※尚、作中の一部にホラー要素を含む、所謂“とうらぶホラーネタ”となっております故、「ホラー無理駄目絶対」な方はご注意くださいませ。
※以上を踏まえた上で閲覧どうぞ。
先日無茶をするなと咎められたばかりなのにも関わらず、荒事になると言葉より先に手足が出る性分の審神者は、自分の最低ラインを見極めた上で無茶をする。何処までなら無理が利いて、何処までだと無理が利かないか。黒企業に勤めた時に取った杵柄とでも言うのか。自己犠牲精神の
低級の怪異が本丸敷地内に出たとの噂を聞き付けるや否や、出現場所と時刻を絞り出し、自ら買って出ると言い出した。
普段の怒りの沸点は然程低くはないが、対身内の事となると違うらしい。特カンスト部隊の短刀や脇差のようにすばしっこく飛んでいった彼女の背を追って駆け付けた時には、事は片付いてしまっていたようで、獣の如し鋭く尖った五本の爪先がナニカを引き裂いた後なのか、元は低級の怪異だったと思しき物ノ怪が黒い煙と化し、塵と消えたのだろう場面だけを確認して溜め息を吐き出す。
「ッ……頼むから、荒事関連はあんた自らが出張らずに、周りを頼ってくれ…………」
「すまん。話を聞いては、居ても立っても居られんでな。化物斬りの刀等に任せても良かったんだが……気付いた時には勝手に体の方が動いてた」
「あんたは、野生動物か何かなのか……?」
「まぁ、野良猫に近い性質は持ってると、よく周りにも言われるし、実際その自覚も有るかな。俺の本丸に許可無く土足で上がり込んだだけでも度し難いのに、どうして勝手を許すと思うてか? 此処は俺の本丸だぞ? 余所者が荒らすなど、控えめに言うたとて許し難い事だ」
「……だから、相棒自ら狩りに出たって……?」
「俺の箱庭で、俺の刀を脅かそうとしたんだ。当然の報いだろう?」
「ふー……あんたの言い分は分かった。だがな、その手を自ら汚そうとするのは、流石の俺とて見過ごせんぞ」
つい、と人差し指を差し向けて忠言を零せば、物理的に祓った為に指の隙間を流れていく残滓には気にも留めず、変わりに己の指先へと視線を落として「此れの事か?」と獣の手を作って尖端を見せてきた。
「その手はどうしたんだ? 元はそんなに鋭い爪ではなかった筈だろう?」
「あぁ。いつもは、ただの丸っこい人の手をした形の爪だな」
「それなのに、何故今はそんな物騒にも尖った形に変わっているんだ? まるで獣の爪と変わりないじゃないか」
「可笑しな事を言うね。人とて、獣の仲間だよ。常は善性という皮に被せて隠しているがね……。害意を及ぼす外敵が現れたとなりゃ、話は別さ。“能ある鷹は爪を隠す”とは、よく言うだろう? 俺の此れとて同じようなモンさね。俺の大事な物を壊そうとするならば、その対価は頂かんと釣り合わねぇ。つまりは、壊される覚悟がある奴だけが壊してみろって話だ。此れは、そういう話の延長線から成り立つ。安心しろ……まだ人の道から外れる気はねぇからよ」
指の隙間に纏わり付くように残っていた僅かな残滓は、その内、風に流れて空へと昇って遠くへと掻き消えていった。
審神者は、制裁を下した利き手からバキンッと不自然なくらいの骨音を鳴らして、しゅるりと爪を仕舞った。元の人らしい形に戻った手と爪先は、いつものように丸っこく柔らかそうな姿をしている。けれど、つい今しがたまでこの目で見ていた手は、確実に人の子らしくない手付きをしていた。
落ち着いた呼吸で新たな空気を取り入れてから、彼女の利き手へと手を伸ばして触れる。
「……怪我は、していないな」
「無いよ。殺られる前に殺ったからね」
「あんたの、その物騒なまでの闘争心の高さと警戒心の高さはどっから来るんだ……」
「目に見えてないだけで、常に隣り合わせで居るよ。恐怖や畏れといった感情は、日常の何処にでも隠れている。かと言って、常にずっと気を張り詰めているのは疲れる。だが、本人の知らぬところで、神経というものは張り巡らされているものさ。俺の場合は、其れを気配で察して認知する。この本丸の地に踏み入った者は皆、五感や第六感を通して伝わる。その相手がどんな輩であろうとなかろうと関係無しに、な」
米神の辺りを示しながらそう宣った彼女の目は、獣の目をしていた。凡そ、人らしくはない、爛々とした目だ。
「……だが、あんたは人の子だろう」
「まだ、その範疇に居座れているに過ぎない。
狐のように目を細めて笑う様子は、何処かおどろおどろしく、不気味に見えた。一線を踏み越えてしまったら、戻れなくなってしまうような、そんな危うさを孕んだ雰囲気さえ纏っているように思えた。
だから、敢えて応えを濁すが如く、手に取った彼女の手を引いて、その華奢な身である柳腰を受け止め、腕の中へと閉じ込めて別の言葉を紡いだ。
「……あんたの白魚の如し手が汚れるのは、あまり見たくはないな。
そう言ってから、徐ろに握ったままの彼女の利き手の指先一つ一つに口付けを落とした。途端、ビクリと肩を揺らして、空いたもう片方の手で止めようと制止の声と共に此方へと伸ばしてくる。
「これ、止めんしゃい、ばっちぃ! まだ穢れを落としてねぇ内からそんな事すんじゃねぇ、
尚も口付けるのを止めずに居れば、空いた左手で取り返そうとしてきたので、彼女の肩や腕に負荷が掛からない程度に上へと取り上げてしまえば、背の低い彼女では思うように届かなくなる。其れを良い事に、口付けだけでは飽き足らず、分からせのつもりで舌も這わせた。直後、ポカポカと胸元を叩いていた手が止まったかと思えば、胸倉を掴む流れへと変わって、彼女から不満を訴えかけられる。
「おい、
「あんたがまたぞろ無茶をしないと約束出来るのなら、止めてやる」
「神様とは、口約束だろうと安易に約束事は交わすモンじゃねーって、新人マニュアルにも書いてある事だぞ。迂闊にんな真似する訳ねぇ―だろうが」
「じゃあ、残念ながら、この手はそのままだな」
「図に乗るな、駄犬が」
直後、パシンッと乾いた音が鳴り響いたと思った瞬間、遅れて自覚した痛みに左頬へ張り手を食らったのだという事に気が付いた。どうやら、本当に調子に乗り過ぎてしまい、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
わざわざジャンプしてまで自分の頬を引っ叩いた彼女の、本気で怒っている態度に、内心で遣り過ぎた事を反省して、思わず拘束していた手と腰を離した。その瞬間、手負いの獣同然の警戒心を剥き出しにした彼女に距離を取られて、思い切り睨み付けられた。
「次やったら、本気で張り倒すからな」
「あんたがそう来るなら……次に相棒がまた言い付けを破って無茶したら、俺はあんたに噛み付くからな。番犬に噛み付かれたくなくば、どうすれば良いか……賢いあんたなら、分かるよな?」
「今回のは無茶の内に入らんからノーカンだ」
「そんな屁理屈が通ると思うのか?」
「事実、俺自身が倒れる程でもなく、理性をきちんと保てている内は通る理屈だ。俺の在り方を、お前に決められる謂れはない。分かったのなら、この話はもう終いだ。念の為、お前は、この後、御神刀組ん処行って御神酒貰ってこい。んで、忘れず口ん中
「おいっ、俺を置いて何処に行こうって……、」
「自室の方だよ。この程度の穢れなら、自分で対処出来るんでな。パッパ達から浄化用に持たされてる有難い御神酒で穢れ落としてくる。言っとくが、暫くお前は俺の部屋に近付くんじゃねぇぞ。此れは、躾という名の制裁だからな。許可が下りるまでは絶対ェに敷居を跨ぐな。良・い・な……?」
「……相棒の仰せのままに」
ふんっ、と息巻いて背を向けた彼女が、自室がある離れの方へと去っていく。いつの間にか、獣の空気は薄れて、爛々としていた目の光も鳴りを潜めたようで、内心ホッとした。あのまま、ギラギラとした目付きのままの彼女を見ていたら、気が触れてしまいそうだと思えて、嫌だった。無事、元に戻ってくれて良かった。左頬に出来た赤み程度で代償が払えたのなら、安い方だ。
人か、獣か、はたまた化物か。その問いに、何かしらの応えを出していたら、どうなっていたのだろうか。曖昧な線引きを引いて濁した手前で、今更気にしたところで後の祭りなのは分かっているのだが。どうしても気になってしまうのは、恐らくは、ある一線を既に超えた感情を抱くが故なのだろうか。
「……あまり、長くは抱えていたくない感情だな……此れは」
苦々しくも重みを伴った複雑な感情を真の意味で解すのは、あとどれだけの思考回数を重ねたら良いのだろうか。内なる葛藤の中で生まれる自問自答のその問いに、返ってくる彼女からの応答は勿論ある訳などない。
彼女と別れたその後、言い付け通りに御神刀組の部屋へと出向き、簡易的に穢れを祓い清める為の御神酒を貰い受け、外付けの流し場で口を
「主の、あの
「……あれは、
「しかし、あれこそが、主の成れの果てとも言えよう。己の自我を保たんとして、様々な要素を取り込んだ果てが、今の主だ。あれは、元々良くも悪くも我等に近過ぎるのよ。故に、歪んだ在り方しか出来なんだな」
「本丸の刀剣の中で最も古刀なあんたでも、止められないのか……?」
流れ行く水を追っていた視線を上げて、斜め後ろに佇む者を振り返った。相手は、小烏丸という名の、古刀も古刀である刀だった。
小烏丸は、再び口を開いて言う。
「主のあれは、自己防衛本能が過剰に働き過ぎた故の事。なれば、下手に咎めるのは逆効果というものよ。しかし、我とて、ただ黙って見守っているばかりではないぞ? 父として、きちんと分を弁えた上で忠告はしておるでな。あれは頑固故に利かん坊よ。だから、言い聞かせる時は見極めが肝心なのだ。慣れぬ内は気に咎めるかもしれぬが、どうかあのような部分も受け入れてやってはくれぬか。主は、ああ見えて意外と寂しがりな、か弱き人の子故な。御主のような者が傍に居て目を光らせておれば、少しはあの跳ねっ返りも収まるだろうて」
「……だと良いんだがな。そもが、俺は、本来手綱を取られる側であって、取る側じゃないんだが……」
「ほほっ。主向きの番犬が出来たとあらば、任せぬ道理も無かろうて。我等が主の事を頼んだぞ、
そう言って微笑んだ小烏丸の笑みには、全てを見透かしたような音が多分に含まれていた。
加筆修正日:2026.03.31
初出日:2026.05.16
公開日:2026.05.16