羊とバクの喧嘩


「なァ、アンタって“俺”と恋仲なんだってな?」
「は…っ?」


定期的な遣り取りをしているがてらにお互いの本丸とを行き来する事も少なくない中、姉の本丸へお邪魔していた際に唐突にそう彼方側の同田貫に話しかけられたのだった。

色んな意味でいきなり過ぎて、話の内容もぶっ飛び過ぎていた事もあって、思わず何も取り繕わないままの素の返事を返してしまった。

何だよ、いきなり…吃驚するなぁ。


「誰に聞いたの、その話…」
「俺の主から。つまりは、アンタの姉貴から」
「嗚呼…成程ね。といっても、正確に言うと君とじゃなくて、“ウチに居るたぬさんと”だから…其処んとこ履き違えないようにねぇ〜」
「分かってるっての。ただ、本当に俺と同位体の奴を好いてんのか気になって聞いただけだ。今の反応からすっと、本当の話みてぇだがな」
「まぁね〜。…ところで、そういう話が君の口から出て来るとは思わなかったんだけど、何かあったかい?」
「ついこの間、戦から帰ってすぐに出陣報告しに主んとこ行ったら、まじまじと顔見つめられながら、“――コレと同じ顔が我が妹の彼氏になるのか…、そうかぁ…。”って染々と言うみたいにぶつくさ呟かれたからさァ。つい何となく気になって声かけてみただけだ」
「マジかよ。何やってんだよ、あの人…」


今はこの場に居ぬ我が姉を思って眉根を寄せた。

仮にも自分とこの刀剣男士だろうに、本当何やってんだ、あの人。

我が姉の阿呆行動に溜め息を吐いていると、改めて姉宅の方の彼に顔を覗き込まれてたじろいだ。


「な、何すか、今度は…っ」
「いや…本当に俺と同じ顔に惚れてんのかなぁ〜、と思って?」
「た、確かに、俺は自分とこのたぬさんの事は好いてるけど、同じ同田貫であっても別個体である君の事は別だと考えてるよ…っ?」
「あ、やっぱりそういう感じか?」
「何のつもりで顔近付けてきたのか、今何となく分かったわ…」
「はは…っ、気ィ悪くしたなら悪かったって!いや、やっぱり同じ同田貫の存在を好いてくれてる奴が近くに居るんだな、とかって思ったら気になっちまってさ。つい、訊いてみたくなっちまったんだよ。不用意に顔近付けて悪かったよ」


ウチよりも先に極の修行を終えていた個体だからか、何となくウチのたぬさんよりも色々と肝が据わってるな、とかって思ったりしなかったり。

取り敢えず、すぐに謝られたので、別に此方もあまり気にしていない件を伝えると、「やっぱ、アンタって変わってるよなァ」と返された。

何故だ、解せぬ。

別段、自分は変人の枠組みに組まれるような人間ではないと思うのだが。

そんな思いが滲み出ていたのだろう。

すぐに眉間の皺を寄せてしまう癖で顰めっ面を作っていたせいで勘違いされ、また謝られてしまった。

御免て、別に今の君の発言に怒ったとかじゃないからそんな申し訳なさそうに謝らないでよ。

暗に其れを滲ませるように返せば、「悪い」と短く返された。


「眉間にすぐ皺寄っちゃうの癖なんだ。誤解させてすまんね」
「いや、こっちも不躾な事言った自覚はあるからお互い様だ」
「で…何でさっきの反応返したら“変わってる奴認定”されたんすか?」
「ん?まぁ、アンタが見た目と違って意外な奴に惚れたんだな、って思ってか?」
「そんな意外に思う…?」
「おう。だって、アンタみたいなタイプ、普通なら俺みたいな見てくれの奴よか燭台切みてぇな見目の良い奴に惹かれると思ってよ」
「あー…まぁ、確かにとうらぶハマった当初はそうだったけどなぁ…めっちゃメタイ事言うけど。審神者なる前は、確かにみっちゃんとかいう王道派でしたな」
「やっぱりそうだったのな」
「うん。でも、俺ってば、こう見えて元々血の気の多いタイプだったんで、見るからにオラオラしてる子も好みだったのね?だから、知らない内にたぬさんに惹かれてて…気付いたら沼にドボンッ!と落ちてたのよ。いやぁ〜、アレは本当無自覚気付かぬ間に…って感じだったわぁ〜っ。実は、今でもたぬさんに惚れた瞬間とかきっかけみたいな確実なもの、分かんないままなんだよね」
「そうなのか?」
「うん、此れマジな話。今まで何かのキャラ好きになった時とかは、確実に好きになった瞬間ってのがはっきりしてたんだけど…たぬさんの時だけは本当分っかんなくてねぇー。何で俺たぬさんに惚れたんだろう…?」


改めて考えてみても、“その瞬間”ってものが思い当たらなくて頭を捻った。

何時考えてみても、彼へと落ちた瞬間が謎なのだ。

強いて言葉で言い表すならば、“自然とフェードインしていた”という感じである。

此れ以外に言い表せる言葉が思い付かない。

そうこう頭を捻らせ唸っていたら、ちょんちょん、と肩をつつかれ我に返る。

そういや彼と会話している最中なのであった。

思わぬ事で忘れていたと現実へ意識を引き戻した。


「御免御免。つい、自分の世界へと入り込んでたわ」
「そんな考え込む程の事だったか?今の」
「う〜ん…自分的にはそうだったかなぁ。ほら、やっぱり気になったりしません?自分が誰かを好きになった瞬間とかって。だって、俺…たぬさん一筋になるまで、恋愛のれの時も経験した事無い、俗に言う“彼氏居ない歴=年齢”だったんですもん。だから、よく分かんないのが何となく気になる訳なんですよぅ」
「…成程。取り敢えず、アンタがそっちの俺にぞっこんなんだな、っていう事は分かった」
「え…そんな真顔で仰います程ですかいな?」
「アンタ自身は自覚無ェんだろうけど…さっきから平気でめっちゃ自分とこの俺の事好きってぶっちゃけてたぜ」
「あ、御免。もしかして気まずい空気させちゃった…?だったら御免ね。完全に何も考えて無かったわ」
「いや、まぁ…正直にぶっちゃけたら、“何で惚れたかどうか”を悩み始めた時はちょっと気まずかったというか、複雑な気持ちになったけども。同じ同田貫の事を好いてくれてる分に関しちゃ、俺自身は嬉しく思ってるからさ。感謝してるくらいだぜ?」
「え?ぎゃ、逆に驚きなんすけど…っ。そ、そんなにっすか…?」
「まぁな」


思わぬ返答を貰って再び驚く。

何かさっきから驚いてばっかだな、私…。

そんで、今日は驚く事が多いなぁ。


「俺は見ての通り、他の奴等みてぇに着飾りもしねェーわ愛想も良くねェーわで、おまけにこの傷だらけな見てくれだろ?アンタみてぇな奴が好くには意外以外に無かったのさ」
「別に…俺はその傷だらけの見た目、気にしないけどなぁ。純粋に格好良いよなって思えるし。寧ろ、戦う男の勲章みたいでイケてません…?まぁ、現実的に考えたら、そりゃ怖い人に見えるだろうけども。見た目に反して、君等同田貫の刀はしっかりしたちゃんとしてる子ばっかりだからなぁ…うん、全然怖くはないや」
「無自覚っつったのは、そーいうところだよ……。アンタって本当衒いも無くべた褒めしてくんのな…?お陰で、何か俺まで変にむず痒い気持ちになってきたわ…」
「だから御免て。俺は今言われた事に対して思った事を返しただけだから」


またもや無意識にたぬさんへの愛を語ってしまっていたようだ。

やっべ…もう末期なのかな、俺。

だったら、もう手遅れだな。


「ま…っ、俺の刀そのものの強さを見込まれて惚れられたんじゃあ仕方ねぇよな…!頑丈さが誇りの俺なんだからさ、其れに惚れ込まれる事自体に悪くは思わねぇよ。寧ろ、なかなかに良い目を持ってんじゃねーかって感心したくれぇだ。アンタがそっちの俺に惚れてくれたお陰で、俺の方も何かと使われる事も多くなったしな。その分じゃ、アンタには感謝してるんだぜ?ありがとサンクス!」
「…まさかその台詞を他所の子である君の口から聞く事になるとは思わなんだや…審神者吃驚やで」


その言葉を聞いて漸く腑に落ちた。

成程、彼が私へと抱く感謝とはそういう事からだったのか。

納得の行く答えを貰ってスッキリである。

胸のモヤモヤが解決して安堵したところで、ふとまた彼からの視線が注がれている事に気付き首を捻った。


「今度は何ざんしょ…?」
「…いやぁ、改めてこうして思うと、俺と同じ顔した奴に惚れてるってどういう感じなのかと思ってさァ…。やっぱ、俺を見てても何か感じる事とかってあんのか?」
「具体的に仰いますと…?」
「えーっと、そうだな…。触りてぇだとか接吻してぇな、とかって思ったりすんのか…って事だな」
「思っきしぶちまけやがったな、こんにゃろう…!」


いきなりなんてぶっ飛んだ話題突っ込んできやがんだ此奴、って思ったけど…元を辿れば彼奴の元から顕現したんだから、そうあっても可笑しくはなかったやという事実に思い当たった。

そういや、この子、我が姉のとこから顕現してたわ…!

クッソ忘れてたわ、おーつ…ッ!!

頭ん中で冷静に状況分析してたら、またもやデジャヴな距離感に少なからずの危機感を抱いて後退る。


「…で?今度は何をなさるおつもりで…?」
「え…?まぁー、どうしても気になっちまったから、ちっとだけ試してみようかと?」
「何を!?というか、何故其れが許されると思ったし…!!」
「いやまぁ、本当出来心みたいなもんだって。そんな大した事やるつもりは無ェから安心してくれよ。俺は馬に蹴られる趣味は無いんでね」
「はぁ…、まぁ、そういう事なら…協力してやっても良いですけど?」
「アンタ相当そっちの俺に惚れてるんだな…その危機感の薄さは流石にどうかした方が良いと思うぜ?」


大した事無いって言うから協力を申し出たら、何故か白い目で見られた。

解せぬ。


「其れで…試すといっても、具体的に何をどう試したいんです?」
「そうだなぁ〜…手始めに、アンタのどっかを触ってみたりとかしてみても良いか?」
「えッ」
「あ、別に変なとこには触んねぇから、そう警戒しなくても良いぜ。つーか、一応そういうとこだけは警戒すんのなァ?アンタ…」
「いや、まぁ…此れでも一応女の端くれではある身ですので…?そういう危機管理はちゃんとしてますよ?」
「まぁ、安心しろって。絶対にアンタが嫌がるような真似はしねぇから。…じゃねーと俺が主に殺されるんでな」
「嗚呼、うん…そうだね。仮にも彼奴、俺のお姉やんなんで。そこんとこはきっちりしてると思うから、気を付けてね」
「おう…分かってるさ。アンタの姉貴を怒らせたら厄介且つ恐ろしいって事は身をもって知ってるからよ」
「既に経験済みだったなら問題無さそうっすね(笑)」


一先ず、警戒は緩めて良さそうだと思って、咄嗟に胸元へ引き寄せてクロスした腕を解いた。

王道的リアクションをしたのが効いたようで安心したぜ。

お互いに了承した事で、いざお試しな実験開始である。

試しにと腕を伸ばされたのは髪の毛で、さわさわと軽く頭を撫でられて擽ったい気持ちになる。


「おー、こりゃ噂に聞いてた通りの柔らかさだなァ…。本当に猫っ毛だったんだな〜」
「えへへ…地味に自慢の一つですぜ…っ!絡まりやすいのが難点だけども」
「へぇ…ウチにも猫っ毛な奴は何人か居るが、全員野郎だからなぁ。やっぱ、男と女じゃ違うもんなんだな。本物の猫撫でてるみてぇな感触だわ」
「此れでも、最近はそんなケアしてないんで、大分傷んでるんすけどね」
「よく分かんねェけど、触ってて気持ちが良いのはよく分かった。…あと、アンタの頭って撫でやすい形してんな。あと、頭の位置が丁度良いか?」
「うん…?其れって軽くディスってないっすかね、俺の事…。身長低い事地味に気にしてんだけどなァ…っ」


たぬさんとはちょっと違う撫で方に不思議な感覚を覚えつつ、されるがままを保つ。

一頻り私の頭を撫でて満足したのか、今度は顔の方へ手が伸びてきて、彼の硬い掌が頬へと触れ、反射的に一瞬目を瞑ってしまった。

一瞬だけだったので、気にせずそのままで居たら、再び彼から溜め息混じりに「本当アンタ警戒心薄いなァ〜…」と染々言うみたいに零された。

何でだ。


「アンタの頬っぺたってやわっこいなぁ〜…短刀の奴等と良い勝負なんじゃねぇか?」
「んみゅ…?そんなにですかいな?」
「おー。めちゃくちゃやわっこくて餅みてぇ。食ったら美味そうだな」
「食べちゃ駄目ですよぅ。もし、仮に食おうだなんてしたら、加減無しにぶっ飛ばしますからね〜。俺、こう見えて其れなりに強いんで、舐めてかかると痛い目見ますよん…?まぁ、お姉やん程じゃあないっすけどね」
「いや…今の脅し文句だけでも十分怖かったわ…。やっぱ、アンタ、あの主の妹なだけはあんな…。殺気だけで恐ろしく鳥肌立ったわ」
「え…俺、今殺気出してました?全っ然自覚無かったんすけど」


そう言ったら、何か恐ろしいものでも見たかみたいな顔してドン引かれた。

そんな引かれる程にかよ…地味に傷付くわ。

そうこうしている内に、何だかお互いがお互いの頬をもちもちと触る流れになっていて、端から見たら大分シュールな図が出来上がっていた。

何じゃコレ。


「つかぬ事をお訊きしますが、同田貫さんや…?此れ、何時まで続くんです?」
「特には考えて無かったんで、終わりもどうしようか分かんねェ」
「マジかよ。飛んだ天然さんかよ、可愛いかよ」
「まぁ、何となく分かったのは…別に何か試してみたところで、俺の方では何も変わる事は無かったってところだな」
「成程成程…そいつは俺も同じ意見っすね。ぶっちゃけ俺の方も何とも思わない感じっす。試す前は、もしかしたらちょっとは何か意識したりするのかなぁ〜…?とかって思ったりしたんすけどね。実際は全くという程変わりなかった感じっすわ。ちょっと擽ったいな、って思う程度で。…たぶん、根本から“たぬさんとは違う存在”っていう意識があったからじゃないすかね?」
「あー…成程な。確かにそんな感じはする。俺自身、アンタの事は嫌っちゃいないが、別に恋愛観念で好きって感情は無ェからなぁ…やっぱあんま関係無かったな」
「解決したんなら…そろそろこの謎行為も止めにしません?」
「んー…もうちょっとだけ堪能してても良いか?何かずっと触ってたらクセになってきたみてぇでさ。めちゃくちゃ触り心地良いんだよなァ、アンタの頬っぺた…。餅みてぇにやわっこくてさ、マジで一回食らい付いてみたら美味そうだって思うわ」
「ハイ!即刻止めにしましょう、この謎行為…ッ!!」


本気でコレには身の危機感を抱いて叫び、彼の手を引っ掴んで動きを止めたところで、ウチのたぬさんがいらっしゃって今の現状を見て怪訝な表情を作った。


「何やってんだ?アンタ等…」
「あ、たぬさんお帰りんしゃ〜い。お姉やんとこでの用は済みやしたかい…?」
「嗚呼…済んだからアンタんとこに戻ってきたんだが、何やってたんだ?」
「ちょっくらアンタんとこの主借りて実験してみてたってとこさ」
「実験…?実験って、何のだよ…?」
「まぁ、軽くボディタッチしてみて、お互い何か変化はあるか?ってな事を確かめてた感じかなぁ?」
「事の始まりは、アンタとウチの主の妹さんが恋仲だって聞いたから…同位体であれど別個体である俺とアンタじゃ、何か違いはあんのか試してみてただけの話だよ。なァ?」
「Yes。んで、今はその実験結果を纏めてみたところ、何も変わらなかったという事が分かりました…!まぁ、始めから俺自身が彼の事を根本からたぬさんとは違う存在だと認識してるからだと思うね。お姉やん宅の同田貫さんとたぬさんとじゃ、やっぱり色々と違うからさ。例え見た目そっくりでも、やっぱ感覚的に異なるんだよなァ〜不思議な事に」
「…話は理解したが、アンタの方は何時までウチの主の頬を触ってる気だ…?」
「いや、何かクセになる触り心地でよ。あんまりにやわっこくて気持ちが良いから、段々と美味そうに思えてきて、一味ペロッと舐めるくらいの味見はしてみてぇなと思ったりしなくも……、」


さっき引っ掴んで止めた筈なのに、油断した隙に拘束が緩んだか、いつの間にかまたもちもちと触られていた私の頬っぺた。

流石の今の台詞には先程以上に身の毛がよだつというか、めっちゃ『ゾワッ!』となったんで思わずドン引きして彼の事を見遣ろうとした瞬間、視点がぐるり。

彼が言葉を最後まで言い切る前に、たぬさんから彼の手より剥ぎ取る勢いで遠ざけられて吃驚した。

向こうも其れは同じだったようで、目にも止まらぬ素早い動きに、感嘆の口笛を吹いて評価していた。


「なかなかに速い動きだったな…!良い動きじゃねェーか。アンタと一戦交えてみるのも、なかなかに面白そうだぜ…っ!」
「やっぱり、アンタは油断ならねぇな…ッ」
「そうカリカリすんなって。俺はただ同じ同田貫の存在が人間の女に好かれて嬉しく思ってんだぜ?武器としての意味もちゃんと理解してくれてるみてぇだしな…!良かったじゃねェーか、ご同輩さんよ?アンタの女は良い女だ。大事にしてやんな」
「…テメェに言われずとも、此奴の事は心の底から大事にしてやるつもりさ。誰にも傷付けられねェように、鬼だろうが仏だろうが、此奴の前に敵として立ち塞がるものは全部ぶった斬ってやるよ。…ついでに、もしも、ウチの主に手ェ出そうなんざ考える輩が居たら、一匹残らずとぶちのめしてやる覚悟だ」


急な展開に、開いた口が塞がらないとはこの事である。

まさかそんな台詞直接言われるだなんて思ってもみなかったから、密着しているのも相俟って滅茶苦茶恥ずかしくなってきた。

たぶん、今鏡見たら顔真っ赤だと思うくらいには滅茶苦茶顔が熱かった。

穴があったら埋まりたいレベルなんすけど…良いですか?

たぬさんの発言に再び感嘆した様子の彼は、たぬさんの意気込みを気に入ったのか、喜色満面の様子で笑って、後からやって来た我が姉に“祝杯の宴やろうぜ!”とか何とかって喋りかけてた。

祝杯やろうとかって…アンタは何処の号さんだよ。

思わず呆れて「ハハハァ〜…ッ」という気の抜けた笑みを漏らしてしまった。


「ところで…何時まで俺はこの体勢なんかな、たぬさんや?」


至極疑問に思って問いかけたら…何やら不機嫌面でこう返されてしまった。


「…彼奴に何か変な事されてねぇか確認終わるまでは、一切離してやる気は無ェからな」
「何もされてないってば…ッ!?そもそもされそうになってたら俺がぶっ飛ばしてたっつーのォッッッ!!」
「分かんねぇかもしれねェーじゃねーか。彼奴と俺は全く同じ顔付きしてんだからよ。もし仮に彼奴が本当にアンタに食らい付いてたとしたら…アンタ抵抗出来たか?」
「確かに俺とお姉やん姉妹だから、元を辿ればたぬさん達も似た者同士だろうけどさぁ…っ!!諸々全部が同じって訳じゃないんだから、流石の俺も其処まで柔な精神してないよ!?襲われそうになったらちゃんと自衛出来るくらいの心持ちではあったよッ!?」
「おー、そうかよ。じゃあ、何でさっきすぐに抵抗して見せなかったんだろうなァ?」
「そ、其れは…っ、あの子がまだ本気で襲ってくる気無さそうだったから…!」
「その油断がさっきの状況を生み出したっていう自覚は無ェみてぇーだなァ。彼奴の事を“あの子”と呼ぶような認識持ってる時点で、アンタの危機管理に対する薄さが見え見えなんだよ、バーカ」
「馬鹿って何だよ、馬鹿ってぇ…ッ!?」
「彼奴も俺と同じ極めた身…下手したら彼奴の方が力は上手なんだ。下手に油断してっと、マジで食われっぞ?彼奴は俺と同じ穴のむじなだ。恐らく、俺と好く女の好みは似たか寄ったかだろうぜ」


喉奥から出したようなガチトーンの低音で忠告されて、流石にコレは本気マジだと思って頷いといた。

じゃないと、鋭い目線が突き刺さって痛かったから。

軽く視線だけで人を射殺せそうだと思った事は内緒にしておこう。

一先ず、暫くお姉やん宅の同田貫とは距離を取る事を約束させられ、ついでに言うと、祝杯挙げるとかどうとかっていう話は却下されたそうな。

我が姉曰く、「まだ正式に結ばれた訳じゃないから気が早いわ」だそうです。

確かに、彼氏と彼女が付き合い始めたレベルで祝杯挙げられんのもちと困るわなと思った。

精々、何か奢ってくれるレベルが丁度良いと思った俺は、なかなかに図太い神経してるわと思うのだった。


執筆日:2020.07.12

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