『ただいまぁ〜…っ。』


今日の仕事を終えて真っ直ぐ家へと帰り靴を脱いでいると、真っ先に目に入ったのは自分の物以外の靴の存在だった。

何故、自分が暮らす家の玄関に己の物以外の靴が置いてあるのか、という事だが…此れは、単に今は私が独り身ではなくなった事を指していた。

“彼氏”と“結婚”、果てには“誰かとの共生”。

何れもが私とは無縁で程遠いものだとばかりに思っていた。

だが、何の縁だろうか。

気が付いたら、私が誰か他人の存在を好き、ずっと側に居ても平気だと思える存在が出来ていた。

今の今まで誰とも付き合った事の無い、彼氏居ない歴=年齢な喪女であったのにも関わらずにだ。

何が彼という人の御眼鏡に適ったのか、何に付けても超絶完璧な異性の彼女というポジションに位置付いた。

そして、流れる様に関係性はただのカップルから正式な関係性へと転じ、今やお互いに籍を入れた新婚夫婦という仲であった。

我ながら吃驚である。

誰かと付き合う事はあれど、まさか結婚するなんて事は無かろうと考えていた自分がだ。

気付けば誰かと共に生活する事を拒む事無く受け入れていたし、全く嫌だとも思っていない事に、今までの自分の価値観が180度変わった様な気分だった。

まぁ、そんな風に己が変われたのも、今自身のパートナーとなった彼の存在のお陰だが…。

諸々頭の片隅で考えながら、脱いだ靴を適当に揃えて部屋へと上がる。

然程長くもない通路を進めば、居間へと通ずるドアに突き当たり、ガチャリと開ける。

そのまま壁際を探って電気を点ければ、真っ暗だった部屋には灯りが点いて明るくなる。

居間の部屋は、今朝仕事に出掛ける前の状態を保っていて、少し散らかっている様な印象だった。

まぁ、其れもそうだろう。

お互いに働く身だし、仕事へ出掛ける前の朝は何時も忙しくて、部屋の片付けなどに構っている余裕なんて無い。

故にパート勤めである私が仕事を終えたら真っ直ぐに帰宅し、誰に頼まれた訳でもないが彼が帰ってくる前に家の片付けをしているのだった。

普段私が料理や洗濯などの家事を全て彼に任せっ切り(此れは単に私が家事をするのが苦手なだけ)なので、少しでも彼の負担が少なくなればなぁと思っての事だ。

何でも完璧にこなし、何故か何時も私を甘やかしたがる彼は“何もしなくて良いんだよ”と口にするが…あまりの任せ切り状態に流石の私でも少しは動かなければと思ってしまうのである。

大体は、彼がスマートに全てこなし切ってしまうのだけども。

やはり女として生まれた身、少しくらい家事が出来なくては申し訳が立たなさ過ぎる。

未だに家事がダメダメで嫁の貰い手など居なさそうな女が、何故彼の様な超絶完璧でスーパーイケメンハイスペックマンの相手に選ばれたのか…どう考えても不思議でしかない。

其れこそ、逆立ちしても分からないし、果てには天地がひっくり返るくらいの勢いで摩訶不思議な事だ。

そんなこんな思いつつも、実際に私は今結婚しているのだし、二人暮らしの生活に何も悪い事も無く不満も無しに平和に暮らせている。

肩に掛けていた鞄と上着のジャケットを脱いで居間のソファーへと置いておき、昨晩の夜寝る前に干していた洗濯物を取り込む為にベランダへと向かう。

あまり暗くならない内に取り込んでしまわないと、せっかくカラッと乾いていたのも湿気でシトッとしてしまうからだ。

帰ってきて早々にパパッと全て取り込んでしまって、乾いた物は後で丁寧に畳んでしまうとして、取り敢えず今は纏めて置いておくとし、次はシンクに置きっ放しとなっている食器の片付けである。

然して多くもないが今朝食べた二人分の食器類を綺麗に洗い上げ、水が切れるまで丁寧に立て掛けて置いておく。

一先ずはこんなところか。

帰って一番にする物事を終えて一息吐くと、さて今度はラフに部屋着にでも着替えようかなとソファーに置いた荷物を持って部屋を移動する。

彼が仕事を終えて帰ってくるまでまだ時間があるし、顔の化粧も落としておきたい。

部屋着に着替えて、洗面台で化粧を洗い流してスッキリしたら、お茶を一服してホッと息を吐く。

そうして、先程纏めて置いておいた洗濯物を片付ける為に手に取って畳み始める。

タオル類と自分の物と彼の物とで分けながら一つずつ丁寧に心掛けて畳んでいく。

下着類なども気にせず畳んでいっていると、ふと男物の下着が視界に入って何だか不思議な感覚になった。

“嗚呼、自分は今自分以外の人間と共に暮らしているのだなぁ…。”という風に。

同棲を始めて籍を入れて、更には結婚もしてと其れなりに月日は経つのだが、未だに慣れない様な不思議な感覚がしていた。

何せ、結婚なんて自分には程遠いものだと思っていたからだ。

しかし、今やすっかり二人暮らしの生活に慣れている自分が居る。

自分以外の人間が居る空間に慣れ切ってしまっている。

其れは、ある意味幸せな事なのだろうなぁと思えて仕方がない。

はてさて、洗濯物を畳み終えたら次はお風呂掃除かな。

…などと考えていたら、玄関先で誰かが帰宅する音が聞こえてきた。

言わずもがな、我が家の旦那様であり、私の夫である彼だ。

玄関先で何時も通り私が先に帰ってきている事を確認しつつ居間へとやって来た彼が、「ただいまぁ〜っ。」と口にしながら入ってくる。


『あっ、お帰りなさい光忠さん…!』
「ゔ〜、琥珀ちゃ〜ん…っ!」
『あはは…っ、ハイハイ今日もお疲れだったんですね。よく頑張りました!癒しになるかは分かんないけども、思う存分ハグして良いから。』
「あ゙〜っ、ウチの嫁が今日も可愛い〜…!!あと優しくて良い匂いで落ち着く…!はぁ〜っ、今日もこの時の為に頑張った様なもんだよ…今日もお疲れ様、僕。明日も平日、まだまだ頑張るよ…。」
『色々と漏れ出てるけども大丈夫…?』
「うん…まだ大丈夫だよ。琥珀ちゃんという癒し成分がある限りはまだ働けます。」
『む、無理はしないでね…っ。あんまり疲れてる様なら、晩御飯は私が作ろうか?…と言っても、家事能力ゼロな私が作ったらレトルトとか冷食頼りになっちゃうけど。』


今日も今日とてお疲れ様な旦那様を受け止めつつそう返したら、甘やかし大好きというか最早テンプレな彼は私に抱き付いたまま返事を返した。


「んーん、僕が作るよ…。だって、パートとは言え、琥珀ちゃんもお仕事して疲れたでしょ…?其れなのに、帰ったら何時も洗濯物取り込んでくれてるし、今朝の食器だって洗ってくれてるし…今もこうして取り込んだ洗濯物畳んでくれてるし。きっとこの後にお風呂掃除もしてくれようとしてたよね…?疲れてる僕を気遣ってくれて何時もありがとね、琥珀ちゃん。」
『いやぁ、寧ろ感謝すべきは私の方だと思うんだけどなぁ…っ。何時も家事の殆どを任せ切りにしちゃって…幾ら苦手で不得手とは言えど、流石の全部が全部任せ切りは申し訳ないからね。ちょっとは私もやらなくちゃ女が廃る…っ。』
「琥珀ちゃんが無理する事はないんだよ…?僕が好きでやってるだけなんだから。」
『其れでも…!光忠さんばっかりが負担を担うのは反対です!少しくらい私だって役に立ちたいの…!』
「ぐ…っ!今日も僕のお嫁さんが可愛過ぎてギルティー…ッ!!」


ちょっと私にも役割分担をと口にしたら、胸を押さえてオーバーなリアクションを取る光忠さん。

此れが通常運転だから困ったものである。

まぁ、常であるから故にもう慣れてしまったが。

そんなこんな彼の何時もながらの甘やかしを享受していると、急にすぐ側で大声を上げた彼に驚く。


「あーっ!?」
『うわ、どうしたの急にそんな大声上げて…っ?』
「ぼ、僕の下着……!」
『え…っ?あぁ、うん…何時も通り纏めて畳んどいたよ?』
「恥ずかしいから下着だけは自分で畳むって言っておいたのにぃ〜っ!!」
『いや、他の洗濯物全部と纏めて畳むから一緒に畳んじゃった方が早いでしょ…?其れに、今更この歳で男物の下着見て恥ずかしがる程でもないし。ほら、私光忠さんと出逢う前はずっと実家暮らしだったし、父親の洗濯物も全部纏めて畳んでたりしてたから慣れてんだよね。』
「其れでもだよぉ…っ!!もぉ〜っ、どうして琥珀ちゃんは変なとこで男前に割り切っちゃうの〜…!ゔぅ゙…っ、僕の方が何か格好悪いみたいで悔しい……っ。」


何でもこなせちゃう超絶完璧のイケメンな旦那様なのに、変なところで恥ずかしがるから面白い。

こんな場面を持っている事も、彼と同棲を始めてから知った事だ。

彼との生活を始めてからというもの、ありきたりな日常が今まで以上に色付いて見えて不思議である。


『ほーら、晩御飯作るんでしょ?一旦部屋行って服着替えてこないと、このままじゃしわくちゃになっちゃうし汚れちゃうよ〜。』
「んん…っ、もうちょっとだけ琥珀ちゃんで充電させてぇ……っ。」
『もう…抱き付かれたままだと動けないんだけどなぁ?』
「もうちょっとだけだからぁ〜っ!あと少しぎゅっとさせてくれたら動くから、其れまでお願いしますぅ〜…!」
『しょうがないなぁ…あとちょっとだけだからね?あと数分経ったら私も畳んだ洗濯物仕舞いに動くから。お風呂掃除もしなきゃだしね。』
「有難う、琥珀ちゃん…っ!!充電ついでにチューしちゃ駄目…?」
『其れはだぁめ!逆に、何でパンツ畳まれるのは恥ずかしがって、そういう事は恥ずかしがらずに出来るのかが謎だよ!』
「キスしたくなるのは、琥珀ちゃんが可愛過ぎるからだよ。愛しのお嫁さんがあんまりにも可愛過ぎたらキスしたくなっても当然だよね…!!」
『いや、意味分からんし何だその理論は。アンタの中での定義が謎過ぎるわ。』
「素が出たらちょっと扱い雑になるところも口調が荒っぽくなるところもギャップで良いよね!今日も僕の琥珀ちゃんが愛しくてギルティー!!」


こんな生活を“幸せ順風満帆”と言うのだろうか。

何気ない日常に彼という存在が居て成り立つ世界を。

ならば、私はその幸せな生活をこの先も続けれる様に細々とした努力をしようか。

一先ず、目下の目標は、軽い食事くらいは自分で用意出来る様に料理を覚えていこう…。

恐らくというより、確実に光忠さんから邪魔される、もしくは完全に仕事を奪われるかもしれないけれども。

足りないところは相手が補い共に手を取り合って生きていく…そんな二人での生活も存外悪くはないものである。


執筆日:2020.10.18
公開日:2020.11.08

【後書き】
今回の企画の作品タイトルは自分で考えなくてはいけないパターンでしたので、お話を先に作り上げ、タイトルは後付けという形で付けました。木漏れ日の光に寄り添う様に平和で穏やかな暮らしを二人で織り成していく感じの意味合いを込めたものにしました。
内容に関しては、新婚ホヤホヤな風味を活かした二人の生活感が伝われば良いなぁ…という感じです。
洗濯物に関するお話って、同棲始めとか新婚始めに出てくるイメージだったので、その感覚で書いたお話となります。「生活」というテーマから何れだけの要素を引っ張り出してこれたかは分かりませんが、最後まで無事書き切る事が出来て良かったです…!
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった四畳半様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が限定された物でしたが、主催者側と合わせての公開となっておりますので、ご安心を。