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ものぐさ



ウチの主は、ものぐさ者という質の人だ。

それ故、何かと面倒くさがり、色々と手を抜く、主らしかぬ人である。

俺は、そんな本丸のメイン部隊を担う一隊員という存在だ。

俗に言う初期刀面子とされる刀の一人ではあるが、俺は初期刀ではない。

この本丸の初期刀として顕現された刀は、加州清光だった。

俺は、ただ初期の頃に顕現されたに過ぎない一振りの刀だったのだ。

しかし、何故かこのところ、俺は主の世話係なるものに任命されていた。

主の世話係なんて、写しの俺なんかではなく、もっと相応しい奴が居るだろうに。

例えば、長谷部なんかは、俺なんかよりも立派にこなすだろうし、何より、喜び勇んでこなす事だろう。

何故、写しである俺なんかを側に据え置くのか…。

近侍なら、加州が居るだろう。

写しに期待なんてして、どうするつもりなのか。

主の考える事は、よく解らない。

つい最近だって、聚楽第なる特別任務を成功した報酬に、山姥切の本歌…つまり、俺の基となった本物の山姥切長義が来たというのに、大して気にした様子もなく。

何時も通りの対応で、初めて来た者への試練として単騎で函館へと出陣させ、一定の錬度を測った後、レベル調整とか言う理由で一番錬度の低い部隊へ組むだけ組んで、部隊の頭数と足並みが揃うまで待機組とした。

特別任務の部隊に組まれていた俺は、本丸内では最も錬度が高くなってしまったからと今は戦線から一時身を引く形になっていた。

おかげで、長谷部という相応しい奴が居るにも関わらず主の世話係を任せられ、長谷部からは羨望の眼差しを向けられ、元監査官だった本歌からは悔恨の視線を向けられて過ごす事になった。

一応、何度か提言してみたものの、主は事を変える気は無いようだった。

単に、変えるのが面倒なだけかもしれないが…。

そんな主は、今日もものぐささを発揮していた。


「…おい、主。何だ、コレは…?」
『ぅん…?嗚呼、其れ…?洗濯物。さっき取り込んできた面子に渡されてね。今畳むのは面倒だったから、後で畳もうと思って。』
「山積みになってるんだが…?」
『あ〜…まぁ、数日分そのまんまだからねっ。その間、天気も良くてよく乾いたから、畳まなきゃ山積みになっちゃうよね。あは…っ!』
「…畳もうとは思わないのか?」
『うーん、此処のところ、イベントやら何やらで忙しかったからねぇ…。それどころじゃなかったかな…!でもま、端っこに避けてはあるから、邪魔にはならないでしょ?』
「確かに、通りの邪魔にはならないだろうが…嫌でも目には付くだろう。気にはならないのか…?」
『うんにゃ?別に、自分以外の服は無いから、特にそこまで気にはならないかな。』
「…歌仙あたりが見たら嘆くだろうな…。」


仕方がないから、執務で忙しい主に代わって、世話係である俺が主の放置された洗濯物を畳む事にした。

下着らしき物が出てきた時は、流石の俺も思わず慌てて怒鳴り声を上げ、持っていた洗濯物を主にぶん投げてしまった。

「ありゃ、スマン。」と軽く返した主は、うっかり仕舞い忘れていたのが残っていたかとケラケラと笑って言ったが、他人事じゃ済まないぞ…!

女人であるのは主しか居ないんだ。

少しはその辺にも気を配って欲しいと思う。

主は、その後も少し笑っていた。

お前は初心だねぇ、と。

そりゃ、当たり前に決まっているだろう。

写しなんかに、そんな事を求める方が間違っている。

本歌の彼奴なら、まだ上手くやれたのかもしれないが。

何故、主は、彼奴なんかじゃなく俺なんかを世話係に命じたんだ。

本歌が来たなら、写しである俺よりも相応しいだろうに。

何故、主は、俺を使命したのだろうか。

答えを聞くのが怖い俺は、まだ訊く事が出来なかった。


また或る時、主は、ものぐさを起こしていた。


「おい、主。もうそろそろ寝た方が良いんじゃないか…?今やってる書類は、また起きてから続きをやれば良いだろう?それ程期限は急ぎではなかった筈だし。それに、風呂もまだだったんだろう?寝る前に少し風呂に入って、汗を流してきたらどうなんだ…?」
『えぇ〜…。だいぶ予定してたよりも時間下がっちゃったし…何か面倒になってきたから、良いよ。風呂は明日にでも入れる。自室には審神者専用のシャワー室付いてるし、起きたら朝風呂でもして入るから。』
「いや、そこで面倒くさがるなよ…。そのままじゃ汚いし、何より、汗で気持ち悪いだろう?」
『うんにゃ。今日もほぼ部屋に籠り切りのほとんど動かず終いなんで、大して汗かいてないし、気にならないっす。…それに、現世で仕事してた時なんかは、家に帰ったら即疲れてバタンキューだったからそれどころじゃなくて、その日の内に風呂に入れない事なんてしょっちゅうだったし。慣れてるよ。』
「……………。」


そう返されては、何て返したら良いか解らなくなって、つい無言を返してしまう。

時折、こういう風に感傷に浸ったように現世の事を口に出す主には、何て言ったら良いのか解らなくなる。

兄弟や話上手な燭台切なんかは、きっと上手い事言葉を返せるんだろうな。

所詮写しでしかない俺なんかでは、気の利いた一言さえも返してやれない。

何故、そんな俺なんかを主は側に置きたがるんだか。

側に置くなら、初期刀である加州の方が適任であろうに。

それなのに、何で…。

結局、俺は何も言えずに、主を風呂に突っ込む事も出来ずに、ただ自室に戻って寝た。

俺はどうせ写しだ。

俺なんかに期待したって、何も良い事なんて無いさ。

どうせ、すぐに飽きられる。

主がロクに何も出来ない奴だと呆れて、世話係から外されるまでの話だ。


翌日、何時も通り主の元へ向かうと、本物の山姥切である彼奴が居た。


「この本丸には、主世話係なるものがあるらしいが…俺に任せてみる気はないか?」
『お前にか…?唐突に、何でまた。』
「今任せられているのは、偽物君らしいじゃないか。なら、その本科である俺の方が、もっと上手くやっていけるんじゃないかと思うんだが…如何かな?」
『ふーん…。つまりは、対抗意識って事ね。』
「別に、そんなつもりではないが…まぁ、今の偽物君よりかは、より上手く動けて、主である君の力になれるのではないかと考えたまでだよ。」
『まんばより上手く動ける、ねぇ…。まぁ、そこまで固持する程拘っちゃいないし、一時交替という事でなら…世話係を任せてみても良いけれど?』
「俺に任せてくれ。君に最良な結果をもたらせてみせよう。」
『…お前に出来るか、だけれどね。』


主は、最後に何やら意味深に呟いていたが、俺から奴に交替する旨を了承した様子だった。

やはり、写しの俺では務まらなかったという訳か…。

主の部屋から出てきた奴と廊下で擦れ違いになったが、奴は俺を見て鼻で笑うだけ笑って優越の視線を向けて去っていった。

所詮、写しは写しだ。

それ以上の存在にはなれない。

遣り切れぬ想いが、心の奥底に溜まって、空洞を作った。


主の世話係を解任され、代わりに本歌の彼奴が主の世話係に任命されて、それまで主の為に割いていた時間が無くなって暇になった。

内番や演練部隊に組まれていない以上、レベル調整で戦線から外された俺は特に遣る事も無く、暇だった。

日がな一日部屋に籠ってごろごろするか、読書をする以外、何も無かった。

主は、俺に何の期待をしていたんだろうか。

主の期待に応えてやれなかった俺は、写し以上に、刀として駄目な奴なんだろうか。

主が、何を持ってして世話係なんかに命じたのかを知りたい。

だが、その世話係を解任された今では、今更なのだろうな…。

遣る事も無くて、ただ天井を見上げて見つめる事にも飽きて、目を瞑った。

明日も、どうせ暇なんだろうなと、せめて内番くらいは組まれていたら良いなと願って、眠りに身を任せたのだった。


翌朝、内番に組まれていないかと今日一日の予定が記された掲示板を見に行ったら、主世話係の者の名札が付け替えられていた。

何故か、元の俺の名前が書かれた物に付け替えられている。

気になって、急いで主の部屋へと向かった。

そしたら、案の定、前日まで務めていた本歌の彼奴が来ていた。


「主、失礼する…っ!!」
『おや、早速来ちゃったのかい?まぁ、予想はしていたのだけど。』
「アレは、どういう事なんだ…っ!?」
『どうもこうも…記した通りですけど?』


主は、妙にあっけらかんとした口調で言ってきた。

俺は、思わずポカン…ッ、として呆然な態度を返した。

その様子に、主は短く笑い声を上げて、何時も通りの様子で言葉を返してきたのだった。


『私の普段の生活スタイルは、どうやら彼のものとは合わなかったらしい。』
「は………?」
『初期の頃から居る君なら知っての通り、私は大層なものぐさ者だろう…?そんな私のものぐさ態度なんて、そう簡単に変えられるものではないし、まぁ変える気も端っから無いし…?政府直属に居た、如何にも真面目でお堅いちょぎ君には堪え難い相手だったんだろうねぇ〜。よって、三日も持たずして選手交替さ。いやぁ、あまりに予想通り過ぎて可笑しくて笑っちゃったよね…!』
「…まさか此処までとは思いもしなかったよ。」
『お褒めに預かり光栄だ。』
「別に、褒めていないが…?」


結果を聞いてもよく解らずに、出入口付近で固まったままその場に立ち尽くした。

そんな俺を見て、主は珍しく目を細めて優しく微笑みを浮かべて見た。


『つまり、そういう事だよ。』
「そういう事とは…どういう事だ?」
『鈍ちんだなぁ、君は…。つまりはね、写しである君だからこそ務まるお役目だったって事だよ。』
「アンタの世話係がか…?」
『そう。』


主は、真っ直ぐに俺を見つめて言った。


『私みたいなものぐさ野郎はね、ちょぎ君みたいなまともな子じゃ、手を焼き過ぎて手に負えないんだよ。だから、私の世話係には不向きなんだ。案の定、たったの二日でお手上げ状態だろう…?来たばかりでウチに慣れていないというのもあるだろうけど、役目というのは必ず向き不向きというのがあるのさ。そして、そのお役目に向いたのが、まんば、お前なんだよ。』
「俺が…向いてる?」
『うん。お前はさ…初期の頃に顕現して、今までの私を見てきただろう?なら、何れだけ私がものぐさなのかは知っていた筈だ。だが、お前は文句も愚痴も垂れる事無く私の世話係なんて言う面倒くささ極まる役目を受け入れ、今まで遣り遂げてこれた。それが、どういう事か…解るだろう?』
「…俺ぐらいしか、アンタの世話をまともに出来ないって事か…?」
『簡単に言っちゃえば、そういうこった。』
「成程な…。確かに、アンタのものぐささを考えれば、俺にしか出来ない役目だろうな。」
『言ってしまえば、相性とかそんなものなんだろうが…まぁ、世話する相手が悪かったな?私は、今のところ、この性格を変える気は無いんでね。すまんな、ちょぎ君…?』
「はぁ…っ。せめて、今後は少しだけでも改善の余地を持って欲しいものだな。お上に知れたら、ただでは済まないぞ…?」
『遣る事は遣ってるんだ。余計な口出しと手出しをするなら、私にも言い分はある。私にも遣り方ってモンがある、とね…?黒政府の内情をバラされたくなかったら、余計な口は挟まないで頂きたいと思っているよ。あと、本歌故に写しであるまんばちゃんを弄りたくなる気持ちは解るけれど…彼も大切な本丸の仲間なんだ。あまり苛めてくれるなよ…?』


きゅうと獣の如く鋭く目を細めた主は、やはり、審神者になるべくしてなった者なのだと改めて思わされた。

やる時はやるのが、ウチの主だ。

例えものぐさな主であろうとも、俺達の主はこの人なんだなと思う出来事だった。

そうして、俺は、今日も主のものぐさに振り回される。


執筆日:2018.11.15