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仕えるに足る者



政府の裏方でずっと眠らされていた俺は、ふと意識を持ち上げさせられて、呼び起こされた。

其の時は、まだ仮の姿という事で、僅かながらにあやふやな記憶を手繰り寄せて人の身を保っているという感覚だった。

そんな少し自身の背景を透かせた幽霊みたいな存在で政府の者と向き合った。


「山姥切の本歌である貴方様に、今回、特別に一人の刀剣男士として顕現する事を許可しましょう。」


これ迄、研究の為とずっと封じ込められていて、唐突といった具合に巡り合わせたチャンスだった。

漸く、本当に山姥を切った、其れを元に成り立った刀その物だと知らしめられる時が来た、と。

皮肉な事に、其れを解っていながら其の本歌である俺を選ぶ事はせず、俺の写しとか言う偽物君を先に審神者を支えるべくした刀として選んだ政府によってだが。

まぁ、この際細かい事は気にしないでおくかと、上辺だけの愛想笑いを浮かべて対応しておく。

俺を仮に顕現させ、人の身を与えた政府の者の態度は、正に媚びへつらうだけのつまらない者だった。

仮にも相手は神だという敬いだけで、内心は所詮ただの刀だといった感じの態度だった。

気に食わない。

ただ、その一つだけの感情だった。

俺は、仮の姿を与えた者へ憮然とした態度で口を開いた。


「これ迄、ずっとただ政府の研究施設の片隅に飾っておきながら、どういう風の吹き回しかな…?俺が政府へ逆らい、歴史改変を目論む時間遡行軍に加担するとでも危ぶんだのかな?」


開口一番、其れを口にすると、一瞬怯えたように政府の者は顔を歪ませた。

滑稽な情景だった。

人の想いを経て、付喪神と成り得た者であるのに、其の付喪神と成り得る力を与えた人が其の者へと畏れを抱くとは。

何の事か、解りゃしないな。

己の内から込み上げてくる嘲笑を、声に出さずして堪える。

人間という生き物は、何時の世も勝手な生き物だ。

目の前に居る役人が、一つの書類を寄越してきた。


「数日を挟んだ某日、聚楽第なる特別任務を各本丸へと発布します。任務先の其処は、現在政府が研究捜査、解析を急いでいる、歴史改変された時代の場所です。研究の一貫で捕えた時間遡行軍が逃げた先の行方を追い、唯一辿り着けた奴等の拠点の一つと見られる土地となります。其の場所で出現する敵の強さは、これ迄政府が調査してきた敵よりも強敵であるとの報告が上がっています。しかしながら、其の地での具体的な敵の出現数、敵の強さ、及び敵の目的は解っていません。」


一字一句聞き漏らさぬよう聞いていれば、何の事やら。

研究の一貫で捕えた遡行軍が逃げたと言ったが、恐らくは“態と逃がした”の間違いだろう。

理由は、ソイツに、何処へ行っても解るような探査機でも付けて泳がせ、奴等の時空転移する先と其のワープ地点を割り出す為、といったところか。

相変わらず、政府は汚い手を使う。

表向き、正義の為だとか正しき歴史を守るべくして戦っているだのとホワイトな政府を謳っているが、裏向きじゃ、まともな事はやっちゃいない真っ黒な内情をお抱えだ。

その一つが、俺であるという事だが…さて。

一先ずは、奴等の言い分を聞いてやろうか。

俺は、用意された部屋の机と椅子を挟んで、相手を見遣る。


「政府より派遣された先行部隊での進軍、調査は行われておりますが…敵の数は未知数。其処で、各本丸の刀剣男士達を送り込んでの大々的調査を行おうと我々政府は考えているのですが、其処での調査の監視者として、貴方様に監査官の任をお願いしたいと存じます。」
「監査官…?」
「はい。任務での敵討伐数を評価し、ある一定の数を倒した時のみ優の評価を下して、調査隊として送り込まれた刀剣男士達の働きを評価して頂きたいのです。そして、今回の任務…貴方様が優という評価に足る働きであったと思った時のみ、其の本丸での一刀剣男士としての顕現を認めるとのお達しです。」
「…ほぅ、漸く俺を山姥切の本歌たる物だと認める気になったか。ならば、手を貸してやらない事もないかな…?」
「もし、評価に足り得ない事であるのなら、再び此方へとお戻りになって、政府研究の為にお力をお貸しくださいませ。」


そんな事、死んでも御免だと思った。

何が好きで協力なんかしてやらねばならないんだ。

俺を侮辱するが如くの扱いまでしておいて…っ。

こんな性根の腐った場所に戻るくらいなら、偽物君が居るという本丸のような場所に行った方がマシだ。


「それで…其の任務に俺が協力するという体で、どうすれば良いのかな?」
「此方の書類にサインしてください。貴方様のお名前を書いてくだされば、今件は受領されたと見なされます。」


俺は、政府の言う通り、今回の件を飲み込んだ。

受け取った筆で、自身の名を書面へと書き記していく。


「此方が、今回、貴方様へと贈られる装備一式です。其れを身に纏っての出発となりますので、ご了承を。準備が整い次第、またお呼びしますので、其れまでは此方にてお待ちください。」
「…この大きな布は何なのかな?」
「今後、任務に同行する形になるであろう写しの山姥切国広と区別する為と、一応貴方様の身を晒さない為の隠しです。無駄な混乱は避けたいですからね…。任務中は、決して身の上がバレないようお願い致します。此れは、今件を受けるに当たっての条件となります。ご容赦を。」
「無駄な混乱を避ける為に、ね…。」


ふざけた話だ。

俺こそ、山姥切の本歌、山姥切長義だというのに。

俺は、内心でギリリと奥歯を噛み締めた。

偽物君みたいに布なんかを被って正体を隠さねばならないとは…飛んだお笑い草だ。

自身の本体である刀が目の前にあるなら、今すぐこの役人を斬って斬り伏せたかった。

だが、今は仮に顕現した身で、力は制限されたままだ。

刀自体も、政府の手元にあるまま。

早くこの呪縛から解放されたいと願った。


―派遣された本丸へ、今件の特別任務についての知らせを伝えに行った。

初めて逢った政府以外の人間である審神者は、不審なものでも見るような目付きで俺を見てきた。

政府からの遣いとは言え、ここまで不審な目を向けられるのは、恐らく布で姿を隠しているのが原因だろう。

寧ろ、当たり前の反応だと思うがな。

政府から派遣された人物が布なんか被って姿を隠していたら、そりゃ本当に政府からの遣いなのかどうかを疑いたくなるであろう。

明らかな警戒心と敵意のある目を審神者から向けられた。

相手は女人だったが、男にも勝る何かを感じ取れた。

政府の腰抜け共なんかより、よっぽど敵とやり合って行けそうな毅然とした態度だった。

おまけに、俺が事を伝えるべくして伝えた後に言い放った台詞は、コレだ。


『その如何にもな上から目線な物言い、気に入らないね。顔面タコ殴りにしてやろうか?』


今しがた、政府に逆らえばただでは済まないと忠告したにも関わらず、この台詞。

どうやら、この審神者、根っから政府を信用している訳でもないようだ。

しかしながら、一応上の指示は飲んでいるという身。

純粋に面白いと思った。

もし、本当に一刀剣男士として顕現出来るのならば、この本丸のような処が良いなと願った。

やはりというべきか、この本丸に居る偽物君の気配を感じた。

女人にしてこの啖呵の切りようであるが、恐らく、偽物君も含め、全ての刀剣達を大事に扱ってきているのだろう。

彼女の目は、政府の奴等の濁った目とは違って、澄んでいた。


『政府のそういう汚い遣り口、マジで大嫌いだ。通称まんばちゃん二号と言われてる布二号め、首洗って待ってろよ!今すぐにでも準備して向かってやるからな…!』


彼の二号とは笑わせてくれる。

山姥切の本歌とは、この俺の事だ。

今に、其の誤解を解いてくれよう。

そうして、俺は、聚楽第なる場所で彼女の部隊を待った。

そして、彼等は、見事俺から優の評価を得て、あっさりと俺を顕現するに至ったのだった。

本当の意味で器を呼ばれ、其れに応える。

水の中漂っていた意識が、呼び起こされる。


「知っての通りだろうが、俺こそが、本当に山姥を切った本歌、山姥切長義だ。」


桜吹雪が散る中、目を開けば、再び相見えた彼女の姿が映り込む。

あんなにも敵意を向けていた彼女は、意外にもポカン…ッ、とした顔を俺に向けていた。


「どうしたのかな…?まさか、本当に山姥切その物だとは思いもしなかったか?」
『…いや…何というか、最初見た当初は、“ウチに来た時は覚悟してろよ!そのムカつく性根叩き直してやる!!取り敢えず、ウチに来たら一発構したる…っ!!”とか考えてたんだけど……。いざ、ウチの子になったら、何だか無性に愛着湧くなぁって。』
「……………は?」


思わず驚きが口を突いて出た。

まさか、本当の意味で顕現してそんな事を言われるとは思っていなかった。

話している背景で、部屋の隅から共に話を聞いていた写しの偽物君が、ショックを受けたように慌てた様子で焦った視線を主である彼女に向けていた。

その横で、彼女の初期刀であろう加州清光が平然とした顔で彼を押さえ込んでいた。


『ふむふむ…流石は山姥切の本歌といったところだね。やっぱり綺麗で美しいなぁ。来歴は……へぇ、長船が打った刀だけれども、長船派ではないから刀派は長船派じゃないんだねぇ。でも、長船に纏わる刀だから、装いが長船派のソレっぽいんだね…?全体的に黒っぽいのも、クールに締まってて格好良いね。髪の色や目の色も、まんばちゃんと対になってる感じで、銀髪碧眼なんだなぁ…。うん、イケメンだね!』
「え…?あ、あの………っ。」
『まぁ、政府出身の子は初めてだけども、出身がどうであれ、ウチに来た子は皆ウチの子だ。写しだとか贋作だとか本物だとかは気にしないし、ぶっちゃけどーでも良いしな!っつー訳で、今日から君もウチの家族だ…っ!我が本丸へようこそ、山姥切長義君。』


てっきり、初めはギスギスするかと思っていたのに、思ったよりも拍子抜けで言葉を失った。

目の前に居る彼女は、裏表無い笑顔で俺に片手を差し出してきた。

まるで、親しくなる者への証とでも言うように握手を求めて…。

驚きつつも、俺は其の手を取った。

俺の手より小さく細く、それでいて温かな手だった。

白く柔らかで脆いこの手を、俺は此れから守っていくのだなと、そう思った。

俺は、口許に小さな笑みを浮かべて返した。


「嗚呼…宜しく頼むよ、主。」
『ふふふ…っ、監査官だった君から主と呼ばれるのは、何だか擽ったくて慣れないね。此方こそ、此れから宜しくね、ちょぎ君?』
「ん…?ちょ、ちょぎ君…っ?」
『うん、ちょぎ君。今日から君の渾名、愛称はちょぎ君だ!』
「な…っ!何だ、其の呼び名は…!?俺には、山姥切長義という、歴とした立派な名があってだな…!!」
『うん、知ってるよ…?ちゃんと解ってるって。でも、君の事はちょぎ君ね。』
「何故、そんなふざけた名で呼ぶんだ!」
『まんばちゃんを偽物君と呼ぶ仕返しとでも言おうか?まぁ、単に巷でそう呼ばれてるのと、プルコギとか韓国料理みたいな呼び名で面白いかなって。あと単純に、ちょぎ君って呼んだ方が可愛いと思って!』
「馬鹿にしているのか…っ!?今すぐそのふざけた呼び名を変えろ!!」
『やーだよぉ〜っ。今日から君は、ちょぎ君なんだやい。良いじゃにゃいか。まんばちゃんと対みたいで。可愛いよねぇ、清光?』
「ま、良いんじゃない?可愛くてさ。」
「何だと…っ!?おいっ、其処の偽物君!何か言ったらどうなんだ!?」
「俺は、所詮写しだ…。写しの俺に何を期待するんだ?」
「面倒くさいな、君は…っ!!」
『よく解ってるじゃん。流石はまんばちゃんの本歌だね。』


予想を遥かに越えるお出迎えだったが、腐れた政府よりも居心地の良いこの本丸が、俺の居場所となるのは間違いなかったのだった。


執筆日:2018.11.17