意志疎通


未だ何とも曖昧な関係性に、どう口を開いて話せば良いのか分からず、普段の彼からしてみれば珍しくまた彼らしくもない様子で途方に暮れていた。

そんな折に、先程言っていた友人へと送り付けるメールとやらの粗方な文章を打ち終えたのだろう。

テーブルの脇に置いていたスマホへ徐に手を伸ばした韓來は、不慣れと言っていた筈だが、手慣れた様子でロックを解除し、登録した番号の中から目的の物を選び出して通話を繋げる。

この一連の流れを至極淡々と静かに行った彼女は、これまた静かな流れで手元の携帯端末を耳元へと押し当てた。

数秒間、電話の向こうで無機質な電子音が鳴る。

突如としてその音が途切れ、ブツリと電子音の切れる音がした。

次の瞬間には、相手主が電話へ出たのか、通話が繋がった。


《もしもし?》
『もしもし、那智なちちゃん…?お久し振りッス。』
《おー、結依ちゃん!久し振りぃーっ。どしたの?》
『夜遅くにごめんね。今、時間大丈夫?』
《うん、私も仕事終わって今家に居るし、全然おkだよー!》
『じゃあ、ちょっと今現在進行形で異常事態発生中なので、手短に話すね。』
《えっ?何…、どしたの?》


通話の相手先の音が大きいのか、スピーカー口越しに聞こえてきた女性の声。

彼女の言う、友人という者の声だろう。

彼女の冒頭の言葉からして、久しく連絡を取り合っていなかったのだと窺えるが…其れにしても、そんな切り出し方をされれば相手主ではないにせよ、驚くであろう。

現に、通話口から聞こえてくる声に戸惑いの色が滲んだ。

しかし、彼女は変わらずPCの画面を見つめたまま、淡々とした口調で、だが何処か切羽詰まったように急いた口調で告げた。


『まず、これから言う事を行って欲しいんだけど…良いかな?』
《う、うん…っ、分かった…。》
『それじゃ…、まず最初にそっちの端末を起ち上げてもらっても良いかな?』
《えっと…其れって、PC立ち上げれば良いの…?》
『嗚呼、うん。ネットが繋がってる端末であれば何でも良い。そっちに急ぎ送りたいメールがあるから、起ち上げたら、その端末がどの端末か教えて欲しいのと、メールアプリを起動させて欲しいの。出来たら、通話はこのまま繋いだままでお願い。』
《はーい、りょうかーい…。》


困惑しながらも彼女の言葉に従う様子の声の主。

疑問には思いつつも、素直に言う通りにしているような様子を見る限り、彼女とは余程気心の知れた仲なのだろうと察しが付く。

黙って彼女の一挙一動の様を見つめる。

画面を見ているままの為、彼女との視線は合わない。

通話を繋げたままも、肩でスマホを固定した状態の彼女はカタカタと文字を打ち続ける。


《…もしもしー?メール開いたよー?ちなみに、こっちが起ち上げたのはタブレット端末でーっす。》
『了解…っ。そんじゃ、今からそっちにメール送るから、届いたら教えて?』
《はいよー。了解しましたぁー。》


其処で一旦会話を切ると、タンッと音がした後にマウスをカチリ、とクリックする音が聞こえた。

残りの文章を打ち終えたのだろう、メールを送ったと見られる彼女が漸くキーボードから手を退け、スマホを手に持ち変える。


『其れで…今回電話した件なんだけどね、那智ちゃんって確かとうらぶやってたよね?』
《え?あーうん、やってるやってるー!ついこの間もイベントあったから頑張って周回しまくったんだよぉー!結局目標にしてた数までには到達出来なくて悲しい結果になったけど…。って事は、何々?結依ちゃんもとうらぶ始めたの!?》
『あ、いや、今回はそういう事じゃないんだけど…。現在進行形でリアル審神者やってる那智ちゃんにちょいとお頼み申したい事がありましてね…っ。』
《んん?何だい何だい、相談事…?良いよ良いよ、話しちゃいなー!》
『や、まぁ、相談事と言えば相談事なんだけどね…。ちょっと普通の頼み事ではないというか、突拍子もない事というか…。』
《ほうほう…成程。…あっ、メール届いたよー!》
『あ、じゃあ其れ今すぐ読んで!お願い…っ!』
《了解でーすっ。》


彼女が勢い余ってガタリと急に動いたせいか、向かいに居た彼も釣られてビクリッと肩を揺らした。

その様子が視界の端に映ったのだろう。

咄嗟にPCから顔を上げた韓來は、“すまない”と顔の前で手を合わせ謝る仕草をした。

電話の方に集中していると見ていたのだが、存外周りの事も見ていたようで、またもや驚く。

電話先でまた相手が話し始めたのか、通話に戻った彼女はまた画面へと視線を戻した。


《…………え…?ちょ……っ、コレどういう意味?》
『…書かれた通りの意味です…。』
《はぁ…っ!?え、うっそ!!マジな話なのコレ…ッ!?》
『はい、そうです…。私も信じられない異常事態です…。』
《ええぇー……、うっそ…、そんじゃ…ガチのガチで其処に本人居んの……?》
Yesイエス…、仰る通りで、マジです。今、テーブルの真向かい側に座っていらっしゃいます。』


どうやら彼についての事か…メールでどんな風に説明をしたのかは不明だが、相手先の声はひたすら驚いたような声を上げていた。

彼女の方も、途中から何故か畏まったような口調で話し出し、何とも微妙な複雑そうな顔をしていた。


『…で、話はこの連絡を寄越した本題に入るんだけどさ…。政府への連絡、…任せても良い?』
《うん、良いよ…!私も現役審神者やってる身だからね!もちのロンでおkよ…っ!》
『良かったぁー……っ!那智ちゃんありがとぉ〜、マジ助かりますぅー…っ。いやぁ…私、とうらぶ好きだけどリアル審神者やってる訳ではなかったしさ、どうしたもんかと…。だって、噂の時の政府と直接連絡を取り合う術が無いもんですから…。』
《あぁ〜、そういう事だったのねぇー?其れで私を頼ってきた訳かぁー。》
『本当にお願いしても大丈夫…?』
《うん、ジョブジョブー!どうせ、この後とうらぶするつもりだったし、お風呂出た後、直接ウチのこんちゃんに伝えとくねん!》
『わぁっ、本当にありがとぉ〜!……って、え?お風呂…?え…?もしかして、那智ちゃん…今の今までお風呂入ってた…?』
《うんっ。お風呂入ったまま電話してたよー。》
『嘘かよっ!マジか…!だから、妙にそっちの声が響いてる感じだったのね…把握。あれ…じゃあ、タブレット端末は…?』
《ん?あー、ソレ?お風呂入りながら動画見る用に持ち込んでたんだけど…途中からクッソ繋がり悪くなっちゃってねぇー。其れで、お風呂場の外にまで持ってきてたスマホの方でアニメ見ながらお風呂入ってたら結依ちゃんから電話掛かってきてー、すぐに電話に出たんだよねぇ〜っ。》
『えぇー…マジか…。ソレ…、大丈夫なの?スマホ壊れなたりしない…?タブレットもだけどさ。…ていうか、お風呂で浸かりながらアニメ見るとか逆上せない?』
《うーん?其処は大丈夫よ〜。私のスマホ、水の中に落としても平気なくらい防水機能高いヤツだから…!タブレットの方も然りだよー。其れでも、何時もちゃんと風呂の蓋の上に置いて使ってたしね!其れに、アニメ見るっつってもそんなに長い時間じゃないし、こんぐらい逆上せないよー。というか慣れ…?みたいな!》


本当に入浴中だったのか、電話の向こうでバシャバシャとお湯の跳ねる音がする。

此れは、話が長くなる前に早急に切り上げるべきか…。

でないと、電話の向こうで彼女が茹で蛸になってしまう。


『えっと、ゆっくりお風呂浸かってただろうところ邪魔してごめんね…?今日は有難う。急に電話したのに、すんなりお願い聞いてくれて助かった…っ。』
《良いよ良いよ…っ。久し振りに結依ちゃんの声聞けたし、元気そうに居るのが分かって良かった!》
『そっちも元気そうで良かったよ。…っじゃ、また何かあったら電話するね?そっちも何かあれば連絡宜しくぅー。』
《うん…!こっちも政府から連絡あったら教えるねー?そんじゃ、ばいばぁーい…!おやすみなさぁ〜い!》


漸く通話を終えたのか、端末を握っていた手を下ろした韓來。

最後、余計な会話もしたせいか、何だかちょっと疲れている。


『取り敢えずは、此れで第一ミッションクリア…って事で。』
「お、お疲れ様……っ。何だか、ごめんね…?君もお仕事で疲れてただろうに色々遣らせちゃう羽目になっちゃって…。」
『いや、良いですよ…自分が好きで遣った事ですから。はぁー…っ、……にしても、久々に友達と電話とかしたなぁ。何か、変に緊張したりとかして疲れたや…。』


思い切り溜め息を吐き出すと、PCの電源を落として画面を閉じる。

ついでにコンセントへと繋いでいた充電器などのコードも引き抜き、持ってきた機器等を片し始める。

其処で、ふと鳴ったお腹の虫。

きゅるるる…っ、と小さくも何とも間抜けな音が部屋に響き渡った。

途端、動きを停止した彼女が無言で自身の腹を一瞥した。


「……えぇーっと…、今の音って、もしかして…。」
『…私のお腹の音、になりますね…すみません。何ともお恥ずかしいばかりで…っ。』
「え…、いや、其れは別に構わないんだけど…っ、もしかして、君…御飯まだだったの……?」
『ええ…まぁ、はい。仕事を終えて帰ってきたばかりに遭遇した訳でしたから、自宅に直帰してすぐの現状でしたので、まだです。ので…今、現在進行形でめっさ腹減りまくり中です。』
「ええ…っ!?そんなだったのに、僕の為に彼是あれこれ後回し僕の方への予定を押して色々遣ってくれていたのかい!?」
『はい、そうなりますね。』


どうしてそうもあっけらかんと答えられるのか。

思考が追い付かない。

一寸ばかり、俯いて頭を押さえた燭台切。

顔を上げた頃には、呆れを通り越して怒りを抱いていた。


「君ねぇ…其れならそうと早く言っておいて欲しかったな…ッ!」
『え…?どうしてです?』
「僕は、今日行く宛が無い以上、此処に一晩泊めてもらうしかない立場だ…!なら、その恩を返す為に君の身の周りの手伝いをしようと考えていたんだ…っ。なのに、君ってば…僕に何にも言わずお腹を空かせたまま作業してたんだから…!少しは自分の事も大事にしてあげなきゃ駄目でしょ…っ!?」
『は…、え?何で自分今怒られてるの…?』
「君が自分の身を第一に考えないで自分の事は後回し、寧ろ蔑ろにしてるから僕は怒ってるんだよ…ッ!!」


唐突に怒り出した彼に付いていけず困惑したような顔で居ると、徐にテーブルへと手を突いた彼は立ち上がり、客間を出て行こうとした。

その流れに驚き、慌てて彼女も立ち上がりかけながら彼の服の裾を掴み、引き留めた。


『ちょ…っ!?ちょちょちょ待ってくださいよッ!!何処に行くつもりなんですか…っ!?』
「…厨。」
『へ…っ?』
「厨だよ…。現代の君に分かりやすく言うと“キッチン”…、台所の事だよ。今日、此処に泊めてもらう一宿一飯の御礼の代わりに僕が作ってあげるから。厨の場所…、教えてくれるかい?」
『え………。』


彼の行き先を聞いた途端、呆けたような顔になった韓來。

見事なまでにポカン…ッ、とした顔なのであった。


執筆日:2018.05.04
加筆修正日:2020.02.24

少々強引過ぎました。