欲が成す夏
夏の暑さも関係無く欲が走って躰を動かす。
俺は、その衝動に任せて、人気の無い誰も居ない処の壁際に主を攻め遣って追い詰める。
聞こえるのは、互いの呼吸とうるさいくらいに鳴り響く鼓動と蝉達の鳴き声のみ。
まるで、俺達二人を取り巻くこの空間だけ周りから切り離されたみたいな感覚だった。
逃げ場が無い主の頬に触れて、問う。
「―良いか?」
吐き出したのは、至極端的な言葉だけだった。
だがしかし、其れだけで事が伝わったらしい主は、戸惑うように目を逸らし可哀想なくらいに顔を赤らめて涙目になった。
『ッ……、駄目、じゃあないし…嫌な訳でもない、けども………っ。』
其れが主からの純粋な答えであった。
“嫌ではない”。
其れを聞いて内心安堵し、「なら良いんだよな?」と短く問うた。
其れへと受け答える返事は無かったものの、代わりに無言の肯定という名の視線が訴えかけてきたので、其れを返事と見なして先へ進む。
更に距離を詰め、顔を近付ければ、逃げるように少しだけ身を引いた主が、躊躇いがちに俺の胸元に手を付いて気持ちだけの抵抗を見せた。
だが、其れもただ反射的な反応に過ぎないだけで、なかなか素直に受け入れ切れない女の可愛くも変な意地っ張りなところであった。
そんな僅かな抵抗なぞ物ともしないとばかりに何も無かったかの如く俺は攻め寄った。
空いている片手で主の腰を抱き、頬に触れていた手を主の顎元を掬うように持ち上げ、今から口付ける合図に柔らかな唇へ指先を這わせる。
とうとう観念したのか、ギュッと目を瞑った主の反応にこの先の流れを了承したと見て口付ける。
まず最初は、主を怖がらせねぇように触れるだけの接吻を。
様子を見て、逃げるような素振りが無いと分かったら、徐々に深くしていく為にべろり、と主の唇を舐める。
此れは、暗に“口を開けろ”との合図で、其れを意図的に察したらしい主が僅かに目を開いて、薄く口を開く。
そして、恥ずかしさから濡れた目を向けて、「此れで良いのか?」と問いかけてくる。
その時の視線が堪らなく躰を突き動かせるもんだから、喉に落ちた生唾を飲み込んで衝動的に主へ口付ける。
少々荒っぽく噛み付くように口付けてしまっても、主から文句を言われる事はない。
ただ黙って俺の行為を受け入れ、其れに応えようと必死に付いてこようとする程だ。
そんな主の健気なところが、堪らなく愛しくて、口付けはつい深く深くなってしまう。
加減が出来なくなるみたいに、ただ欲に流されてがっついてしまうだけとなる。
“人は総じて欲で成り立つものだ”とは、よく言ったものだ。
まさしく、今の己がそうなのだから。
言い得て妙としか言えない言葉である。
逃げようとする主の舌を追って、捕まえて、己の物と絡めてじゅるりと吸い上げる。
すると、忽ち主が身を震わせて蕩けた表情をするから、また更に劣情を煽られて、深く口付けるのを止められなくなる。
あまりにがっつき過ぎると後で怒られちまうから、程々に留めはするが。
主から制止が入るまでは、好きに口付けさせてもらう。
その内、腰が抜けて足に力が入らなくなった主が崩れ落ちそうになるので、其れを腰元をしっかり抱き締めて支える事で受け止める。
大体そうなった時が接吻の止め時で、主の回復を待つ為にも一時的な休憩を挟んだ。
そうして主の身を支えてやっている内に、チラリ、と主の様子を見遣る。
主の、汗伝う項の後れ毛も、赤く染まって色付く頬も、憂いを含んだ口許も…全部全部俺のせい。
乱れた呼吸を整える間に、“ちょっと待って”と言うように見つめてくる潤んだ瞳に、どうしても劣情を煽られて、早く早くと内側が急かす。
俺の、早まる鼓動も、熱っぽい視線も、溢れ来るこの感情も…全部全部主のせいだ。
なら、お互いに責任を取ってもらえば済む話じゃないのか。
一人そう考えを付けて、主の頬や首筋に舌を這わす。
少しだけ汗のしょっぱい味がした気がしたが、どうでも良かった。
今は、暑い夏よりも火照った躰をどうにかしたい。
そう思って、徐に主の身を抱いた俺はその場から移動して、先を急ぐ。
目指すは離れの主の部屋だ。
其処なら人目も避けられるし、何をしても文句は言われない筈。
この後も仕事が残っているだとか、まだ日の出てる明るい内だとかは全て無視して“事に及ぶ”事しか考えていない俺の頭は、最早どうかしているのかもしれない。
でも、この衝動に抗える程の理性は既に夏の暑さに焼き切れてしまった。
ただ好いた女の存在を求めるだけの獣と成り果てた俺を、主は許してくれるのだろうか。
一抹の不安が過れど、恐らくきっと優しい主の事だから、何時もの如く受け入れ許してくれるのであろうと勝手に思う事にする。
事実、この後の展開を読めているだろうに抵抗もせず黙って俺の腕に抱かれているのを見るに、既に了承したも同然なのさ。
ならば、後は此方に全て任せてもらうとするか。
主の部屋へと到着し、エアコンの効いた部屋の戸を閉め切れば、後は敢えて語らずもがな。
夏の暑さなんて比じゃないくらいの熱を交わらせ、発散するとしようか。
参考元:「君と過ごす夏」(545359)