落とし穴にご注意を


恋とは落ちるものだ、とよく言ったものだ。

実際、知らぬ間に恋に落ちていて、知らぬ間に相手に惚れているのだから、まこと恋とは不思議なものである。

何故、そんな話になったのかというと、始まりは偶々部屋で休憩している時の事だった。

近侍であるたぬさんが部屋から出て行ったのと代わるようにやって来たぎねに、唐突として問われたのだ。


「なぁ、主って何時から正国の事好きだったんだ?」
『え…っ?な、何だどうした、藪から棒に……ッ。』
「何か唐突に気になってさぁ。純粋な好奇心から今訊いてみてる。」
『お前、結構なかなかに勇者な事平気でするよなァ…。まぁ、良いけどさ。』


純粋な疑問から問うてきた彼に、改めて考えてみる。

だがしかし、自分としてもはっきりとはその境目が分からずに首を捻った。


「で…?結局どうなんだ?何時からなのか〜とかも教えてくれないのか?」
『いや、其れがさァ…ぶっちゃけ自分でも分かんないんだよね……その、“何時から好きになったのか”って事自体が。』
「へ…?そうなのか?」
『うん…。何度か同じ事繰り返し考えてみた事あって、過去の自分の行動とか記憶を思い返してみるんだけどさァ…全くと言って良い程分かんないのよ。何かね、そう思うようになったとかのはっきりとしたラインとかが無くて、マジで気付いたら落ちてたって感覚で…。』
「へぇ〜…恋愛ってそういうもんなのかぁ?」
『うーん…他の皆がどういった感じで恋愛してるのかが分かんないし、知らないから、何とも言い難いな…。私の場合は、まさに“気付いたら恋に落ちてた”って感じだし…まぁ、“恋とは落ちるものだ”って世間でよく言うものだしね〜。強ち間違ってはない例えだなぁ、とは思うよ。』


一通りのノルマをこなしたから、仕事に一区切り付けてお茶をしてた訳だけども。

其処へやって来たぎねは、興味津々といった感じで相槌を打っている。

大方、DK組の誰かに何かを吹き込まれたか聞いたかして訊きに来た、という感じなのだろう。

良くも悪くも彼は周りの奴等の話を聞いてしまうから、自分と同じ無用組に属する相棒という事もあって気になったんだろうな。

そんな感じで当たりを付けつつ、彼に問われた事を再び考え出す。


(私がたぬさんを好きになった切っ掛けって、何だったかなァ…?本当はっきりとしたラインが無いから、自分でも分かんないや。)


気付かぬ内に腕を組んでうんうん唸っていると、茶菓子を持って戻ってきたたぬさんが怪訝な顔をして見つめてきた。

ちなみに、彼が部屋を出て行った理由は、休憩兼糖分補給用のお菓子を取りに行っていたのである。

ついでに、お茶のおかわりも持ってきてくれたようだ。


「何顰めっ面して唸ってんだよ…?」
『おや、たぬさん。おかえりぃ〜。』
「今さ、ちょっと俺が気になった事を主に訊いててな、其れで主頭悩ませてるみたいなんだ。」
「そもそもが何で悩んでんのかが分かんねぇんだけど…。アンタ、主に何を訊いたんだ?」
「うえ?俺は、“正国の事何時から好きになったんだ?”って事を訊いただけだぞ〜。そしたら、主が明確な境目が分からないとかって言って考え込み始めた。」
「はぁ…?つーか、何でんな話になったのか自体俺には読めねぇんだが…。」
「ん?其れは、俺が偶々アンタ等がくっ付いた切っ掛けって何だったんだろうなぁ〜、って思ったから純粋な好奇心から訊いてみただけだぜ!」
「…そういやアンタは昔からそういう奴だったな…。」


私が一人考え込んでいる内にそんな会話が二人の間で成される。

その間、私はたぬさんが持ってきてくれた茶菓子に手を伸ばしながら変わらずぎねからの質問に思考を飛ばしていた。

今日のお菓子は抹茶とチョコのマーブルクッキーだった。

サクッとした口当たりに、ふわりと広がるチョコの甘さに後味で広がる抹茶のほろ苦さが絶妙にマッチしていてなかなかに美味だ。

本日の御八ツ担当はあつきだったから、成程納得の腕前である。

サクサクもぐもぐクッキーを食べながら思考を飛ばすも、やはりはっきりとした境界が分からずにもやもやする。

うーん…何故、自分はたぬさんに惚れたんだっけか?

考えても答えは出てこないようで、いっそたぬさん本人に訊いてみるとしよう。


『あのさぁ、差し支えなかったらで良いんだけど…ちなみに、たぬさんが私に惚れた理由って何だったか訊いてもヨロシ?』
「ぁ゙あ゙…?俺がアンタに惚れた理由?」
『うん。要はさ、何時から私に惚れてたんだろうなァって事。自分でも改めて考えてたんだけどさ、一向に答えが出てこなくて、逆に気になったから訊いてみただけだよ。嫌なら答えなくて良い。』
「つってもなァ…俺も此れと言った理由は無ェんだけどな…。」
「其れ、俺も純粋に気になるから聞いても良いか…っ!?」
「其れ自体は別に構わねぇから良いけどよ…聞いてがっかりしても知らねぇぞ?」
『どうぞどうぞ。』


私の軽い返事とぎねからの期待に満ちた視線に溜め息を吐いて吐露する。


「ぶっちゃけ、俺も正確な時期は分かってねぇが…確か、俺がまだ特付いて間も無かった頃に、アンタが酷く嬉しそうに笑って俺の手を取って握ってきた時の顔が妙に心に響いたのが、アンタに惹かれ始めた切っ掛けだったか…?」
『え…?私そんな事したっけ……?全然記憶に無いな…何せ二年も前の事だしな…。』
「まぁ、たぶんあん時のアンタ無意識だっただろうから、憶えてないのも無理ねぇだろ。」
「でも、正国は憶えてて主自身は憶えてないってのは、何か正国が哀れに思えて可哀想…。」
『だって仕方ないじゃん。私の記憶力マジでポンコツなんだもん。下手したら、数秒前に自分が取った行動すら忘れてるんだから。』
「いや、其れはただの物忘れ以上の問題だぞ、主…!本当に大丈夫なのか!?」
『あー、大丈夫大丈夫。こんなんでもずっと平気で生きてけたから、そんな心配せんでも大丈夫やて。』
「その返し方だと逆に心配になっから止めれ。」
『すまんて。でも、リアルな話やから許したってや。』


軽く手を合わせて御免ねポーズを取ってたぬさんに向かって謝れば、彼は仕方なしとばかりに溜め息を吐いて目を伏せた。

呆れる程の馬鹿さ加減でホンマに申し訳ない。

審神者としてももうちょっとどうにかならないかなー、と思いつつもあまり成長の無い自分に呆れ通り越して無の境地である。

こんな主ですまんやで、本丸の皆…。

何だか苦労を掛けてきた皆に申し訳なく思えてきて内心謝っていれば、たぬさんからの視線を感じて其方の方を見遣る。

すると、真っ直ぐな視線を投げる彼の目とかち合った。

その事にぱちり、と瞬きをして小首を傾げる。

私の意図が伝わったか否かは不明だが、その不思議そうな視線を受けて彼が口を開いた。


「まぁ…別に、今話したのだけが切っ掛けって訳じゃねぇーけどな。」
『そう…なの?』
「まぁな。他に例を挙げるとしたら…そうだな、俺が初めて誉取って帰ってきた時にアンタが意図せず俺の頭撫でてきた時だとか。俺が言った何気無い言葉にやたら嬉しそうに笑ってみせたりした時だとか、戦で俺が重傷負って帰ってきても怒ったりなんかせずに純粋に俺の事を心配して真っ先に手入れしてくれた時とかに見せてくれた表情だとか。あと、俺が演練で勝利もぎ取ってきたら誇らしそうに俺の強さや何やらを自慢げに笑って口にした時だとかか?」
『え…あ、うん…確かにそんな事あった気はするけど、あの……、』
「他にも思い返しゃあ色々とあるだろうが…やっぱり、本丸に敵が攻め入っても尚諦めねぇで闘志漲らせて、俺が前線で戦いたがるのを分かってて其れを送り出してくれた時の台詞が一番響いたな…。“たぬさんは戦で戦うのが本望だから、其れを邪魔する事だけはしない。好きに暴れてこい。だけども、絶対に折れるな。死んでも折れるな。もしお前が折れようものなら、地の果て地獄の底までも追いかけて呪ってやるからな”…って。今思えばほとんど告白同然の台詞だったよなァ、アレ。敵が近くまで攻め込んでて怖いっつーのに、其れを必死に抑え込んでまで審神者然とあろうとするんだからよ。おまけに、俺の強さと折れにくさを此れでもかと説いた上での台詞だ。…そんな強気な女を、俺が好かねぇ訳がねェーだろ?」
「うわぁー…凄い殺し文句だなぁ、其れ…。確かに、危機迫る状況を前にして、武器である俺達の矜持とか何もかも引っ括めてそんな台詞言われたら、俺でも落ちるかもしれないなぁ〜……と、あ。」
「だろ…?だから、何が切っ掛けだったにせよ、俺が主に惚れたのはほぼ確定事項だった、っつー訳だ。此れで満足したかよ…?」
「うん、俺は今ので凄ェ満足したし納得もしたから良いんだけどさぁ。主の方、ちょっとやばいかも…。」
「あ…?やばいって何が………、」


私の無反応加減に逸早く気付いたぎねに指摘されて漸く事に気が付いたらしいたぬさんが此方の状況を見遣って固まる。

私はと言えば…彼が私とのエピソードを語っている半分程から余裕を無くしたみたいに顔を真っ赤にして茹蛸になり、ふしゅうぅ〜…っ、と湯気すら立ち昇らせながら涙目になりつつ顔を覆い隠して打ち震えていた。

もう無理…恥ずかし過ぎて死ねる。

今なら鶴さんの落とし穴に喜んで落ちてやれるわ。

そして、そのまま二度と出てきたくないわ。

嗚呼、過去の私よ、何て無自覚無意識過ぎる行動取ったの馬鹿ァ…ッ!


「…あ゙ー、主大丈夫かァ…?」
『無理…死ねる…羞恥だけでリミッター振り切れて頭パンクする……。あぅぅ、過去の自分に逢えるなら一発ぶん殴ってやりたいわ、くそぅ…ッ!』
「別に其処まで恥ずかしがらなくても良いんじゃないかぁ?」
『いいや、無理!恥ずかし過ぎて埋まりたい!!自分のあまりにもぶっ飛んだ無自覚さに思いっ切りビンタかましてやりたいわ…っ!!』
「えぇ…っ、流石の其れは痛そうだから止めてやれよぉー…。というか、自分相手だろ?自分から見てて痛くないか?」
『寧ろ、自分だから良いんだよッ!!』


羞恥からつい大声張って叫んでたら、私を落ち着かせる為か、たぬさんが私の口許にあつきお手製の美味しいクッキーを持ってきたから、つい餌付けされる雛鳥の如く導かれるまま食らい付いてもぐもぐする。

うん、やっぱりうまんい。

抹茶とチョコの甘さに絆されて、途端にさっきまでの荒振り様が嘘みたいに鳴りを潜めてふにゃりと蕩けた顔になった。

こんな時、美味しいお菓子は罪なのです。

嗚呼、あっという間に心も落ち着いていく…。

美味しいお菓子をもぐもぐゴックンした後は、喉を潤す為のお茶を差し出され、其れを差し出されるままに受け取り、お茶を口に含む。

お茶も一服したところで、すっかり落ち着きを取り戻した私は、ほぅ…っ、と息を吐いた。

そんな流れるような光景を目の当たりにしながらも特に何のリアクションも返さないで無言で見つめていたぎねは、何かに納得したように一つ頷き、私達を交互に見た。


「やっぱり、アンタ等がくっ付いたのはごくごく自然的な事だったんだろうなぁ。」
『はぃ…?』
「そう思った理由は何なんだよ…?」
「ん?簡単な事だよ。アンタ等の今の自然な関係性から見てもさ、成る様にして恋仲になったんだろうなぁ〜って。所謂、運命的だとか、そういう事…!だからさ、変に考え込まなくっても良いって訳。主は出逢うべくして正国と出逢って、そして知らぬ間に恋に落ちた。其れも本人に自覚が無い程に自然な形でさ。だからきっと、此れからもそのままの主で良いんだよ。自然体のままでさぁ!俺も、変に取り繕ってるよりは、自然体で居るアンタの方が好きだし。たぶん、其れは正国も同じだからさ。今まで通りで良いんだよ。」
『……そう、いう事で良い…のかなァ………?』
「はははっ、まぁ恋の悩みというか、正国の事で悩んだら何時でも話聞いてやるからさ。何かあれば俺や鯰尾達に相談してみな?」
「何で悩む前提で話纏めてんだよ、アンタ…。」
「うえ…っ、だってアンタの事だから、絶対ェどっかで主の事困らすと思って…、」
「おい、そりゃどういう意味だ、ぁ゙あ゙!?」
「そう怒るなって…!今のは物の例え、言葉の綾だろう…っ?」
「だからって今の言い方は無ェだろが…!!」
「だから御免ってぇ…っ!!」


余計な一言から彼に突っ掛かられ情けない顔を晒して腰を引くぎねに助け船を出す訳ではないが、心なしかすっきりしたので、その礼を述べるべく声をかける。


『まぁ、何やかんやごちゃごちゃ色々話しちゃったけど、ぎねのお陰か何かもやもやしてたのがすっきりしたわ。根本的な事に関しては、結局解決してないまんまだけど…此れは此れでそのままでも良いかなって。』
「うん、アンタの悩みが晴れたんなら良かったよ。また何かあったら力になるから、何時だって話してくれて構わないからなぁ〜!」
『うん、気遣いありがとね、ぎね。……そういえば、ふと思い出したんだけど…たぬさんに惚れる(?)切っ掛けに、ぎねの事好きになって無用組にハマって、其れからたぬさんという沼に落ちたんだよねぇ〜、私…っ。』
「え……?そうだったのか?」
『うん。だから、今思えば、ぎねは巷で言うところのキューピッドだったのかもしんないわ。』
「うぇえっ!?俺がキューピッド!?」
「あー…成程な。確かに此奴が橋渡しみたいになってる部分多かったし…強ち間違ってねぇのかも。」
「えーっ!!嘘だろぉ!?俺がキューピッドとか信じらんねぇよーっ!!というか、主が初め正国じゃなくて俺の事好きだったって話初めて聞いたぞぉーッ!!」
『だって、今偶々思い出したから話した事だもん。初めて話した話なのは当然の事じゃん。』
「まぁ、この主だからなァ。俺みたいなのを好くくらいの奴だ、俺に近い奴だったから気に入ってたって感覚だったんじゃねーの…?」
『うんうん、まさにそんな感じ。』
「ま、今更其れが分かったところで、此奴の事を誰にも譲る気は無ェけどな。」
「うん…其れは初めから知ってたし、奪い取るつもりとかも無いから安心してくれ。…というか、アンタから横取りなんかしたら後が恐ろし過ぎてやばいからな…ッ!絶対にそんな事しないから安心しろよな!!」
「誰もアンタが取りそうだとも思ってねぇから安心しろよ…。」
『私自身も、そう簡単に他人に気を許す程の緩い神経持ち合わせちゃいないしな。安心せい、ぎねよ。私がこの先お前に真剣に惚れて落ちる事もたぬさんから乗り換える事も一切無いから。』
「逆にそう言い切られるのも悲しくなってくるから止めてくれないかッッッ!?」


ギャンギャン騒ぐ彼を他所に、穏やかな日常と平和な悩みが解決した事に安堵し、自然な笑みを浮かべて笑うのであった。


―恋とは成す様に成る、というよりは…どちらかと言うと、落ちるべくして落ちるものなのである。

其れは、まさしく落とし穴に落ちるが如し自然な流れで。

何方が先に惚れるか惚れないかも然り。

恋とは落ちるものだとよく言われるのは、そういう理由からなのだ。

故に、恋愛というのは摩訶不思議な感情、事柄なのである。


執筆日:2020.08.19
参考元:「【腐向けかも】新刊の書き出しとタイトル」(670768)