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声無き鳥は歌う



俺の主となった女の子は、声が出なかった。

何で出ないかは話してくれなかったけど、一応会話は通じていたから、困る事は無かった。

彼女は、俺達と会話する時は、白いボードを使って、其れに文字を書く事で言葉を交わした。

たまに、口の動きだけで言葉を読む事が出来る奴も居たりしたから、主も会話に苦労する事は無かったと思う。

まぁ、最初に顕現されて連れ添ってきたから、それなりに俺も、口の動きを読むだけで主の言いたい事は解るけど。

だから、今日も声の出ない主と、一見見たら一方的にしか会話していないような会話をする。


「あーるじ…っ、何してんの?」
『…!(清光さん…っ、こんにちは。今日は、お天気が良かったので、縁側に座って日向ぼっこしながら、絵を描いていました。)』
「スケッチ、っていうヤツ…?」
『(そうです。お庭に咲いたお花が、お日様の光を浴びて気持ち良さそうにしていたので、綺麗だなって思って…。)』
「へぇ〜、結構上手く描けてるじゃん…!主って、意外と絵上手いんだね?」
『(ええ…っ、絵を描くのは得意ですよ。絵という世界は、言葉が無くても想いの伝わる世界ですから…。見るだけでも楽しいものです。)』
「そっか…。良いんじゃない?そういうの。人並みの趣味があってさ。」
『(清光には、そういう趣味は無いんですか…?)』
「俺ぇ…っ?俺は、主みたく絵上手く描けないから、絵は得意じゃないし。かと言って、歌仙みたいに歌を詠むってのも趣味じゃないし…。強いて言うなら…可愛い物集めとかかな?可愛いストラップの飾り物とか小物とか、あと、可愛いコスメとか。」
『(それも、立派な趣味じゃないですか…!可愛い物集め、素敵です。)』
「そう…?へへへ…っ、主にそう言われんのなら、好きになれそう…!あ、この間、万屋寄ったら、主に似合いそうな綺麗な髪飾り見付けたからさ、今度一緒に見に行こ?」
『(はい…っ、是非一緒に行きましょうね…!今から行くのが楽しみです…っ。)』


主が、にこりと楽しそうに笑う。

俺は、其れを見れるだけで、今日一日が幸せだ。

つい情けなくも頬が緩んじゃうけど、主の前じゃ仕方ない。

大好きな主の前だから、俺もにへらにへらと気の抜けた顔だ。

主の方は、どうなんだろう…。

主も、俺には気を抜いてくれてるのかな…?

和やかな空気の流れる中、庭を見つめる主の横顔を見つめて思う。

出来れば、そうであって欲しいなと願って、俺は主の側に寄り添った。


主は、声を出せないから、会議や演練なんかだと上手く会話が成立しなくて、困る事が多い。

中には、喋らないだけで喧嘩を売ってるのかと勘違いしてくる馬鹿も居るから、甚だしい事この上無い。

理解が少ない奴が多いから、こういう場は面倒くさいのだ。

そういう時は、決まって俺達が主を庇う。


「ほら、主は下がってな…?俺等が、ちゃんと主の言いたい事伝えてくるから。」
『(き、清光さん…!)』
「大丈夫。主は何も心配しなくって良いって。主は、俺達から離れないよう、後ろに付いてな?」
『(でっ、でも…!喧嘩は駄目なのです…っ!)』
「解ってるってぇ…っ。ちょっと文句言ってくるだけ…!もし、手出されそうになったら反撃するけど。」
『(それが駄目なんですってばぁ〜…っ!!)』


主が涙目で腰辺りの裾を掴んで、グイッグイッと引っ張り、訴える。


そうやって行った日は、必ずといって、主は帰ってくると部屋の隅に閉じ籠って落ち込む。

今日の主も、其れは同じで、帰ってきて即部屋へ閉じ籠っていた。

部屋の奥の隅っこで、体育座りをして、膝に顔を付けて蹲る。

そんな時は、そっと声をかけて、側に寄り添ってやるのがお決まりだ。


「あーるじ…?まーた泣いてんの…?」
『…!(清光さん…っ。)』
「いつもの事でしょ…?良い加減開き直っちゃいなよ。声出なくたって、主は立派な審神者じゃん。胸張ってしゃんとしときなよ?」
『…。(ごめんなさい…っ。)』
「何で謝んの…?」
『(だって、いつも迷惑を掛けてますから…っ。申し訳ないと思って…!)』
「もぉ〜…っ、そういうの無しって言ってるでしょ…?俺達は、主の声が出ない事、解って付いてきてるんだから…っ。そんな事思ってないよ。」


ぽろぽろと涙を流す主は、ベソをかいていた。

せっかくの可愛い顔が台無しだ。

まぁ、泣いた顔も可愛いっちゃ可愛いんだけど。

こういう時は、そっと背を撫でて主が落ち着くまで寄り添う。

その内、泣き疲れて眠っちゃうから、そのまま布団へと運んでいくまでがセットな流れだ。

いつもの流れで、疲れて眠っちゃった主を抱えて、布団へ寝かしながら思う。


「全く主は…、いつまで経っても変わらないなぁ…っ。もうちょっと自信を持ったら良いのに…。主は、ちゃんと立派な主なんだから。俺達は、ずっと付いていくよ…?主の事が大大大好きなんだからさ。だから、いつもみたいに笑っててよ。俺は、主の笑顔を見るのが幸せなんだから…。」


眠った主の頭を撫でる。

赤く染まっちゃった目蓋は、後で冷やしてあげなきゃ腫れちゃうな…。

甘いかもしれないくらい甘やかすのが、弱った主には丁度良いんだ。

起きたら、演練の帰り道に寄った万屋で買った美味しいお菓子を用意して、一緒に食べよう。

今日も、俺は、主の事を甘やかす。


ある日、部屋に居ると思って居なかった主を探して、本丸内を歩き回った。


「あーるじぃー…?何処居んのぉー?」


掌を口許に当てて、大きめの声を出して主の事を呼ぶ。

裏手の庭の方を探して歩いていると、ふと、何処からか澄んだ綺麗な歌声が聴こえてきて、立ち止まる。

誰が歌っているんだろう…?

歌をよく歌っていたりするのは、粟田口の短刀面子だけど、今聴こえてきている歌声は、初めて聴く声だった。

耳を澄ましながら、綺麗な声が聴こえてくる方向を目指して歩く。

少し歩いた先で、裏手の庭が見える縁側に誰かが居るのが見えた。

主だった。

主は、目を瞑って、胸に手を当てて歌っていた。

其れは、とても綺麗で、美しい音色だった。

彼女らしい声をしていて、つい見惚れてしまった。

だから、本当は邪魔しちゃいけないのに、思わずポロリと思った事が口から出る。


「…何だ。声、ちゃんと出るんじゃん。」


その声に、ハッと気付いた主が慌てて顔を青ざめさせる。


『すっ、すみません…っ!!そんなつもりじゃ…っ!』
「嗚呼、違う違う。誤解しないで?俺は、別に怒っちゃいないから。」
『ごめんなさいっ、ごめんなさい…っ!この事は誰にも言わないでいてください、お願いします…!!どうか、皆には黙っていて…っ!!』
「何で…?せっかく綺麗な声してるのに…。隠してるなんて勿体ないよ。」
『だからなんです…っ!だから、私は声を出しちゃ駄目なんです…!』
「どうして…?」
『だって…その声のせいで、皆不幸になっちゃうから…っ。私の声には、人を魅了する力があるらしいんです。どうやら、その力は、周りの人を勝手に魅了してしまうみたいで…。だから、私は喋っちゃ駄目なんです。歌うのも、駄目なんです…っ。本当は、歌う事が好きだったんですけど…。そんな力がある事に気付いてから、その力を恐れた親から喋る事も歌う事も禁じられてしまったんです。だから…どうしても歌いたくなった時だけ、こうして隠れて歌ってたんです…。騙していたみたいな形で、ごめんなさい……っ。』


主は、悲しそうな顔をして、そう言ってきた。

凄く辛そうなのに、我慢するなんて可笑しいよ。

今にも泣きそうな顔をする主に、俺は辛くなった。

俺は、主の笑ってる顔が好きだ。

だから、主が悲しんでいるなら、それを払ってあげたい。

俺は、思っている事を口にした。

親が何だ、禁じられていたから何だ。

今の主は、何をしようが自由だろ。


「別に、好きに歌ったり喋ったりすれば良いじゃん。せっかく綺麗な声してるんだからさ。」
『だけど…っ、其れで皆さんを魅了してしまったら…っ。』
「何言っちゃってんの…?俺等は、最初から主の気に魅了されて顕現してるんでしょ…?主のその不思議な力に惹き寄せられてさ。だから、今更じゃない?俺達が、その力に魅了されるとかどうとかってのは。俺達は、主が好きだから、今此処に居るんだよ…?今更嫌ったりなんかしないって。今まで親に言われてきた事守って黙ってきたから、今更喋るのも、“本当は喋れる癖に黙ってたんだー、嘘吐きだー!”って言われるのが怖くて嫌だったからでしょ…?でも、皆優しいし、主の事大好きだから…ちゃんと訳話してやれば批難とかそんな酷い事しないから。だからさ、少しずつ自分を出していっても良いんじゃない…?」


不安げに頭を悩ませていた彼女に更に言葉を重ねるようにして言った。

主は、目に涙を浮かべて、俺が主の膝の上に重ねていた手を掴んで握った。

そして、大粒の涙を溢しながら、ちっちゃい子みたいにわんわん泣き始めた。

其れを、俺は黙って抱き締めながら、背中を擦って宥める。


「うんうん、ずっと溜め込んでて不安で辛かったよね…?偉いよ、主。よく頑張ったね。偉い偉い…!でも、もう我慢しなくて良いからね…?泣きたいだけ泣いて良いからねーっ。俺がぜぇーんぶ受け止めてあげるから。」
『うえぇ〜…っ、清光ぅ〜……っ!』
「はいはい、俺は此処に居るよーっ。だから、安心して全部吐き出しちゃいな…?」
『ひっ、うぐ…っ、うわぁあああ〜ん…っ!』


暫く経って落ち着いた主は、泣き止んだ。

たくさん泣いたせいで、可愛い顔がぐしゃぐしゃだったけど、すっきりしたような笑みを浮かべていた。


『ありがとう、清光…。それと、服ぐちゃぐちゃに濡らしちゃって、ごめんなさい。』
「良いよ。これくらい、どうとでもなるからさ。それより、気分はもう落ち着いた…?」
『うん…っ、清光のおかげですっきりしました。ありがとね。』


思いっ切り泣き過ぎたせいで、主の声はがらがらの鼻声になっていた。

でも、やっぱり主は可愛いから、許せちゃうんだと思うんだ。


「…うん。やっぱり、主は、その方がらしくて良いと思う。これからも、そんな風に素直で良いんじゃない…?」


俺の一言に、主はこくり、と首を縦に振った。


その日から、主は本丸に居る時だけ、声を出して話すようになった。

口調も、時折敬語が外れるようになって、彼女らしい彼女と話す事が出来るようになった。

歌は、まだ人前は恥ずかしいと言ってこっそりと歌ってたけど、その内、耳にした短刀達が集まって側で聴くようになったとさ。

めでたしめでたし…だよね、主?


執筆日:2018.11.05