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番犬は相棒に巡回終わりの御褒美を強請る。



※尚、作中ラスト終盤にて、一部、『Log:陸』に収録・掲載中の大千鳥十文字槍掌編『真田幸村の愛槍が赤子返りするの巻なり』のお話に触れる描写があります。
※単体でも読める仕様です。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 現在目下で進行中の催物『戦術強化訓練〜ちよこ大作戦〜』の今日のノルマ分を確認すべく、次に出陣する部隊を采配しながら、画面上に記録されているデータへ視線を落としていた時だった。
 徐ろに視界が暗くなった事に気付いて、俯けていた顔を上げれば、其処には、先月中旬頃に顕現して早一ヶ月が経過したばかりの新刃こと二筋樋貞宗が、此方を見下ろすように佇んでいた。しかも、丁度、進行方向を邪魔する如く、目の前へと立ち塞がっている彼。その表情は、一見にこやかそうに見える笑顔だが、何処となく圧を感じるものだった。もしや、歩きながらで端末画面を操作していた事に対する検問、或いは取り締まりの意図を含む行動だったりするのだろうか。
 分かりやすく通せんぼを食らった審神者は、少しだけ首を竦めて、おずおずとした口調で口を開いた。
「えっと……何用で御座んしょ……?」
「たった今、本丸内の巡回パトロールから戻ったところだ」
「おぉ……そいつぁ、お疲れさんです。何か異常とかあったかい……?」
「俺が見て回った限りでは何も。特に異常らしきものは見当たらなかったよ」
「そうかい。そいつぁ何よりで御座んすね。まぁ、何かしらの異変が起きたら、いの一番に俺か、或いは御神刀組や霊刀組か、はたまた、こんのすけ辺りが反応するやろうけ。そうでなければ、結界で安寧が保たれとるっちゅー証拠やんなァ。報告は以上かい……?」
「あぁ、一先ずは」
「左様でっか。ほいたら、俺は、まだこの後も周回やら何やら遣らなアカン仕事残っとるんで……君も、貞宗派出陣指令でのお呼びがかかるまでは、持ち場で待機宜しゅうなァ。ほな、また後で〜」
 ながらスマホを咎められる訳ではなかった事に内心安堵するもおもてには出さずに、当たり障りない言葉をかけて軽く手を振り別れようとした審神者。其処で話は一旦終いであろうに思えた。だからこそ、審神者も進行方向を塞がれていたにも関わらず、気にせず横へ避けて押し通ろうとした。だがしかし、現実はそうも行かなかったのである。
 ひょいと、体を横へずらして、彼の肩に引っ掛けられているだけの――金色のラインが目立つ純白のジャケットを、暖簾を潜る要領で目の前の障害物から避けようとすれば。何故か、目の前の視界を塞いでいた青色も一緒に動いて、再び立ち塞がる壁。思わず、無言の沈黙が数秒間だけ降りた。
 すぐに思考を再起動させた審神者が、半ば表情を隠すように眼鏡のツルを押し上げる仕草を取りながら、「ふぅー……っ」と細長い溜め息をき、再度口を開いて言葉を発する。
「あのー……貞宗さんや、君は一体何がしたいんや? 控えめに言って、通行の邪魔なんやが。主は、まだお仕事あるち、さっき言うたやろ。もう用が無いんやったら退いてくれんかね? 通行の妨げする程暇なんか、君?? それとも、なぁに? 構ってちゃんなの? ワンコかな??」
「この本丸の……引いては、あんたの番犬である事は確かだな」
「さいでっか。気は済んだか? なら、今すぐ其処をお退きなさい。通行の邪魔よ。主のお通りじゃい、道を開けろ」
 語気を強めて再度横を通り過ぎようと試みるも、やはりといった様子で立ち塞がる彼。頑として道を譲る気がないのを察するや否や、審神者は呆れた態度を隠しもせずに軽く苛立った様子で声を荒げた。
「だぁーっもう……! さっきから何なんじゃい、鬱陶しい!! 何か言いてぇ事があるんなら、はっきり言いなァ!!」
「じゃあ、遠慮無く言わせてもらうが……務めを果たした番犬に何かしらの御褒美はないのか? 例えば……今周回に出ずっぱりの奴等が、あんたの手ずから直接貰い受けてる一口ちよこだとか」
「は……? え、何……遠回しにチョコ要求されてんの、俺? 不良から校舎裏に呼び出し食らってカツアゲされる陰キャの図かなコレ? いや、まぁ、場所は本丸の渡り廊下で呼び出しも何もないけど、実際陰キャな上、カツアゲされた事はないから漫画でありがちなネタとしてしか知らんが。VDバレンタインはとっくに過ぎておりましてよ、お巡りさん。あと、VDバレンタインチョコの為の巡回なら、お鉢ジャンル違いでしてよ。せめて、マスター業を兼業してる審神者さんの処を当たってくれや。ウチは管轄外だぜ。ってな訳で、俺からのお話は以上。あばよ」
「この場合、そうは問屋が卸さないって相場は決まってるんだよ、相棒。番犬を躾けるのも相棒の仕事なら、ねぎらい褒めるのも相棒の仕事だよな……? 今ので既に“待て”は終わっただろう? さて、今度こそ御褒美を貰うとしようか」
「……あ゙〜……な〜る〜……。初めから、そういう意図での妨害だったって訳ね。ハイハイ、成程……? いや、全ッッッ然納得行かない理屈なんだが?? 寧ろ、御褒美貰いたいのはコッチだよ、コンチクチョー。幾ら相棒だろうと、其処までの甘えは許しとらんぞ?? そもが君、疲労しとらんじゃろう。そんな子にやる回復アイテム菓子はねぇ。一昨日出直して来な」
 言葉を言い終わるなり、ビッと親指を明後日の方角へ向けて指し示す。
 彼的には、“刀のお巡りさん”としての仕事が一段落したから、ねぎらって御褒美頂戴アピールしたかったのかもしれないけれども。なんて遠回しで分かりづらいのか。もうちょっと何か他に言い回しや態度での示し方とかあったでしょうよ。いや、現在進行形で通行の妨げという名の足止めは食らってるけども。ただの事務的な口頭報告から会話始められたって分からんって……! 審神者が察し悪いの、顕現して一ヶ月経ったなら把握しとるやろ! ウチの相棒の意思疎通の仕方どうなっとるん?? 情操教育担当してるの誰??
 疑問に思うなり、勢い任せで画面をズダダダッと力強くタップ&スクロールして番長欄の項目を確認したら、教育番長枠は同田貫正国が担当中であった。いや、教育のおもたる部分は、確かに同田貫が担当しているのかもしれないが。情操教育面に関しては、兄弟刀となる貞宗派か、或いは旧縁の鯰尾藤四郎辺りに委ねている可能性もある。今挙げた面子メンツは、皆本丸設立黎明期より顕現している古参組故に、教育面での心配には及ばないだろう。鯰尾なら脇差且つ世話好きだし、貞宗兄弟達と言ったら、亀甲を除けば教育者に向いた面子メンツが揃っている筈。にも関わらず、何故教育が行き届いていないのか。もしや、怠慢か……? ちょっと此れは、後でへし切長谷部に相談案件かもしれない。
 そんな事を顎に手を当てながらつらつらと脳内で考えあぐねていたら、待ち草臥れたらしき彼が、わざと至近距離という近さに顔を近付けてきて物申した。
「其れで……? 御褒美とやらは、まだお預けなのか、相棒? 俺は、そう気が長くないタチ故に、あまり待ち時間が長いと、あんたに噛み付くかもしれないぞ。其れでも構わないというのなら、もう少しだけ待ってやらん事もないが……どうする?」
「いや、顔が近い近い近い。不意打ちでのガチ恋距離は、控えめに言って心臓に悪いからヤメロ。つか、俺の相棒なら、もうちっと辛抱強くあれよ。そんな甘ちゃんじゃあ、この先やって行けねぇぞ……? そもが、俺、超絶猫派だから、犬の躾には慣れてないんだが」
「ははっ。既にこの本丸に何匹もの犬を飼い慣らしておいて、よく言うよ。流石は、強者つわものの猛者審神者。調教するのも御手のものと来たか。伊達に一国一城の主を務めてないって訳ね。成程、此れは落とすのも一筋縄じゃ行かないって事か……。ふー……っ、其れでこそ俺の相棒だな」
「何か勝手に理解して自己完結すんのヤメテくんない? 軽く腹立つんすけど。……まぁ、君の言う通り……確かに、忠犬へし公を筆頭に、江のわんわんズや、元政府刀で特命調査の先行調査隊だった肥前君に、対して戦闘狂で狂犬の素質有りきの孫六さんに……ご新規さんで加わった公認で番犬の君も含めると、それなりの多頭飼いしてる事になるねぇ。君と同期の安宅さんも、長谷部と同じタイプだから……そう考えると、ウチの本丸って、猫よりも犬の方が幅利かせてる事になりそうだな……。この件に関しては、後日、古参組たる五虎ちゃんと……あと、にゃん泉君や火車君達とも話し合っとこうかな。猫派筆頭のかしらたる俺の大義名分も懸けて。あ……でも、そんな事してたら、鳥派勢がカチコミ仕掛けてきそうだな……其れも、ちょもさん差し置いて籠の鳥が筆頭になって。其れは大層面倒臭い事になりそうだから、やっぱ止めとくか」
「何だ……この、絶妙な噛み合わなさは……。俺が言いたいのは、そういう事じゃあないんだが……この調子じゃ、イマイチ俺の気持ちが伝わってないみたいだな……。ふー……っ。やれやれ、俺の相棒は大層察しが悪いタイプらしい。“待て”は、もう終わりで良いか?」
 そう言って、徐ろに他人のおとがいを顎クイする要領で持ち上げて無理矢理目線を合わせようとしてきた上に、更に顔が近付いてきた為。思い切り“待った”をかけるべく、まず手始めに顎にかけられた手をスナップを効かせた払い手で叩き落としてから、次いで制止の意図で両手を彼との間に差し込んだ。初手からアッパーじゃなくて良かったね。もっとオイタが過ぎていたら、確実にこの場は二段構えでボディーブローからのアッパーカットでK.O.判定を食らっていたところだろう。刀のお巡りさんとして、ちゃんと理性は働いていた模様で一先ず安心はした。
 だがしかし、誰が鼻先が触れそうなまでに近付く事を許した。「そんな事を許可した覚えは無いぞ」と言わんばかりのジト目を向けて、咄嗟に前面へと突き出した両手で、彼の口元を押さえ込むように塞いだ。
「おいコラ。今何しようとした、お前?」
「何って……敢えて口にしないと分からないか?」
「いや、何となく流れ読めたから、反射的に顎の手払い落として防御のポーズ取ったんやが。俺が訊いてんのは其処じゃない。何許可無くキスしようとしてんねんて話じゃボケェ。殺すぞ??」
「相棒相手に殺意が高過ぎるのは頂けないな……。だが、貞操観念への反応速度の程は良かった。幾ら、本丸の刀と言えども、警戒心を忘れてはいないようで安心したよ」
「掌で押さえ込まれたまま喋るのヤメテもらっても良いっすか? 普通に擽ってぇんだわ」
「あんたが遮ったのが悪い」
「責任転嫁が甚だしい。其処まで潔いと逆に面白くなってくるわ〜〜〜。だからと言って、簡単に心を許すと思うな、馬鹿たれ。心の壁がぶ厚いで有名なド陰キャ舐めんな? 心のA.T.フィールド全開から物理的距離置かれたくなかったら、ド陰キャに対する心得を百万回頭に叩き込んだのち、一億年と二千年程前まで遡ってやり直せ」
「そんな駄目出しのされ方あるの、初めて知ったんだが……。というか、其処まで行ったら紀元前より前まで戻る事になるんだが、最早刀の時代関係無くないか?」
「黙らっしゃい。余計な口答えをすな。要は其れくらい前まで戻ってから人間やり直せって言ってんだわ。はぁ〜〜〜っ……ちょっと男士ィ〜? 此奴の情操教育どうなってんの〜? 誰よ、ウチの相棒に碌でもない事吹き込んだ奴〜。今即刻素直に挙手して出頭してくれば、程々の制裁で済ましてやるから、大人しく名乗り出て来な」
「あ゙〜、悪ぃ。新刃がほぼ同時期に三振りも増えたモンで、流石に俺の手にゃ余るってんで、同郷の奴等とか縁のある奴等に任せたわ。すまん」
 彼が取りかけた行動を制限すべく、彼の口元を押さえて制止していた両手を解くなり、本丸中に響くように口元に手を当てて、声を大にして問い質した。其れも、平成の頃の学舎まなびやでよく見かけたであろうギャルのような雰囲気を匂わせた口調で。
 途端、気まずげに緩く挙手の姿勢で顔を出したのは、絶賛教育番長を継続受け持ち中の同田貫であった。素直な事は良き事。審神者は、仁王立ちの腕組み状態のまま言葉を返した。
「教育番長にたぬさん指名したんは俺やから、其処んところはお前の責任ではなくってよ。問題は、情操教育の方よ。で……? 俺の相棒兼番犬たる貞宗さんの情操教育担当者は、何処の何方?? 主怒らないから、今すぐそのつらを出しな」
「相棒のこの何とも言えない、丁寧なようで治安の悪い言葉遣いは、どうにかならないのか……?」
「主のソレは、元々の気質とハマったジャンルによるモンだから諦めろ。好きなモンに影響受けるタイプだからな、其奴」
「……成程、分からん」
 今はとっても要らない情報を勝手に投下してくれた同田貫への制裁は後回しにし、取り敢えずは相棒の情操教育に失敗した責任者を問い質すべく、改めて声を発すれば、貞宗兄弟の三男坊に位置するであろう物吉貞宗が苦笑を浮かべた顔で真実を告白した。
「すみません……っ。二筋樋さんの情操教育は貞ちゃんが担当してたんですけど、今は周回の方が忙しくって顔を出せそうにないので、僕が代理でお話聞いときますね!」
「あ゙〜、貞ちゃんかァ〜……。う〜ん……限りなくアウトなので、後で俺の方から伊達組保護者勢に改めて言い含めておくようにと伝えておきます。当刃じゃないのに、わざわざ顔出させて御免ね。その気持ちだけで主は嬉しいよ、有難う。そのまま、次男坊枠の亀甲の手綱も握っといてくれや」
「お任せください! 亀甲兄さんの教育的指導だろうと、何でも力になってみせます! 主様に幸運を運ぶ為にも、精一杯頑張りますね……っ!」
「うんうん……本当に有難うね。持つべきものは、やはり幸運王子の物吉君やな……。言うて、ウチの貞宗の顕現順は、貞ちゃんスタートからの亀甲→物吉君と続いて貞宗さんっちゅー感じやからな。我が本丸は、何故か弟組が先に来てからお兄ちゃん組が来る流れやけんね……。そう思うと、顕現順的本丸の先輩序列は貞ちゃんのが上の筈なんですがねぇ。何処で教育間違ったんやろ……。もしや、長船の放任主義が移ったか?」
「其れを大元である君が言うのか……?」
「おや、ちょぎ君。俺は、未だ刀派別選択肢を使う度に、君が長船派に分類されてない事を根に持ってるかんね。例え、傍流だから本家筋とはちゃうという理由で親戚扱いからの長船派からはぶられた事には、遺憾の意を示すよ。故に、意地でも君も長船派指令の際には編成にぶち込むので宜しく頼んだ」
「嗚呼……うん……その件は、昨年のちよこイベ時点から了承済みで分かってるから改めて言わなくても良いよ。君の俺への扱いについては既に把握済みだからね。俺を山姥切の本歌としてだけでなく、長船に連なる刀としても扱ってくれて有難う。その心遣いには本当に感謝しているよ」
 ただの通りすがりで偶々会話を聞いてしまったが故にうっかり口を挟んでしまった模様だが、ただ其れだけで、特に用事と呼べる用事も無かったようで。本当に通りすがりに話に混ざって、言うだけ言って去って行った山姥切長義。そのクールさに、審神者は、痺れる、憧れるゥ!
 一先ず、太鼓鐘貞宗への件は伊達刀に完全委任(という名のぶん投げ)する事にし、今後の情操教育面には旧縁の鯰尾をフォロー役として宛てがっておこうと思う。
 話に一旦区切りが付いたと判断するなり、各自解散の空気を察して居なくなり、その場に残されたのは、最初の二人である審神者と彼だけとなった。取り敢えず、現状を改善する為の方針が纏まった事で、審神者は「ふすんっ」と小さく鼻息をいて、彼の方へと向き直った。
「……で、御褒美が欲しかったんでしたっけ? 口寂しさ紛らわすのに俺みてぇな奴とキスするくらいなら、代わりに此れでも食っときな」
 そう言って、彼の手へと手渡したのは、コ●アシガレットの箱が一箱分と●ロルチョコ数個だった。掌の上でコロコロと転がる一口サイズ程の小さな四角いチョコレートは、仮にVDバレンタイン用として貰っても嬉しいラインナップの筈だ。しかし、もう一方の方は、パッと見だと煙草と間違えてしまうが故に、初見で騙されかけた二筋樋は、控えめにも眉間の皺を寄せて顰めっ面を作り、問い詰めるような口調で以て口を開いた。
「おい、あんた……此れ……っ、」
「あっ、勘違いせんように先に言うとくが……ソレ、大人の嗜好品たる苦い煙草やのうて、甘い駄菓子やけんね。何も知らんで渡されたら、一瞬騙されたやろ? 実はコレ、俺が子供ん頃から使い回されとるネタやねん。見た目は、どう見てん煙草っぽく見えるき、背伸びしたいガキンチョが煙草吹かしてる風に見せかけながら楽しむんよ。煙草吸ってる人ってハードボイルドで格好良く見えがちやから憧れる気持ちもあるけど、実際のとこは、俺煙たいのが無理じゃけぇ、絶対煙草は吸えへんのよ。そもが体に悪いしの。貞宗さんが喫煙家かどうかは知らへんが、人の身初めてまだぜろ歳児じゃけぇ、人の身に慣れん内は飴ちゃんとかで口寂しいの紛らわしとき。俺の前じゃ吸わんが、煙草や煙管吹かす奴は何振りか居るきィ、人間生活に慣れたら本丸の諸先輩方に訊いてみな」
 相棒の健康を心配して文句を口にしようとした手前で、出鼻を挫かれるように先手を食らって押し黙る羽目になった彼は、一瞬口をへの字に曲げて押し黙った。そんな様子をニンマリ笑顔で笑って見つめる審神者は、尚も付け足した。
「ついでに言うとくと、今君にあげたのは、俺の仕事用に保管してる糖分補給用のおやつやから。君は、本丸来てくれてからよう頑張ってくれとるきね。俺の相棒兼番犬という事で、特別にやるわ。他の子等には内緒やで? 特に、お菓子寄越せ妖怪の包丁君には絶対に黙っとけよ。ほな、今度こそ仕事戻るで。じゃあの」
 そう言って、審神者は上機嫌気味に鼻歌を響かせながら、離れの執務室まで戻っていくのだった。


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 ――その後、夜の帳が下りた縁側で、ココア●ガレットを咥えている彼の姿を見かけた大千鳥十文字槍は、小さく驚いたような顔を張り付けて話しかけた。
「あんた、喫煙者だったのか……?」
「いや……本物の煙草も嗜む事には嗜むが……今俺が口に咥えてるのは、所謂偽物ってヤツだ。相棒から、口寂しくなったら食べろと渡された物でね。実は、煙草に見えて駄菓子なんだと」
「嗚呼……短刀の奴等が、偶に口にしているのを見かける、アレか……。あんたにも、そういう時があるんだな?」
「相棒からしたら、どうやら此れも躾の内らしい。まだ口吸いのお許しが出せるまでの間柄じゃないんだとさ」
「この本丸に来て日が浅い身の癖して、迫ったのか……?」
「ちょっとばかし魔が差した、とでも言えば良いのかね……。雰囲気に流されてくれるなら、ワンチャン狙えるかなと思ったんだよ。まぁ、ガードの堅い相棒は、そう易易とは流されちゃあくれなかったがね」
「だろうな……。本家筋ではないにせよ、かの武田家の血を引く末裔らしい、あの主の事だ。そう簡単には落ちまい」
「今の話は初耳なんだが……」
「あの戦闘狂っぷりを見ていれば、武家の血筋の者と分かるかと思ったが故に、敢えて言っていなかった」
「道理で手強い訳だ……」
「主の武勇伝とも言える語り種なら、俺でも知っているから、語り聞かせてやらん事もないが……」
「是非ともお聞かせ願いたい」
「なら、交換条件として、俺が一つ話すにつき、あんたは、あんたが知っている真田左衛門佐信繁さなださえもんのすけのぶしげの事を教えてくれ。この交換条件が飲めぬというのなら、この話は無かった事に」
「……あんた、存外交渉上手なんだな?」
「そうか? 一時期、バグで見た目が赤子程までに縮んだ事があって以降、暫く主の近くによく控えていたからだろうか……。主の癖が移ったのかもしれない」
「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらおうか??」
「交換条件が飲めるのなら話してやろう」
「よし、その交渉乗った……!」
「じゃあ、まず、俺が何故赤子バグを起こしたかについてから語るとしよう。あれは、確か……――」
 そうして、審神者の知らぬところで、縁を深めて一気に親密度を上げた二人の姿が、本丸の彼方此方あちこちで見かけられるようになったりしたとか。


執筆日:2026.02.18
加筆修正日:2026.02.19
初出日:2026.02.19
公開日:2026.02.23