寒くて暇だからと、居間にある皆で共有の炬燵の元へ向かった。
居間へ行けば、非番で暇をしていた同田貫ことたぬさんが炬燵に入って寛いでいた。
他は、同じく非番で暇をしていたのだろう御手杵…通称ぎねが、大層退屈そうに頭は前方に向けたままうつ伏せで寝転んでいた。
この二人は仲が良いのか、お互いコンビで居る事が多い。
所謂、無用組という枠組みだ。
まぁ、気の合う仲の良い友が居るのは良い傾向である。
思考の片隅でこの本丸を指揮する者べくそんな事を考えながら、適当に空いていた席へ座った。
隣はたぬさんだった。
一応、座る直前に「隣、空いてるから座って良い?」と断りは入れる。
すると、ぶっきらぼうな返事だが、「おう。」と短く返ってきたので安心して腰を落ち着ける。
そろそろとゆっくり自身の足を引き伸ばし入れると、誰かの足とぶつかった。
どっちの足だろうか。
『ごめん。誰の足か解んないけど、不可抗力にも蹴っちゃった。どっちの足かな…?』
「んあ…?あ゙〜それ、俺の足だわ…。」
『あ、マジか。すまん、ぎね…微睡んでたかもしれないとこにいきなり冷たい足突っ込んで。』
「んにゃ、良いって良いって。今のぐらいじゃ全然痛くなかったからよ。それに俺、ただ退屈過ぎてだらけてただけだから。」
『そっか。なら、良かった…。』
「良かねーよ。おかげで、こちとらめちゃくちゃ暇してるんだ。何でも良いから戦に出してくれよ。じゃねーと、身体が鈍っちまって仕方ねぇ…。」
『偶には休む事も仕事の内さね〜。お前はちったあ休むって事も考えようね…?』
「現在進行形で十分に休んでるだろうが。」
『うんうん。だから、今日はそのまま非番のままゆっくり過ごす事。それがお前を含めたぎねと二人の仕事〜。』
「はぁ…?ふざけんなよ。何が仕事だっつーんだ、こののんびり過ごすだけの暇な時間がよぉ。」
なんと誤って蹴ってしまった足は、ぎねのものだったらしい。
決して態とではなかったが、直ぐ様謝るとふにゃふにゃとした笑みに何時もの優しい声での返事が返ってきた。
不可抗力の事とは言えど、相手がたぬさんでなくて良かったと思った。
何故かと言われたら、何となく怒られそうな気がしたからである。
一方、その当人であるたぬさんからは、戦でなく非番を言い当てられた事が気に食わなかったようで文句を愚痴垂れてきた。
戦好きの彼の事であるから、何かしらの文句の一つや二つ零されるであろうとは予想していたが…。
案の定、私が意見を曲げないと見るや否や、思っくそな舌打ちをしてジトリと睨まれた。
ただの人間なら、此処で鋭い眼光の彼に睨まれでもしたら一溜まりもないとご機嫌取りに窺ったのかもしれない。
…が、生憎、そんな生易しいものにはとっくに慣れっこで、その程度で怯む精神など持ち合わせちゃいないのだった。
それくらいで怯む程度じゃ、終わりの見えないこの歴史を守るという大層大義名分な戦いに身を投じる事など出来はしないのだから。
ついでに付け足すのであれば、そんな程度で揺らぐのでは、個性豊かな荒くれ共な男(刀)共をまとめ上げ引っ張り指示する事など到底出来ぬ話であろう。
それ程な大役…審神者という役を私は担っている。
ので、そう簡単に適当な理由で意見を捻曲げる訳にはいかないのだ。
故に、宥めすかすよう柔く諭した。
『戦好きなお前が戦に出られなくてウズウズしてんのは解ってるよ。けど、昨日までずっと一軍の最前線に出してたんだから、それまで出ずっぱだった身体を労って休ませるのは当然だろう…?幾ら刀剣男士と言えど、今は人の身を得てる。戦いたいからだけの意思で続け様に戦に出て過労で倒れられちゃ、元も子もないぞ。だから、今はその休息日としてしっかり身体を休ませる事が大切なの…!お解り頂けたかな?』
「…チッ、しゃあねーからアンタの指示に従っといてやるよ…。まぁ、アンタの言う事も最もっちゃ最もだからな。」
『そりゃどーも?』
「はぁ〜あ……っ!にしても何もやる事無くて暇だわ…。」
『何時もやってるトレーニングしたら?』
「今日こなす分の日課はもうやった。」
『あ、左様で…。』
余程退屈しているのか、暇を持て余し過ぎている彼は大きく気伸びをして、大口開けて欠伸を漏らした。
その時ぱっかり開けられたお口に、時折出て来る悪戯心で興味本意に指一本、人差し指をその開けられた口の中へと差し入れてみた。
思い切り大きな欠伸を構していたたぬさん自体は、気伸びする際に一瞬目を瞑っていて気付いていない。
「さて、どんな反応をするのかな…?」と片肘は卓の上に頬杖付かせたまま眺めた。
指一本差し入れられている事に気付かぬ彼は、そのまま口を閉じようとした。
その寸で、何でか指一本口に突っ込まれている事に気付いた彼は、怪訝な顔をして閉じかけた口を止めた。
「あが…っ!?テメッ、何のつもりだ…!」
『ん?何やら此処に大きな口がぽっかり開けられてたのでね、気になって指一本突っ込んでみた。』
「正気かよ。危うく噛んじまうところだったじゃねーか。」
『別にちょっとくらいたぬさんに噛まれても、飼い犬に甘噛みされた程度かな?で済むと思って。』
「は…っ、良い度胸じゃねーか。俺が甘噛み程度で済ますとでも…?」
『まぁ、お前がマジで犬だったら本気で噛まれそうだからもうやらないよ…今日のところは。』
「つーか、何でんな事したんだよ?」
『え?偶に、猫とか五虎ちゃんの虎君達でない…?猫とか犬が欠伸した時お口ぱかって開けるのが可愛くて、つい其処に指を入れてみたくなったりしてぴょっと入れてみる事!』
「しねぇよ、んな事…!つか、俺を犬猫と一緒にすんな!!んで、遊ぶな…っ!!」
『あははっ、たぬさんが怒った〜!短気は損気だぞ?』
「誰のせいだ!誰の…!!」
「はははっ、二人共仲良いなぁ〜。」
退屈そうにしていた暇潰しに戯れ合っていたら、未だうつ伏せで寝転んだまま会話を聞いていたぎねが何処か見当違いの感想を述べた。
ぎねが居ると何だか平和になるのは気のせいだろうか…。
―別の日。
その日の仕事を終え、また暇になったなと適当に本丸内をぶらつき、居間へと向かう。
居間へと行くと、内番を終えて一休憩入れていたところなのだろうたぬさんが炬燵にすっぽり入り込んでいた。
何となく普段の雄々しいギャップとの差を感じて可愛く見える。
たぶん、口許まで炬燵布団を引き上げ顔を埋めているせいだと思われる。
にしても、普段からとの差を感じて思わず口許が緩んでしまう。
ニヤけてしまった事に気付かれないよう、寒さを装って口許を覆い隠しながら居間へと入っていった。
『ふぅ〜、今日は寒いねぇ〜…!手先が冷える…っ。あ、たぬさん馬当番終わったの?お疲れ〜。』
「おう。アンタもか?」
『うん、そだよ〜。今日の分は一先ず片付いたかな?って事で、暇潰しに居間ででも寛ごうかと思って。』
「そうか。そりゃご苦労さん。」
今日はたぬさん一人だけなのか、他の刀は誰も居なかった。
『今日はぎねと一緒じゃないんだね?』
「あ…?別に、何時でもかつでも四六時中奴と一緒に居る訳じゃねーよ。それに、奴なら今は万屋に行ってて居ないぜ…?米やら何やらデカくて重てぇ荷物が多いからってんで、荷物持ちで連れてかれた。」
『ありゃ、そうなのか。何か一言買い出し行ってくるとは歌仙から聞いてたけど…。そうか、なら帰ってきたら温かいお茶用意してあげなくちゃね!今日もよく冷え込んで寒いから、外から帰ってきたなら冷え凍ってるだろうからね。ちょっと早いかもだけど、今の内にヤカンを火にかけとこう…!ついでにお茶入れて来よっと。たぬさんもお茶いる?』
「おー。くれるんなら貰っとくー。」
『はぁーい。んじゃ、ちょっと待っててね?』
ちょこんと腰を下ろしたものの、用が出来た故にすぐに腰を上げる。
ぱたぱたと少しだけ駆け足で厨へ向かって、お茶の用意をする。
ついでに、自分達がお茶を飲む時用のお茶請けにお菓子も用意しておこう。
もしかしたら、他の短刀の子達もお菓子に釣られて集まってくるかもしれないので、少し多めに用意しておく。
今ある分の温かいお湯でお茶を煎れ、二人分の其れとお菓子を盆に乗せて持っていく。
静かに居間へ戻ると、変わらずたぬさん一人だけだった。
『お待たせ〜。はい、どうぞ。たぬさんの分。』
「おう、あんがとさん。」
『ついでにお茶菓子も持ってきたから、良かったらどうぞ。』
「へへっ、気が利くじゃねーか。ありがたく頂いとくわ。」
お茶を受け取ったたぬさんはそう言って、早速煎餅一枚に手を伸ばしかじり付いていた。
私が座ったのは、先日と同じくたぬさんの隣。
たぬさんと私以外誰も居ないのだから、別にわざわざ隣を選ばずとも良いのだろうが、何となくだ。
強いて言うなれば、寒いから近くに他人の体温があった方が温まるというだけ。
特に此れといった理由は無い。
『はぁ〜、お茶が美味いねぇ…。』
「言う事がババアかよ。」
『はは…っ、まぁ、精神年齢的なものはとっくに婆さんいってるかもね。』
「なんだそりゃ?」
お互いに茶化し合い、短い会話は終了する。
寒い日は、何かと静かになってしまうものだ。
『今日は本当寒いね〜…。お馬さん、体調大丈夫そうだった?』
「あー…たぶん、大丈夫なんじゃねーの…?見た限り何時も通りで元気そうだったし。」
『そっか。なら良かった。馬ってのは、ああ見えて結構繊細だからね。体調管理しっかり見とかないと、すぐに体調崩しちゃったりするから。』
「ふーん…。前々から思ってたけど、アンタって本当に動物が好きだよな?何か色々と詳しいし。」
『えへへ…っ、動物って見てて飽きないし癒されるからね。昔っから好きだよ。テレビとかもよく動物番組見てて、それで覚えただけ。後は、漫画とかの知識かな…?』
「へぇ…。」
バリボリと煎餅を噛み砕きながら相槌を打つたぬさん。
私の動物好きな話は、既に衆知の内だ。
再び静かになった居間に沈黙が降りる。
特別互いの間での会話は無く、静かに時を過ごす。
「あ゙ー…暇だ…。」
煎餅を食べ終えたたぬさんが、お茶を一服した後に一人ごちた。
内番を終えた後は何もする事が無いのか、退屈そうに後ろ手に手を付いて身体を反らせる。
暫くは、他の部隊の練度調整で出陣も控え気味な為、暇を持て余しているのだ。
人は退屈過ぎると、どうしても欠伸が出てしまう。
よって、先日同様に無防備にも大口開けて欠伸を漏らす。
其処へ、再び疼くのが暇人の悪戯心。
油断している隙を付いて、またぱかりと開けられた口の中へ一本の指を差し入れてみる。
「今度はどういう反応を取るのかな?」と期待していたら、予想外。
そのままガチリと閉められた口に、当然突っ込んでいた指は挟まれた。
『いったぁい…!!』
「そう同じ手に乗るかってんだ、バーカ。」
『だからって、何も噛む事無いだろ!?』
「二度も同じ事しようとするテメェが悪ぃんだよ。」
してやったりとニヤリ笑む彼の顔は悪い顔だ。
ガジリと噛まれた指が地味に痛い。
すぐに解放してくれるのかと思いきや、人差し指は歯に挟まれたままだ。
『ねぇ…ちょっと、何時まで噛んでるつもりなの?離せよ。』
「わぁーってるよ。」
視点にしてゆっくりと開かれた口に無意識に注目していたら、唐突に掴まれた腕。
口の中から解放されたかに見えた指は、しかしまだ彼の口の中で、ねっとりとした湿った何かがその指を這った。
何かなんて解り切っている、彼の舌だ。
噛んだ傷痕を舐めているのか、何とも言い難いゾクリとした感覚が背筋に走る。
途端真っ赤に染まりゆく我が顔を面白そうに眺めながらぺろりと指先を舐めたたぬさん。
その顔が妙に色っぽかったという事だけが、後の記憶に残っている。
執筆日:2018.12.14