パソコンの前に、ずっと居座った主。
夜はとっくの昔に更けて、もうすぐ日付を跨ごうとしているくらいだ。
だけれど、主は変わらずパソコンの前に座り込んでいて、画面に噛じり付くように張り付いていた。
夜更かししているのはいつもの事だけど、あまり度を越すようであるのは目に余る事である。
だから、ある程度寝る準備を整え終えてから、声をかけた。
「主…、もうそろそろ時間だよ?今、何を見ているのか聴いているのかは知らないけど、それが終わり次第布団に入ろうね。あんまり遅くまで夜更かしするのは頂けないよ?」
『ん〜…っ。』
「もう…っ、ちゃんと聞いてるの…?雑な返事を返されるのは寂しいよ。上の空というか、空返事で返さないで欲しいな。」
声をかければ、聞いているのか聞いていないのか解らない返事が返ってきた。
主の腰は、相変わらず動く事無く、パソコンの前に座したままだ。
耳元には、耳に引っ掛けるタイプのヘッドフォンが付けられている。
彼女は、あまり大きな音で聴く事は好まないから、少し離れていても音漏れはしておらず、何を聴いているかまでは解らない。
それにしても、先程から微動だにしない彼女は静かだ。
まさか、寝落ちしていたりなんて事はないよね…?
余程の事でない限り、彼女が寝落ちする事はなかったと思うけど、例外という事もある。
念の為、側へ行き、彼女の顔を覗き込むと…。
「やっぱり…君、凄く眠いんじゃないか。」
『…んにぃ…?』
「目もトロンとしちゃって、僕が声かけなかったら、完全に意識飛ばす寸前だっただろう…?そこまでになるまで無理に起きてないの!眠たくなったんなら、パソコンやめなきゃ…っ。」
ほぼ眠りかけで、半分意識を飛ばしかけていた主。
そのおかげか、僕の言葉への反応が遅く、言葉も動きもゆっくりしている。
おまけに、瞬きもゆっくりで、今にも上と下の目蓋がくっつきそうになっていた。
「ほら、見てる動画止めて、パソコン消して。」
『んぅ…。』
眠たげに目を擦る彼女に催促し、パソコンを閉じる作業をさせる。
その間にも、ゆらゆらと揺れる頭は、今にも傾いでいきそうでちょっと危なっかしい。
「ところで…眠ってしまう寸前になるまで見てたのは、何の動画なの…?あんまり画面動いてなかったっぽいから、もしかすると音楽かなぁとは思ったりもしたけど。」
『ぅん……?ん…、みっただの聴いてた…。』
「僕の…?聴いてたって事は、やっぱり音楽なんだね。僕の音楽って、何かな?」
『ん〜…人力って解る……?』
「人力って、確か、音声を切り貼りしたりして歌わせる音楽の事だよね…?」
『…うん…。』
「その人力で、僕のを聴いていたの…?」
『…うん。』
「僕が居るのに…?」
『ん……、…ぅん。』
「何、それ……っ。」
堪らず、顔を覆い隠した僕は何も悪くない。
悪いのは、無自覚に可愛い事をしでかし、可愛い事を言ってのける主が悪い。
「そうまでして僕の声を聴いていたい訳…?」
『……うん。』
「それなら、僕に言ってくれれば良いじゃないか…。君がお願いしてくれたら、僕は何だってやってあげるよ?歌だって、幾らでも歌ってあげるのに…。」
『…んぅ…、それはやだ。』
「どうして…?」
『ん……恥ずかしいから、やだ。』
「……何だい、それ。」
本当にどうしてくれよう、この子は…っ。
反則的に可愛い事を言ってくるから、さっき言った事と同じような事言っちゃったじゃないか…!
その上、眠たいから、少しだけ舌ったらずな喋り方に、更に僕の胸を抉るような可愛さが僕を襲う。
頼むから、これ以上、僕を追撃しないでくれないかな…?
格好悪くなっちゃうから…。
そんな僕の心の葛藤など露知らず、彼女は眠たげな目で僕を見上げて首を傾げる。
そのコテンとするの、止めてくれないかな…思わず心の声が漏れてきそうになるから。
つい呻き声を上げそうになったのを、咳払いをする事で誤魔化す。
とにかく、これ以上の遣り取りは僕の醜態を晒しかねないから、このへんで切り上げるとしよう。
「ほら、パソコン消したなら、お布団の処に行こう?」
『…ん。』
「…何かな?僕の方に手を伸ばして…。」
『運んで。』
「…え。」
今、この子は何て言ったのかな…?
確認の為、もう一度問おう。
「ごめん、主…今、何て言ったのかな…?どういう意味かよく解んなかったから、もう一度言ってくれないかな?今、何て言った…?」
『…運んでって言った。』
「…うん…?」
『今、凄く眠くて動きたくない…。だから、みっただ…運んで。』
「は………。」
うっかり彼女の事を凝視してしまった。
思考が現状から置いてけぼりだ。
一方、主はというと、呑気にくありと猫みたいな欠伸をして、目をゴシゴシとする。
「ん゙ぅ゙ぅ゙…っ。」と小さく口から漏れる呻き声が、寝起きのソレと重なってあどけなさを感じた。
違う、今はそうじゃない…っ!
「…自分で動かないの…?」
『ぅ…?うん…動く気が起きないもん。それよりも、眠い…。』
「そう…っ。」
『だから、運んで…?』
「ッ…!だから、それ、可愛過ぎるんだってば…ッッッ!!(全く、しょうがないな、君はぁ…ッ!!)」
「みっちゃん、本音と建前が逆になってるぜ…?」
「そんな事、自分でも解ってるよ、貞ちゃん…っ!!」
なかなか部屋に戻ってこない僕を見兼ねた貞ちゃんが、様子を見に来たようで。
みっともない処を見られてしまったよ…格好悪い。
「ねぇ、貞ちゃん…見てるだけなら、ちょっと手伝ってくれないかな…?っていうか、何時から其処に居たんだい?」
「ついさっきからだよ。後、俺が手伝うのは無理だぜ。俺、主と大して背丈変わんねぇし。抱えられない事もねぇけど、俺よかみっちゃんの方が適任だし、何より、主がご指名だしな!主直々にご指名されたんなら、きちんと応えてやらないとな…っ!」
「ゔ…っ、それ、僕の部隊編成の時の台詞…っ。」
味方現るかと思いきや、ただの冷やかしだった。
どうやら、貞ちゃんは暇潰しにやって来ただけで、この場の救世主ではないようだ。
「はぁ〜…っ。解ったよ、僕が君を布団の処まで抱えて運べば良いんだね…?」
『ん〜……っ。』
「解った、解ったから…っ、それ以上幼くならないで。堪え切れなくなるから。」
「既に堪え切れてねぇの間違いじゃね…?」
「貞ちゃんは黙ってようかー?」
「へーい。大人しく部屋に戻っときまぁーすっ。」
茶化すだけ茶化したら気が済んだのか、さっさか部屋へと戻っていく貞ちゃん。
他人事だと思って…っ。
ムスリと口を尖らせると、此方に手を伸ばして抱きかかえられるのを待つ彼女の方へ向き直り、腰へと手を持っていく。
「はい…っ、運んであげるから、僕に掴まって?」
『う…。』
「しっかり腕を回すんだよ…?じゃないと、落っこちちゃうからね。」
『あい…。』
「ったく、もう…眠くなったら、とことん幼くなっちゃうんだから…っ。普段はちゃんとしてる癖に、こういう時だけあざと過ぎるのもどうかと思うよ…?」
幼児を抱くように前で抱きかかえてそう言ってやれば、ゆるりと瞬きを繰り返して、小首を傾げる。
駄目だ、眠気で既に思考が働いてないや、これは。
普段の彼女なら恥ずかしがる距離感に密着しているのに、今の彼女はそういう反応を示さない。
完全に睡魔に思考が占拠されているようだ。
明日になったら覚えておきなよ…?
吐き出すに吐き出し切れない溜め息が、胸の内で燻って渦巻いた。
―翌日、主は叫び声を上げて起床した。
『うわああああああーッッッ!?』
「んぅ…。起きたみたいだね、主…おはよう。昨日はどうもありがとう。」
『なん…っ!な、何で、光忠が俺と一緒に寝てんの…ッ!!?』
「君が原因だからね…僕は不可抗力だよ。睡魔に負けて、僕が運んであげてる最中に腕の中で眠り込んじゃった君が悪い。僕は何も悪くないよ…。ちなみに、一緒の布団では寝たけど、何もしてないからね。そこだけは言っておくよ…。まぁ、何かしらして欲しかったって言うんだったら、また無防備を晒しても良いけれど、その時は覚悟しておいてね。思いっ切り仕返ししてあげるから。」
『え…?』
何も理解していなさそうな顔が少しだけ憎たらしくて、照れ隠しに寝起きで油断しまくっている彼女の頬を摘まんでやった。
執筆日:2018.05.24