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予想外の其れは驚き



自由気ままな独り暮らし、ペット可なアパートの一室は、のんびり平和な空気が流れていた。


『平和だねぇ〜…。』
「そうだな、ご主人。」
『なぁ〜んも無くて暇だけど、日々仕事で忙しくしてる中ある休日くらい、これくらいのんびりしていたっても良いよねぇ〜…。』
「うんうん。そうだねぇ、ご主人。」


足元でゆったりと寝そべり、飼い主である私に撫でられる二匹の色違い猫は兄弟で、私の愛猫である。

最初に私の呟きに返した、右側に位置する子が、弟の膝丸。

次に返した、左側に位置する子が、兄の髭切だ。

弟の膝丸は、兄の髭切と違って、常にピョコピョコと元気良く動く。

そして、兄の髭切が大好きで、片時も側を離れず彼の後ろを付いていく。

一方、兄の髭切は、弟の膝丸とは正反対に常にのんびりゆったりとしている。

ただし、猫じゃらし等の遊びの時間は本能が働くのか、まるで狩りをする獣の如く動きが俊敏になる。

この子等二匹は、元々実家で飼っていた猫だったが、自身が一人上京し独り暮らしするという事になった時に、自分が好きで側に置いていた二匹と離れるのは寂しいとなって、親の反対を押し切ってまで連れてきた子等だった。

仕事と生活の両立で辛くなるかもしれないと、独り暮らしを始めた当初は思ったが、それなりに何とかやっていけ、何よりも、仕事で嫌な事があって挫けそうになった時の支えとなり癒しとなったのだ。

そして今があり、上京してから幾年の月日が経って、仕事にも暮らしにもすっかり慣れ、落ち着いたのである。

…今更な事かもしれないが、ウチの猫達は、人の言葉を話せる。

其れだけではなく、時折人の身にもなれるのだ。

彼等曰く、それなりに長く生きていると大抵の事は何でも出来るようになったりするのだそうだ。

猫の魂は九つあるとは聞いた事があるが、正にそんなところなのだろうか。

元々のほほんとした思考を持ち合わせている為、特に気になる事も無かったが。

まぁ、世の中不思議な事が山程溢れているのだから、そんな事があっても不思議ではないし、寧ろ自然的な事なのだろう。

そう思って過ごしてきた故か、一般の人なら驚く事でも平然と受け入れて今を生きている。


「今日はすごく天気が良いねぇ…。ポカポカと暖かくて、つい眠たくなってきちゃうよ。」
「眠くなるのは、何時もの事だろう?兄者。天気の良さは関係無いと思う。」
「ありゃ、そうなのかなぁ…?」
『まぁ、よく寝るのは猫の習性さね。けど、天気が良いと気分が良くて、日向に居れば眠くなるのは当然の事だよ。其れは、人も猫も一緒だからねぇ…。』
「成程、では天気が良い日の方が、俺も兄者も調子が良くて、ご主人も元気なのだな!」
「皆が元気なのは良い事だねぇ〜。」


実にユルユルとした緩やかな時間が流れる。

ベランダから射し込む日の光を受けて、きらきらと反射して光を照り返す二匹の目も、半分蕩けている。

毎日ブラッシングをして綺麗に整えている毛並みも、ふわふわとしていて、何時までも撫でていたいくらいに触り心地が良い。


「何だか眠くなってきちゃったなぁ…。ふわぁああ…っ、にゃむにゃむ……。」
「俺もだ、兄者…。今にも目蓋がくっつきそうだ…。」
「弟もかい…?じゃあ、ご主人も巻き込んで、仲良く一緒にお昼寝しちゃおうか。」
『私も巻き込むんかい…。』
「だって、ご主人もうとうとと眠たそうな顔をしているよ…?目だって、今にも眠りそうにとろんと蕩けちゃってるじゃないか。」
『うん…まぁ、こんな暇で何も遣る事無きゃね…。つって、さっきまで寝てたんだけどな、私。起きたのがさっきだから…。』
「ご主人も仕事の疲れで疲れている事だろう?今日は休息日として、我等と共にゆるりと休もうではないか。」
「弟丸の言う通りだよ、ご主人。」
「兄者、俺は弟丸ではないぞ…膝丸だ。」
『そうだねぇ…。今日は本当に遣る事無いし、もうちょっと寝てたい気分だから…二度寝がてら、一緒に微睡みましょうかぁ〜…。』


うにゃうにゃとのんびりと間伸びした口調で喋り、そのままボフンッ、とベッドへとダイブする。

日常の家事は一通りこなしてしまったから、後はのんびりと過ごしていても問題は無い。

まぁ、夕方頃には、干した洗濯物を一度取り込まねばならないが。

其れまでには起きるかと、スマホで今日一日のこれからの天気を調べておき、雨が降らない事を確認しておく。

ついでに、アラームをセットしておいて、後は寝るだけだ。


『そんじゃ、ご主人様は寝ますから、おいで。』


脇の下を掴んで持ち上げたら、ぐみょんと伸びる兄者の身体。

目は既に瞑れているから、もう夢の世界へ片足を突っ込んでいるのだろう。

意識がしっかりと起きている時は、先に運ばれていく兄者を下からハラハラと見守る弟者だが、今は意識が舟を漕いでいる状態なのか、ぼんやりと見上げてくるだけだ。

コクリ、と頭を傾いでいるところを見て、此方も既に微睡みかけているのだろう。

兄者を先にベッドへと降ろせば、すぐ続け様に彼も持ち上げベッドへと乗せる。

後は適当に彼等が好きなポジションに落ち着くだろう。

自分はもそりと毛布にくるまって寝る体勢に入る。

腰の両サイドがもぞもぞと動いたので、今日は其処が彼等のポジションとして落ち着いたのだろう。

腰元の温かみもあり、すぐにやって来た睡魔は程無くして私を再び眠りの世界へと誘うのであった。


―其れから起きたのは、一、二時間後経ったくらいの時だった。

起きたというよりは、突然鳴り出した着信音に起こされたという感じであるが。

もそもそと布団から伸ばした手で、枕元に置いてあった携帯を掴む。


『…はい、もしもし…?』


半寝惚け状態のまま、まだ起きていない寝起きの声で電話に出た。

電話の着信音で目が覚めたのか、比較的寝覚めの早い髭切が、もそりと毛布の中から顔を覗かせる。

通話の相手は家族の声で、実家からの連絡であった。

久しく聞いていなかった声に、少しの間耳を傾ける。

電話の内容はこうだった。

実家のお祖母ちゃんが怪我で倒れて、その介護で暫く家を空ける事になったから、少しの間、実家に帰ってこれないか、という事であった。

お祖父ちゃん一人にするには心配だから、お祖父ちゃんのお世話を頼めないかとの事らしい。

ちなみに、何が原因でお祖母ちゃんが怪我をする事になったのかを訊くと、若作りの為に気合い入れてハッスルし過ぎたという事らしい。

お祖母ちゃん、元気なのは良いけど何やってんだ。

もう若くないんだから、あんまり無理しないでよ…と呆れながら電話を切った私に、黙って通話を聞いていた髭切が口を開いた。


「今の実家からの電話だよね…?お母様は何て?」
『母さんの方のお祖母ちゃんが怪我して倒れちゃったから、その介護で家空けるって事で、お祖父ちゃん一人に出来ないから帰ってこいってさ。』
「ありゃりゃ…お祖母ちゃん、大丈夫かな?」
『大丈夫だよ。若作りの為にハッスルし過ぎて怪我したってだけらしいから。もう、本当若くないんだから…もうちょい大人しく出来ないのかね?』
「ふふふ…っ、何時までも若くあるのは良い事じゃない。」
『けど、少しは歳を考えて欲しいところだなぁ…っ。はぁ…っ。どうせ明日は仕事だし、職場に行って、使ってない有給休暇まとめて使わせてもらうか…。ちゃんと休ませてくれたら良いのだけど。』


そうこう二人の会話が終える頃に目を覚ました膝丸が、もそもそと布団から顔を出して、寝惚け顔を覗かせた。


「…誰からの電話だったのだ…?」
「やぁ、弟丸。よく眠っていたね?おはよう。」
『実家からだよ。お祖母ちゃんの介護で家空けるから、ちょっとだけ実家に帰ってこいってさ。だから、今から実家に帰る用の準備、始めるよ〜。予定としては、今日から二日後の明後日の朝には此処を出ようと思います…!各自、必要な物を用意して、実家に帰れる準備しといてね?』
「はぁ〜い、解ったよ。」
「おぉ…久々に叔父上に逢えるのか。それは楽しみだな…。しかし、叔母上は大丈夫なのだろうか…?」
「そう心配しなくとも大丈夫らしいよ…?元気有り余り過ぎて、ちょっとやらかしちゃっただけみたいだから。」
「それは…逆に大丈夫なのか?」
「う〜ん…大丈夫なんじゃないかなぁ?たぶん。」
「兄者…。」


寝起きでボサボサとしていた毛並みを兄の髭切がペロペロと舐めて整えてやる。

弟の膝丸は、それを何時もの事のように受け入れ、されるがままだ。


「取り敢えず、僕達も準備しようかねぇ…。」
「そうだな、兄者。」
『あ、二人は猫だから、大して用意する物は無いだろうけど…念の為、人間になった時用の着替えとかも準備しとくんだよ?』
「勿論、心得ているぞご主人!」
「おや、そういえばそうだったね。すっかり忘れていたよ。」
「兄者、しっかりしてくれ…!」


何だかんだ言いつつ、実家へ帰る為の準備をちゃんとする二匹は偉い。

おまけに、兄弟仲良しで常に共同で一緒に使ってくれるから、元々猫という事もあり、人になった時用の荷物も一つで済む。

実家の方にも色々と置いていったままの荷物もある為、彼等の分の荷物は最低限で済むだろう。

精々持って行っても、トイレの猫砂や餌、お気に入りの玩具ぐらいだろうか。

主に準備が必要となるのは、飼い主である自分の方であった。

持っていく荷物は、それなりの大荷物になりそうである。

これは、車を出して行った方が楽だな…。


―色々と必要な物を準備して到着した、第一の我が家こと実家。

久々に見る景色と風景に懐かしさが込み上げてくる。

やはり、己が生まれし故郷に帰ってくると落ち着くというのは、何時でも変わらないものらしい。


『さぁて、最後に顔見せたのが、今年のお盆だったから…数ヶ月振りになるのかな?久々に逢う事になるけど、お祖父ちゃん元気にしてるかなぁ〜…?』
「大丈夫、きっと元気にしてるって。」
「そうだぞ、ご主人。あの叔父上が簡単にくたばったりはせぬ筈だ。」
『いや、くたばったりしてないのは解ってるけど、縁起でもない事言わないでよ膝丸…。』


久方振りに見る実家に、玄関前で立ち尽くしたまま、お出掛けバッグの中に入った二匹と軽く駄弁る。

そうしていると、家の中から声をかけられた。


「何時までそんな処でくっちゃべっているんだ…?入るなら、早く入ってきたらどうだ?」
『おぉ…っ、お祖父ちゃんの声だ…!』
「どうやら、ご健在だったみたいだねぇ。」
「良かったな、ご主人。」


二匹仲良く一緒に入ったバッグの中から顔を上げ、此方を見遣る。

一先ず安心して、久し振りに帰宅する我が家へと入っていく。


『ただいまぁ〜、お祖父ちゃん…っ。孫娘が帰ってきましたよ〜。』


ゴロゴロと転がしてきたキャリーケースを抱えて、玄関先に上がる。


「嗚呼、よく帰ってきたな…。おかえり。遠い処から、わざわざすまない。」


声はするが、出迎えはする気の無いお祖父ちゃん。

恐らく、何時もの如く、縁側にでも腰掛けてお茶でも飲んでいるのだろう。

相変わらずだなぁ…と思いつつ、まだ車に乗せたままの荷物もある為、持ってきた荷物を運ばねばならない。

取り敢えず、全部居間に持っていって、それから部屋に運ぶか…。

移動用バッグから愛猫達を出し、窮屈な場所から解放する。

床へと下ろされた猫達は好きに動き始め、久し振りに帰ってきた実家内を走り回る。


『久々に帰ってきて興奮してんのは解るけど、あんまり暴れちゃ駄目だぞぉーっ?』


元気に走り回る愛猫達に声をかけながら、持ってきた荷物を運ぶ。

運び入れた先の部屋で、見知らぬ毛の塊を見付けた。

ソイツが顔を上げ、目が合う。


『…え、何で見知らぬ猫がウチに居んの…?』


実家に帰ったら、見知らぬ子猫が部屋に居付いていた。


執筆日:2018.11.25