抑揚の無い声でそっと囁いて


事の始まりは、単純な事柄だった。

『ねぇ、』
「…うん?」
『刀の多くは、当たり前に武具として扱われてきたと思うけど…中には、ぱっぱや太郎さんみたいに神社に奉納されたり、嫁入り道具として扱われたりした訳なんだよね?』
「嗚呼…そうだな。」
『じゃあ、たぬさん…というか、同田貫の刀の中でもそういう風に扱われた刀ってあるのかな?』


純粋に抱いた疑問からの問いかけだった。


「アンタの言う“そういう風”ってのは、どういう風な事を指してんだよ。」
『え?嫁入り道具として扱われた事があるのか否か…?』
「…唐突な話だよな。何でんな事訊いてきたんだよ?」
『ん…?別にそんないきなりの話じゃあないと思うけど…何となくだよ。ほら、ウチには既に何振りと嫁入り道具として送られたり扱われてきた刀が居る訳だしさ。其れを考えたら、同田貫は複数の数で存在しているし、刀種としても様々ある訳だから?どうなのかな〜って純粋に気になったんだよ。ただ其れだけの話…!』


大して興味の無さそうな事だったから、答えてはくれないかな…と思っていたら、意外にも意外で彼は素直に答えてくれた。


「俺達同田貫がどうかって訊かれてもなァ…打たれた数が多いだけに、流石の俺も其処まで詳しい事は把握してねぇし知らねェーよ。」
『…そっか。』
「まぁ、打たれた数と時代の流れを考慮したら、実戦刀とは言え、そういう扱いをされた奴も中には居たんじゃねーの…?実際のところは知らねぇけどな。」
『成程…。』


純粋な好奇心から問うた事ゆえに、答えを貰えてふむふむと一人頷いていると。

横目に視線をくれた彼から反対に問われてしまった。


「アンタも、どっか良いとこに貰われてく予定でもあるのか…?」
『えっ、何で?』


言葉短めに返せば、彼からは至極淡々とした言葉が返された。


「アンタ其れなりに美人だし、顔は良いから、好い相手見付かれば結婚なんてすぐだろ?年齢も適した年頃だしな。」
『え………そんなの、たぬさんから初めて言われた。』
「今、初めて言ったからな。」
『……えっと、私が美人かどうかはさておき…たぬさんが言う程すぐには無理な話だと思うよ?其れ。』
「何が?」
『結婚がどうのって話。』


たぶん、こんな会話になったのも、自分が嫁入り道具がどうとかって話題を投げたからだろう。

彼は其れにただ応じただけ。

そう、気まぐれに応じて言い出しただけ。

変な期待は持つな、と内心胸に言い聞かせる。


『…たぶん、私は他人と関わるのが苦手だから…運良くお付き合いまで行っても、その先は無さそう。確かに、結婚って素敵なものだと思うし、憧れみたいなものは誰だって少なからず抱くと思う。…けど、私はこんなだからさ。好い人自体見付かりにくいだろうし、仮に見付かったとしても、結婚まではしないかも…。私ってば変に臆病だから、余程私の事を全部好いてくれてる人か、私しか居ないんだって言ってくれるような人じゃないと付き合えないと思うよ。』
「…結婚したいのか?」
『そりゃ、私も女として生まれたからには、人並みの幸せを掴みたいっていうか…結婚もしてみたいなぁ〜とは思うよ?同級生の女の子で既に何人か結婚してるって話聞いてるし、私の仲の良い友達も今度結婚するって話だしね。でも、私はまだ現状は思うだけに留まるかな…。だって、そもそもの相手が居ないし。』


其れは本当の事実だった。

別に隠す事でもない為、口にした事だったのだが…彼にとってみれば、そうではなかったのかもしれない。

だから、彼は言葉を続けてこう問うてきたのだ。


「なら…相手が居りゃ結婚すんのか?」


随分と真面目なトーンで訊かれた言葉だった。

その空気にたじろいで、私はどもりながら返した。


『え…っ?ま、まぁ…私にも好い人ってのが本当に出来たら、っていう限定の話になるけども…?』
「…審神者であるアンタなら、仮に人が駄目でも、物と契る手もあるんじゃねーの?」


限り無く核心を突くような台詞であった。

其れは…一体どういうつもりでの言葉なのだろうか。

変に胸がドキドキと高鳴って、五月蝿い鼓動が耳を突く。

密かに抱いた淡い期待が現実になるのかと騒ぎ立てる。

違う。

きっと、彼の事だから、本当はそんなつもりじゃない。

勝手な期待を抱くな、と無理矢理感情を押さえ付けて、喉まで出かかった言葉を飲み下した。

顔に熱が集まり始めた気がするけど、気のせいだと思って敢えて気付かない振りをした。

どうか、その先は言わないで。

まだ踏み込めそうにない、その先を口にしないで。

心の底で、思ってもない事を懇願した。

彼が再び口を開く。

私は直接耳にするのが怖くて、彼から躰を背けた。

わざとらし過ぎたかな。

拒絶の意思を見せたような私の態度に、しかし、彼は口を開く事は止めずにその先の言葉を告げた。


「俺を嫁入り道具とする代わりに…俺がアンタの物になるか、アンタの事を俺が嫁として貰ってやろうか?」


飛んだ殺し文句も良いところだった。

どの時代の何処の誰にそんな口説き文句を教わり覚えてきたのだろうか。

持ち主が一人でない上に、彼が集合体という特殊な身の上故に計り知れない。

とにかく、今はそんな感想しか抱けなかった。

もっと他に思う事もあるだろうに。

何時だって私は変なところで可愛くないし、素直になれない。

見てくれだけは良い、と確かに皆に言われる事ではあるけども、中身が伴わなければ意味が無いと思えてしまうのは、私の勝手な考えだ。

しかし、仮に私が此処でそう異議を唱える如く反論を述べたところで、彼はこう返してくる事だろう。


“見てくれは度外視ィ、俺が本当に好い奴だと思ったら其れだけで十分なんだよ。そもそもが人を好きになるのに理由が必要なのかァ?”


…とね。

手入れを終えたばかりのピッカピカな本体を差し出して、彼は私に言ってきた。


「…で?アンタからの答えはどうなんだよ。勿体振らねェーでさっさと教えてくれよ。」


そういう事を言うという事は、本当に期待しても良いという事なのだろうか。

期待しても、許されるのだろうか。

私はゴクリと唾を飲み込んで意を決し、口を開いた。


『……もし、たぬさんが言葉通りの意味で貰ってくれるって言うんなら…その、不束者ですが…末永く宜しくお願いしますね…?』


恥ずかしさいっぱいの台詞だった。

まさか、自分がこんな台詞を吐く日が来ようとは思いもしない。

だが、その台詞の相手が待ち望んでいた彼であった事は、もしかしたら運命だったのかもしれない。


「んじゃあ、此れから遠慮無くアンタの事を構い倒して良いって事だな…?」
『え……っ?其れ、は…どういう………ッ、』
「アンタの事、抱いても良いか?って事だよ。」
『だ、………ッ!?』


急な展開に付いていけずに、顔を真っ赤にして狼狽えていると、其処へ付け込むように私の身を押し倒してきた彼は、抑揚の無い低い声で囁いた。


「アンタと契りを交わせるんだったら…良いだろ?」


反則的な投げかけだと思った。

そんなの、答えられる訳が無い。

私はとにかく恥ずかしくて、視界いっぱいに映る熱っぽい眼差しを向けてくる彼の視線から逃げたくて、ギュッと固く目を瞑った。

けれど、やはり彼が逃がしてくれる訳も無く。

耳元へと顔を寄せてきた彼に告げられてしまった。


「…抵抗しないって事は、了承したって事で受け取って良いんだよな…?」


此処まで来れば、もう頷くしかなくて…。

私は一つだけ小さくこくり、と頷きを返すのだった。

その後の事は、押して知るべき事ではないだろう。


執筆日:2020.07.24
参考元:「君に恋したあの日から。」(287899)