俺は、とある本丸の刀として顕現した。

その本丸はまだ出来てから日が浅いのか、刀数の少ない本丸だった。

俺もそんな中顕現された貴重な戦力である刀として、戦に出れるなら何でも構わないという気持ちで居た。

最初こそ、上手くいっていたんだと思う。

だが、ふとある時からこの本丸は、上手く歯車を機能しなくなった。


「主が、現世に行ったっきり帰ってこない。」


初期刀の歌仙がそう言った事からがきっかけだったと思う。

始めは皆、


“どうせ、ちょっと仕事が長引いて戻って来れないんだろう。”
“きっと今は忙しくて本丸に連絡を入れる余裕すらないんじゃないか?”
“もう少ししたら帰ってくるって。”
“だから気長に待っていようぜ。”


そう言って本気にしていなかった。

俺も同じように本気にしていなかった。

もう少し待てば、戦に出してもらえるんだ。

そう信じて待った。

だが…それから一週間、二週間と待っても主は帰ってこなかった。

歌仙がまた暗い顔で零した。


「主の帰還を待ってあれから数週間が経ったが、未だに主は連絡の一つも寄越さない…。主は帰ってこない。」


次第に不安の色を見せ始めた本丸の奴等が、口々に希望的観測を述べ始めた。


“だ、大丈夫、主はきっと帰ってくるよ。”
“たぶん、ずっと忙しくて休む暇も無いくらいに仕事に追われているんだ。”
“だから本丸に帰ってくる余裕が無いんじゃないか?”
“もう少し待っていたら、その内疲れた顔でただいまって帰ってくるって。”
“そうだよ…主はちゃんと帰ってくるって。俺達を見捨てたりなんかしないって。”


そう会話して、更に月日が経った。

俺は待った。

あれから更に一ヶ月、三ヶ月と経ったが、主は一向に姿を見せる事は無かった。

俺は待ち続けた。

そうして主が帰ってこないまま半年の月日が経った頃…。

歌仙が能面みたいに表情の無い顔をして言った。


「主は…もう、帰ってこない。」


そう、断言して言われた。

本丸の皆も、もう誰もその言葉に反するような言葉を発する事はなかった。

何となくだが、俺も察していた。

これ以上待てども、この先、主が本丸に帰ってくる事は無いだろう。

この本丸は忘れられたんだ。

俺達は捨てられたんだ。

そう現実を突き付けられたようだった。

存在を忘れ去られるだけなら良かったんだ。

俺達は元から物だから、人に使われなくなれば、存在を忘れ去られれば放置されるだけの存在だと。

だが、俺達は今やただの物には過ぎる存在に成り果てていた。

歴史を守る戦に加担している。

歴史を変えんとする敵を屠る為に、審神者より力を与えられて顕現している。

だから、俺達は今まで戦ってきた。

だが、その戦に出る為の指示を出す審神者が不在のままだ。

俺は戦に出れぬままでいる。

しかし、今こうしている内にも敵は歴史を変えようと進行し続けている。

早くそんな敵を斬ってしまわねば、あるべき歴史が変わってしまうかもしれないのに。

主はもう帰ってこない。

本丸は機能を停止した。

“主は戦を放棄した。”

その事が何よりも許せなかった。


「…主を探してくる。」


俺はそう告げて、本丸内にあった端末を弄くって主が最後に飛んだであろう時代へと空間を繋げて、現世へ降りた。

本来なら、政府の許可無しに現世へ降りる事は禁じられていたが…そうも言ってられなかった。

何故ならば、本丸の指揮者である審神者が帰ってこないのだから。

政府には無断で俺は現世に降りた。

現世はたくさんの人でごった返していた。

俺は覚えている限りの気配を追って主を探した。

早く、主を連れ戻さないと、戦には出れない。

敵を斬る事は叶わない。

俺は戦の為に生み出された刀だ。

戦場で戦う事こそが存在意義だった。

だから、一刻も早く戦に出て敵を屠りたかった。

気付けば、随分と現世を彷徨っていた。

一向に主の姿を見付けられていない。

それでも、薄くなってしまっている主の気配を追って、俺は探し続けた。

此れでも、主の事は嫌っちゃいなかったから、逢えばきっと本丸の事を思い出してくれる、戦に出してくれると思っていた。

きっと今も仕事に明け暮れて過ごしているのだろう。

そう信じて探し続けた。

―そして、漸く主を見付ける事が出来た。

俺は声をかけようとした。

だが、その開きかけた口は、すぐに噤む事になった。

主は…仕事に明け暮れている訳ではなかった。

見知らぬ人と酒を飲み、駄弁り、笑って遊び暮れていた。

俺は怒りに震えた。

あんなにも信じていたのに、裏切られた。

こうしている間にも、敵がすぐ其処の歴史にまで迫ってきているかもしれないのに。

暢気に笑って遊んでいた。

俺はもう心を捨てた。

信用なんて、そんなもん端から無かったんだ。

審神者と絆など、存在していなかったのだ。

主が、一緒に居た奴と別れて一人になった。

今は真夜中で辺りに他に人らしき姿は無い。

俺は気配を抑えて主の背後を追った。

静かに殺意を滲ませて息を殺した。

俺は濃口を斬って刀を抜いた。

不意に、主が此方を振り返って見た。

そして、すぐに顔色を真っ青に変え、怯えた表情を浮かべて言った。


『なっ…何で……どうして………っ。私、もう審神者辞めたのに……………ッ。』


“審神者を辞めた。”

彼奴はそうはっきりと言った。

俺の中で、其れが決定打となった。

奴は、俺達に黙って審神者を辞めた挙げ句、戦を放棄した。

今こうしている間も、変わらず何処かでは同胞達が戦っているにも関わらずにだ。

俺は思わず愚痴を零した。


「“審神者を辞めた”だ……?ふざけんじゃねぇぞ、テメェ。敵は、戦は、歴史はどうすんだ?今にも変えられようとしている、守らなきゃなんねぇ歴史があるってのに…其れを放置するのか?なァ、答えろよ。」


剥き出しの刀身を肩に担いでそう問うた。

きっと、もう無駄だと解ってる。

だが、まだもう一度やり直せるのではないかと小さな望みを抱いて返答を待つ。

しかし、彼奴からの返答は無かった。


『ひ…ッ!?こ、来ないで……!!私はもう無関係だ…ッ!!これ以上、私に関わらないで………ッッッ!!』


彼奴はそう言って逃げ出した。

俺はその後を歯向かってくる敵同様に追いかけた。


「無関係ったぁどういうこった…!一度は関わった身だろうがよ…ッ!!俺達に黙って審神者を辞めたのは百歩譲って許したとしても、今も続く戦とは無関係だとはどういうこった、ぁ゙ア゙…!?」
『知らない知らない!!私には関係無い…ッ!!私はもう審神者じゃない……ッッッ!!』


奴はそう泣き喚いて走り去っていく。

俺から逃げていく。

俺は其れを刀を引き摺り追っていく。


「何で戦を放棄した?何で折れゆく刀を見捨てた?なぁ、待ってくれよ。」
『知らない!!知らないってばァ…ッ!!……政府の嘘吐き…ッ、辞めた後は何にも無いって言ってたのに…………ッッッ!!』
「なァ、待てってば。“主”。」
『私はもう主じゃないったらぁ………ッ!!』


元主となる奴を追っていれば、暗がりの隅、高い建物との間に在った路地裏に逃げ込んじまったのか、素早く先を駆けていた奴の姿が視界から消えた。

一瞬だが姿を見失って、辺りを見回す。


「あ゙…?何処行った………?出て来いよ。戦を放棄した裏切りモンさんよォ。」


怒りに焼き切れた思考はもうまともな正気は保っちゃいなかった。

いつの間にか、俺の目的は奴を連れ戻すという意図から、奴を殺すという目的にすり替わっていた。

切っ先が鈍く光を照り返して、嗤う。

不気味で静かな真夜中に俺の足音だけが響き渡った。

よぉく耳を澄まして、感覚を研ぎ澄ます。

そしたら、視界から外れた物陰から僅かに乱れた人の呼吸音が聞こえた。

俺は迷わずにそっちへと向かった。


「はは……ッ、見ィ付けた。」


隠れてやり過ごしたつもりでいた奴を追い詰め、刀を突き付ける。

奴はもう言葉を発する余裕も無くなって蒼白になっていた。

俺は嗤って奴の頭を鷲掴んで刀を振り翳す。


「戦を放棄した裏切りモンにゃ、敵と同じ報復がお似合いだよなァ…“主”?」
『ッ…!!ま…ッッッ!?』
「…じゃあな。死後、冥府に堕ちても達者で居ろよ。」


俺は一思いに奴の胸を刺した。

心臓を一突きだ。

奴の息の音は忽ち止まる。

血が吹き出して辺りを汚した。

刀を抜いて奴を手放せば、呆気もないくらいにぐしゃりと地に落ちた。

返り血で辺り一様血溜まりで、奴の背が面していた壁は一面真っ赤に染まっていた。

今は真夜中で赤黒い何かが飛び散っているようにしか見えないだろうが。


「………嗚呼、そういや、仮にも大将首だったんなら討ち取ったっつー証拠で持っていきゃあ良いのか…。」


俺は屍と化した奴の頭を持ち上げて、躊躇い無くその首を掻き斬った。

斬った首を脇に抱えて、俺は血の痕を引き摺りながら歩き出した。

さて、次はどうしようか。

一旦捨てられた本丸に帰るとするか。

それとも、奴と同じような碌でなし野郎をもっと斬ってその首を集めてからにしようか。


「嗚呼…後者が良いだろうな。よっしゃ、決めた。俺はもっと奴等の首を斬って、正しき歴史を守る為に奴等を改める。…そうだ、俺はもっと斬らなきゃなんねぇんだ。俺は戦う為の刀だ。斬る為だけに存在してんだ。鈍らな奴は必要無ェ。………あれ、奴等ってどいつ等の事だっけ?まぁ、良いか。どうでも良いこたァ考えなくて。俺はただ斬るだけだ。」


暗がりの闇に刀を引き摺る音が不気味に木霊する。

俺が去った後の物陰には、誰とも忘れた血味泥の骸が転がっていたのだった。


執筆日:2019.09.06

【後書き】
此れを書くに至ったきっかけは、実は前作の140字SSで書いたお話がきっかけだったりします…。
何か後ろめたい事ある元審神者さんが真っ暗闇の空間で、追いかけてくる病んでしまった刀剣男士からひたすら逃げ回る感じの設定のものを思い付いた時から頭の中で構想が出来てしまっていて。
それでそのお話にピッタリ合うお題を見付けたので、企画参加してみた…、という流れでした。
書き終えて読み返した後、結構残虐でエグい内容に仕上がっちゃったなぁと思ったのですが、彼等刀剣男士の存在は元より付喪神…お話の展開軸的には有り得るのかなとも思ってしまったり。
まぁ、書いてみてアレですが、結果読み手を選ぶ内容となりましたね(笑)。
しかし、こういう雰囲気のお話を私も書けるのかと勉強になった気がします。貴重な経験です。
素敵な企画をご用意してくださった左上様、並び鈴木様には大変感謝なのであります。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画に私の書いた某稚作を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品のタイトルは、企画サイト様にて指定だったものをそのままお借りして使用しております。