愚かな恋を知る
「おい…、どうしてんな風に避けんだよ。何か言いてぇ事があんならはっきり言ったらどうだ?オラ、さっさと言えって。まどろっこしい事してねぇで吐けコラ。」
『ひえぇ……っ!』
誰も居ない本丸の裏手に在る外の壁際で追い詰められたみたいに迫られて数分。
私は壁際に貼り付くようにベッタリと背を壁に付けて、まるで小動物の其れのように震えていた。
目の前は不機嫌MAXの凄んだ顔で至近距離に迫るたぬさん、両サイドは彼の両腕に阻まれ逃げ道は無し、かといって其れを掻い潜ろうも彼の足が遮って邪魔をするので結局は詰み。
完全なる包囲網で囲まれ此れ以上の逃走は不可だった。
誠、乙なオチである。
思わず下手に引き攣る顔を背けようとするも、更に距離を狭まれ凄む顔が近付き此方を見ろとばかりに顎を掴まれる。
何故にこうも謎の距離感に詰められているのかというと…、事の発端は私にあった。
其れは、何でもないような時のふとした会話がきっかけだったように思う。
偶々近侍勤めしていた彼を伴って、仕事を終えたにも関わらず何となしにそのまま休憩がてらお茶をしていた時の事だ。
ふと此方を仰ぎ見た彼が零したのだ。
「…なぁ、ふと気になったんで一つ聞きてぇんだけどさァ。」
『はい、何でっしゃろ?』
「アンタ、此処のところよく俺を近侍に据えるが…そりゃ何でだ?」
『えーっと…特に理由って感じのものは無いけど、其れがどうかした?』
「いや、ふと気になったから訊いてみただけで深い意味はねぇよ…。ただちょっと思ったのが、アンタは何で俺みたいな奴を近侍引いては第一部隊隊長に据えんのかなァって。」
『う〜ん…何で、かぁ…。自分でもよく分かんないんだけど、何となくたぬさんが良いなぁって思って決めてるからな…改めて訊かれるとちょっと返答に困る。大体何時もその時の気分だとか気持ち的な部分でだとか、ほぼほぼ何となくなフィーリングで決めてる感じだしなぁ〜…。あ、かと言って適当に決めてる訳ではないよ?さっきの言い方だと聞こえがそういう風に聞こえたかもだけどさ。決して適当とかではないので悪しからず…!』
「いや、まぁ…其れは分かってるって。その、何っつーのかな…俺が訊きてぇのはそういう事ではなくてだな…、」
『はいな…?』
どうにも煮え切らない態度で言葉を口にしたたぬさん。
何処か気まずそうに頭を掻きながら視線を彷徨わせた。
私は其れを黙って促し、言葉の続きを待った。
すると、彼は鋭い金の眼を此方に向け、口を開いた。
「近侍云々も含めて問うが…アンタは、俺と加州、どっちを武器として気に入ってる?」
『…………、は?』
思わず驚きの反応が口を突いて出ていった。
彼は尚も変わらず此方を見据えたまま動かない。
その眼差しを直視してしまい、ギシリ、と躰が固まりかけるも、気を取り直して言葉に詰まりながらも答えた。
『ん゙、ん゙ん゙ん゙……っ、非常に答え辛い質問だぁね、其れ…ッ。凄ェ究極の選択迫られてる気がしてならないんだが…、ゔーん……ッ。』
「其処まで唸る程のもんでもねぇ気がすんだけど…客観的にでも、簡単に直感で思う方でも構わねぇ。アンタが素直に思った方を答えてくれたら良い。すぐには答えられねぇってんなら、またの機会にすっからよ。」
『嗚呼、いや待て。えぇ〜…っとぉ、……其れは、純粋に武器としてどっちが好きか〜とか、頼れるか〜みたいな事を問うた質問と解釈しておk…?』
「…おう。」
『ふむ………となると〜…清光には申し訳ないが、たぬさん…かな?“何となくそんな気がする”程度の理由ですけど…。最初に“武器として”って限定して訊かれたからさ、其れならどちらか強い方を確実に選ぶかなって。…こんなんで納得してもらえたかね?』
「ん…アンタの言いてぇ事は分かった。答えてくれてあんがとさん。」
『おうよ。何か他にも訊きてぇ事あれば、何時でも気軽に訊いておくんなまし〜。答えられる範囲のものなら、時間掛かってでも答えるからさ。』
その時はそんな感じで会話を終えた気がする。
だが後から一人思い直して、彼が何故そんな質問に至ったのかを考えた。
何故彼は敢えて“武器として”というフレーズに拘ったのか。
思えば、彼は本丸一己が武器である事を主張していたし、其れを誇りにしていた。
そして、彼は己が強い武器である事を最も望んでいた。
そして、其処で先程問われた質問へと戻ってくる。
“近侍云々も含めて問うが…アンタは、俺と加州、どっちを武器として気に入ってる?”
受け取り様によっては、其れは己が心理を試されていた問いかけだった事を遅れて理解する。
加えて、別の受け取り様によっては、まるでどちらを好みの者とするか、或いは異性の好みやタイプを確認されたように受け取れた。
そういう事をするのは、大方相手に対して意識してもらいたい、といった感情を向けている事が多い(もしくはそのパターンがほとんど)と場は決まっている。
其れに気が付き、一人何故か焦り、頬を熱く火照らせたのだった。
―其れからというもの…何故か変に意識してしまうようになり、連続で近侍を担当させていたのを外して別の者へと変えさせてもらったり、彼と二人きりになるのが怖くて何処となく避けるようになってしまった。
彼の事を嫌っているという訳では決してないのだ。
ただ単純に変に顔を出してしまった乙女心なるものがそうさせてしまっている、というだけなのである。
心なしか、彼と真っ直ぐ目を合わせる事も出来なくなってきている気がしてならない。
どうした、己よ。
此れではまるで恋に恋する乙女の様ではないか。
そんなの柄ではないと知っているだろう。
どうしてそんなにも動揺してしまっているのか、少しは落ち着いて物事を見定めてみろ。
今は仕事は仕事と割り切り、戦への指示・采配は私情を挟む事無く執り行えている。
が、しかし、このままでは何時か仕事にも支障が出てきてしまうだろう。
其れでは駄目だ。
何処かでちゃんと解決しなければ…。
そうこう悩んでいる内に時間は流れ、何となしに彼を避けるようになってから二週間が過ぎた。
流石の此れには彼も違和感を覚え、半ば苛立ちを隠せない様子で私の元へと訪れた。
「ッ…おい、主は居るか…!」
『えっ!?あ、あ〜、居るには居るけども…ワタシコレカラ急用デ出掛ケナクチャイケナクナッタカラ、マタ今度ネ…ッ!』
「は、え?ちょ、主何処行くの…っ!?今日提出する書類どうすんのよ!てか、急用って何!?何で急に片言になった訳…!?」
『すまんが清光、後は頼んだぁーッ!!』
「な…っ!って、おい待ちやがれ…っ!!」
即行逃げた私を追ってたぬさんも即その場から居なくなる。
訳も分からず置いてきぼりになった清光はポカン…ッ、としながらもひたすらに首を傾げて頭を捻っていた。
「いや、訳分かんないし…っていうか、何で田貫怒ってたんだろ…。おまけに主追いかけてどっか行っちゃったし…何の用だったんだろ?」
そして、やりかけで放置された机上の書類へと視線を戻す。
「…此れ、今日提出しなきゃいけないって言ってたの主なんだけどな…。ま、本人が居なきゃどうにもなんないか。取り敢えず、データの保存だけ掛けといて、後でまたすぐに作業に取り掛かれるようスリープさせといてあげよ。」
初期刀として本丸始まってからずっと一緒に成長してきた彼は、こんなところでもしっかりしていたのだった。
処変わって、彼から逃走を図っていた私は気付けば外にまで出ていて、本丸の裏手に在る庭の空いたスペースの処にまで来ていた。
此処まで休まず走り通してきたせいで疲れてしまい、おまけに息も切れていた為に一度ここいらで休憩がてら息を調えようと立ち止まった。
すると、その背後にぬらりと音も無く気配を消して現れたたぬさんが立ち塞がった。
「…よくも此処まで逃げてくれたよなァ、おい。此れで理由なんかねぇとかほざきやがったらマジで本気でシバくぞ、この野郎…ッ。」
『ひぇ…ッッッ!?……………い、いつの間に…?』
「ぁ゙あ゙…?こちとらただの人間じゃねーんでなァ。舐めた真似してっと斬っちまうぜ。」
背後を取られては堪ったものではないと咄嗟に振り返り、そのまま背を隠すように後ろへと下がった。
「何で俺を避ける…?何か理由があんならはっきり言えや。」
『や〜…、別に避けてるつもりはなかったんだけど…哀しきかな。俺が不器用過ぎる故にそう受け取らざるを得ない空気にさせてしまったんだなぁ〜……アハハ。』
「近侍外された云々の件については話も聞いたし納得もしてっから文句もねぇし不満もねぇが、問題は其れ以外でだ。…アンタ此処んところ、あからさまに俺の事避けてただろ。其れは何でかって俺は訊いてんだよ。」
『其れは、その〜…ッ、』
「言いてぇ事があんならはっきり言えよ。何も言われねぇまんまこういう事されてっと気になって無性に苛々すっし、気色悪ぃんだよ。俺が悪ぃってんなら面と向かってそう言え。直せるとこは直すからさァ。」
『っ、ぐ…ッ、も、申し訳ねぇけど…今はっきりとは答えらんないっす。御免なさい…!』
「は…?意味分かんねぇよ。」
『だから、御免てぇ…っ!避けてた事は謝るから!気持ち整理着くまでは堪忍してやぁ〜…!!』
「はあ…?いや、もっと訳分かんねぇっての。俺にも分かるように説明しやがれ…!」
そうやって地味にじりじりと後ろへと後退していれば、見えてくるは終わりの文字。
気が付けば壁際の処にまで追い詰められていた事に気付くも、時既に遅し。
己の背が壁に付いてしまったと焦った刹那、逃げようと横へ逸れようも先回りしたらしい彼の足が盛大に逃げ道を塞がれた。
テンパってその逆を行こうとするも、流れるような動作でバァンッ!!と壁側に手を付かれ阻まれる。
もう一度逆を行こうものならと更に反対側へも手を付かれ、両サイド共逃げ道を絶たれてしまった。
完全なる包囲網の完成である(白目)。
そして、極めつけは彼の凄んだ顔でのドアップ且つ凄んだドスの利いた声音と来た。
「こんだけ逃げられといて此れ以上逃がすと思うかよ…?」
『…ひ、ひぇぇ…っ!い、命だけはご勘弁を〜……ッ!』
こんな状態で迫られて逃げられる訳がないだろう。
仕方なく諦め、恐怖に身を縮こまらせながら彼からの応答を待った。
「…何で俺の事避けた?」
『………ゔぅ゙…っ、本当申し訳ないんだけど…明確な理由が無い為に上手く答えられない…、御免…っ。』
「そんなに俺が気に食わねぇか…?そんなら嫌いなら嫌いってはっきり言ったらどうだ。其れか、邪魔なら邪魔でさっさと刀解なり何なりしたら良いじゃねーか。そうだろ?」
『な…っ!?何言ってんだお前…!!んな事する訳ねぇだろ!!あと、勘違いさせちまったのかもしんねぇが、お前の事が気に食わないって訳でもねぇし、お前を嫌ってるって事でも無い…っ!!無い、けど…自分でも上手く説明出来ないんだ…。でも、此れだけははっきり言える。たぬさんの事嫌ってはいないって。寧ろ好きな方ではあると思う…!』
「じゃあ…何でさっきからずっと俺と目を合わせない?」
決定的な瞬間であった。
思わず図星を突かれたように息を詰まらせた。
そのバレバレな様子を苦い顔付きで見つめていた彼は問うてきた。
「戦や演練なんかの指示とかは審神者の仕事だか何だか知らねぇがきちんとしてんのは分かってる。…が、問題はその他だ。仕事以外の事になった途端、目線が合わねぇどころかどっかに逃げ隠れして姿を現さねぇ。俺、何かアンタの気に障るような事したかよ?なァ。」
『ッ………、』
「何時までそうやって目ェ逸らしてるつもりだよ。良い加減こっち向きやがれ…!」
『ぇ、わ、や……っ!』
流石の其処までが限度だったようだ。
我慢ならなくなった彼に苛立った様子で顎を掴まれ、無理矢理彼の方へと向けさせられた。
途端、かち合った視線と思った以上に近過ぎる距離に火が付いたように顔が赤らんだ。
力強い金の眼に射ぬかれて躰が固まり、咄嗟に目を瞑ってしまった。
この反応には、流石の彼でさえも予想だにしなかったのか、驚きに目を見開いたのが目を瞑る一瞬前に映った。
不味い、今のは流石の彼でも分かってしまうだろう。
幾ら普段戦の事にしか頭がない彼でさえそう鈍くはないし、馬鹿でもない。
らしくない事をしている自覚はある。
だが、この時ばかりは許してくれと願った。
「………もしかして、アンタ……、」
口を開いた彼から零されるその先の言葉が怖くて、私は慌てて彼の胸を押して距離を取った。
『ご…、ごごご御免…っ!悪いけど今はあまり深くは訊かないで…!!』
彼からの拘束が緩んだ隙を狙って、空いた隙間を縫い彼の包囲網から脱出する。
そうして急いで距離を取りつつ彼から再び逃げる体勢を取った。
「あ、おい…!!」
『本当に御免!!けど今は許したって…っ!!』
赤くなってしまった顔を隠すように走り出し、また何処か安全で安心出来る場所へと逃げる。
落ち着ける場に着けば、少しはこのとっ散らかった頭の中も整理出来るだろう。
捕まえた筈の私が逃げ去った後の彼は、暫くその場に立ち尽くしていた。
立ち尽くしたまま、先程まで私を掴んでいたであろう掌を見つめて黙りこくる。
「…………っだよ、その反応……。」
開いていた掌を閉じ拳を作った彼は、不機嫌そうにしていた顔に笑みを浮かべて口端を吊り上げる。
「アンタがその気になったなら…何処へ逃げようと必ず捕まえてやる。だから、其れまでに精々覚悟しておく事だな…?今度捕まえた時こそ絶対ェ逃がす気はねぇから。」
―そんな事があった翌日、昨日と同じように部屋へと訪れてきたたぬさんは普通に声をかけてきた。
「なァ、加州。主が何処に居るか知らねぇか?」
「え…?この部屋には居ないけど…何か用だったの?」
「別に…大した用じゃねーよ。邪魔したな。」
探している本人が居ないと見るや、そう一言告げてあっさりと去っていったたぬさん。
彼の気配が離れていったのを確認してから、そっと囁くように呟く。
「…行ったみたいだよー?」
『……ウッス…ありがとなのです…。』
「其れは別に良いんだけどさぁー、昨日も含めてだけど、主最近ちょっと変じゃない…?彼奴と何かあったの?」
『いや〜…何かあったと言えばあったような…無いと言えば無いような?そんな感じっすねぇ〜…。』
「は…?何その曖昧な返事。全っ然意味分かんないんだけど。」
『うん、まぁ深くは気にしないで、って事さね…。』
「はぁ…。」
全く要領を得ないという顔で首を傾げた清光。
そんな彼を余所に身を隠していた押入れからそろりそろりと抜け出してみる。
そうこう安堵し油断し切っていた其処へ、去ったとばかりに思っていたたぬさんが勢い良く障子を開いて入ってきた。
「おうおう、こんなとこに隠れてやがったかよ、俺の主はよォ?」
『ひぇ…ッ!?おまっ、どっか行ったんじゃなかったのかよ…!?』
「もしかしたら俺に黙ってるだけでこの部屋のどっかに隠れてんじゃねーのかと思って、離れた振りして少し離れたくらいから気配消して息潜めて戻ってきた。」
「うわ、マジかよ此奴…ガチじゃん。主、こりゃ逃げ目無いよ?」
『だがしかし諦めるものか…っ!という事で俺は逃げるぜ!!あばよ、たぬさん…!!また今度逢おうな!!清光、後は任せたァ…ッッッ!!』
「あ、はいはーい。適当にやっとくねー。」
『さらば、アディオス…ッ!!』
「させるかァ…っ!!」
そんなこんなありつつ、私はまたも捕まりかかるも何とか逃げ延び、次の日もまた追いかけられるを繰り返す日常が始まるのだった。
参考元:「あいつとどっちが好きなの?」(529516)