ふらり、本丸内を歩き回っていると、自室の入口の戸を開けっ放しにしたまま部屋の中でだれているたぬさんを見付けた。
こんな寒い季節に何をやっているんだか…。
『やぁ、何やってんの?障子開けっ放しにして…。寒くないの?』
「あ?何だ…主か。」
『うわ、何その落胆の入り交じった反応…。地味にヘコむわ。』
「別に、んなつもりで言った訳じゃねーっての。戸を開けてんのは、部屋の空気入れ換えする為にだよ…。ずっと閉め切ったまんまの籠りっ放しじゃ駄目だからな。」
『何だ、そういう事か。意外に偉いな、たぬさん…。』
「意外は余計だ。」
暖房を入れていると、ついつい面倒くさがったり寒いのが嫌できちんと空気の入れ換えをしないままになりがちである。
そこのところ、たぬさんは真面目にちゃんとやっていて偉い。
『まぁ、空気入れ換えすんのは良いけど、程々にね?今日、結構冷えるから。外も雪降ってるしね。』
「んな事解ってるっつの…。少しの間だけだよ。何か用あんのか?」
『いや、特には。ただ、あんまし開けっ放してたら寒いんじゃないかなぁって思っただけ。そう言うたぬさんは、何だかお疲れ気味ですかな…?』
「あ゙ー…っ、まぁな。朝起きて雪かきした後、それ程長時間じゃないが遠征にも行ってた訳だし、此所んとこ寒過ぎてあんま眠れてねぇし。」
『嗚呼…寒過ぎるのも良くないよねぇ。寝付き悪くなっちゃったりするし。そんなお疲れなたぬさんには、ちょいと癒しを授けましょう。』
「は…?癒し……?」
開け放たれていた無用組の部屋にするりと入って、入口の戸を閉める。
そして、たぬさんの側へ腰を下ろすと膝の上をポンポンと叩いた。
『ワテのお膝で宜しいんでしたら、少しの間貸してあげまっせ。膝枕、どうぞ。』
「は?何で膝枕…?」
『ちょっとだけ休むのに、膝枕は丁度良いんだと。コレ、ぎねやお爺ちゃん達からの評価ね。ちなみに、短刀の子等にもよくお膝貸してあげるんだけど、なかなかの評判みたいよ?良かったら、たぬさんもどぞ〜。』
「爺共や短刀等は何となく解るが、御手杵の野郎が混ざってんのは解んねぇ…。彼奴、どさくさに紛れて何やってんだ。それに、アンタもアンタで何やってんだよ…?」
『まぁ、良いじゃないのさ。普段戦に参加出来ない分、別のところで何か力になれたらなぁ〜と思っての事さね。』
「考える方向性間違ってねぇか…?」
『まぁまぁ、物は試しって事で…!たぬさんも一度試してみてくださいな。』
そう言って、面倒くさそうにするたぬさんを説得するように言葉を重ね、取り敢えず膝上に頭を置く形で横にならせた。
すると、思ったよりも寝心地が良いと感じたのか、くるりとすぐに寝返りを打って膝を枕にし始めた。
『どう…?そんなに悪いモンじゃないでしょ。』
「…まぁ、悪くはねぇと思う…。」
『やってみてのご感想は…?』
「…思った以上に柔らけぇ。」
『初めての感想がソレ…。』
「し、仕方ねぇだろ…っ!そう感じちまったんだから…。」
『まぁ、使い心地が悪くないのなら良いよ。あんまし長時間は出来ないけどね。』
物珍しそうに膝枕の感触を楽しむたぬさん。
楽しむのは良いんだが…あまり太股を触りまくるのはやめて欲しい。
控えめに言って、擽ったい。
『ふふふ…っ、気持ち良いかい?たぬさん。』
「嗚呼…こりゃ、確かにちょっと休むのに丁度良いな。高さも程好い高さで、申し分ない。」
『あら、そう。そいつぁ良うござんしたわ。ただ、ちょっと申すなら、あまり太股を撫で回すのは控えて頂けると嬉しいかな…?仮にも女の子の太股なのでね。膝枕に貸すのはお安い御用だが、気安く触れるのは御法度だよ?』
「おっと、ソイツはすまねぇな。つい、物珍しさに触っちまった。」
『たぬさんだから許すようなモンだけども、他の奴だったら一発構してるところだぜ…?』
意味深な笑みでニヤリ笑んでやれば、向こうも「へぇ…?」とシニカルに笑って返す。
お互い気心が知れてる分、遠慮をしなくて良いというか、冗談を言い合えたりする感覚で楽だ。
だから、こうして気まぐれに見せる私の揶揄いにも応じてくれる。
故に、何時も世話になっている意味も通して、今日はお前を労いたいんだ。
腹の内側の方を向いて寝転ぶたぬさんの硬めの髪を手梳きで撫でる。
こうして撫でてみると解るが、たぬさんの髪質は如何にも男らしい髪質をしている。
少し硬めで真っ直ぐな短めの真っ黒な髪。
でも、決して触り心地は悪くないタイプである。
「それ…何か眠くなりそうだな。」
『気持ち良い…?なら、もう少しだけ撫でといてあげよう。今日は慰労日だからね。何でも言う事聞いてあげるよ…?』
「あー…だったら、撫でんのそっちじゃない方が良い。」
『うん?どの撫で方が良いんだ…?』
「撫でるんなら…こっちの方が良い。」
そう言って起き上がったたぬさんは、私の正面に胡座をかいて座り直し、頭を差し出してきた。
そして、先程まで撫でていた手を自分の頭の上へ置き、撫でろと催促してきた。
何だ、この可愛い生き物…。
まんまたぬきじゃねーかよ。
『えっと…たぬさんは、この撫で方の方がお好みなのかぃ?』
「戦で誉取ってきた時や遠征から帰ってきた時なんかに、短刀等に混じってよく撫でられてっからな…其れで。アンタ、戦帰りとかの時は、小せぇ刀もデケェ刀も関係無く頭撫でるからよ。」
『あ゙ぁ゙〜、つい何となく…?嫌だったならごめんな。』
「いや…寧ろ、帰ってきたんだなって安心すっから、落ち着く。アンタの撫で方のちょっと不器用な感じが丁度良いんだ。」
そんな事初めて言われたぞ…。
内心吃驚して、ちょっとだけ撫でる手の動きが止まる。
すると、少し身を屈めて下から覗き見るように上目遣いで見つめてきたたぬさんの視線とがち合った。
視線が訴えかけている…。
まだもう少し撫でてくれよ、と。
コレはもう猫可愛がりするが如く、犬可愛がりするみたいにわしゃわしゃ撫で繰り回すしかないじゃないか。
ので、遠慮無しにわしゃわしゃしゃあーっ!!と両手で撫でまくった。
瞬間、ちらほらと誉桜が舞い出して、審神者嬉しくなった。
あまりにもわしゃわしゃと撫で過ぎたせいか、顔を顰めたたぬさんだが、お前の周りで舞う桜の花弁は正直だぞ。
なんて心の中でデレデレしてると、不意に頭の上に置いていた手を払い除け、そのまま私に抱き付いてきたたぬさん。
抱き付いてきた位置は、丁度膝立ちする私の胸元に顔を埋める位置だ。
両腕はしっかりと腰の辺りに固定されている。
急にどうしたのだろうか。
『た、たぬさん…?』
「ん……。」
『どしたの…?』
「…少しだけ、このままで居させてくれ…。」
『…まぁ、何でも言う事聞くって言ったから良いけども…。』
唐突に甘えるように抱き付いてきたたぬさんに、若干の動揺を覚えながらも好きにさせる私の神経って…実は結構太いのか?
行き場を失った手を宙に浮かせたまま、そのまま彷徨わせる。
この後をどうしたものかと、取り敢えずは胸元の方に目線を向けたら、たぬさんが可愛過ぎた。
まるで短刀の子達のように甘えて擦り寄るたぬさんとか、何ソレ禿げ萌か。
神様ありがとうございます。
って、たぬさんも神様だった。
貴重なデレ&萌をありがとう、たぬさん。
其れだけで審神者は暫く活動出来るよ。
何だか新たな境地を開けたような感覚でひたすら歓喜してると、ボソリと小さくたぬさんが呟いた。
「アンタの側は、落ち着く…。」
『え……っ?』
「アンタの側に居ると、何か無性に落ち着くんだよ…。温度とか、匂いとか、そういうの全部引っ括めて…落ち着く。」
『……………は?』
何か今ものすんごい殺し文句言われた気がするんだが…気のせいじゃないよね?
混乱が頭を埋め尽くす中、そのまま胸元の頭に見惚れていると、ふと胸に顔を埋めたままのたぬさんが深く息を吸い込んでいる様子が目に入った。
「嗚呼…此れだ、この匂いが俺を落ち着かせてくれるんだよ…。」
『えっと…たぬ、さん……?そんな無い胸に顔埋めても、何も癒されないと思うのですが…?』
「ぁあ…?一応、出るとこは出てんだろ。じゃなきゃ、胸に膨らみなんかあるかよ…。」
『え〜っと、そういう事ではないのですが……。(どうしたら良いのかな、この状況…?)』
好きにさせようと思ったものの、いざ悩むような事にぶつかると早くも詰んでしまったこの状況。
まぁ、なるようになれば良いだろうか…。
(そもそもが、今日はたぬさんを労う慰労日な訳なんだし…。)
彼の好きなようにさせるのが一番かと思い直した。
取り敢えず、行き場を無くしていた手は、たぬさんの頭へ持っていく事にした。
そして、そのまま彼の頭を抱き込むようにぎゅっと抱き締める。
少しでも、彼の身が癒されるのならば、と…。
そう思い抱き込んでいたら、腰に巻き付いていたたぬさんの腕が背中に回る。
胸元で気怠げにくぐもった低い声が聞こえた。
「彼奴が遠征から帰ってくるまでの暫くの間、アンタの側にくっ付いてても良いか…?」
『うん…私も暫くの間は暇だから、良いよ。別に、今だけと言わずに好きなだけ…?たぬさんの側は、私にとっても落ち着く場所だからさ。』
「……そうか。なら、良い…。」
『うん…?』
今のはどういう意味での返事なのか解らず、首を傾げた。
が、敢えて問うのも無粋な気がしてやめた。
何となく想いが伝じ合ってたなら、其れで良いんだ。
「はは…っ、アンタの側に居っと、実戦刀の鋭さも鈍りそうだ…。」
『う〜ん…たまにゃあ、気抜いたって良いんでないですかい?何時でもかつでも気張ってたら、疲れちまうからね…。』
「そうかぃ…。」
『そうにゃんだよ〜ぅ。』
ぽてり、と尻を据えた上に、ぽすりと乗し掛かってくるたぬさん。
今度は肩に頭を埋める形になったようだ。
短く尖った毛先がチクチクと首筋に当たってこそばゆい。
『今日は寒いねぇ〜…。』
「嗚呼…そうだな…。だから、アンタの温度が湯たんぽ代わりになって丁度良い…。」
『私は湯たんぽの代わりですかい(笑)。』
「アンタだって寒ぃから丁度良いだろ…?」
『温かい意味では嬉しいけど…たぬさんおっきいから、ちょっと重いですよ?』
「へ…っ、此れくらい耐えろよ。」
『わぁ、横暴だぁ。』
小さな事でクスクスと笑い合う。
始めはこんなに打ち解けれる程の仲になるなんて思ってもみなかったのに…。
時とは不思議なものだ。
『…何時もお疲れ様、たぬさん。』
「何だよ、急に改まって…。」
『何となく伝えたかったんだよ。何時も頼りにしてるから、その分お世話になってる恩返しが出来たらなって。』
「…アンタって奴は、本当主らしくねぇ奴だな。主なら、主らしくドドンッと構えてりゃ良いんだよ。」
『うん。だけどね…たまには、疲れてるだろう大切な刀を労わせてよ。』
擦り寄せられる頭にコツン、と自身の頭をぶつける。
どうか、このどうしようもない不器用な戦刀を癒せたらば…。
心の奥底に閉じ込めた、同田貫正国等への想いに届きますように。
数多ある中でも、私だけの同田貫正国はお前だけなんだよ、と伝わりますように…。
―数刻後、元寇の遠征から帰ってきたぎねが疲れた顔で部屋に戻ってきた。
「ただいまぁ〜…っ。はぁ〜疲れた疲れた…って、アンタ達何してんだ?」
「よぉ。帰ったか。」
『おかえりぃ〜、長時間遠征お疲れ様…!』
「なぁ、何やってんの?」
「何って…互いに温め合ってるだけだよ。」
「は…?」
『かれこれ、この状態で数時間なのです…。まぁ、今日は寒いし、特に遣る事無いから良いんだけどね。』
「はぁ!?いや、どうかしてんだろ!?特に正国…!!」
あすなろ抱きされたまま股に挟まったように収まる主の図は、吃驚ものだったようだ。
執筆日:2019.01.28