愛しいものが恋しくて


一日振りの本丸だった。

二十四時間という長時間遠征の中でも最長で難易度の高い遠征…今回俺はその遠征組に組まれていた。

まぁ、内容的には其れ程難しくは無く、難易度が高いと言えど、其れは総部隊錬度が三〇〇以上に高くないとこなせないというくらいで、あとは任務内容をこなしつつ大量の資材や小判を持ち帰る事が目的だった。

転移ゲートの役目も果たす本丸の門を潜り抜けて、表玄関へと向かう。

共に遠征をこなした部隊のずおや他の奴等の様子を見遣れば、流石の最長時間遠征だった事に皆一様に草臥れた顔を貼り付けていた。

俺はまだ体力に余裕はあったが、多少疲れが滲み出てきている自覚はあった為、持ち帰った荷物をさっさと蔵に仕舞って重たい装備を脱いで身軽になろうと部屋へ向かった。

取り敢えず、自室に諸々を置いてくる前に主に報告がてら顔を見に行こうと本丸に帰り着いてすぐ審神者部屋へと直行する。

もし許されるんなら、一抱き(まぐわう方じゃない方)くらいして彼奴の匂いを嗅ぎたかった。

疲れて思考が鈍ってる気もしたが、細かい事を考えるのは面倒くさくて、自分の身形がどうとか云々については二の次だと後回しにした。

迷い無い足取りで主の部屋へと向かっていたら、途中の廊下で代理の近侍を務めていた薬研と擦れ違った。

そして、遠征から帰った俺の顔を見るや否や、ニッと口角を上げて主が今どうしているのかを教えてくれた。


「おう、帰ったか田貫の旦那。お疲れさん…っ。大将なら、少し前に床に就いて休んでるぜ。最長時間の遠征で疲れてるだろうが、顔だけでも見せに行ってやんな」
「おぉ、わざわざ教えてくれてあんがとな。そもそもがそのつもりだったから助かるぜ。近侍の方も代わりお疲れさん。後は、何時も通り俺が引き継ぐから、何かあんなら直接俺んとこに持ってきといてくれ。まぁ、俺はちょっと疲れちまったから、この後すぐに寝ちまう予定だがな」
「そうかい。なら、急ぎの用以外は明日の朝持ってくとするか。特に急ぎの用件ってのも無いんだが…まぁ、御上からの定期知らせが届いてたんでな。目ぇ通すだけでもしといてくれ」
「了解した」
「あ、あと言い忘れねぇ内に伝えとくが、大将また徹夜して今まで起きてたんでな。声かけるならそっとめにな…!」
「またかよ…ったく懲りねぇなァ、あの人は」
「ははっ、まぁ旦那が丸一日本丸を空けてた訳だからな。極力旦那が帰ってくるまでは起きてたかったんだろ。結局保たなくて電池が切れちまった訳だが…愛しの旦那が帰ってきたんだ。しっかり充電しといてやってくれよ、だーんな」
「へーへー、わぁーってるよ、一々言われなくても…」
「良かったじゃねーか。大層愛されてるぜ、旦那は。男としても箔が付くなぁ、こりゃ!その調子で大将の事、宜しく頼んだぜ〜っ!」


俺が不在の間の件と主の現状を聞くついでに、余計な一言までおまけに付いてきて、俺は面倒くさげに返した。

終始愉しげに言葉を連ねた薬研は、満足そうにしながら後ろ手に手を振って去っていった。

あんまり主との事で弄られるのは、なかなかに慣れなくて照れくささが勝る。

一先ず、薬研に言われた通りに静かに部屋を覗きに行くと、布団に真ん丸く包まった主が疲れた顔をして寝ているのを見た。

徹夜した後だと分かる顔付きだった。

最早板に付く程の顔付き振りに、毎度の事ながら呆れの溜め息を吐いて、疲れた寝顔を晒す主の頬を撫ぜる。

今は其れだけに留めて、寝に就く前に汗だけでも流してこようと部屋を後にした。

腹も空いている気がして、寝る前に何か腹にでも入れようかと一瞬思ったが…主の顔を見たら、何だか眠気の方が勝ってる気がすると思い直して、食べるのは一眠りしてからにする事と決めた。

今後の予定をざっと軽く頭の中で組み立て、寝る為にもまずは汗を流してくるかと着替えを取りに自室へと向かう。

流石にこのまま寝入るには汗臭過ぎるだろ、と襟元の服を引っ張って匂いを嗅ぐ。

案の定、汗臭ェ自分の濃い匂いがむわっとしてきて鼻を突いた。

己が男の身故か、汗臭さも女の其れとは全く違ってツンとしたものが香る。

どうしてこうも異なるのかが謎だと疲れた頭で思考しながら、脱衣処で汗塗れの服を脱ぎ捨てた。

女である主を抱いた時でさえ、こんな匂いはせず、寧ろ主からは何時も花のような淡い良い香りしかしなくて、手早く汗を流しながらも早くその良い匂いに包まれたいとしゃかしゃか手を動かした。

ささっと汗を流して綺麗な衣服へと着替え、水分補給も済ますと、再び向かうは主の元。

帰ってから主の事しか考えてない自分に、内心“俺もなかなかに惚れ込んでるよなァ…。”なんて思いながらも、其れは主も同じ気持ちだったかと思えば満更でもなかった。

主の部屋へ向かえば、先程見に来た時と何ら変わらぬ光景が広がっていた。

相も変わらず、主は疲れた寝顔を晒しながらスヤスヤと寝入っている。

そんな主に、俺は慣れた調子で閨へと入り込み、主の眠る布団へともぞもぞと潜り込んだ。

自分の布団を別に用意して寝る手立ても無くは無かったが、今は此方の手段を取る事を選び、寝る事にした。

今はとにかく早く主の匂いがするこの場に包まれ落ち着きたかったのだ。

眠る主を後ろから抱き竦めて、首の後ろへと鼻を埋めて、漸く其処で初めて本丸に…この人の元に帰ってきたのだと安堵の息を吐けた。

深く息を吸い込んで、甘く柔い良い匂いのする主の匂いを胸いっぱいに吸い込み、満たされる。

嗚呼、この匂いがやはり一番落ち着く匂いだ。

そんな感情を胸に抱いて、俺も大概惚れっぽくなったなと自嘲の笑みを浮かべた。

そうこう満足げに主の匂いを堪能していると、俺が同じ布団で一緒に寝ようとした気配を察したのか、僅かに目を覚ましたらしい主が寝返りを打って此方を向いた。


「…ん……たぬさん、帰ってきたんだね……」
「おぅ…今帰った。飯食うのも面倒なくらい疲れて眠かったから、邪魔してるぜー…」
「ぅん……おかえり、たぬさん…遠征お疲れ様でした…」


もぞり、と動いたかと思えば、俺の胸に擦り寄るようにしてそう小さく言葉を告げた主。

眠いながらも俺が帰ってきた気配に起きて帰還の挨拶を伝えようとしてくれる健気な姿が愛おしくて、俺は優しく主の身を抱き寄せ己の腕の中に閉じ込めてやりながら返した。


「嗚呼…ただいま」
「…んぅ」


半分以上寝惚けているのだろう言動と行為にそっと笑みつつも、此れだけは言っといてやろうと再び口を開いた。


「アンタまた徹夜したんだってな…?疲れが顔に出てんぞォ」
「……ぅん…、」
「あんま無理すんなよな…。せっかくの躰、大事にしろよ」
「……ん゙んぅ…っ、」


目の下を縁取るように出来た黒い隈を親指の腹でなぞるようにして撫ぜながら、咎めの小言をごちるように告げる。

俺は咎めのつもりで言っているのに、ほぼ夢の世界に浸かってしまっている主は俺の労りを擽ったそうに受け入れるだけで擦り寄り、ふにゃりと笑んだ。

その様子に、此れは何を言っても無駄かと思って言葉を口にするのは止めにする事にした。

代わりに、彼女の存在を躰いっぱいに感じれるように抱き締めながら眠りに就く。

首元に顔を埋めるようにして寝に就いたが、本人から文句を言われる事は無かったので、そのままの体勢で眠る事にする。

匂いの濃い首元の匂いを吸い込めば、やはり落ち着く己の好いた女の匂いが肺を満たして、笑みを深くした。


(取り敢えず、今は寝て…明日の朝起きたら、また改めて伝えるとするか……)


きっと翌日の朝になった頃には目を覚ますと思うし、寝惚けて俺が帰還した事も忘れているだろうから。

そうして、俺は、主と共に同じ布団で静かに就寝した。


―そんな他所で、俺の姿を探していたらしいばみが、同室のぎねの元へ訪ねに来ていた。


「なぁ、正国が何処に居るか知らないか?」
「んえ?正国…?」
「嗚呼。今しがた遠征から帰還したと聞いたんだが…姿が見えなくてな。同室のお前なら何か知っているかと思って訊きに来た」
「あ〜、其れで…。正国に何の用だったんだ?」
「今夜、ゲーム好きな奴等が集まって夜通しゲームしまくるという恒例のゲーム大会が開かれるから、正国も参加しないかと誘いに来たんだ」
「あ…其れでかぁ。ゲームか…俺も参加しようかなぁ〜。明日は非番で暇だし。…ちなみに、何のゲームするんだ?」
「確か、メインは狩りをするという話になっているが…他は夏の肝試しにはホラゲーという事で、●bdをやるらしい。かなりやり込めるし、なかなかに面白くて楽しいぞ。ホラゲーといっても、俺的にはそんなに怖くないから、平気そうならお前もどうだ?」
「うわ、マジか…っ。やべぇ、めっちゃ楽しそう!俺も参加したい!良いか?」
「特に人数制限をしている訳ではないから構わないと思う。其れに、今回やるゲームは、人数が集まる程楽しいゲームだからな。大倶利伽羅や獅子王達に伝えといてやろう」


遠征から帰ってきた割りには、主や通りすがりの薬研達以外には一向に姿を見せていない事に、同室だからと俺の行方を問われたぎね。

偶々その場に居合わせたらしいずおが、代わりにその問いへと答えた。


「嗚呼、同田貫さんなら、たぶん主の部屋だと思うよ?」
「主の…?」
「うん。今回の遠征部隊の隊長、あの人だったし。何より、丸一日主と会えなかった訳だかんね…!当然の事でしょ」


ずおがそう述べた上で、ぎねが更にもう一つ言葉を付け加えた。


「丸一日掛かる長時間遠征へと出されてたんだもんなぁ。彼奴自身も疲れてるだろうし、早く休みたかったんだろ。あと、主の事が心配で心配で堪んなかったんじゃないか…?彼奴、あまり顔には出さない上に直接口には出さないけどさ。意外と行動は素直だよなぁ〜。着替え取りに一度この部屋来たけど、言葉少なにさっさと風呂場に向かったしな。ちょろっとだけ喋ったけど、淡々とした言葉ばっかで、たぶん早く主んとこに行きたかったんだろ」
「本丸に帰り着くや否や、真っ先に主の処だもんねぇ〜。アッツイ事この上無いぜ…っ!!ひゅーひゅーっ!」
「アンタ、其れ…正国の前では止めとけよ?絶対痛い目見るから…」
「え?そんなの分かってるに決まってるじゃんか。あの人素直じゃないんで、明らかに囃し立てると暴力で訴えかけてくるんだよなぁ〜っ。面白いからつい揶揄っちゃうんだけど、一回めちゃくちゃ痛い拳骨食らっちゃってさ!あの人、自分が俺より力強いって自覚無いよねぇ〜っ。アレ、マジで痛かったのに」
「あ…っ、既に痛い目見てたのか…ド、ドンマイ…ッ」


俺の知らぬ処でそんな会話が成されているとは知らずに、俺はぐーすか主と一緒に寝てた訳だが…実際にその場に居たとしたら、たぶん拳骨だけじゃ済まされなかったと思う。

今度茶化してきた時は、間接技決めてやるから覚悟してやがれ。


「取り敢えず、邪魔しない方が良いんじゃない…?ああ見えて、主自身も寂しがり屋なとこがあるからさ」
「丸一日離れてたのもあるし、そっとしておいてやろうぜ」


其処で、改めて俺と主が恋仲だったって事を認識したらしいばみは、「成程な…」と納得して独りごちるのであった。

ちなみに、翌日起きた後、ばみから昨夜の話を聞いた俺は、すぐさまずおのとこに向かって間接技を決めてやった。

ぎねが横で笑って傍観してたが、お前も同罪みたいなもんだと言って、ついでにぎねにも寝技を決めてストレス発散してやった。

「何で俺まで!?俺何も悪くないじゃん…っ!!」との愚痴が飛んできたが、ばみに要らん事吹き込んだ罰だとだけ返して、後は全部無視しておいた。

“朝っぱらから騒がしい!!”とか“雅じゃない!”とか長谷部や歌仙やらに文句を言われたが、その全部に知らん顔を決め込んで主と一緒に朝餉に食らい付くのだった。


執筆日:2020.07.24

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