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一輪の華は眠る



突然、主の身体が動かなくなった。

正確に言えば、まだ動くのだけれど、自分の意思と反して動いてくれないらしい。

動こうとして力を込めるが、力が入らず、上手く動かせない。

自分の力で動けなくなった主は、本丸の仲間達に支えられながら、日々の生活を送っていた。

原因を調べてみたけど、解らない。

政府へ問い合わせて調べてもらっても、原因は不明で解らなかった。

だけど、主は、皆に心配を掛けまいと笑顔で気丈に振る舞った。

本当は、凄く不安な筈なのに…。


主の身体は、日に日に動かなくなっていき、次第に自分の力だけでは動けなくなってしまった。

それでも、主は、笑う。

服を着たり食事をしたりといった日常的な動作さえ、主は自分の力だけでは出来なくなった。

だから、短刀の子達や、初期刀の加州君なんかが主の身の周りの世話を焼くようになった。

何で、急に動かなくなったのだろう。

問うてみても、本人でさえ解っていないのだから、解る筈がない。

日に日に動けなくなっていくせいで、審神者として課せられた、政府より与えられし仕事をこなせなくなってしまった主。

暫くの間は、僕達で出来る分は、皆と力を合わせて片していけたけど、審神者本人にしか出来ない仕事は山積みになっていくばかりだった。


とうとう完全に動けなくなった主は、布団から起き上がるのもままならなくなってしまった。

主の身体は、謎の病に蝕まれているのだろう。

幾ら調べても、至って正常とされる主の身体の不調。

霊力に関して調べてみても同じで、全くの正常、普通通りだった。

だけども、主の身体は、動作を失った。


「主…大丈夫かい?」
『大丈夫だよ、光忠…。力が出なくて、動けなくなってるだけだから…それ以外は、至って元気だよ。』
「でも…主は、今や寝たきりの状態で床に臥せたままじゃないか…。あの頃の元気な姿は見えないよ…?」
『心配しなくても、きっと、その内ひょっこり元に戻ってるよ…。だから、そんな哀しげな顔しないで…?』


僕達が見ていて辛そうな顔をしたら、主は決まって僕等へと力無き腕を伸ばした。

安心させようと、何とか持ち上げた腕を伸ばし、僕等の頬へ触れて撫でる。

そんな健気な様子を見た短刀の子達は、目に涙を浮かべた。


「ねぇ…痛みはあるの?」
『痛みは無いよ…。』
「息苦しさは…?」
『息苦しさは…ちょっとあるかな…。身体が酷く重いせいかな…?少しだけ、息苦しさを感じるよ…。』
「そうかい…。なら、今の身体の状態はどうある…?」
『んーっと…凄く怠くて、酷く重くてキツい感じかな…。』
「酷く重いって、どんな感じに…?」
『えっと……身体の重さを直に感じてるみたいな感覚、かなぁ…。例えるなら、こう…力の抜けた身体をそのまま背負ってる感じだよ。重力そのものを感じてるって感じかな…?』
「……早く、元に戻ると良いね…。」


今日も、まだ、主の身体は元に戻らない。


身体の動かなくなった主は、段々と起きている時間が少なくなってきていた。

途中起きてはいるのだそうが、気付いたら、何故か眠っているという。

本人曰く、何だか酷く眠くなるらしい。

眠る事が増えた主は、全く審神者の仕事が出来なくなっていた。

政府の方も、流石の状況に、特別に主への任務を免除してくれるという方針を取ってくれた。

しかし、主の不調は、一向に回復の兆しを見せる事はなかった。


そして…。

遂に、主は、目を覚まさなくなってしまった。

布団から出る事はなく、眠ったまま、主は静かに呼吸をしていた。

だが、審神者としての力は弱まる事なく、霊力は溜まったまま、流れ続けていた。

僕達の人としての身も、顕現したままだった。

けれど、主は、目を覚まさない。

生きたまま、ただ眠り続ける…。


「…おはよう、主。今日は、良い天気だよ…?だからさ、早く起きて、一緒に御飯食べよう…?」
『…………………。』


主は、黙ったままだ。

黙ったまま、静かに眠っている。


「ねぇ、主…?今日のおやつは、上手く出来たんだよ…?ほら、主が好きな猫ちゃんを型取ったクッキーだよ。クッキーだけじゃなく、他にも主が好きそうなお菓子、いっぱい作ったんだよ…?何れも美味しく出来たんだ…だから、目を覚ましてよ…っ。」
『…………………。』


主からの返事は無い。

それでも、僕は、眠る主へ声をかける。


「やぁ、主…。今夜の月は、とても綺麗だよ…?ちょっと見てごらんよ。綺麗な真ん丸お月様が、夜空にポカンと浮かんでるよ…?綺麗だ…。眠る君の顔も、嘘みたいに綺麗だけどね。」
『…………………。』


主は、ただ静かに眠り続ける。

皆ちゃんと顕現したままなのに、何時しか本丸は、空っぽみたいに静かになった。


「ねぇ…君は、何時まで眠っているのかな…?」


幾ら問いかけても、其れに返ってくる応えは無い。


「何時まで眠ってる気なの…?早く起きてよ…。」


彼女からの返事は無い。


「良い加減、目を覚ましてよ…っ。じゃないと、皆静か過ぎて、息が詰まりそうだ…っ。」


彼女は、ただ眠り続ける。


「もう、君しか居ないんだよ…っ。」


彼女が起きなくなって幾月が経った或る日、僕以外の刀達は、皆人としての顕現を解いた。

主である彼女が眠るように、彼等もまた、眠りに就いた。

刀に戻った彼等は、物言わず静かだ。

やけに静まり返った本丸は、今や僕と主二人しか居ない。

生きたまま眠る彼女は、ただ静かに床の間に就いたままである。


「ねぇ、主…?君が眠りに就いてから、今日で何日になると思う…?」


一人眠る彼女が寂しくないように、今日も僕は彼女の傍らに寄り添う。


「もうすぐ、君と出逢ってから二年目になろうとしているよ…?君は、あれから成長したけれど、今はどうなのかな…。」


あんなにも暖かかった風が、冷たくなり始めている。

少し冷えて乾燥した風が、眠ったままの彼女の前髪を揺らす。


「…嗚呼、夜が明けるね…。日が昇って、朝日が見れるよ…?綺麗な朝焼けの空が広がっていくね…。」


僅かに開けた障子戸から、眩しい朝日の光が射し込んでくる。

やがて、日の光が眠ったままの彼女の顔を照らし始める。


「おはよう、主…。今日も、一日頑張ろうね…?」


今日も、僕は、彼女に寄り添い続ける…。

彼女が再び目を覚ます、その時まで。


執筆日:2018.10.18