前途多難


『では…自己紹介も終わった事ですし、本題となる話へ入る事と致しましょうか。』
「お願いするよ。」
『…えー、先に私から話した方が良いですかね?何で私が光忠さんの事を知っていたか、っていう事とか…。その方が光忠さんも話しやすいですよね?』
「うん、まぁそうだね。じゃあ、其方からどうぞ。」
『はい。えっと、何故私が光忠さんの事、引いては刀剣男士の事を知っているのかというと…単に、刀剣乱舞というゲームの存在を知っているからです。』
「ゲーム…?」
『はい。正しく言えば、アプリゲームなんですけど…この時代では、刀剣乱舞というゲームなる物があって、そのゲームに貴殿あなた方刀剣男士が出て来るんです。審神者はそのゲームのユーザーの事で、それぞれ登録した時のサーバーによって本丸の所属国などの地域が決まる仕組みみたいです。』
「成程…そういう事だったのか。そういえば、何時の日か主が其れらしき事を口にしていたかもしれないな…。」
『まぁ、私はリアルプレイヤーではないので審神者ではない上に、見聞きした知識でしか知らないんですけど。』
「あれ…?そうだったのかい?何だか詳しそうな雰囲気だったから、てっきり…。」
『はは…っ、まぁ今の話の流れだとそう思われてもしょうがないですよね。私が詳しい理由は、身近に居るとうらぶ好きな友人に色々と布教されましてね…其れで。まだプレイはした事無かったですけど、その内近い内には〜…と思ってたくらいには気になってる物でした。今のところはそんな感じです。』


「あはは…っ、」と軽く笑みを浮かべて頬を欠いた韓來。

てっきり別本丸の審神者でも勤めているのかとばかりに思っていた彼は少しばかり驚いたようだ。


「ちなみに、今がどの時代に位置しているか訊いても…?」
『嗚呼、其れについては私的に特に差し支えないのでサラッと答えときますね。今の時代を暦上で言えば…今現在は平成の世で、年数で言ったら201X年、といったところですかね。』
「…ふむ。主が出身だって言っていた時代と大体同じくらいの時代だね…。なら、本丸への連絡手段もあまり変化無く使えるって事になるのかな……。」
『え…っと、今度は此方が其方側の事情をお訊きしても…?』
「え?あ、うん。構わないよ。それじゃ、今度は僕の方だね。」


寸分考え込み始めていたところを申し訳なく思いながらも一度制止させる形で制し、詳しい事情を聞き出す為に話を先へ促した。

了承してくれた彼は頷き、自身がこの現世へと落ちるに至るまでの話を話し始める。


「本当は…時の政府関係者でもない君へ込み入った話をするのはあまり良くない事だと思うのだけれど、事情が事情だからね。もう既に色々と巻き込んでしまった以上、成るように成るしかないから腹を割って話すよ。…其れに、君の話を聞くだけ聞いておいて自分の事を話さないのは理に反するし、不公平だからね。」
『まぁ…もし、其方側が何も語ろうとしなくても、此方は此方である程度察しが付くので敢えて何も訊かない、という手段も取れましたけど。』
「ううん…。君は一応ではあるけれど、相手への敬意を払ってきちんと己の事を話してくれた。だから、僕も其れに応えてちゃんと話したいと思う。…まず、僕がどうしてこの現世に来るに至ったかを説明すると…僕の主である人から僕を含めた数名の刀剣男士は出陣の命を受けて、歴史改変の兆しが見られたっていう地点の時代へと飛ぶ予定で時間転移装置を使ってその時代へと飛んだんだ。あ、勿論僕一人だけではなく部隊の皆と一緒に、だよ?どの時代のどの地点へ飛ぶ予定だったとかの細かい情報は敢えて伏せさせてもらうけど。」
『はい、その点は理解してますんで大丈夫です。』
「うん。…其れで、僕達の部隊は、予定通り主から命を受けた地点へと向かう筈だったんだけど…其処で予想だにしない事が起きたんだ。何が原因で起きた事かは今のところ分かっていないのだけれど…時間転移装置で転移している最中に突然バグみたいなものが起きてその場の時空が歪んじゃって。どうも僕だけがその空間から弾き出されちゃったみたいなんだ。そして、気付いたらこの時代…君が居る世界、現世に居たんだ。其れからの流れは、自分の置かれた状況を把握しようとしているところに……、」
『偶々、仕事帰りの私が通り掛かって声をかけて今に至る…、と。』
「僕がこの時代に来るに至った事情の説明は以上だよ。あの時は本当に混乱の窮地に立たされていたし、雨も酷くて、おまけに夜だったせいで視界も利かなかったからどうしようかと思ったよ…っ。でも…、そんな困ってた時に、僕の存在を知るような人である君に出逢えて本当に助かったよ。まぁ、雨は今も酷く止む気配は一向になさそうだけど…。」


カーテンの閉まった窓の方を見つめてそう呟いた彼は、困ったような笑みを見せて苦笑した。


『本当に良かったですね、声をかけたのが私で…。リアルに審神者をやってる友人が居ましたから、上手く行けばその友人経由で時の政府へと連絡が取れるかも知れませんし。更に言えば、政府へと連絡が取れればその政府を通じて光忠さんの本来の所在地である本丸の方へも連絡が出来るかもしれませんしね!』
「そう上手く行ってくれれば僕としても大助かりなのだけどね…。果たして、そう上手く行くかどうか…。」
『何事も諦めなければ、意外と何とかなりますって…!』
「……はははっ、励ましてくれて有難う。何だか、君、鯰尾君に似てるね?」
『そうですか…?でも私、あんなに明るい性格してませんよ?馬糞だって投げたりしませんし。そもそもがそんなばっちいモン触ろうとも思わない上に、早々近付こうとも思いませんけど。馬糞って=糞ですからね。つまり、物凄く臭いです。そんな物に女の子である私が触ろうとする訳無いじゃないですか。』
「あ、彼の事も知ってるんだね…?」
『はい。大方の刀剣男士の事は把握してますよ。其れこそ、現在政府から顕現を許可されてる子達全て。つっても、新しく実装されたばかりの子はよく知らないですけどね。精々、基本の四十七振りと追加されていった数十振りとか…。うーんっと…どの刀がどの刀でどんな性格をしてるか〜くらいまで把握してるのは…確か、長船派の大般若長光さんが実装されたぐらいまでですかね?名前だけで良いなら、今期実装されたばっかりの猫っぽい刀の…南泉一文字君、だっけ…?一応、其れぐらいの子達までなら把握してます。』


アヤフヤな知識ながらも現在までに把握している刀剣男士の情報を教えると、先程よりも驚いた様子で表情を変えた。


「まさか、其処まで把握していただなんて…っ。凄いね。正直、驚いたよ…。ウチではまだ顕現していない刀の名前も知っているとはね。相当詳しいんだね…?」
『周りに居たとうらぶガチ勢に一時期あまりにも何度も勧められたので…っ。興味本意でネットで調べてみたら、すっかりハマってしまいまして(笑)。今では、私も刀剣女子と言えるくらいには大好きですよ。私へとうらぶを布教してくれた友人達に感謝してます…。まさか此処までどっぷりハマるとは、私自身も思っていなかったですからね。』
「其れ程にまでハマっているのかい…?」
『ええ、まぁ。刀剣達の名前だけでなく、その刀の由来や刀工についての話も把握してるまでには…?』


そう区切って、「別に私など大したレベルの程ではない」とばかりに肩を竦める韓來。

先程から色んな意味で終始驚かされっ放しの彼はポカン…ッ、と呆然と彼女を見遣るのだった。


『あの…ところで、光忠さんが組まれていた部隊についてのお話ってのは、もっと詳しく訊いても大丈夫ですかね…?もし可能でしたら、是非ともお願いします。友人へ連絡するにも、なるべく詳しい情報を知っていた方が事が早く伝わると思って…。其れこそ、事態の異常さとか深刻さとか。』
「嗚呼、其れもそうだよね…。僕が一緒に居た部隊についての編成って事で良いのかな?」
『はい。教えて頂けたら、助かります。』
「うん、分かったよ。えっと…僕が編成に組まれたのは、四つ在る中の二つ目に当たる部隊でね。つまりは、第二部隊を指す…。隊員は、僕も含めた五振り編成で、部隊長がへし切長谷部君に、副隊長が僕。後の隊員は順に大倶利伽羅、鶴丸国永に薬研藤四郎の三振りだよ。刀種別に言うと、刀種は全部で三種。打刀と太刀が二振りずつに、短刀が一振りずつ、っていったところかな。……あの現場で僕だけが弾かれて別の時代へと飛んじゃったとするのなら、後の四振りは予定通り設定した筈の時代へと飛んでいるんだと思う…。もし着いた先ですぐに僕が居ない事に気が付いていたのなら、今頃本丸には情報が伝わっているとは思う。部隊長が長谷部君だったからね…。ウチの本丸では、出陣先またはその行軍している最中に緊急事態が起きた場合、特例を除いて即時本丸へ帰城するよう決められてるから、其れを破らなければ、きっと…ね。」
『…成程。そういう事なら…出来たら、本丸の登録番地と登録コードを教えてもらっても良いですか?あと貴方の主さんの審神者名と、その所属国も。あ、前者はご存知だったら、の場合で構いませんので。』
「あ、うん…どちらも大丈夫だよ。僕は近侍を任される事も多かったから、両方教えてもらってたんだ。まさか、こんな事態になって其れが活かされる事になるとは思っても見なかったけどね…。まぁ、僕は本丸の内でも顕現された刀の中じゃ初期の頃に顕現した刀だから、錬度も高ければ近侍を務めた回数も多い方だよ。其れ故に、錬度は上限にいってて…ここ最近はあまり出陣する事も無くなって、本丸で待機する事の方が多かったのだけどね。皮肉な事に、だけども。」
『…ふむふむ。なら…此方の紙に、先程言った本丸の登録番地等を含めて書いてください。口で言うより、此方の方が確実に先方の方にも伝わりますんで。』
「オーケー。この紙に書けば良いんだね?」


自身がメモを取っていた小型の手帳から一頁分紙を千切り取ると、その紙を燭台切へと手渡しで寄越す。

彼は素直に其れを受け取り、彼女に言われた通りの事を書き記していった。

その間に、韓來は一旦席を外すと彼に告げて客間を出る。

数分も経たぬ内に戻ってきた彼女は、一台のノートパソコンと其れを接続する為のコード等を手に戻ってきた。

ついでに、ズボンのポケットには連絡用のスマホが突っ込まれており、そのスマホに付けられたストラップがぴょこんっ、とはみ出し顔を出していた。


「…其れは?」
『審神者をやってるっていう友人に連絡を取る為に持ってきた物です。長文のメールを送るなら、容量的にもパソコンの方が手頃なんですよ。私、スマホ操作あんま慣れてなくて下手くそだし、慣れたPCでダブルタイピングで打った方が早く済みます。』
「へぇ…。」
『本音を言うなら、同時進行で作業を行った方が楽だから〜、ですかね。粗方メッセージを打ち終えるくらいに友人に連絡をして、片や連絡を取っている最中に相手にPCを開かせて、メールを確認させる手筈を整える算段です。』
「確かに…効率的ではあるね。」
『問題は、友人である奴が電話に出るか否か、なんですよねぇ…。たぶん、この時間帯ならまだ出てくれるとは思う時間なんですけど…出なかったら、家電にまで掛けてやります。あ、でもちょっと待てよ…?彼奴の家電って知ってたっけな?まぁ、知らなきゃそん時で、出なかったら他の奴に頼るか。』
「…ず、随分ざっくりしてるんだね…っ。」
ツテだけはありますから、安心してください。』


そう言って持ってきた機材をテーブルの上に置いて、コードやら何やらを設置する韓來。

PCを起動させている間にスマホのバッテリー残量を確認する為、ポケットに入れていたのを取り出し、まだ充電が十分にある事を確認する。

PCを立ち上げ終えると、早速メールアプリを起動させ、文字を打ち始める。

書き終えた彼が、必要事項を箇条書きに書いた紙を彼女の方へ差し出し、書き終えた旨をそっと小声で告げる。

彼女は其れを受け取ると、ザッと目を通してPCのすぐ側へと置いた。


『…光忠さんって、字お上手なんですね。文字、凄く綺麗で読みやすかったです。しかも、草書体とか古典的な書体で書いてくるのかなと思っていたら、意外にも楷書体で書いてくれてたので…とても助かりました。』
「嗚呼…其れは、前に主に僕が知っている文字で報告書を書いて渡したら、“達筆過ぎて読めない”と言われてしまってね…っ。其れ以来、主が解読せずにすぐに読めるよう、主が住んでいた現世の時代の書体に合わせて書くようにしたんだ。」
『なるほろ…把握。たぶん、私も達筆な書体の方で書かれていたら悲鳴を上げているところでしたね。“戦国時代の頃の書体で書かれても、んなもん読めるかぁっ!”ってな具合に(笑)。』


視線は画面に向けたままの為か、少し単調な口調になっている韓來。

少しばかり敬語が崩れて素の彼女が見え隠れしている。

その変化にも、燭台切は内心驚いていたのだった。


執筆日:2018.05.01
加筆修正日:2020.02.24

事情を把握しましょう。