答えを口にした。
「あーっ、分かった分かった! 今回の調査対象だった怪異については、一応、戦闘行為も止むなしという状況に発展した場合に限り、討伐して良いものとされていたようだ。ちなみに、通常の電子媒体での地図だと、今回の怪異の元へは辿り着けない仕様だったらしく、数代前の紙媒体の地図での探索調査となった次第だ。既に何度か調査した折に、電子媒体の地図を用いて調査を行ったところ、対象と遭遇する事は叶わず。また、案の定というべきか、位置情報を表示する筈の地図アプリがバグって文字化けしたらしくてな。ちなみに、当時使われた地図アプリは、怪異対策調査課が技術開発課と徒党を組んで開発した、怪異探索用レーダー付きの優れ物だったらしい。まぁ、連絡棟の通信室に棲み着いた怪異にゃ、逆に不向きだったってんで、今回の調査からは紙媒体を用いての調査になったという訳だ。君にお鉢が回ってきたのは、“ある意味引きが強いから”が理由らしいぞ。まぁ、事実、君は怪異やら人為らざる者共を引き寄せやすいタイプだからなぁ。此ればっかりは適材適所という事で諦めてくれ」
「成程、全くと言って良い程解せない。例え、適材適所で回された仕事だろうと、事前準備ときちんとした情報共有くらいはして欲しかったですね! お陰様で、こちとら病み上がり直後だというのに碌な装備すら携帯出来ずの単独調査で無駄に歩き回された挙句、怪異と戦闘する羽目になって無茶した結果、まだ完全に塞がり切ってない傷口が痛んで身動き取れない身となりましたが! 運良く出血には至ってないものの、折角せっかく安静に努めてたところが逆戻りですよ、どうしてくれる……? この責任きちんと取ってもらえるんですよね、ご隠居ォ?」
「すまんが、途中から話が入って来ないんだが……っ。病み上がりだとか傷口云々というのは、一体何の話だ?」
「え? だから、俺、二週間ちょい前に大腸検査でポリープ切除したばっかで、まだ体調安定してない状態だった上に傷口完治し切ってなかったんで、絶対安静期間の寝たきり療養生活送ってなきゃいけない人だったんですよ、本来は。言っときますが、この件については、ちゃんとウチの本丸担当職員の人にも診断書提出して報告してありますよ? だから、てっきり怪異対策調査課の方にも、その話回ってきてるモンだという前提で今話してたんですが。……え、もしかして何も連絡回ってきてない系の流れだったりします……?」
 何か嫌な予感がして、恐る恐る問えば、漸く事態を正確に飲み込めたらしいご隠居が、呆れ返った様子で頭を抱え込みながら答えた。
「はぁー……っ、最悪だ……。君には本当に申し訳なく思うが、僕達の方には一切そんな話は回ってきていない、残念だが。だから、今回の探索調査員に選ばれた君が、そんな状態ながら単独で派遣されていたなんて、今初めて知った……。最初から知っていたなら、そもそもの話、今回の探索調査は別の人間に回してたところだ……。あ゙ー、嫌だ嫌だ……コレ確実に懲戒処分行きだぞ、最悪通り越して死にたい。僕の古巣が出張る事確定したという事実に、僕の胃がやばくて吐きそうなくらいだ。山鳥毛にドヤされるとか、もう無理勘弁してくれ……」
「はあ〜〜〜? 嘘だろ、オイ。うわぁ〜、此れだから時の政府大嫌いになっちゃうの通り越して不信感抱く審神者が出て来るんすよ〜〜〜。本当そういうところだぞ、マジで〜! そうでなくとも、古参勢寄りな審神者は、初期の頃の運営体制知ってるから、昔はブラックだった事身を以て知ってるんですよォ? 俺もギリ新体制に変わる前に審神者就任した勢なので、隠したところで無駄ですからァ〜! 今は打って変わったようにホワイト運営体制に生まれ変わったんだと信じてたのに、やっぱ黒だったんですねェ! はぁーッ、政府のそういうとこマジで嫌い。冗談抜きで無いわァ……。つまり、情報伝達がきちんと行われていなかった事により、俺は無駄に病み上がりの体を酷使したって事ですね、把握……。ブラックは死すべし、今すぐそんな文化撲滅しろ。今回の対怪異戦において、不利で不向きなほぼ戦力外に等しい顕現ホヤホヤ新刃男士君巻き込まれ損じゃん、可哀想……。ついでに言うと、まともな装備無しで、彼を庇いながらの怪異ちゃんと死闘を繰り広げた意味よ…………俺の労力と時間返して」
「そうしてやりたいのは山々だが……歴史修正主義者側に加担するのは、謀反扱いとして罰せられるから出来かねる。今回の件については、僕の方で正式に洗い出して上に報告しておくから、君は療養に専念してくれ……。今の話聞いただけで、山鳥毛の奴が暗黒微笑浮かべながら“続けて”って催促してきそうで本気で嫌だ……今すぐ全部聞かなかった事にしたいくらいには嫌だ」
「逃がすと思うてか?? 御宅のお頭がどうとか知ったこっちゃねーよ。俺を雇った雇い主側なら問答無用で道連れだわ、腹括れ。コッチは文字通り命削ってこのザマだぞ、殺すぞ」
「怒涛の言葉責めが良心を抉ってくる感じで痛い……! 其処まで殺意向けて来なくたっても良いだろう!? 僕だって雇われの身で被害者だぞ! 少しは慰めてくれたって良いだろうっ!?」
「こちとら、飽く迄もバイトの派遣枠で動いてるだけの身なんでね。正社員枠でもないのに、其処まで面倒見切れるかって話ですよ。そもが、ペナルティさえ無ければ、俺がアンタ等怪異対策調査課とも特殊討伐課とも関わる事なんて一切無かったんだ。そこんところ、努々ゆめゆめ忘れる事なかれ」
「はぁー……っ。分かった分かった。君の言い分は御尤ごもっともだから……一旦その辺にして、聞き取り調査を再開するぞ……。ちなみに訊くが、さっきから君が度々口にする“顕現して間もない新刃の警備課男士”ってのは、何処に居るんだい?」
「ご隠居の斜め後ろ……丁度、俺から見て対角線上の医療ベッドに腰掛けてる、其処な刀のお巡りさんでしてよ。今出力出来る霊力全力で出しても庇い切れなかったみたいで、軽傷に満たない掠り傷の手入受けてたみたいッスわ」
 聞き取り調査が始まってから何度か名指しされた為か。この場から離脱するタイミングを完全に逃してしまっていたらしい警備課の二筋樋貞宗は、気まずそうな顔を浮かべつつ腰を上げるなり、存在主張するべく挙手しながら、此方のベッドの方まで歩み寄ってきた。すれば、途端に上官らしい態度で真面目腐った顔付きになったご隠居が視線を向ける。
「お前さんが、今回の厄介事に巻き込まれたっていう哀れな新刃男士か……?」
「如何にも。俺こそが、其処で大人しく横になってる派遣審神者から紹介に預かった、“顕現ホヤホヤ新刃男士君”だ。改め……俺は、先月の一月付けで警備課へ配属となった、二筋樋貞宗だ。宜しく頼む」
「僕は、特命調査課と怪異対策調査課に兼任所属している、一文字則宗だ。二筋樋貞宗と言えば、別名・大阪貞宗とも呼ばれていた刀だったか。しっかし、まぁ、顕現して早々不運に見舞われるとは、お前さんも災難だったねぇ」
「いや、そうでもないさ。個刃的には、良い経験を積ませてもらったと思ってるんでね」
「ほぉ……? コイツぁ大物になりそうな坊主が来たモンだ。うはは! それで……? この新刃坊主を取っ捕まえて、どんな手を使って例の怪異を倒したって?」
 ご隠居独特の笑い声を上げたかと思えば、懐から扇子を取り出すなり、バッと勢い良く広げて口元を隠し、弧を描く目元だけで此方を威圧してきた。一文字の祖たる者らしい威圧感に、一気にその場の空気がビリビリと肌を刺すようなものへと変わった。忽ち、警備課の二筋樋貞宗の表情が緊張で強張る。しかし、歴戦の猛者たる審神者は此れを物ともせず、臆した様子もなく口を開いた。
「倒した方法については、超絶脳筋法になるけど、“大侵寇”ん時のリプレイを再現する形でどうにか殺れた次第です」
「……はて? “大侵寇のリプレイ”とは、一体どういう意味なのか説明してもらっても?」
「言葉通りの意味のまんまですよぅ。かの“大侵寇”において、各本丸の初期刀と三日月宗近が、“混”という敵の防壁を破る際に行った、あの激アツで胸熱な特殊攻撃の事ッスよ……! アレを、俺と其処のお巡りさんと立場を置き換えて流用したって訳ですわ! それとも、端的に“当時の再現”と言った方が伝わりやすかったです?」
「待て待て待て待て……っ。君の処が禁術やらかしたりするのは初めてじゃないが……だからって、普通怪異に向かって其処までするか?? どんだけ特例事項を増やせば気が済むんだ、君という奴は……! 体張り過ぎだろう!? ついさっき本調子じゃないとか抜かしたのは、どの口だ!! 本気で死ぬ気か!?? そんな事を続けていたら、本当に命が幾つあっても足らん事態になるぞ……っ!! 其れを自覚した上でのやらかしなんだろうなぁ!?」
 率直に答えてみせれば、一旦待ったをかけてきたご隠居。まさか、そんな回答が返ってくるなどとは夢にも思わなかった様子で。驚きやら呆れやら怒りやら複雑な感情を綯い交ぜにした表情を浮かべながら、声を荒げてパチンッと閉じた扇子を突き付け、声を大にして叱り付けてきた。其れに対し、審神者は不貞腐れた顔付きで言葉を返す。
「しょうがねぇじゃねーですかァ……っ。特付いたばっかの新刃庇いながら病み上がりの体で防戦一方なんて、厳し過ぎる以外の何物でもなかったんですから〜……。短期決戦に懸けるには、この方法が一番手っ取り早かったんですよぅ。まぁ……流石に、他所様の刀でやったのは、だいぶ無茶やらかしたな〜とは自覚してますが……」
「そりゃ、そうだろうなぁ! 自分とこの刀ならまだしも、別の人間が顕現させた刀を憑依させるなんて、自滅行為にも等しいぞ!! よくもまぁ、そんな大それた事を成し遂げたモンだよ、全く……。その後、体に異常をきたしたりなどはしていないな?」
「そういえば……何か、さっきからちょっと気分悪い気がしなくもない、かも…………っ?」
「それ見た事か! 迂闊に易易と他所の刀なんかを憑依なんてさせるから、そんな事になるんだ!! この際、教訓と思ってしっかりと覚えておけ!! ……それと、誤解無いように言っとくが、気分の悪さは、恐らく自分が降ろした刀じゃない奴の霊力を無理矢理取り込んだ事による神気酔いって症状だからな。本丸に帰って体に馴染んだ自分の霊力で満ちた空間で大人しく寝てりゃ、その内治るぞ。此れに懲りたら、二度と同じ真似なんぞするんじゃないぞ? 良いか、今のは決して振りなんかじゃないぞ。分かったか?」
「あ゙ぃ゙……絶賛身に沁みておりますれば……うぷ、」
「あーあー、吐くなら待ちなさい。今、其処のゴミ箱取ってやるから……っ」
「せめて、医療用のゲボ吐き容器くださいよ……」
 段々と気分の悪さが増して吐き気を催してきた審神者は、思わずといった形で口元を押さえ込む。其れを察したご隠居が、手短にあったベッド脇のゴミ箱を手に取ろうと、バインダーを脇に挟んで屈み、「ほれ」という風に渡してきた為、反射的に文句を口にした。すると、先程までとは別の意味で呆れた表情を作ったご隠居は、溜め息混じりに返した。
「嘔吐容器、または専門用語で言うとガーグル・ベースンな。女子おなごが軽々しくゲボなんて汚い言葉使うんじゃない」
「意図も意味も正しく伝わるなら、言い方なんぞ些細な問題じゃないすか……ゔぇ゙……ちょっとマジで本当に気持ち悪いんで、ナースコール押して良いッスか……? 専門の人呼びたい……」
「俺が代わりに押してやるから、あんたは大人しくしてろ」
「あ゙ぃ゙がと、お巡りさん……。あんだけの啖呵切っといて守り切れんくて面目ない……」
「あんたは、あの圧倒的不利な状況下でよくやった方だ。寧ろ、掠り傷で済んだだけマシってもんさ。命拾いしただけ有難いと思ってるよ、俺は。だから、その点であんたが気に病む事は何一つない。あんたは、やれるだけの事を成したんだ。その上で負傷したのなら、其れは、ただ俺が弱かっただけだ。あんたの所為じゃない」
「今はその優しさが痛い……ゔッ、ちょ……無理、マジの本気で吐きそう」
「だからゴミ箱に吐けと言っとるんだ。その為に置いてある物なんだから、遠慮せず使いなさい。ほら、吐くなら此処だぞ」
「人目がある中で吐くのクッソ嫌なんだけど……ッ、」
「文句が多いな、君は〜。良いから、どうしても吐きそうなら此処に吐きなさい」
「ゔぇ゙……自己嫌悪で泣きたい……ッ」
「泣くのか吐くのかどっちかにしたらどうだ?」
「無理言ゔな゙、ぅぷッ…………ぁ゙、駄目無理吐くッ……お゙ぇ゙」
 迫り上がってくる吐き気に堪え切れず、咄嗟に横たえていた体を上体を捻るようにして口元をゴミ箱へと向け、嘔吐した。途端、ツンとした痛みと匂いが喉と鼻奥に来て、生理的な涙が浮かぶ。思わず、ナースコールを押した警備課の二筋樋貞宗が、責任を感じてか、哀れみを抱いてか――恐らくはその何方共であろう。彼の手が己の背中へと伸びて擦ってくれる。
 最初に吐き出したのはただの胃液だったようだが、吐き気が治まらずに再び迫り上がってきたものを吐き出せば、胃の内容物とは思えないドス黒い物が出て来て心底驚き、思考が停止した。
「ぇ゙……何、コレ……」
「怪異との戦闘で取り込んじまった穢れだろうな。兎に角、君は吐き出せるだけ吐き出しなさい。その方がしんどいのが楽になる筈だ。おい、新刃の坊主。背中擦るのは僕がやるから、お前さんは其処の内線電話で浄化部に連絡を取れ。そんで、至急浄化の必要な対象が出たと伝えろ。内線番号は七番で繋がるから急げ。僕は今、ゴミ箱の位置を維持するので忙しいから頼んだぞ」
「了解した……!」
「ご隠居……俺、コレ、マジでやばいヤツ……?」
「放置すると魂そのものが穢れに汚染されて廃人になりかねんレベルにやばい状態だぞ。通常ならば、此処まで汚染される事はないんだろうが……君の体そのものが弱ってる影響で、怪異に対する免疫機能も下がってるのが一番の要因だろうな。……チッ、上は何をやってるんだか。こんな状態の審神者を無理矢理引っ張り出すなぞ、聞いて呆れるぞ。審神者一人欠けたらどれだけの戦力が減るか、理解していないのか? 此れだから、頭の腐った連中共のする事は嫌いなんだ。僕からしたら、正気の沙汰とは思えん所業だよ。おい、浄化部の奴等はまだ到着せんのか?」
「今、此方に向かってるとの事だ!」
「お゙ぇ゙ッ…………はぁー、思ったよりキッツイな……お゙ろ゙ろ゙ろ゙ろ゙……ッ、……はぁ、づら゙…………お゙ぅ゙え゙ッ」
 涙目で吐き気と気持ち悪さと戦っていれば、内線での通報を受けて駆け付けた浄化部の者達が、ゴミ箱に吐かれた吐瀉物の内容物を検めるなり、険しい顔付きに変わり、医療課の方へ連絡し始める。
「此れは、思ったよりも深刻な侵度だ。此処じゃ、とてもじゃないけれど、穢れを祓い切れないね。今すぐ寝台ごと浄化部へと運び入れてしまおうか。一旦、繋いである点滴を外すよ。今は医療処置よりも先に穢れを祓う事の方が先決だ。物吉さん」
「はい! 僕達浄化部が来たからには、もう大丈夫ですからね〜。ちょっと点滴を外しますので、少し痛みますよ〜っ。外した後は、ちゃんと止血帯を巻いておきますので、安心して楽にしていてくださいね?」
「彼女の他に、浄化が必要な者は居るかな?」
「彼女と共に怪異の討伐を行った刀剣男士が一振り居る。内線で通報した警備課所属の二筋樋貞宗だ。そっちは彼女程重症じゃあないが、穢れを貰っている筈だ。頼めるか?」
「勿論だとも。その為に私達は存在しているのだからね。さぁ、準備が整ったら移動開始しようか」
「重症者の方をストレッチャーへの移動完了! 準備出来ました! 何時いつでも行けます!」
「では、浄化部本部へと急ごう。事は一刻を争う事態だ。慎重に、けれども迅速に行くよ」
「はい! それでは移動を開始しますので、移動の間、少し揺れるかもしれませんが、辛抱してくださいね〜っ」
「……宜しくお願いします……」
「任せて。私達は浄化のぷろだから、必ず君の事も彼の事も救ってみせるよ。では参ろうか……!」
 横たえられていた医療ベッドからストレッチャーへと移されて、ガラガラと運ばれていく途中、遅れて到着した我が本丸の者達の顔触れが一瞬視界の端へと映るも、状況を説明出来る余裕も無く、泣く泣く見送った。遠目からでも事態の深刻さを察した面々が、ご隠居に食って掛かる声が聞こえたが、その声も徐々に遠退いていってしまい。気付けば、其処で意識が途絶えており、視界は暗転してしまった。
 意識を完全に失う前、此方へと必死に呼びかける彼の声が微かに聴こえた気もしたが、答える事も出来ずに完全に沈黙する結果と相成ってしまった。


■□■□■□■□■□■


 ――目が覚めた時は、少し前に見た真っ白な天井が真っ先にお出迎えした事に、気を失っている内に浄化が完了したのだという事を知った。
 緩慢な瞬きを繰り返していれば、不意に初期刀様のご尊顔が映り込んできたので、其方へと視線を移せば、静かに加州清光が口を開く。
「目ぇ、覚めた……? 俺の事、分かる? 主の初期刀の加州清光だよ。自分が誰で、今何処に居るか、把握出来てる……?」
 声を発する代わりにコクリと頷けば、安堵した様子で胸を撫で下ろした加州清光が再び言葉を紡ぎ始める。
「主ってば、浄化部に運び込まれてから丸三日も眠り込んでたんだからね。そんだけ、今回は重症だったって事、自覚しなよ。まぁ、原因は怪異だって聞いたから、しょうがないとは言え……あんまし無茶ばっかしないでよね? 俺の方が、心臓幾つあっても足りなくなっちゃうから。つって、俺は刀だから、主みたいに簡単には死なない丈夫な体付きしてるけどね。でも、人間の主はそうも行かないんだから、今回みたいなのは極力控えて。じゃなきゃ、冗談抜きでいつか本当に死ぬよ。其れだけは、絶対に嫌だし、許さないから」
 思ったよりも落ち着いている様子の初期刀様に、頷くだけの相槌を返していれば、徐ろにガラリと部屋の戸が開いた。相手は誰かと首を傾けると、意外な者が見舞いにやってきたようだ。
「則宗から君の意識が戻った事の連絡を受けた故、居ても立っても居られず、仕事をほっぽり出して見舞いに来てしまった。無事に意識が戻ったようで安心したぞ、我が愛しの雛鳥よ。此れは、君へと贈る見舞いの品だ。受け取ってくれ」
 大層立派な花束を携えて顔を覗かせたのは、特殊討伐課を統率するトップの刀剣男士――通称・黒衣の山鳥毛と呼ばれる者であった。実は、この人物こそ、審神者が断っても断ってもめげずに特殊討伐課へ勧誘し続ける張本刃である。
 熱烈なアピールに、目が覚めて間もなくも呆れを隠さない顔付きで胡乱げな視線を投げて、重たい口を開いた。
「……何度誘われようとも、俺は特殊討伐課には組さんぞ……」
「相変わらずつれないな、我が雛鳥は」
「主はあんたの雛鳥でもないし、何度誘われようが断るから。どうせ顔一目でも見たかっただけでしょ? 用が済んだなら、邪魔者はさっさと散った散った。今、あんたはお呼びじゃないっつの」
「ふふっ……其れもそうだな。二人の水入らずの時間を邪魔して、すまなかった。では、また会おう。愛しき雛鳥よ」
「二度と来んな」
 雑にシッシッと手で追い払う仕草で、この場からの退散を促した加州清光。まだ目覚めたばかりの己をおもんばかってか、すんなり身を引いた黒衣の山鳥毛は、素直に頷くなり花束をオーバーベッドテーブルの上へ下ろして、別れの挨拶を告げた。其れに対し、終始塩対応を取った初期刀様は、冷たい物言いで追い打ちをかけるように中指を突き立てて見送った。我が初期刀ながら、中々の神経の図太さをお持ちで、末恐ろしい奴だなと思った。仮にも、相手は特殊討伐課のトップを勤める、黒衣の山鳥毛であるのに。恐れ慄くどころか、めちゃクソに煽り倒していて、思わず草が生えて軽く吹き出しそうになった。流石は初期刀様、極めて久しい身である事も相まり、肝が据わっている。御見逸れしました。
「……ったく、油断も隙もないんだから」
「……今更気付いたが、俺、いつの間にか個室に移動してる……?」
「うん。物凄い穢れ貰った影響で即入院が決まったからね。念の為の隔離措置でもあるんだと思うよ。浄化自体は丸一日掛かりで済んでるから、主の目が覚めて体調が安定してそうなら、たぶん今日にでも退院出来るって、某クソ爺から聞いた」
「お前……他所の個体にまでクソ爺呼ばわりは止めなさいな……。俺の沽券に関わるから……」
「御免。でも、彼奴、今回の責任者でもあったし、普通にブチギレかました後だから何とでもなるかなって」
「もぉ〜……誰に似たんよ、その血の気の多さァ……」
「そんなの主に決まってんじゃん」
「身に覚えしかなさ過ぎて草……」
「んじゃ、俺、退院手続きしてくるから、主はそのまま楽にしてて。終わったら、車椅子借りて戻って来るから。本丸までの帰りは、一応安静にって事で車椅子ね。文句は受け付けないから」
「相分かった……。分かってるとは思うが、病院内で急いで走ったりなんかすなよ……」
「分かってるって。俺が離れてる間は、前田が付いてるから安心してね。あっ、前田は今、霊力省エネモードに抑える為に刀の姿に戻って、主が今寝てるベッドの枕元に鎮座してるから。ちなみに、主迎えに来た時に付いてきた三日月はその日の内に本丸に帰したから、帰ったらたっぷり小言聞いてやってよね。皆、主の事心配してたんだから。其処んところ、忘れないように」
「あ゙ぃ゙……すみましぇん……」
「ん、宜しい。んじゃ、ちょっと行ってくるね。前田、主の事宜しく頼むよー」
『お任せください!』
「うわ。ずっと起きてたんかい」
『起きていなければ、主君の御身を守る事は出来ませんから』
「左様か……」
 加州清光が声をかけると、刀の姿のまま前田藤四郎の声が聞こえてきたので、普通に驚いた。いや、起きてたんかい。霊力省エネモードに抑えてるとか聞いたから、寝てるのかとばかりに思っていたのに、違ったんかい。
 そんな事を思いながら、枕元に置いてあった前田藤四郎の本体を手に取り、改めて言葉を口にした。
「思いがけず心配をおかけしてしもうて、すまなんだやァ……」
『本当、全くですよ。何度僕達の寿命が縮まった事やら、数知れません。僕の主君は、本当に無茶をなさるので、心配の念が尽きませんよ』
「ホンマに御免やでぇ、前田君……。いつも見守ってくれて有難うなァ……」
『本丸に帰ったら、皆さんから沢山のお小言が待っていますので、お覚悟を』
「へい……すみましぇん……」
 初鍛刀の前田藤四郎からのお小言を素直に受け止めていれば、不意にコンコンとドアをノックする音が響いた。前田藤四郎の本体を手にしたまま、「どうぞ……」と控えめな声で応答すれば、意識を失う前に散々世話になった、今回の責任者が見舞品を携えて御目見えした。
「やぁ、ちゃんと意識がはっきりしているようで安心したぞ。ほれ、見舞いの品の果物の詰め合わせだ。受け取っておきなさい」
「……アンタもかい……。ついさっき、君の古巣んとこの黒ちょもさんが、見舞いの花束置いて行ったところやぞ……」
「チッ。僕が彼奴より出遅れるとはな。愛しの雛鳥への抜け駆けが凄まじくて返って清々しい奴だな、彼奴は。……まぁ、そんな事よりも、今回の一件は本当にすまなかったな。後日、正式な書状と共に詫びの品を君の本丸宛へ届けさせるから、其方もきちんと受け取ってもらえると助かるよ」 
「まぁ……貰えるモンは有難く貰っておく主義故に、素直に受け取る事にしますとも……。――して、用は其れだけでは無さそうやんなァ?」
「うはは。君のように勘が鋭い奴は嫌いじゃないぞ? 君が気にしていると思ったんで、共闘を張った坊主の様子の事も教えておこうと思ってな。結論から言えば、君よりも圧倒的に軽い侵食しか受けていなかったんで、浄化もすぐに済んでその日の内に日帰り退院していったぞ。んで、今日も元気に担当区域を巡回してるといったところだ。此れで、先日の一件での杞憂は晴れたかい……?」
「そうかい……。そいつァ何よりのお便りで安心しましたわ……。良かった……地味にあの後どうなったのか気になってたモンで……」
「そう言うだろうと思って、君が目覚めるまでの間、毎日僕の方から顔を見に行ってやってたのさ。流石に、入院患者の親族でも本丸の刀でもない限り、幾ら警備課の奴だろうと担当区域でもない以上は、部外者は立入禁止扱いなんでな。自力で動けるくらいに回復したら、一度、顔を出しに行ってやってくれ。目の前で片足三途の川に突っ込んでた君の状態を見て、えらく動揺してたからな」
「トラウマになってないと良いんやが……」
「其処まで繊細な奴でもないだろうから、その辺の心配は大丈夫だと思うぞ? だがまぁ、事が事だったんで、随分と気を揉ませているようだったから、警備課の方には僕から話を通しておくんで、気が向いた時にでも元気になった顔を見せてやると良い。そうすれば、あの坊主とて心底安心するだろうよ」
「是非とも、そうさせてもらうつもりでさァ……」
「其れが良い、其れが良い。……あ〜、実は……今の話とは別件で話しておかにゃならん事もあるんだが……」
「ハイ……何で御座いましょうや……?」
 一度、其処で話を区切ると、さっきまでとは打って変わったように妙に歯切りの悪い物言いとなったのに気付き、純粋な疑問を抱いて首を傾げて見つめる。すると、物凄く言いづらそうにしながらも、伝えなければならない事であると踏ん切りを付けたのか、その重たそうな口を開いた。
「その〜……非常に言いづらい事なんだが……先日の一件で、君と一度きりであれども共闘出来た事が切っ掛けとなったのか……警備課所属の政府個体の一振りである例の二筋樋貞宗は、君の事を大層気に入ってしまったらしくてだな……。君の本丸への異動願を申し出ているそうなんだが」
「……へ……? いや、いやいやそんなまさか、俺に限ってそんな話……冗談ですよね……?」
 ワンチャン、揶揄からかい目的の冗談な可能性も視野に入れて聞き返せば、心なしか、うんざりしているような物言いで答えた。
「冗談だったら、端から真っ先に君に伝えてから今頃種明かししてる頃だろうよ……。つまり、今の話が冗談ではない事は、まだ短い付き合いしかない君でも察せれる事だと思うが……?」
「……Oh my gosh……なんてぽつたい……まさかそんな事になろうとは夢にも思わなんだで、正直驚いてるんですが……マジの話ですか……?」
「僕が嘘を付いているように見えるか……?」
「……ッスゥー…………マジっすかァ……」
『またもや、主君の悪いところが出てしまった模様ですね』
「うひょッッッ!? 吃驚したぁ!! 今の君のところの声か!?」
「あ、ウチの子がどうもスンマセン……」
『申し訳ありません。驚かせる意図は全く無かったのですが、つい口を挟まずには居られない話題だったものですから……。自己紹介が遅れて、すみません。僕は、主君の初鍛刀として顕現致しました、前田藤四郎と言います。このような姿で申し訳ありませんが、主君の為を思っての事としてお目溢し頂ければ幸いです。どうぞ、以後お見知りおきを』
「あぁ……己の主の霊力消費を極力抑えるべくして、刀の姿に戻ってずっと側に付いていた……という訳かい。主思いの良い刀じゃないか」
「俺の自慢の懐刀です……」
『このように、主君は良くも悪くも僕達のような存在を無自覚に口説いてきたりするような御方ですので、惹かれてしまうのも無理はないかと』
「其れも、顕現ホヤホヤの新刃で、まだ殆ど人間と関わった事のない個体程陥りやすいパターンだなぁ〜。はぁ〜っ……君も中々に罪な女だねぇ?」
「何で其処で結託しちゃうの、二人は……。俺を差し置いて意気投合すな……」
『しかし、今僕が述べたのは、紛れもない事実ですから。素直にお認めになられた方が宜しいかと』
 思わず、無言という肯定を示してしまった審神者。最早、何方が主人格なのか分からない主従関係である。
 しかしながら、答えは初めから出ているようなものだったので、それ以上の口は開かずに再び沈黙を守る事にした前田藤四郎。其れを元より察していたご隠居の方も、気を利かせて自分の方から話を切り出してくれた。
「まっ、わざわざ訊くまでもない、分かり切った事ではあったが……まぁ、一応はちゃんと本人へと伝言は伝えたからな。どうせ、君の返事は“否”なんだろう……?」
「よくご存知じゃないですか……。ウチは、本丸設立して以降変わらず、顕現させるのは各刀剣男士につき一振りだけと決めておりますんでね……其れを今更変える事は致しませんとも……。当然、今回みたいな特例も一切作るつもりはないという方針です……」
「そんなこったろうとは思ってたよ。だから、僕の方からも、予め釘を刺してやったのさ。“恐らく、お前さんの願いは、そう易易とは聞き入れてはもらえんだろうが”……とな。そもそもの話だ……彼奴、君の審神者証を確認したんだろう? だったら、全刀剣数が揃っている事なぞ一目瞭然だった筈だろうになぁ。余っ程、君に入れ込む程、本気で惚れ込んじまったらしいねぇ。うはは! 此れだから、若い奴等を見るのは止められないのさ!」
「ご隠居……」
「直接口にせずとも、分かっているさ。この件に関しては、僕の方から断りの返事を返しておくから……今日のところは、君は退院手続きが済み次第、本丸に帰りなさい。早いところ返してやらないと、君のところの御目付役が小煩こうるさいからなぁ」
「よぉ〜く分かってんじゃん、政府のクソ爺」
 ご隠居が敢えて名前を伏せて存在を口にした瞬間、音も気配も無くぬるりと当刃が現れ、背後から首元へ刀の切っ先を突き付けた。恐ろしく素早い身のこなし様に、内心感嘆すると同時に、これ見よがしな溜め息をいて咎める言葉を口にした。
「これ、清光……今の言い方じゃ、多方面に角が立つから止めときんしゃい……」
「はぁーい。……此れに懲りたら、主の事使い潰すような真似すんなよ? そっちがわざと不信感煽らせるような事続けるんだったら、本気で俺達の刃がテメェ等の喉笛掻っ切りに行くからな――って、上に伝えといて」
「勿論そのつもりだとも」
「その言葉、信じるからな……。念には念を入れて、今のきっかり録音って言質取ってあるから。下手に誤魔化したりなんざしたら、すぐに分かるかんな。極個体舐めんなよ……?」
「……清光。もうその辺にしときな……。一応、仮にも俺の雇い主側である立場のヒト相手に、刀なんて向けるんじゃないよ。納刀したまんまでもダァーメ。向ける相手をたがえんじゃないよ……」
 目を眇めて語気を強めるように再度たしなめれば、今度こそおのが本体をご隠居から離して距離を置いた。途端、息を詰めていたご隠居の緊張の糸が解れ、深々とした溜め息を吐き出す。
「やれやれ……っ。相変わらず、よく研ぎ澄まされているなぁ、君のところの刀達は」
「万が一にも億が一が起こり得ないとは限りません故……恐れ入ります……」
「まぁ、一つ忠告しておくが……今のは僕相手だったから懲戒処分は免れたが、他がそうとも限らない事だけは言い含めておくぞ。迂闊な真似は、なるべく控えるようにと、本丸の者達全員に伝えておく事だ。……僕から君達への言伝は以上だ。じゃあな。また派遣を頼む事があったら、入電を通して伝える。くれぐれも気を付けて帰りなさい」
「此方からも、最後に一つだけ……。此れで労災下りなかったら、後日正式にマジキチ案件として訴えるので、覚悟しておいてくださいね――☆」
「君って奴は、何処まで強かなんだ……っ!?」
『得てして、一国一城の主とは、そういうものですから。其処が、僕等の主君の長所であり、強みでもあるんですよ。それでは、ご機嫌よう。政府のご隠居殿』
 退院手続きを終えて、車椅子を部屋入口前まで持って来ていた加州清光が、慣れた手付きで瞬く間に本体を桜の花弁として散り散りに四次元空間へと収納し、ベッド脇までカラカラと押して寄せてくる。其処へ、ゆっくりと移動して腰を落ち着けたのを確認するなり、転倒防止の安全ベルトを装着させ、己の背後へと回った加州清光によって車椅子は進み始める。勿論、刀の姿を取ったままの前田藤四郎は膝上で花束と共に大事に持って移動する。もう一つの見舞品は、清加州清光の方が持ってくれるようだ。
 斯くして、審神者は三日明けに本丸へ帰城する事が叶ったのであった。幸いな事に、今回は怪異による穢れが原因で起こった出来事だったとして、どうやらお咎めはないように思えた。……のだが、流石に、留守居役を預かってくれていた初泥刀からのお小言からは、逃れられない運命さだめであったようだ。その証拠に、笑顔だが笑っていない顔付きを浮かべて仁王立ちする薬研藤四郎が、母屋から離れの間へと通ずる渡り廊下地点にて、通せんぼするかの如く立ち塞がっていた。
「よぉ、大将。まずは、無事に帰ってきてくれた事を喜ぼうじゃねぇか。おかえり、大将」
「応……ただいま、薬研。俺が留守の間、本丸の指揮を預かってくれて有難うな。お疲れさん……」
「そいつは、大将もおんなじだろう? まぁ、無事に生きて帰ってきてくれただけで、良いって事さ。……だが、丸三日も本丸を空けるたぁ、当初の予定の話とは随分と違うよなぁ? 結局のところ、一晩分の晩飯どころの話じゃ終わらなかったじゃねーか。俺の知らないところで死なれても困るんだって事、もう一遍いっぺん叩き込み直した方が良いかい? なぁ、大将よぉ」
「再三言うけど、不可抗力だってぇ〜……!」
「取り敢えず、大将には大人しく布団に収まってもらった上で、俺からの説教があるから、その耳よくかっぽじって聞くんだな」
「俺の初泥刀が逞しくて審神者嬉しく思うと同時に一抹の不安を抱いた……」
「さて……お仕置きの時間だ」
「薬研兄さん、その言い方はセンシティブ判定的にアウトです」
「とりま、俺は先に車椅子片付けてくるね〜。まだ暫くはレンタルする事になるだろうから、離れの近くに置いておけば良いかな……? ここ最近、天気崩れがちだから、濡れないようにの防止で、カート部分拭いて渡り廊下の内側に置いておこうか」
「雑巾が必要なら、僕が手ずから縫って作った物を使うと良い……」
「おっ、有難う泛塵。気が利くじゃん」
「掃除は得意だからな……。替えが必要になったら、何時いつでも言ってくれ。まだ沢山予備があるから」
「とりま、今受け取ったヤツは、主の車椅子専用にさせてもらうね〜」
 本丸に帰り着くなり賑やかだな……などと、薬研藤四郎からの有難いお説教をお布団の中に横たわった状態で聞いていると、徐ろにやって来た我が本丸の二筋樋貞宗が物凄い形相をして詰め寄って来て、普通に吃驚し布団をギュッと握り締める。何事かと思い、直前まで話していた薬研藤四郎と二人揃って顔を見合わせて見遣れば、未だ嘗て聞いた事がない程にまでひっくいド低音ボイスで詰問された。
「本丸に帰城して早々、一つ伺いたい懸念事項が出来たんだが……相棒から何で俺とは別の同位体の気配が感じられるのか説明願っても?」
「え゙っ……嘘、まだあの時の神気残ってたんか……??」
「相棒……もしかしなくとも、浮気か? 既に俺という番犬が居ながら、別の犬に尻尾を振るつもりか……? 此れは、刀のお巡りさんの出番だなぁ。――さて、カツ丼と一緒に話を聞かせてもらおうか?」
「おぅふ……っ。すまんが、俺この三日間まるっと寝通してたモンで、ずっと点滴生活してたらしいんで、初っ端からカツ丼はぶっ飛ばし過ぎてて普通にアウトです……。せめて消化に良くて食べやすい液体状の物からスタートさせて……。事情はちゃんと説明するから……」
「全部白状するまで俺からは逃げられないと思えよ、相棒……?」
 よもや、こんなところで、我が本丸の相棒兼番犬からの嫉妬イベントが発生するだなんて聞いてないと、歴防本部医療課の入院病棟で別れたご隠居へ盛大に愚痴ってやりたいと心の中で嘆いた審神者であった。尚、罪状(濡れ衣・冤罪)を全て白状し終わるまで、審神者の両手には重厚感満載の黒光りする手錠が嵌められ、軽い拘束に遭ったのも、此処だけの話。


執筆日:2026.03.02
加筆修正日:2026.03.30