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百の足は首を落とす



目を覚ましたら、薄暗かった。

まだ、夜は明けていないらしい。

目覚めが悪い…。

夢を見た。

悪い夢だった。

私の嫌いな物に、首を咬まれる夢だった。

夢であったからか、不思議と痛みは感じなかった。

やけに現実味を帯びた色彩だった筈なのに、何故か咬み付いてきたソイツは非現実味を帯びていた。

少し前にも、ソイツは夢に現れた。

その時は、夢に出てきた瞬間目を覚まして、荒い呼吸を整えたのだったか。

その時に見た姿の方が、現実味を帯びていた気がした。

寝首を掻かれる。

寝ていて夢の中で首元を狙われるなど、冗談であっても避けたいが、実際の処、刀の集まる場所に位置を置いているのなら仕方がない事なのかもしれない。

実際に有り得る事なのだ。

寝首を掻かれ、命を失うというケースは。

首を失う。

即ち、それは死を意味指す。


(…どうせ寝首を刈られるのなら、刀であったら良かったのにな…。)


わざわざその存在自体を忌み嫌っているヤツに刈られるくらいなら、好き好んだ相手に殺されたくらいが丁度良い。

起き抜けに、するりと違和感を示す首元に手を這わせる。

大丈夫だ、何処も何ともなっていない。

ただの夢だ。

然れど、夢は夢である。

この夢見が指すものが何なのかは解らないが、一応備えはしておいて損はないだろう。

起きるには少し早い時間であったが、起きる事にした。

早く、この寝覚めの悪い居心地から解放されたかった。

気持ちの悪い脂汗をかいてしまった顔を洗い流す為、自分専用のタオルを持って洗面所へと向かう。

洗面所の鏡を覗き込んだら、酷い顔をしていた。

眠った筈なのに、眠れていない…そんな感じの顔だった。

何の感情も読み取れないような無表情で、蛇口を捻り、顔を洗い出す。

パシャパシャと水音を立てていると、ふと背後に気配を感じた。


「あれ…、今日は随分と早起きだね…?何かあったの?」


キュッキュッ、と蛇口を閉めて、水を止める。

傍らに置いていたタオルで顔の水気を抑えながら後ろを振り向くと、暗い色をした内番服のジャージを着た光忠が居た。


「おはよう、主。今日は夢見でも悪かったのかい…?少し顔色が良くないね。」


柔らかな笑みを浮かべて此方を見遣る、光忠。

その視線は、気遣わしげに不安に揺れていた。


『おはよう、光忠…。まぁ、ちょっとね…夢見が悪かっただけ。跳ね起きる程のものではなかったから、あまり心配しなくても良いよ。』
「君はそう言うけれど…君は夢見の力がある人だ。簡単に割り切れる話ではないよ。」
『心配性だなぁ…。ただ悪い夢を見たってだけの話だろう?』
「それだけで済まないかもしれないから、心配してるんだ。それに…僕は君の刀だよ。心配くらい、させてよ。」


顔を拭いている最中、ぎゅっと抱き締めてくる奴に、ポツリと愚痴を零す。


『…服、濡れるよ。』
「ちょっと濡れるくらい、どうって事はないよ。」
『伊達男が廃るよ…。』
「これくらいで伊達男の良さが減る訳無いだろう…?君は可笑しな事を言うね。」
『…悪うござんしたね、可笑しな事を言う主で。ついでに、頭のネジも外れた狂った主ですよ。』
「もう、またそんな変な事言う…っ。まぁ、天の邪鬼な君の事だから、照れ隠しのつもりの台詞だって解ってるけどね。」


ぽんぽんっと優しく背中を叩かれ、安心する。

ぎゅっと抱き締められ、背中を叩かれ安堵するなど、子供みたいだ。

と、すると、今この場合では、光忠は母親という立場なのか。

何とも、ぴったり合い過ぎるポジションである。

余計な思考のせいで、少し路線のズレた事を考えてしまった。

全く、余計な事は考えるものではないな。

一つ深い溜め息を吐いて、落ち着く。

気が済んだであろう彼も、身を離して、またにこりと微笑む。


「それじゃあ、僕も早いとこ身支度整えて、朝御飯を準備しにいかなくちゃね…!」
『あー、そうしろそうしろ。』
「何だか今の、投げやりみたいなところが伽羅ちゃんみたいな返事だったね…。まぁ、良いんだけど。顔を洗ったら、すぐに支度に取りかかるから、少し待っててね。早く起きた分、お腹空かせてるだろうから…主には早めに食べれるよう、昨日の晩の残りの冷凍した御飯をチンしてお握り作ってあげる!それ食べて、朝餉出来るの待ってて?」
『はいはい…大人しく居間で待ってますよー。』


投げやりな返事を返して、洗面所を出る。

顔の嫌な感じや首元に残っていた違和感は、もう消えて無くなっていた。

後は、着替えて、身支度するだけだ。

顔も洗ってスッキリした後、部屋に戻って寝間着を脱ぐ。

鏡の前で軽く櫛を通して、髪も整えておく。

身形は一応きちんと整えておくのが、何時ものテンプレだ。

まぁ、身形をきちんとしておかないと口煩い者が何刃か居るからであるが。

布団も畳んで押入れの中に仕舞っておき、朝の身支度は終了する。

先程言われた通り、居間へと向かい、隅で大人しく座って、お茶を飲みながらお握りが出てくるのを待つ。

暫くして、お握りが出てきて、それを朝餉が出来るまでの間に咀嚼しておく。

朝餉が出来上がり、起きてきた皆と一緒に卓に着いたが、今朝の御飯の味はいまいち解らなかった。

味覚が麻痺ったか。

あまり美味しい味を感じなかった。

まぁ、たまによくある事だ。

気にするまでもない。

ちょっと気にするならば、せっかく彼が作ってくれた美味しい御飯の味をちゃんと感じれなかった事が残念なくらいか。

話が脱線したか…閑話休題。

午前の執務に取りかかり始めても、何処かに感じる違和感は拭えなかった。

気になって、手を止め、少し席を外してくると伝え、部屋を出る。

幸い、今日の近侍はまんばだ。

特に気にならない限り、深くは追及してこないだろう。


『石切丸…少し良いか。』
「ん…?私に何か用かな?もしかして…腫れ物でも出来てしまったかい?斬って差し上げようか。」
『いや…腫れ物ではないんだけど、ちょっと悪い気が纏わり憑いている気がしてね…。お祓いを頼みたいんだ。』
「穢れを絶ちたい、という事だね?お安い御用さ。此方に来て、座ってごらん。早速祓って差し上げよう。」


離れに在るお社の中へ足を踏み入れる。

此処は何時だって澄んだ空気をしていて、心地が良い。


「さて…今日はどんな穢れを纏ってきたのかな?」
『今朝、夢見が悪くて、早く目覚めた。』
「では、その夢で見た悪しき気を祓えば良いんだね…?君は、夢見で見る力が普通の人より強いからね。対処しておいて、損はないよ。」


お祓いをしてもらってから、身を清める為、禊を行う。

身は清められたが、心の内は、まだ晴れなかった。

午後、執務の続きをする前に、非番の光忠に声をかけた。

「お前の刀…お前自身で、私の首を斬って欲しい。」と開口一番に口にした。

案の定、突然の申し出に、何処かで強く頭でも打ったかと形容しがたい表情で言われた。


『いや、冗談ではないから。』
「冗談でも、そんな事言われたら吃驚するからね!?本当、今朝からどうしちゃったんだい、君…!」
『何、ちょいと今朝見た夢見が悪かったから、其れを振り払いたくてな。真面目な話だぞ。』


動揺して取り乱す光忠に、真顔でそう言い遣ると、すん…っ、と途端に真剣な表情を作り出す。


「それで、どうしたいのかな?主。」
『今言った通りだよ。お前自身の本体で、私の首を斬って欲しい。』
「本当に斬っちゃって良いのかい…?フリをする訳じゃなく?」


す…っ、と目を細めて問うてくる彼は、可笑しな言動にも関わらず、真面目に答えてくる。

変に言えば、狂っている。


『嗚呼…本当に斬っちゃってくれ。その方が、私も楽だ。』
「…君が何を考えてそう言い出したのかは解らないけれど、本当に斬って良いんだね。どうして其れを頼むのが僕なのか、聞いても良いかい…?」
『お前が、私の刀の中で一番信頼し得る刀だから、かな。』
「そう…。それを聞けただけでも、満足だよ。」


刀掛けに掛けていた本体を手に取り、腰に据える。

今の服装が防具を外しただけの戦衣装だからか、宛ら、戦場に立つ姿と何ら変わりはない。

ただ、対峙する相手が敵でなく、従うべく主であるだけだ。


「じゃあ…本当に斬っちゃうよ。斬ったら、死んじゃう事くらい、君も解ってるよね?」
『嗚呼、解ってる。別に、生きるのに疲れたから頼んでる訳じゃないから。単に、夢見る中、忌み嫌うヤツに寝首を掻かれるくらいなら、心許す信頼を置いた奴に斬って殺されたいだけ。』
「確かに…馬の骨とも知れぬ奴に殺されるくらいなら、僕達の手で斬って死なれた方がマシかな。」
『そういう事だ。早いとこ、ちゃっちゃとスッパリやってくれ。一思いにな。』


そう言って、静かに目を閉じて、、呼吸を止める。

カチリッ、彼の鯉口を切る音がした。


「それじゃ…さようなら、主。僕の大切な主…。来世は、もっとマシな平穏な暮らしが出来ると良いね。」


ザン…ッ、と刀を一薙ぎする音が聞こえた。

それから、プッツリと意識は落ちてしまった。

まぁ、それは当然か。

首を斬られたのだから。

首が胴体から切り離されれば、誰だって死ぬ。

違う事無く、私も死ぬ。

ぬるりとした感覚が、思考を埋めた。


―目が覚めたら、何時もの部屋だった。

何時もの天井に、布団に横たわった感覚。

斬られた筈の首に触れる。

確かに、意識がプッツリ切れる前、斬られた感触はしたのだ。

だが、今確かめた限り、首は胴体と繋がっている。

どういう原理だ。

起き上がって、布団に入ったまま、斬られた部分を擦りまくる。

ふと、部屋の外に気配を感じて、障子戸が開かれる。

内番服を着た、光忠だった。


「おはよう、主。朝じゃないから、おそよう、の方が正しかったかな…?」
『光忠………?これは、どういう……。』
「君に言われた通り、僕は君の首を斬ったよ。…ちゃんとね。」


今朝と変わらぬ様子の彼が、水の入った桶を持って部屋へと入ってくる。

私の傍らに膝を付くと、桶を置いて、微妙に貼り付いたままだった濡れた手拭いを取り、水の中に浸ける。


「首、何ともないかい…?気持ち悪いとか、気分が悪かったりしたら、すぐに言うんだよ?」
『いや…寧ろ、首が繋がってる事に驚きが隠せないんだが……。何で、まだ私生きてんの…?此の世とおさらばしたんじゃなかったの?』
「嗚呼、其れの事だけど…主は、ちゃんと一度死んだよ。」
『え……っ?じゃあ、何で生きて…。』
「さぁ、僕にも解らないよ。そういうのは、僕は専門外だからね。石切丸さん辺りにでも、訊いてみたら良いんじゃないかな?でも、僕は確かに、君の首は斬ったからね。本気で斬ったよ?ちゃんと斬った感覚もしたしね。」


不可解な感触が、思考を鈍らせる。


「大丈夫。安心して…?“君の首を這っていた違和感”は、もう完全に無くしたから。だから、ほら…もう違和感を感じないでしょ?」


するりと伸びてきた彼の手が、斬られたと思っていた箇所に触れ、撫ぜる。

後から気付いたが、そこには、刀傷が出来ていた。

鋭利な刀で斬られた、真新しくも傷口のくっついた傷痕が。


執筆日:2018.09.24