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其れは獸の様



夜遅く出先から帰ってきた際に、主がごく普通の如く一言漏らした。


『夜って何だかワクワクというか、血がザワザワざわつくような、こぅ〜騒ぐ感じしない?中二病じゃないけどさ…!』


そう語る主の目は、普段は成りを潜めてたようなギラギラした色を宿していた。

簡単に言っちまえば、餓鬼がテンション上がったみたいに興奮してるっつー感じだ。

悪い意味の表現で言うと、その眸の耀きは、まるで…。


「…まるで、夜中に動き回る獸そのものかよ。」
『え…?何て?』
「いや…何でもねぇ。」
『そ…っ?』


今はキョトンと何にも無かったような無邪気な笑みを浮かべる主だが、時折此方が心配で危ぶむ程ふわふわと浮わついたように不穏な空気を纏う時がある。

今が、その然りだ。

何とも危うい、不安定にぐらつき揺らぐ奴の根底。

恐らく、そういうところこそ人であるが故の脆さっつー事なんだろうが…どうしたものか。

奴自身は、たぶん自覚はしてない。

だから、億が一にも“そっち”の方へ道を踏み外そうとしたならば、引き戻してやるのが俺達主に従う刀の仕事ってー事だわな…。


『わぁ…っ、今宵の月は満月だ…!だからなのかぁ〜、妙に心がざわつくのは。』


人も妖も、元を辿れば、所詮は獸に変わりはないって事か。

月を見つめる奴の目が、またギラリとギラつく。

夜行性の生き物じゃあるまいによ。

深き宵に深く更けゆく時の刻は、丑三つ時に近い頃。

まだ光を保つ眸に虚ろが差す前に、満ち足りた月夜を覆い隠す。

そうして、奴の視界から月の光を遮った。


『たぬさん…?』
「…もう行くぞ。ぼさっと立ち止まったりちんたら進んでんじゃねぇ。置いてくぞ。」
『あ…っ、待ってよぅ。』


月が満ちたのが原因か。

はたまた、真夜中も深い丑三つ時に近い刻だからなのか。

理由はどちらとも付け難かったが…獲物を狙わんとするばかりに爛々と目に光を宿す奴を、そういう類いの奴等に浚われてしまわぬように。

離れてしまわぬように、確りと手を引き歩いたのだった。


執筆日:2019.01.23