結びもまた縁なり


結論から言おう。

会議場で迷子になった。

審神者就任してから一年と少し程経てど、初めて来た会場に私は戸惑っていた。

今日は、時の政府への定期報告会という名の審神者会議の日で。

何時も通りにお伴に近侍のたぬさんを連れてやって来たまでは良かった。

会議の場には自分一人だけで立ち入る事になるので、たぬさんとは会場入口前で一度別れて指定の会議室へと向かう。

此れも何時も通りの流れだった。

問題は其れからである。

今回、自分が所属する本拠地の審神者会議が行われたこの会場は、今の今まで来た事の無い会場であったのだ。

故に、行きは何とか地図通り向かえる(人の流れに沿って行けた)も、帰りは区画違いの人達or会議が終わって一斉に出てきた人達の波に流され、知らないルートへと弾き出されてしまった。

めげずに地図を見ながら進んでみたが、慣れない土地では土地勘が全く無い上にポンコツになるせいで、結局迷子に。

最初こそは、“自分迷子節”の線に抗ってみたものの、敢えなく沈没。

迷子決定感に、一人さめざめと心の内で嘆いた。

しかも、運の悪い事に、迷子になったと自覚して見渡したその場所は、自分以外の人間は人っ子一人居ない無人な区画であった。

最悪だ。

正しく“何て日だ…!”と罵りたい気分であった。

まぁ、実際はそんな虚しい心根を叫ぶ事は無く、取り敢えずは適当に道なりに進んでいけば誰かしらに逢えるだろう、とトボトボと人を探し歩いていく方向で進んでいく事にした。

そうしたら、少し先を行った処に誰かしらの人影を発見。

この際、チキン且つメチャクソコミュ障を拗らせてる身だとしても背に腹は代えられない。

現状を打破する為には、例え見知らぬ人でも何処かの本丸の刀剣男士であっても、いっそ政府役人か何かの係の人でも良いから声をかけて道を教えてもらう他無いのである。

この歳で迷子とかクッソ恥ずかしい事この上無いが、この際しょうがないからと諦めて。

恥は捨てて…!(いや捨てちゃ駄目だから。)

いざ、尋常に勝負…っ!!(←?)

…と、意気込んで、めっちゃ緊張しながらの控えめな小声で声をかければ、お相手は何処かの本丸に所属なさってる極の同田貫さんでした。

何という運だろうか。

偶々自分が連れてきたお伴もたぬさんという同位体の存在であっただけに、無駄に抱いていた緊張も薄れて道を尋ねる事が出来た。


「あのー…すみませんが、出口までの道程を教えて頂きたいんですけど、今大丈夫でしょうか…?」
「あ?出口…?って事は、アンタ迷っちまったのか」
「あ、はい…お恥ずかしながら…っ」
「まぁ…此処はちっと広めの処だもんな。慣れてねぇなら迷っちまっても仕方ねぇか」


聞けば、彼は主さんの遣いで此処に居て、主さんの用が終わるのを待っているところだったとの事。

更に、恐々道を尋ねると快く教えてくれただけでなく、親切にも目的地まで案内してくれると言う。

主さんを待っていなくても良いのかと問い返せば、「専用の連絡用端末持ってるから、何かありゃ其れにメッセージなり何なりを残しときゃ済む話だ」と端的に返された。

…何だか手慣れてらっしゃるなぁ。

まぁ、其れも当然か。

彼はウチに居る個体と違って極めていらっしゃるようだから。

案内される傍ら、横目でチラチラと控えめに見遣りながらそんな事を考えた。

パッと見、そうウチのたぬさんとはあまり変わらないように思えるけど…全体的に纏った空気だとか、どっしりと構えた感じの貫禄さだとかがやはり違うような気がした。

一言だけ単的に純粋な感想を漏らすと、“格好良い”が占める感覚だった。

けれども、其れはただちょっと思うだけに留まって、その先の感情は何も生まれなかった。

やはり、私が内心惚れたのは、自分の本丸のたぬさん同田貫なようである。

あまり見つめ過ぎるのも不躾だし失礼か…と思い、彼から視線を外す。

前方へと視線を戻したところで、彼の方から話しかけられた。


「失礼な事訊くかもしんねぇんだけどよ…アンタ、もしかして新人か?就任してから幾ら経つ?」


そう、純粋な好奇心から問われ、思わず私は苦い顔を作り、あからさまに目を逸らした。

しかし、道案内してもらっている手前、何も答えないのは些か失礼だろうと乾いた笑みを漏らしつつ答えた。


「ははは〜…っ、其れが…実は就任一年と少しを過ぎた者でしてぇ…っ、既に新人ではない者なんですよね〜…お恥ずかしながら。えぇ、ハイ」
「…マジか。てっきり新人なもんだから迷子になってんのかとばかり思ってたんだが…」
「やっぱそう思っちゃいますよね…。ゔぅ゙…っ、新人気分が抜けてない駄目審神者ですみません…!」
「いや…別に其処まで思っちゃいねーから。落ち着けって」
「ふぁい…すみません…っ」


十中八九そう思われてるだろうなという事を言われ、地味にヘコんだ私は両手で顔を覆い隠した。

やだ、恥ずかしい…穴があったら入りたい。

羞恥から若干の涙目になっていると、隣から気まずげな言葉にならない声が漏らされたので、此れ以上の迷惑はかけられないと体裁を取り繕ってから顔の前の手を退けた。

相変わらず情けない面構えしてるだろうけど、此れはもう仕様だからしょうがない。

一先ずは、そう思ってもらう事にした。


「えーっと…、アンタ審神者就任してから一年は過ぎてんだろ?だったら、此処にも一度は来た事あったんじゃねぇか…?何時も会議来る時どうしてるんだよ?」
「いや…其れが私、此処の会場に来るのは今回が初めてだったんですよ…っ。初めてだったから、ちゃんと気を付けて地図見ながら歩いてたんですけど…途中、会議終わった人達の波に飲まれちゃって、当初通る筈だった予定のルートから外れてしまいましてね。其れで、自分が今居る現在地が何処かも分からなくなってしまって…情けなくも“迷子の子猫ちゃん”状態になってたんです……ぐすんっ。…私、悲しい事に、慣れない土地に行くと必ず迷ってしまうという変な癖みたいなのがありまして…何故か其れがこの場でも発揮してしまったというねー……。はは…っ、我ながら言っときながら悲しくなってきたや…どうしよ、涙出そう」
「…あ゙ー、その、何だ…余計な事訊いちまって悪かったな。素直に謝るからさ…あの、せめて此処では泣かないでくれねーか?アンタ女だし…泣かせてるとこなんかを誰かに見られて変に勘違いされても困るし、ウチの主にバレてもやべぇ事になるからさ…。ウチの主、女には優しくしろって口うるせぇんだ」
「あ、そうなんですね。すいません…流石にリアルガチで泣くのは我慢するので大丈夫ですよ、安心してください。泣いても心の中だけに留めときますんで」
「そうしてくれっと有難い…てか、泣くには泣くんだな」
「すんません、私こんなんでもメンタル豆腐並みに脆いんで」
「豆腐並みって…何か色々と苦労してんだなぁ、アンタ…」
「ははは…っ、何か慰めの言葉&視線を貰っちゃって複雑だわ…」


そんなこんな話していたら、あっという間に目的地――会場出口に到着。

お伴で会場外で待っていた自本丸のたぬさんが此方へと気付いて、手を挙げて声をかけてくれた。

此方も其れに手を振り返して気軽に返事をする。


「お待たせしちゃって御免ね、たぬさーん!会議終わったよー!」
「おー…っ、って…何で他本丸の俺と一緒に居るんだよ?」
「えへへへ…っ、其れがぁ…ちょいと道に迷ってしまいやして〜」
「はぁ?」
「いや、本当すまんて…っ。会議に参加したのは此れが初めてじゃないけど、使われる場所が毎度同じって訳でもないからさぁ。何度も来た事ある会場なら、ある程度慣れてるから迷う事は無いんだけども、今回使用された此処は初めて来た場所だったからさ…。うん、だから…思わず迷子に、ね……っ、ははははは…っ。会議終わってから少し経っちゃってる上に待たせてしまった事については本気ですまん…!けど許したってぇ…っ!!」
「いや、別に怒ってる訳じゃねーから良いけどよォ…アンタのその変な癖みたいなの、いい加減直せねぇのか?」
「ゔ…っ、こ、此ればっかりは俺自身ではどうにも…」


自分でもこの悪癖どうにかならないかなぁ、と思ってる事を指摘されて、本当にすまんと顔の前で手を合わせて謝った。

私の素直な態度に、たぬさんは呆れた表情を作って溜め息を吐き、言葉を続けた。


「…で?迷った挙げ句、一人じゃどうにもなんねぇからって其処ら辺に居た誰かに適当に頼ったっつー訳か…?」
「はい…そんで、ご親切にも丁寧に道を教えてくださった+目的地までの案内もしてくださった方が此方の方になります…」


そう告げて彼の事を手短に紹介すると、改めて礼を述べて頭を下げた。


「あの、本当お世話になってしまい、すみませんでした…っ。いきなりこんな面倒くさい奴が声をかけたにも関わらず、ご丁寧に此処まで案内して頂いて、大変助かりました!有難うございます…っ!」
「いや…っ、別にそんな改まっての礼とか良いっての…。偶々、声かけられた時、俺も暇してた時だったしな。困ってる時はお互い様ってやつだろ?気にすんなって」
「うわぁ…声かけたのめっちゃ懐深いひとで良かったぁ〜…っ!あ、あの…っ!もしまた何処かでお逢いした時は、ちょっとした御礼とかしたいので…っ、宜しければ、其方の本丸の連絡先などを教えて頂いても……?」
「ん?嗚呼…そういう事なら、ウチの主の名刺やっとくよ。ほい、此れウチの名刺。俺の主、一応政府職員として働いてっからさ。何か困った事あったら連絡してくれ。たぶん、何かしらの助けにはなれるだろうからよ」
「ほあ…っ、政府職員の方の本丸の子と会ったのは初めてです…!うわぁ、貴重な知り合いが出来てしまった…どうしよう」
「…取り敢えず、其れ失くさないように仕舞っとけば良いんでねーのか?」
「あ、うん…っ、仕舞う仕舞う…っ。せっかく頂いた大事な名刺だもん、落とさないようにちゃんと仕舞っとくよ…!」


横から手元の名刺を覗き込んでいたたぬさんにそう言われて、慌てた風に持ってきていたバッグの中へと仕舞った。

すると、その様子に苦笑を漏らした彼が一言。


「そんな大したもんじゃねーけどなァ…」
「いえいえ、そんな事ありませんから…!せっかく頂いた物は、大事に大事に取っておきますよ!」
「そうかい。まぁ、アンタの好きにしてくれや」
「はい…っ!好きにさせて頂きますね!」


そう笑顔で告げて、改めて頭を下げる。


「改めまして、今日は本当に有難うございました!もし、今度お逢いする時は、其方の審神者さんともお喋り出来たら良いですね…!色々と有難うございました。では、此れにて失礼させて頂きます」


お世話になったのだから、ちゃんと礼儀正しく挨拶をしてからお別れをさせてもらう。

そして、彼と別れて暫くしてから、改めて貰った名刺へと目を通してみると、見覚えのある名前が書かれてあった。


「あれ…この名前、どっかで見たような気が……何処だったかな?結構最近も見た気がすんだけど…」
「気のせいじゃねーの?」
「う〜ん…でも、どっかでこの名前見た気がすんだよねぇ〜……。んー、何時の何処でだったかなぁ…?」


そんな他愛のない呟きを漏らしていると、本丸へと帰っている道中に、ふとたぬさんがぽつりと本音を零した。


「…やっぱ、アンタも極めた俺の方が格好良いとかって思ったりすんのか…?」
「え………?」


恐らく、先程まで一緒に居た政府職員の方本丸の極同田貫さんに対しての事であろう。

その如何にもちょっと不貞腐れた風な口調で問われた内容に、私は意外な反応だな、と思いながらも素直な感想を口にした。


「いや、まぁ…確かにちょっと格好良いかな、とは思いましたけども…断然ウチのたぬさんの方が格好良いと思いますし。レベル的にも力的にも、強さはウチのたぬさんの方がカンストしてて強いから、自慢出来るくらいには胸張れますよ?」


その返しが意外だったのか、きょとんとした反応を返した後に、照れたように顔を赤くしてそっぽを向き、片手で顔を覆い隠しながらぼそりと呟いた。


「…アンタの、その…偶に明け透けなく物言うとこ、嫌いじゃねーから…っ」
「まぁ、ありがとさん。別にそんな照れなくても今更だけどね。どの同田貫さんを目の前にしても、俺は自分とこのたぬさんを誇りにしてんだから、そんな簡単に目移りしたりなんてしませんよっ」
「分かった、分かったから……ッ、もうアンタ何も言うな」
「ふは…っ、はぁ〜い。しょうがないからお口チャックしときま〜す」


存外可愛いところもあるんだな、と新しい発見をして嬉しく思った日であった。

まさか、同位体の子に嫉妬するなんて日が来ようとは…私もなかなかに彼に好かれたもんだな、と改めて思うのだった。


―一方、同時刻頃の事…。

某同位体である極同田貫さんが元居た処へ戻ると、或る人物が彼の事を待っていた。


「ちょっとぉ…、アタシが仕事してる間に何処行ってたのよぉ〜?」
「…あー、ちょっくら“迷子になってた子猫”を出口まで送りに…?」
「あら…アンタがそういう風に言い表すなんて珍しいわねぇ。何かイイ事でもあった?」
「別に?何でもねーよ。マジで迷子になってた奴を出口まで案内してきただけだっつーの」
「ふぅん…そぉ〜お?なら、アタシ達も此処での仕事終わったし、自分達の仕事場本丸に帰りましょ…っ!」


暫く二人並んで歩いていた先で、やはり気になって仕方がなかったのか、再び意味深げな調子を混ぜて声をかけてきたその人。


「ねぇ〜え〜、本当に何も無かったの…?本当は誰か気の合う子でも見付けて話ぺっちゃくってたとか、どっかのカワイコちゃんでも見付けて口説いたりしてたんじゃないの〜?」
「何もねぇっつっただろ、しつけぇなァ…ッ」
「ハイハイ、冗談よ。御免なさいね〜」


その人は、先程言っていた彼の主さんなのだろう。

黒いスーツに身を包んだその人は、仕事が終わったからなのか、足取り軽い空気で会場出口の方へと向かっていた。

その人の後を追いながら、彼は今しがた言われた言葉について考えていた。


(イイ事、ねぇ……。…ま、確かに俺にとっての“イイ事”はあったかもなァ)


―偶々逢った“迷子の子猫”が…、わざわざ会議の伴にまで同位体を連れて来ていた、っていう点においては。


彼は密かに口許を緩めながら、己の主の背を追いかけ、本丸への帰還を望むのだった。


執筆日:2020.07.27

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