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心、晴れる



朝、主が出掛ける準備をしていた。

昨晩、明日何処其処へ行くとかの話は聞いていなかったから、気になって聞いてみた。


「主、どっかに出掛けんの…?」
『うん。ちょっと用事があってね…。』
「何処に行くの?」
『んっと…ちょっとだけ、現世の方に。』
「ふぅん…。帰りは何時頃になりそう?」
『ん〜……あんまり長く滞在する気は無いから、たぶん、遅くても夕方には帰ると思う。せっかく現世に戻るんなら、少し買い物もしたいしね。』
「そ…っ。荷物持ちとか必要?」
『ううん…。買い物って言っても、大したモンじゃないから、大丈夫だよ。』
「…一人で行くの?」
『うん…。』
「そっか…解った。気を付けて行ってきてよね。」
『うん、解ってる…。ありがとう、清光。行ってくるね。』
「いってらっしゃい。楽しんできてね。」


見送りした玄関先での主は、何だか浮かない顔をしてた。

長く伸びた髪は、一つのお団子で結ばれ、余った部分の長い髪を鬱陶しげに首から払っていた。

何処か、鬱々とした暗い影が、主の顔に差していた。

別れ際、無理に作ったような笑みを浮かべて笑った主。

その顔を、俺は、以前にも見た事があった…。

主が、現世の仕事を辞めてすぐの頃だ。

悲しいものも辛いものも、全て背負い込んで、壊れかけてた時の。

乾いた笑みで覆い隠した、心の内の本音の顔。

今にも、何処かへ消えていってしまいそうな…そんな危うさを持った表情だった。

掴んでおきたかった。

離さずに引き留めて、腕の中に閉じ込めて、「大丈夫だよ、俺が何時でも側に居るから。」って伝えてやりたかった。

彼女の、心の内に巣食う闇を晴らしてやりたかった。

でも、俺は、敢えて引き留めずに見送った。

大丈夫、主は、きっとちゃんと帰ってくる。

そう…不安に掻き消されそうな気持ちを抱えながら。

ガラリ、と静かに閉じられた玄関の戸。

嫌に静かな静寂が、その場に落ちた。

それが、朝の出来事だった…。


暫くして、主の姿を探して部屋を見て回っていた奴等に出くわした。


「あ…っ、加州さん…!」
「どうしたの…?何か探し物?」
「は、はい…っ!あ、あの…主様が何処にいらっしゃるか、ご存知ないですか…?」
「お部屋を見に行ってもいらっしゃらなかったので、別の場所に居られるのかと探し回っていたのですが、何処にもいらっしゃらなくて…。」
「主様…何処に行っちゃったんでしょうか?」


五虎退と前田の二人だった。

初期の頃に顕現されて、ずっと一緒だったから、何時も居る主の姿が見えない事で不安なんだろう。

俺は、少し腰を屈めて、今にも泣き出しそうな顔をして仔虎を抱き締める五虎退の頭を撫でた。

一緒に、もう片方の空いた手で、前田の肩を引き寄せて言う。


「大丈夫。心配しなくても、主は急に居なくなったりはしないよ。ただ、今はちょっと出掛けてて居ないだけ。」
「お出掛け、ですか…?」
「そう。現世に用事が出来たとか何とかで、ちょっとだけね?」
「現世に…ですか。」
「主様…昨日は、そんな事言ってなかったですよね…?」
「急な用事だったんじゃない…?今朝、朝餉食べた後、出ていくのを見たよ。都合良く、主が出掛ける用意してるとこに俺が出くわしたから、ついでにお見送りしといた。」
「お帰りは、何時頃になると仰ってましたか?」
「遅くても夕方ぐらいまでには、って言ってたよ。」
「あれ…っ、主って出掛けたのかい?」
「えっ?マジ?何時、何処に行くって…?」


話が聞こえたのか、話に割り込んできたのは、歌仙と獅子王。

二人も、ほぼ初期の頃から主に付き添ってきた面子だ。


「おや、主は、僕達に何も告げず出掛けていったのですか…?」
「急いでたってんなら、仕方ねぇんじゃねーか?」
「はぁ…全く、どうしようもない人ですね。せっかちも良いところですよ。」
「まぁまぁ、そう言ってやるなや、宗三の旦那。」


今度は、宗三に薬研の二人。

二人も、同じく初期の頃からの面子だ。

薬研なんかは、前田の次に顕現した身だから、俺とほぼ同期と言っても良い。


「主は、お供に誰も付けず、一人で出掛けていったのかい…?」
「そうなの?主、一人で…?」
「うん、そう。一人で。」
「えぇ…っ、それって危なくねぇか…?大丈夫なのかなぁ?」
「っていうか、現世にお出掛けしに行くのなら、ボクも誘って欲しかったなぁ…!可愛いお洋服とか、いっぱい見たかったのに〜…っ!」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ…。」


ぞろぞろと廊下に面した部屋から顔を見せるなり何なりで出てくる五人。

上から順番に、にっかりに、小夜、御手杵、乱に、愛染。

此処等の面子は、大体が初期の面子ばかりだ。

そうこうしていれば、他の刀まで集まり始める。


「何々、何ですか?ナニですか!?」
「にわあそびなら、ぼくもさんかしますよぉ?とんだりはねたりおてのもの…!」
「お外で遊ぶんですか?なら、僕も一緒に遊びたいです!」
「いや、主は今不在だそうだぞ…?」
「あれっ、そうなんですか…?主さんから預かってた上着の解れ、縫い終わったから返そうと思ってたんですけど…。」
「国広ぉ…お前、何時の間にそんな事やってたんだ?」


鯰尾に、今剣、秋田、切国に、堀川と兼さん。


「主、一人で大丈夫かなぁ…?お昼は、どうするつもりなんだろう…。ちゃんと食べてるなら良いんだけど。」
「心配ですねぇ〜。ねぇ、鳴狐?」
「嗚呼…っ、主に何かあったら、俺は…っ、俺は……!」
「おんしは、ちっくとばかし心配し過ぎじゃの…。大丈夫、なんちゃーないないちや!その内、ひょっこりもんてくるぜよ!」
「彼奴の事は、彼奴が勝手に決める事だ…。放っておけば良い。」
「伽羅坊は、何時でもそんなだなぁ…。まぁ、君が言う事も一理あるな。たまには、誰にも触れられたくない事だってあるさ。特に、人の子ならな…。」
「まぁ、んな事、俺には関係無いがなぁ…っ。彼奴が居なくたって、戦えりゃあ何でも良い!」


燭台切に、鳴狐、長谷部に、陸奥守、大倶利伽羅と鶴丸、それに同田貫。


「彼女もお年頃の女性だからね。一人で密かに、華やかに着飾りたいと思う事だってあるんじゃないかな…?」
「でも、やっぱり心配だよなぁ〜。なぁ、亀吉?」
「清光も、あまり詳しい事聞いてないんだよね?現世に出掛けるって事だけしか言われてないんだよね…?」
「なら、私は、皆の不安が少しでも軽くなるよう、加持祈祷でもしてこようか。彼女が、無事本丸に帰ってこれますようにとね?」
「では…私も。」


蜂須賀と浦島に、安定、石切丸に、太郎太刀まで…。

皆が皆揃って、主がちょっと居ないだけで心配そうに声を上げる。

皆が皆して、主を思って言葉を漏らす。

ねぇ、気付いてる…?

主は、こんなにも本丸の皆に愛されてるんだよ…?

だから、早く帰ってきて。

そして、元気な顔見せてよ。

皆が大好きで、俺達が一番ホッとする優しい笑顔を。


宣言通り、主は、夕方頃には帰ってきた。

何処か晴れやかに澄んだ顔に、少しの買い物袋とバッグを手に提げて。


『ただいまぁ…っ、皆…!』


朝長かった髪は、バッサリと短くなっていた。

結って邪魔そうにしていた面影は、すっかり無くなっていた。

すっきりとした顔で微笑む主に、俺は一瞬言葉を失った。

嗚呼…そっか。

現世に出掛けたのは、その伸びた長い髪を切る為だったんだな…。

おかえりも二の言葉も告げれないまま固まっていたら、主が帰ってきた事に気付いた面子が出てきた。


「おかえり、主…!ちゃんと無事に帰ってこれたんだね、って…え!?どうしたんだい、その髪…っ!?」
「主さん、おかえりなさ〜いっ!わぁ…っ!?主さん、髪切ってるぅ〜!カッワイイ〜!!」
「あ、主様ぁ〜っ!」
「主君、おかえりなさい!」
「お買い物は、楽しかったですか?」
「おや、随分と思い切っていったんだねぇ…。髪の毛の事だよ?」
「おぉ…っ!随分すっきりとした髪型になってんじゃねぇか!なかなか似合うぜ…?」
「本当だ…!主さん、その髪型、綺麗で似合ってますよ!」
「おかえり、主。心配した…。」
「あ、主の髪が…っ!ば、バッサリに……ッ!!な、何か嫌な事でもあったのですか!?もしや、失恋…っ。ハ…ッ!相手は誰です!?何処の何奴ですかっ!?主のような御方を振った男は誰なんですか…ッ!!」
「おー、帰ったか。おかえり。皆心配してたぜ?それにしても、随分短く切ったんだなぁ〜。ひょっとして、俺っちよりも短いんじゃないか?」
「どうしていきなり髪なんて切ろうと思ったの?切りに行くなら、そう言えば良かったのに…。」


最後に、安定が俺の隣に並んで、そう零した。

主は、短刀達にもみくちゃに飛び付き抱き付かれながらも、少し苦い笑みを浮かべて返す。


『ちょっと、自分の柵(シガラミ)とケジメを付けたかったんだ…っ。だから、敢えて何も言わずに出掛けたんだ。…変に心配かけちゃったかな?ごめんね。これからは、もう心配無いから。だからさ、どうか、これからも宜しくね…!』


清々しくも晴れ渡ったような顔で笑った主。

そっか…。

もう、自分で苦しまないように、想いを絶ち切ったんだね。

主を苦しめていた、厭な過去の柵から。

少しでも、荷が軽くなるように…。

朝、顔に差していた影は、もう無い。

代わりに、晴れやかに澄んだ光が差していた。


「…おかえり、主。その髪型、似合うし、可愛いじゃん。たまには、そんな短さも良いんじゃない?」


つい癖で、つれないような素っ気ない言葉をかけてしまっても、主は、その裏に隠れた俺の本当の気持ちを知ってる。

なんせ、俺は、主の初期刀だからね。

一番初めから側に寄り添ってきた刀だから、お互いの事を解り合ってる。

俺達との間では、敢えて言葉にしなくても、ちゃんと伝わってるんだ。

主が、眦を細めて此方を見た。


『うん…っ。ただいま、清光。それから…ありがとう。』


さっきの言葉の最後の意味も含めて、今の主の言葉に、不思議そうに首を傾げる皆。

抱き付いている短刀達も、揃って疑問符を浮かべたような顔して主を見上げた。


「なぁに?急に畏まっちゃってさ…。何時も通りで良いよ。」
『へへへ…っ、何となく、そうした方が良いかなって思っただけだよ。清光がそう言うなら、そうする。』
「それで良いの…。主は、主である事に変わりはないんだからさ。」
『ふふふ…っ、そうだね…っ。』


俺達二人にしか解らない会話が交わされる。

置いてきぼりになっている他の面子が口々に口を開き始める。


「ねぇ、それ何の話?」
「ん?何でもないよー。」
「嘘…!絶対何かあるでしょーっ!」
「俺と主だけの秘密。…ねっ?」
『うん、清光と私だけの秘密ね。』
「え〜?ずるいですよう!ふたりだけだなんて…っ!ぼくたちもまぜてください!」
「ハイハイ、主も帰ってきたんだから、皆部屋に戻る戻るー。」
「ねぇ、教えてよぉ〜!どういう事?」
『ほらほら、御飯の支度に戻った戻った…っ!』


皆には内緒の話。

俺だけが知ってる主の事。

さらりと短くなった髪が、爽やかに風に揺れる。

俺の心も、晴々として澄んでいた。


執筆日:2018.09.15