一等大切にしてくれ


夏の連隊戦も終えて、静かで穏やかな空気の満ちる海辺に佇み、一仕事終えた疲れも一潮に笑みを浮かべて海を見た。


『はぁ〜っ、此れで今年も海辺の陣に使われたこの海も見納めかぁ。何かちょっぴり寂しいなぁ〜…っ。』
「アンタ、今年はめちゃくちゃ張り切って頑張ってたもんなァ。」
『うん…っ、今年の夏はめちゃくちゃ頑張ったよ…!初めて目標のノルマ設定して、真剣に考えて、その日にその数に行き着くまではグルグル回りまくって周回したりね〜!十万の治金丸君は勿論の事だけど、無事何とかちょもさんこと一文字お頭の三鳥毛さんもGET出来て本当良かったよぉ〜!!特にお頭来た時の感動は、今季最大の感動だったね…っ!』
「まぁ、最後の方…アンタ、完全に脳死周回の鬼周回だったもんなァ…。そりゃ気が遠くなる程の疲労してても可笑しくねぇって。」
『えへへ…っ、たぬさんにも今回はめちゃくちゃお世話になったというか、めっちゃ頑張ってもらいましたかんね…!感謝してますよぅ?ほぼほぼずっと出ずっぱで協力してくれてありがとね!そんでもって、イベント任務お疲れ様なのです…っ!』
「はっ、そりゃアンタもだろ…?俺よかアンタの方が体力も神経も使ってんだ。お疲れ様なのはお互い様だよ。」


そう言って本体片手に肩に担いだままの彼に労いの言葉を貰って頭を撫でられた。

その不器用な撫で方が存外好きで、彼の事自身も好きだから、堪らなく嬉しくなって思わずにへら、と顔が緩んでしまった。

そんな私を大層慈しみを持った目で優しく見つめてくるから、余計に擽ったくなってきて、照れ隠しに私よりも少し上の位置にある彼の頭を少しだけ背伸びをして撫で返した。

お互いがお互いに頭を撫で合ってる光景は、端から見てシュールに思えたが…まぁ、平和で和やかな空気として許してもらおう。

此処のところ、連隊戦で忙しくしていたから、彼とのんびり会話をする暇も無ければイチャ付く暇も無かったのだ。

此れくらいの事は大目に見て欲しい、と誰に言うでもない言い訳を心の中で述べた。

連隊戦が終わると同時に編成を組まれていた皆は疲れた顔をしてさっさと本丸に引き上げていったのもあって、今は私達二人以外の者は居らず、至って静かだ。

会話以外では、私達の呼吸と波の音しかしない。

まこと久方振りの静けさだった。

そんな海辺の穏やかな波音に耳を傾けながら、ホ…ッ、と息を吐く。

彼に言われたからではないが、確かに最後の方は根性で回し切ったという感じだっただけにその疲労感は凄まじく、今にも柔らかな布団に倒れ込みたい気分だった。

そして、許されるなら、そのまま明日の朝まで眠っていたい。

とにかく其れくらいには身も心も疲れ切っていた。

そんな頭で、今の現状を言い表すなら、此れが燃え尽きるという事か…という感想が過った。

駄目だ、完全に頭の芯まで疲れてしまっている。

早い内にエネルギーを摂取して、癒しを求めに本丸に戻るかと躰を伸ばしていたら、ふと隣の彼から手を差し出されて首を捻った。

もしかして、せっかくの海辺というシチュエーションなのに、あまりの疲れた顔をぶら下げているから、ムードの欠片も無いと呆れられてしまったのかな?

不思議に思いながらも取り敢えず彼の手を取り己の物を重ね合わせると、そっと優しげな力で手を握られ、目を細められた。

そして、もう片方の空いた手で頬を労るように触れられて、思わず擽ったさに目を瞑った。


『どしたの、たぬさん…?』
「ん…特に何もねぇけど、アンタに触りたくなったから触っただけだ。」
『ふふ…っ、そっか。此処のところ忙しかったからね…何の触れ合いもする暇無かったし、好きに触って良いよ。』


擽ったさに笑いを堪えながらそう言うと、彼は自然な手付きで私の頬に手を添えて口付けてきた。

静かな其れに、私も満更でもなく受け入れる。

握った片手を離す事無く優しく唇を触れ合わせる行為が、妙にむず痒くなって小さく笑い声が漏れ出た。


『…んふふっ、何か此れ凄く擽ったい…っ。』
「でも、嫌いじゃねぇんだろ…?」
『うん…っ。けど…片手繋いだままキスするのってしづらくないの?』
「じゃあ、今度はしっかりアンタに口付けてやるから、その腕俺の首か背中に回せ?」
『えぇ…っ、こんな誰が見るかも分からないところで思い切りキスするの…?其れはちょっと恥ずかしいなァ〜…っ。』
「もう既に一回しといて今更だろ…?良いから、ほら、早くしねぇと勝手に奪っちまうぞ。」
『はいはい…っ、分かりましたよぉーっと。』


彼に言われるがままするりと腕を伸ばして彼の首へ大胆にも腕を絡めれば、少しだけ背を屈めた彼が私の腰を抱き寄せて優しく口付けてきた。

次第に口付けは深くなって、私は彼の支え無しでは立っていられない程に骨抜きにされていく。

彼の首へ回していた腕も最早気持ち程度に添えられているようなものになっていた。

舌の根元まで彼に吸われて、忽ち腰がヒクリ、と反応してしまう。

唇を合わせた際に流れ込んできた彼の唾液と一緒に自分のものも飲み込んで嚥下する。

私の息が続かなくなったところで唇を離されたが、彼の顔が離れた際に何方のものと分からない銀の糸が引いて互いの口許を繋いだ。

その糸を彼が舐め取るように拭って、ついでに口端から顎に伝った飲み込み切れずに口から溢れた唾液も一緒に拭ってくれた。

その優しさ溢れる行為にまた何とも言い難い擽ったさが胸に溢れ返ってきて、眉が下がる。


『ふへへ…っ、何か幸せいっぱいって感じだ……!』
「嗚呼、そうだな…。俺も、今堪らなくアンタが愛しくて仕方ねぇよ。」


そう言われるのと同時に彼の胸元に抱き寄せられて、ぎゅう…っと全身で想いを伝えるみたいに抱き締められる。

其れが堪らなく嬉しいから、私からも腕を回して彼に応えた。

そして、お互いともなくそっと視線を重ね合わせて微笑む。

嗚呼、此れは今回めちゃくちゃ頑張った私へのご褒美だろうか。

そうであってもなくとも純粋に嬉しいから仕方がない事だ。

惚れた相手である彼に口付けられた上に更に優しく抱き締められたりなんかしたら、そりゃ頭のネジもゆるゆるになってしまうだろう。

少なくとも私はそうなる。

溢れくる幸福感に堪え切れずに笑いを噛み殺していれば、彼が私の一等大好きな表情を浮かべて柔らかく笑む。


「嬉しそうだなァ、アンタ…。」
『えへへへ…っ、だってたぬさんとこうやったりするの好きなんだもん…。だから、つい頬が緩んじゃってもしょうがないでしょ?』
「なら…もっと強く抱き締めてやろうか?アンタが嫌だって言うくらいにまでずっと抱き締めといてやるよ。」
『ふは…っ、そりゃ今の私には寧ろ飛んでもないご褒美だわ…!どうぞ、是非とも私の事全身で労ってくださいな?』


もう既に抱き締められてる身だったけども、更に“Come on!”と言うように両手を広げてみせた。

すると、其れを受け入れた彼が可笑しそうに笑みながら強く私を抱き締め腕の中に閉じ込めた。

そうして彼の胸元に顔を付けながら、彼の心音を聞く。

ドクリ、ドクリ、と私と同じくらいの速さで強く鳴り響く鼓動音が、とても心地好かった。

その音を子守唄にしながら、そのまま眠ってしまいたかった。

いっそこのまま身を委ねて眠ってしまおうかと思った矢先、彼がそっと優しげな声音で耳元に零したのだった。


「改まって言う事でもなかったが…今、どうしても言いたくなったから言っとく。――俺は、此れからもこの先も変わらずアンタの事を愛しく想うし、大事にし続けると想う。アンタが嫌って言っても、何処までも慈しんでやるつもりだから…逃げずに受け入れてくれよ?……何度目かももう忘れちまったが…俺はアンタの事が好きだ、柧眞。どうか此れからも末永く俺に愛されてくれ。」


その台詞は、その声音は、未だ嘗て無い程の優しさを孕んだものだった。

そんな優しい声で言われた初めてのちゃんとした愛の告白染みた言葉に、私は忽ち恥ずかしくなってきて顔を真っ赤に染めて打ち震えながら、照れ隠しと言わんばかりに目の前にある彼の胸をぽこぽこと叩いた。

きっと大して痛くもないだろうし、効いてもいないんだろうけど、軽口を叩いて痛がる彼に仕方なしに叩くのを止めて、子供みたいに頬を膨らませてみせた。

全部が全部、照れ隠しである。

彼はその頬を柔く突っつきながら微笑んだ。


「そうむくれんなって…帰ったらたっぷり愛してやるからよ?」
『…わざとらしい言葉選んで言ってくれたのは嬉しいけど、今はめちゃくちゃ疲れてるので睦み合うのは是非とも後にしてくださると嬉しいです……っ。途中で寝落ちても良いって言うなら付き合っても良いけども…。』
「其れは勿体無ェし、そもそもが始めから冗談だっつーの。心底疲れた顔してるアンタに無理させるような事はしねェーよ。帰ったら布団に直行だな。…まぁ、その前に何か腹に入れんのが先だろうが。いい加減此処に居んのも飽きたし、見納めも十分気が済んだだろ…?早く俺達の本丸に帰ろうぜ。」


彼の何気無い呟きが嬉しくて、さっきはちょっとだけ照れ隠しに怒ったけど、許してあげる事にしよう。

先を行く彼が振り向き様に私の方へ手を差し出すので、其れに己の物を重ね合わせてからぎゅっと握り、後を付いていくみたいに駆け出す。

彼と一緒の未来なら何処まででも行けそうだと思ったのは、きっとさっきの彼の言葉に対する私なりの答えであり、此処だけの話であるのは内緒だ。


執筆日:2020.08.19
参考元:「幸せそうな2人が見たい」(597297)