「にゃーん。」
ふかふかのベッドで心地好い微睡みに寛いでいたら、ふいに猫の鳴き声がして視線を動かした。
ぽふり、と小さく布団が震動して、軽い何かが己に近寄ってくる。
「にゃーん。」
よじよじと横たわる己の腹に乗っかってきた黒猫。
まるで、其処が自分の居場所だと言わんばかりに、のしりと腰を据える。
此方が何も言わないまま居れば、我が物顔で人の腹の上を占領した。
そして、更に自分の好き勝手に腹の上に居座る猫は、甘えた猫撫で声で鳴いた。
猫宛ら、まさに正しく甘えた声で。
「にゃーん、ぅにゃん、ふにゃーん。」
ゴロゴロ、ゴロゴロ、機嫌が良さそうに喉を鳴らして、「構って構って?」と甘えた声で擦り寄る。
勝手に人の腹の上に乗っておきながら、この態度…。
憎たらしくも、愛らしくて、憎めない。
簡単に絆されて、淡い誘惑に負けた掌が、猫の頭へと伸びる。
そのまま、数回触り心地の良い頭を撫で、背中からお尻の付け根辺りまでするりと撫でた。
猫は気持ち良さそうに、毛並みを撫ぜる手に擦り寄り、自ら「もっと撫でて?」と強請ってきた。
その様が可愛くて、彼のご希望に添っていっぱい撫ぜる。
「にゃんっ。」
気分を良くしたのか、いっぱい撫でてくれた御礼といったように、顔の方まで近寄ってきた彼は、ぺろぺろと顔を舐めてきた。
親愛の証だろうか。
心を許してもらえるというのは、どうあっても嬉しい。
擽ったくも、その気持ちから満更にもなく喜んで、そのお返しとも呼べる行為を受け入れた。
頬や耳朶、顎先から首筋を伝ってぺろぺろと舐められる。
あまりたくさん舐められては、後で彼の唾液でベタベタになりそうだが。
しかし、彼に甘えられるのが嬉しくて、つい甘やかすように許してしまう。
ぺろぺろのお返しに気が済んだのか、今度はぷちゅりと可愛い親愛のキス攻撃だ。
顔の中心で最も先の存在を主張する鼻先に、ぷちゅりと口付けられる。
そのまま、ガジリ、と軽く歯を立てられ、はむはむと甘く食まれる。
流石にそれは止めてくれと彼の脇下を掴んで、顔から少し引き離す。
胸元に降ろされた猫は、その場所に落ち着いたのか、居付くように頭をぐりぐりと擦り寄らせた。
「にゃーん…。」
胸元から見下ろす黒猫。
その瞳は、綺麗な蜂蜜色で、今にも溶けてしまいそうなくらい金色に耀いていた。
例え、薄暗闇の中でもはっきりと解りそうな目の色。
猫だから、暗闇の中でも見えて当然かと頷く。
ふと、一瞬だけ、猫の目がキラリと光った。
「うん…?」と首を捻るのと同時に、猫は動いた。
胸元の重みが、少し変わる。
何だか、急に彼が大きくなったようだ。
ふにゅり、唇に柔らかい感触が当たる。
黒猫の口付けである。
その瞬間、耳に僅かな衣擦れの音がして、意識が揺らいだ。
また、唇にぷちゅりと口付けられる。
何だか、甘えてくる黒猫が光忠のように思えてきて、心の内で彼の名を呟いた。
そしたら、声に出ていたのか、呼んだ彼から返事が返ってきて、薄らいでいた意識が浮上する。
目を開くと、至近距離とも言える距離に光忠の顔があった。
何故か、真っ暗な中、眠る私の上に覆い被さっていた。
光忠の目は、暗い処に居ても金色に煌めいていて、解る。
暗闇の中でも解るように光るなんて、まるで猫みたいだと思った。
黒くて人懐こい、金色の目をした猫。
嗚呼、でも、猫というには彼のサイズは大き過ぎるか。
猫というよりは、豹といった方が当て嵌まる気がする。
黒くて大きい、猫みたいに擦り寄って来る豹。
少し悪戯っ子だけれど、其れも一つの可愛らしさに思える。
猫みたいにぷちゅりと唇に口付けされて、目が覚める。
さっきの口付けは、どうやら彼のものだったらしい。
道理で、猫からの口付けにしては柔らかい感触がしたと思った。
「やっと起きてくれたね…?僕の愛しい愛しい主。おはよう。起きてくれるのを待ってたよ?」
『………今、何時だ…。』
「まだ寅の刻、夜中の三時くらいかな…?」
『まだ夜じゃん…っ。道理で真っ暗だと思った…。』
ごそごそと人の身体の上で動く光忠。
布団に潜り込んでいる事から、己が寝付いた後に部屋に忍び込んできたのだろう。
時間帯と場所も相俟って、夜這いのつもりだろうか。
まぁ、一人で眠るのに少し肌寒くなってきたこの季節、人肌の温もりが側にあるというのは助かるし、ありがたい。
が、わざわざ寝込みを襲うように起こされるのは、嬉しくない。
『…せっかく、光忠みたいな猫と楽しく戯れる夢見てたのに…。』
「ん…?僕が何だって…?」
『嗚呼…でも、光忠だったら、猫というより豹になるのかなぁ…?』
「え……?」
『……何でもない…。取り敢えず、重いから…上から退いて。重い…。』
「あ、ごめん…。」
まだ夢見心地で居たかったところを邪魔されて、少し不機嫌そうに寝起きの掠れ声で言う。
大人しく上から退いてくれた彼は、傍らに潜り込むと、そのまま胸元に擦り寄った。
宛ら、夢に見ていた猫のようである。
思わず、無意識に手が伸びて、彼の頭を抱え込むように抱き、撫でる。
一瞬、彼の動きが止まった。
「…君…もしかして、寝惚けてる…?」
『うん……?』
「………いや、何でもないや。」
たぶん、何かを言いかけたのだろう光忠は、結局何も言わずに、されるがままに頭を撫でられていた。
気持ちが良いのか、今日は何もせず、大人しく頭を撫でられ、ぎゅむっと抱き付いてくるのだった。
最近、ウチに居る猫が、夜な夜な寝込みの主を狙ってきてよく眠れない。
執筆日:2018.09.25