不器用な優しさ


怒った矢先に部屋を出ていかれそうになった事で、てっきり呆れに呆られ見放された+失望されたのだと勝手に思い込んでいた韓來は、先の発言で驚きに目を見開いていた。


『………え…、あ、の…っ、もしかして…今日の晩御飯、作ってくださるんですか…?』
「さっきからそう言っているじゃないか…。」
『や、でも…っ、本当に良いんですか…?迷惑とかじゃないですか……?』
「何で君が其処まで気まずそうに気にするんだい…?世話になるのは僕の方だろう?礼を返すのは紳士として当たり前だし、礼儀じゃないか。…其れに、君だって仕事と雨に降られて身も心も疲れてたところを押して、僕を元居た世界へと戻そうと力を尽くしてくれてる…。そんな君の身を労ってくれる人は、今此処には僕しか居ないんだから…出来得る限り癒してあげたいなと思うよ。」
『光忠さん…。』


いきなり怒ったり、説教垂れてきたりしたけれど…その実は、厳しくもその中には優しさが含まれていて、ちゃんと相手の事を考えてくれていた刀のようだった。

人の身を持った今だからこそ、刀の時以上に知る人の身の脆さ。

其れを…彼は、よく心得ている。


「ほーら…っ、何時までボーッとしてるの…?そんな中途半端に突っ立ってないで、厨の場所まで案内して欲しいな?君に教えてもらわなきゃ、まだ家の中を把握し切れていない僕は分からないよ。」
『…え?あっ、はい…!すみません!今案内しますから…っ!!』


成程、錬度が高ければ高い程、その分経験値も高い上に人の生活には慣れている…、という事か。

何とも不思議で複雑な感覚である。

だがしかし、悪い気はしなかったのだった。

気を取り直して、パタパタと慌てて台所の場所まで案内すれば、キョロキョロと辺りを見回して物の配置や何の道具が揃っているかを確認する。

フライパンや鍋など台所に置いてある調理器具全て好きに使ってくれて構わない事を伝えると、「有難う。じゃあ、遠慮無く使わせてもらうね。」との返事を返された。

どんな食材があるのか確認したいと、冷蔵庫の中身を見て良いかの許可を問われたので是と答えれば、早速バッと開けて中を物色される。

食事を作ってくれると言ってくれたのは彼な為、別段文句を言う事も無く黙って様子を窺う。

ザッと粗方冷蔵庫の中の物を把握したのか、顔を上げた彼は一度冷蔵庫の戸を閉めて此方を向いた。


「取り敢えず、どういう食材があるのかは大体把握したよ。時間も遅いから、手軽で簡単に出来る、尚且つ手早く作れる物を作る事にするね。今ある材料で作るから、どうしても有り合わせの物になっちゃうけど…。」
『あ、その点については全然大丈夫です…っ。寧ろ、作ってもらう立場で異論なんか無いです…!』
「そう…?なら、早速この台所使わせてもらうね。君は、御飯が出来るまでに他の用事を済ませておきなよ。待っている間、どうしても少し時間が空くだろう?仕事から帰ってきたばかりなら、着替え以外にも他に遣る事があるだろうからね。御飯が出来たら声をかけに行くから、諸々済ませておいで?」
『…あ、はい…分かりました。じゃあ、私…二階の自室に行ってるんで、出来たら下から声をかけてください。すぐに降りていきますから…。』
「オーケー、下から呼びかければ良いんだね?了解したよ。」


そう言って腕捲りをした彼は、すぐさま調理に取り掛かり始めた。

一応、御飯は冷凍していた分が残っていたので、其れをレンジでチンして温めるだけだとの事を伝えてから二階へと上がっていく。

事前にレンジなどの電気調理機器の類の使い方は分かるのかを問うたら、自身の本丸でも普通に使っていたから大丈夫だと言われたので、その手の説明は省けて良かったと安堵する。

実際、説明するなんて事になっていたら、「まずは其処からか…!」と面倒な事になっていた事間違いなしであったからである。

その点を申すと、彼は実に使い慣れていそうだったので安心だ。

こんな時であるからか、時代錯誤の差や文明発明の有難みを感じる韓來なのであった。

一先ず、宣言した通りに二階の自室へと行けば、無駄に入っていた肩の力を抜いて溜め息を吐く。


『………ふぅー……っ。…普段からもそうだけど、仕事関係以外で異性に接する事が無くなったからか、慣れないな…。仕事だったら仕方のない事だって割り切れるし、学生時だって共学だったから男が居ても平気だったけど…学生卒業して以来はさっぱりだからなぁ…。おまけに、相手は二次元に存在する相手で超絶イケメンと来た…。……私、堪えられるのかなぁ?今の現状に…。既に、現段階の状態でも心臓やばいんですけど。』


平気そうな顔を装っていたが、実のところ、心臓バックバクでめちゃくちゃ動揺しまくっていた韓來。

幾ら肝が据わっていようとも、あまりにも非現実的な事が起これば誰だって動揺する。

其れが、例えすぐでなくとも後から来る場合もある。

彼女の場合は、正に後者に当たる。

色々と驚くべき事が起こり過ぎて、感情などの処理が遅れてしまっているのだ。


(しかも、自分の推し刀…好きキャラとも言える“我が嫁なるお刀様”と逢えるとか、どうしたら良いよ…。頭追っ付かないよ……。)


半ば呆然とした思考だが、一応遣るべき事は遣っておかなければ。

明日仕事で着ていく用に別に仕舞っていたスーツを出してきたり、濡れた鞄を拭いて乾かしておいたりと、挙げれば其れなりにあるのだ。


『取り敢えず…化粧落とすか。もうほとんど剥げてるだろうけど。』


机の上に鏡と化粧落としに必要な物を揃えると、剥げかけた化粧を落としに掛かるのだった。

その後、洗顔しに一度下へ降りて洗面所へ。

そうしてまた部屋へ戻って明日の準備を進めたりしていると、不意に下から呼ぶ声がした。

どうやら晩御飯が出来たようである。

時間にしてそんなに経っていない事を思うと、本当に手早く作れる物を選択して作ってくれたようだ。

軽く返事を返してから部屋の電気を消し、階段を降りていく。

すれば、御飯の良い匂いを漂わせた彼が階下で待ってくれていた。


「御飯を何処で食べるかまでは聞いていなかったから、勝手ながらも軽く他の部屋を覗かせてもらったよ。そしたら、厨のすぐ隣に居間っぽい部屋を見付けたから、其処に運ばせてもらったよ。」
『わ、すみません…っ!肝心な事を伝え忘れてましたね!本当重要なとこ抜けててすみません…っ。わざわざ運んでも頂いて有難うございます!』
「良いんだよ。君も色々と疲れてただろうしね。気にしないで。あと、御飯を部屋に運んだのは、御飯を食べるなら普段から食べ慣れた部屋で食べた方が食べやすいかな、って僕が勝手に思って遣った事だから。」


またもやペコペコと謝っていると柔く其れを制した彼にそう言われた。

この刀というのは、本当によく気が利く刀なようだ。

彼に促されて居間へと行けば、有り合わせの物で作ったとは思えない素晴らしく美味しそうな料理が並んでいた。

見た目からしてキラキラとしたオーラみたいな物を発しているように見える。

其れくらい綺麗で色鮮やかなバランスの整った洋食が食卓に並んでいた。

コレを簡単に手軽且つ手早く作ったのか…?

そんな風には思えない逸品達だらけだった。


「さぁ…、冷めない内にどうぞ。」
『で、では…い、頂きます…っ。』


席に着いて、いざ実食。

緊張で震える箸で掴んだ一口をパクリ。

静かにゆっくりと咀嚼し、其れを飲み込む。

そして、忽ち「ほぅ…っ、」と漏れ出る息。


『…美味しいっ。』
「其れは良かった…。君のお口に合うようで、安心したよ。」
『コレ、めちゃくちゃ美味しいです…!有り合わせで作ったとは思えないメニューです…っ。』
「あはは…っ、お褒めにあずかり光栄だよ。僕が今出来る事と言ったら、料理やお掃除とか、身の回りの家事を手伝う事ぐらいだからね。そういう事に関しては、僕の得意分野でもあるから、頼みたい事とかあれば何でも言ってね?」
『何でも、は流石に恐れ多いです…っ。一応、お客さんの立場の方なので…!』
「そんなに気にしなくても良いよ。其れについては、僕が勝手に転がり込んできたようなものなんだから。助けてもらっている以上、恩は返したいしね。“ギブアンドテイクの関係”ってヤツだよ。…それじゃ駄目かな?」
『そういう言葉知ってるとか、流石現代に詳しい刀ですね…。流行には鋭いタイプかぁ…。』
「ふふふ…っ、此れでも、僕は本丸の中でも最も現代の事については詳しい方と思うよ?だからじゃないかな…?横文字的な言葉もスラスラ口から出て来るのは。」
『正に伊達男…ファンが多いのも頷ける。』
「うん…?何か言ったかな?」
『いえ、何も…。単なる一人言ですので、お気になさらず。』


うっかり心の声を漏らしていると、首を傾げた燭台切。

危ない危ない…。

無意識に口を突いて出てきた物だったが、此れからは気を付けねばと韓來は一人頻りに箸を動かしては口をもごもごさせた。


『ところで…光忠さんの方は、食べないんですか?』
「ん…?僕は、出陣する前にお腹いっぱい食べてきていたからね。出陣した先では沢山エネルギーを消費するから、その為に何時も御飯を食べる時はしっかり食べる様にしてるんだ。そうでないと、戦ってる最中に上手く己の力を発揮出来なくなってしまったりして困っちゃうし。そういった事から、今はあまりお腹は空いていないんだ。だから、作ったのは君の分だけだよ。」
『成程…、其れで光忠さんの分は用意されてなかったんですね?てっきり、光忠さんも一緒に食べるのかと思ってました。其れで変に勘違いして、“もしかして私に遠慮でもしてるのかなぁ〜?”…と。』
「ふふ…っ、気にかけてくれていたのかい?どうも有難う。でも、心配には及ばないから、気にしないで食べてくれ。」
『…さいですか…。』


そう言って、彼は真向かいの卓越しに片肘を付いて頬杖をし、何故か此方を嬉しげに見つめてきた。

ただ食べているだけの様を見られるというのは、どうにも居心地が悪く気まずいものだ。

あまりの居た堪れのなさに、なるだけ彼の方を見ないように俯いて食事を続ける事にした。

そうしていると、二人の間に流れる静かな無言の間が非常に辛い。

かといって此方ばかり喋るのも、返って食事の手を止める事になるのであまり話しかけれない。

話しかけるか否かで悶々と悩んでいたら、彼の方から「そういえば…、」と話題を切り出してくれた。

内心、「静寂を破ってくれて有難う」と「其方から話題を振ってくれて有難う」と二重の意味で感謝を述べ、ホッと息を吐く。


「…君って、この家に一人で住んでいるのかい?」
『いえ…、私一人じゃあないですよ。私の他に母が一人で、二人暮らしです。ウチは、昔から母子家庭なので父は居らず二人暮らしなんですよ。偶々、今は仲の良いお茶仲間の友人と二泊三日の旅行に出掛けていて不在なんですけど。』
「へぇ…。だから、君以外に住んでいる人間の気配がしたのか…。家の広さも、君一人だけには広過ぎる物だものね。じゃあ、君のお母さんが留守にしている間、君は一人で家の中を回しているのかい?」
『はい、そうですよ。家事と言っても一人分ならどうって事ないですし。昼間は仕事で家を空けていますから。大した支障は無いです。』
「ふぅん…。話はちょっと変わるけれど、君自身はその旅行に付いて行ったりはしなかったんだね?」
『私には仕事がありますから、そう簡単に休めたりはしませんよ…。其れに、旅行チケットにも期限は有る訳ですし。…つって、偶々商店街でやってたくじ引きに当たっただけの代物なんですけどね。其れも、厄介な事にペア旅行券…まぁ、福引きや懸賞には有りがちな物ですが。使わないのも勿体無いし、かと言って誰かにあげるくらいなら“誰か仲の良い人でも誘って行ってきなよ”って私から提案したんです。偶には、母にも気兼ね無く娘の事も気にせずにのんびり羽を伸ばしてきて欲しかったので…。何時も苦労をかけてきた分、労いや感謝の気持ちを込めて…、みたいな感じですかね。』


言葉の節々に滲み出る彼女の想いが、優しさとなって零れていく。

パチリ、瞬きをすれば、一瞬だけキラキラと淡い輝きを見た気がした。


執筆日:2018.05.27
加筆修正日:2020.02.24

自分の身は大切に。