エリアストレスが急上昇したという報告を受け、加えてその区域では爆破テロが起こったとの情報も入り、私達は現場に急行して鎮圧に当たる事となった時の事であった。

テロリスト集団にチームを分断され、挙げ句の果てにドローンが入れない廃棄区画へと入り込まれるなど事態は悪化したのである。

何処で手に入れたのか、敵対象側が銃火器を所持している事も判明した。

其れ等の入手経路についても、後で詳しく捜査しなければならないが、今は目の前の事に集中する他無かった。

早急に事態の鎮圧に至りたくも、敵から陰より銃での攻撃を受けている為、其れを避けながらとなれば難航する。

おまけに此処は廃棄区画内。

障害物も多く、身を隠しやすく攻撃の盾となる壁が多くある分、ドミネーターによる執行が阻まれやすい点が最悪であった。

元々廃棄区画に居た人間としては勝手知ったるやで、相手が何処へ向かおうと廃棄区画内であれば粗方の見当は付くし、駆け回るのも苦ではなかった。

しかし、やはり此方の分が悪いのは変わらない。

思わず、舌打ちが漏れ出て顔を顰めた。


『チィ…ッ!このままじゃ埒が明かねぇぞ、クソ…ッ!――此方HOUND2、現在進行形で敵対象と応戦中!けど、相手がバンバカ銃撃ちまくってきてて近寄ろうにも近付けない…っ!おまけに、対象は障害物の向こうに上手い事隠れながら遣り過ごしてくれちゃってるもんだから、執行したくとも出来やしない!!SHEPHERD1、応答願う…!』
《―此方SHEPHERD1、難しい状況かもしれませんが、事態は一刻を争います。此れ以上の被害を拡げない為にも、何とか持ち堪えてください…っ。現在、此方も別部隊と交戦中です。何とか敵の隙を突いての執行をお願いします…!》
『HOUND2、了解です…!どうにかこうにかやってみますよっと…!!』


監視官との通信中も絶えず銃撃が混凝土コンクリート壁を挟んだ向こうから聞こえてきていた。

いい加減耳が痛くなってくる。

というか、奴さん側はどんだけ弾数所持してんだか…っ。

マシンガンなんて代物、撃ちまくってたらすぐに弾数無くなってしまっても良いと思うんだけど、其れだけの量の弾数を所持しているという事か、はたまた大量の銃火器を所持しているからか。

恐らく答えは何方ともだろう。

本当に厄介な話だ。

爆発宜しく爆弾も所持しているテロリスト達に、迂闊に近付けば此方も命が危うくなってくる。

猟犬である執行官は、本来飼い主である監視官の盾となり、速やかに対象を捕まえ執行するのがお仕事だが…今はその守るべき監視官の存在が側に居ないのが少しだけ気を楽にしてくれた。


「どうしますか、李鞠さん…?このまま何もせずこの場に留まっている訳にもいきません…っ。此処は、自分が囮になって標的となり、敵を陽動しましょうか?その間に、李鞠さんは対象の隙を突いて執行してください。もし仮に其れで自分が死ぬ事になっても、ただ執行官が一人死に――潜在犯一人の屍が出来上がるだけです。損害はありません。」
『無い訳あるか…っ!馬鹿な事言うなよ、こんな時に!冗談でも止めろ、縁起でもない…!!須郷さんも私にとっちゃあ守るべき大事な人の内の一人なんだから、そう簡単に死なせる様な真似許可出来るか、ド阿呆…ッ!!』
「し、しかし…っ、そうでもしないと膠着した現状を打破出来ません…!何でも良いから早く手を打たないと、被害が拡がってしまいますよ…っ!」
『分かってるわ、んな事ァ…ッ!分かってっから今真剣に頭悩ませて考えてんだろ…っ。こちとら廃棄区画内のこっちゃ把握済みだが、土地の利に関しちゃ完全に向こう側にあんだ。下手な手打ちゃあこっちの足元が掬われる…っ。』


共に分断された時に偶々一緒になった須郷さんに現状を打破する策を掲示されて、その内容に否を唱えた私は即行でその案を引っ下げさせた。

その間も、変わらず敵の攻撃の手が緩まる様子は無い。

どうする…っ。

焦りから来る焦燥感にギリリ…ッ、とドミネーターを握る手に力が入り、ミシリと嫌な音を立てる。

もどかしさから壁に爪を立てて引き裂きたくなる衝動に駆られるも、そんな事を今したとして、ただ自分にダメージが返ってくるだけだ。

さて、どうしたものか。

現状を打破する場合の策としては、やはり、先程須郷さんが言った案が一番最適解なのかもしれないが…敵の武器数が多い分、当たりも多いという事になる。

其れはつまり、囮側となった者は圧倒的不利且つ死亡率がグンと引き上がる事になるという事だ。

でも、現状囮を務めるのに向いているのは彼で、その隙を突いて奴等に気付かれず懐に近付けるのは小柄で素早く動ける私となるだろう。

だが、絶対に彼を死なせたくはない。

何せ、とっつぁんが結んでくれた縁だ。

此れ以上、誰かを目の前で失う瞬間は見たくない。

他に現状を打破する方法は無いのか、考えろ…!

そうこう思考の海に意識を傾けていると、敵の流れ弾が飛んで当たってしまったのか、私達が居た建物の陰の頭上にドデカイ看板が降ってきた。


「危ない…ッ!!」
『ッ…!?』


咄嗟に動いた須郷さんによって共にその場から退き、避ける事が叶ってホッとする。

一瞬、あの場に気付かず留まり、高い場所から降ってきたドデカイ看板がそのまま自身の頭にぶち当たっていたらと思うとヒヤッとした。

咄嗟に私を庇って動いてくれた彼に感謝するべく、敵からの攻撃を避け、場所を移動しながらに感謝の言葉を述べた。


『有難う、須郷さん…っ。助かった!』
「いえ、自分も大切な仲間である貴女を失いたくはありませんから…っ。」
『うん、本当に有難う。兎にも角にも、今は一刻も早くこの死線を乗り切るよ…!』
「はい…っ!了解です!」


お互いにピンチを乗り越えれた事に、互いを励まし鼓舞し合いながら現状を乗り切ろうとした時だった。

敵側から此方が潜伏するエリア側に向かって何かが投擲されたのに気付き、「何が投げ込まれたんだ?」と目を凝らして確認してみる。

すると、その物体は見覚えのある、とある旧時代の代物であった。

其れが何かと気付いた瞬間、私は彼の身を突き飛ばす様に押して駆けて出していた。


『プラスチック爆弾だ…ッ!!クソッタレ、今すぐこっから離れ…――ッ!』


彼へとそう告げていた途中の最中、背後でカチリッ、という嫌な音が聞こえた直後に爆弾は容赦無く爆破してその威力を見せ付けてくれた。

辺り一帯全てを吹き飛ばさんとする勢いだった。

退避が遅れた私達は爆風をまともに食らって衝撃に巻き込まれ、吹っ飛ばされる。

その時、必死に彼の身だけは離さない様強く抱き締めて身を呈して庇った。

吹っ飛ばされた衝撃で何処かに激突し、右半身を打ち付け、頭も打って切れたのか、出血で意識がクラリ、と飛びかける。

だが、今意識を失っている余裕は無いとギリギリなラインで必死に繋ぎ止めた。


―気付いたら、爆発の衝撃でかなりの距離を吹っ飛ばされたらしく、郊外の外れ辺りに二人身を転がしていた。

サイレンの音がそう遠くない位置で聞こえるという事は、廃棄区画入口――私達が突入してきたドローンの中継地点付近に居るという事になるのか。

爆破の衝撃で聴覚をやられたのか、少し音が聞き取りづらいが、耳はまだ生きている様だ。

軽く意識を飛ばしていたのだろう、段々とはっきりしてきた意識に今の事態を把握しようと躰を動かそうとした。

…が、さっきの衝撃のせいか、右半身は全く動かず、頭をやったせいで視界の半分が血を被って利かなくなっていた。

おまけに、全身至るところが痛くてしんどい。

首もまともに動かせない様じゃ、自分の躰がどうなっているのか確認しようも無い。

仕方なく自分の事は諦め、須郷さんの方の存在を確かめようと視点を動かした先で、血塗れの須郷さんが私に向かって何やら叫んでいる事に気付いた。

さっき受けた衝撃が大き過ぎたのかな…やっぱり音が遠くてよく聞こえない。


「李鞠さん…ッ!!しっかりしてください!李鞠さん……ッッッ!!」
『―ぅ゙…、ぁ……ッ、…す、ご…さん………?よか、…た……っ、無事、だったんだね…?』
「良かった……ッ、まだ意識はありますね…!どうしてそんな無茶をしながらも自分なんかを庇ったんですか!?」
『……ど…して、って………そりゃ、当たり前でしょ…?須郷さんは…、私の…大事な仲間で後輩なんだから……っ。』
「だからと言って、貴女が自分の代わりに犠牲になっても良いなんて事はありません…ッ!!」
『…ぎ、せい……?というか…一つ、訊きたいんだけど…何で須郷さん、そんな血塗れなの………?あと…今、私凄く躰中痛くて堪んないんだけど…どうなってんの…?』


そう問うた途端、とてつもなく悲しそうに顔を歪めた彼に、“嗚呼…此れはかなり酷い惨状なんだな。”と半ば他人事の様に思った。

今にも泣きそうな程辛そうな顔をする彼に向かって酷な事を頼むが、私は現状を把握したくて教えてくれとせがんだ。

余程酷い状態なのか、言い淀み口を閉ざそうと噤む彼に、何とか動かせた左手で彼の袖口の端を掴み促す。

もうこの際だ、どんな状態であろうと覚悟は出来ていた。

正直、喋るのも辛いレベルだ。

ギリギリ保てている意識も、あまり長くは持たなさそうである。

だから、聞ける内に聞ける事を全て訊いておこうと踏んだのだ。

唇を噛み締め、意を決した風の彼が口を開き、言葉を零した。


「ッ……、すみません、此れは早くに動けなかった自分の責任です…ッ。自分が伝えるには酷過ぎる状態ですが…、其れでもお聞きしますか……?」
『……う、ん…自分の、事だから……自分で、知っておきたい…っ。』
「…分かりました…っ。では…今の李鞠さんの状態をお伝えします…。まず、頭部を強打した事による出血で、右側の視界が塞がっています…。そして、恐らくですが…今、右半身が全く動かない状況にあるのではないでしょうか?」
『…うん……合ってる、ね…。どうなってる…?』
「ッ…、先程の爆発に巻き込まれた際に、主に右半身の方にダメージを受けたんでしょう……損傷が酷く、出血も止まらずに流れ続けています…っ。腕や脚も、かなり抉れてしまっているので…今動かす事は無理でしょう。……下手したら、感覚も無くなりかけているのではありませんか…?」
『……嗚呼、だから動かなかったのか…道理で……力、入んなかった訳だ…。』


次第に掠れゆく意識に懸命に抗って思考を働かせ、彼に伝えたい事を全て伝える為に、唯一動いた左手を彼の頭へと持っていってくしゃりと撫ぜた。

途端に、彼の瞳から透明な滴がこぼれて涙の筋を作った。

其れに、私は笑って頭を撫ぜていた手を頬へと滑らせて血の汚れと一緒に拭い去ってやった。

けれど、私の掌が既に血塗れだったから、余計に彼の顔を汚す羽目になってしまった。

可笑しくて、今更ながらに笑えてきて、素直に謝罪の言葉を口にした。


『……はは…っ、あーあ…顔、綺麗にしてあげようとして…逆に汚しちゃったね………御免…、許してね…?』
「李鞠さん……ッ、今、急いで救急車を向かわせてますから…、お願いです…っ、もう少し持ってください………!」
『………やっぱり…、そんな酷かったんだね…私……。何時も、損な役割させちゃって…御免ね…。』
「謝らないでください…!悪いのは自分なんですから…っ!!」
『…私の事で、須郷さんが責任感じる必要…無いから……あんま思い詰めちゃ駄目だよ…。』


出血が多過ぎるんだろう。

何となく、もうあまり長くは持たない気がしてきた。

だって、凄く躰が重くて眠い…。

さっきまであんなに痛かった筈なのに、段々と其れも薄れてきた今は、痛みを感じる痛覚も麻痺してきている様だった。

躰が酷く怠くて、目蓋が重い。

思考も霞んできて、いよいよ本気で死期が近い事を悟った。

御免ね、とっつぁん。

貴方の分まで長く生きようって思ってたのに…果たせそうにないや。

佐々山も、御免。

思った以上に早くそっちの世界に行きそうだわ…。

師匠もきっと怒るだろうなぁ。

こんなに早く後を追う形で死ぬ事になるなんて。

でも、いざ死に際になってみると分かるよ。

嗚呼、自分はもう死ぬんだなって。

残酷な現実には抗えないんだって事が。

傍らで私を悼み悲しんで泣いてくれる彼の存在が在ったから、私は今際の時となっても不思議と悲しくなくて穏やかな気持ちで居れた。

頬に触れる私の手に自らの手を重ねながら涙する彼に、私は血に塗れながらも微笑んで告げた。


『…大丈夫……泣かなくっても良いよ…。どうせ、私は…既に沢山の人達の命を人殺し銃で奪ってきた大罪人な猟犬……そんな奴一匹がこの世から居なくなったって、世の中困る奴なんて居ないから…。須郷さんみたく優しくて、悲しんでくれる家族も…とっくの昔に居ないからさ……最後まで世話かけて御免って思うけど、有難う…。貴方と再び出逢える事が出来て、とても嬉しかった……。お願いだから…、須郷さんは…とっつぁんや私みたいに死なないでね…?』
「そんな…っ、縁起でもない事言わないでください……ッ!!李鞠さんの事は、自分が絶対に救けますから…!!ですから、どうか諦めないでください…ッッッ!!」
『…諦めないでください、つったって……抗えないものは抗えないんだから、しょうがないよ……っ。』


思わず苦い笑みが口許を彩ったが、必死に私を繋ぎ止めようとしてくれる彼の言葉に被せる形で言葉を重ねた。


『……須郷さん、…どうか、私が死んだ後…自棄になったりしないでよ?…後追い自殺なんて謀った暁には、心の底から呪ってやるんだから……っ。』
「李鞠さ…ッ、」
『―とっつぁんが遺したギノさんの事………宜しく頼むね…。あと、最期にギノさんに伝言……“最後まで一緒に居てやれなくて、守ってやれなくて御免”…って、お願いするね……。』


とっつぁんが以前彼へと告げた台詞を真似て伝えれば、彼が目を見開いて私の目を見つめた。

“長生きしろよ”とは敢えて告げなかった。

其れだと、彼が失ってきた“彼等”と同じ言葉になってしまうから。

彼を生かす為に、彼が私の分までの重荷を背負って潰れてしまわない様に。

ほんの短い時間ながらも、最低限伝えたい事を伝えれて満足だった。

―どうか、貴方は…私みたいに真っ黒な罪に染まらないでね。

例えこの先、貴方が朱に染まる事があったとしても…罪に染まらず、貴方は貴方のままで居てね。

私は沈みゆく意識に抗う事無く、落ちていく目蓋を閉じた。

結局、彼が懸命に応急処置を施してくれたけども私の身は持たず、連絡を受けて救急車を派遣してくれた志恩さんの力も空しく間に合わなかった。

救急車が到着し、バラバラになっていた皆が合流した時には、私は事切れて物言えぬ肉塊と化していた。

その亡骸にずっと寄り添い、片時も離れようとしなかった須郷さんは慟哭し、執行されたテロリスト達と自分の呪われた運命を呪った。

そんな事したら犯罪係数が上がって色相ももっと酷く濁っちゃうよ、って伝えてあげたかったけど…残念ながら其れはもう出来そうもない。

代わりに、誰か親身になれる人が彼を支えてあげて欲しいなぁ…。

そう願えど、その願いの届く場所は何処にも無いのである。

―彼との明日はもう望めない。


「……俺は…、貴女の事すらも守る事が出来なかったのか…!貴女だけは、失いたくなどなかったのに……ッ!…どうして…、俺は…………ッッッ!!」


彼の呟く言葉のその真の意味も、今や問う事も知る事も叶わないのであった。


執筆日:2020.11.20

【後書き】
書き上げた後、確認も兼ねて改めて自分で書いた作品を読んでみたのですが…テーマに沿ってバッドエンドらしいお話に仕上がったのは良かったものの、思った以上に悲しい結末となってしまったせいで、自分で書いた癖にちょっと鼻奥がツンとしてしまうくらいには感情移入してしまいました。
背負っている過去が過去なので、出来れば須郷さんには幸せになって欲しいという気持ちを今回は敢えて無理矢理抑え込み、鬱々しい展開を繰り広げてもらった次第ですね。
お陰で私の良心がめちゃくそ痛みました(笑)。
夢主に対しても、須郷さん夢の夢主は彼と共に幸せにし隊精神で居たので、内心物凄く申し訳ない気持ちになりました。…が、ぶっちゃけ後悔はありません!(爆)
『PSYCHO-PASS』世界観は常に残酷な世界で廻っていると思っているので、「場合によってはこんな結末も有り得るのでは…?」という感覚ですね。その他につきましては、まぁ雰囲気程度に捉えて頂けたら幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださったドア子様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※当作品のタイトルは、企画サイト様指定のものをそのまま使用させて頂きました。