複雑化した感情


其れから部屋へと案内された俺は、奴に言われた通り、驚きを前にしていた。


「おー、アンタが今回新しく来たっていう新刃だな?いやぁ〜、俺一人だけって部屋は何だかそわそわして落ち着かなかったからさぁ。同室になってくれる奴が来てくれて嬉しいよ…!」
「……お、おぅ…っ。デカイ奴だとは前以て聞いてたが…にしても、アンタ、ちっとデカ過ぎやしねぇか…?いや、ちょっとのレベルじゃねぇな…だいぶデケェぞ。タッパ幾らあんだ…?」
「んあ…?“たっぱ”って…何の事だ?」
「あ゙ー…っ、此れって方言で言う方の言い方だったか…?えーっと、端的に言えば背の高さの事だよ」
「嗚呼…っ!そっちの“たっぱ”かぁ!其れなら俺にも分かるぞ…っ!えーっと……確か俺の今の姿での大きさは、主が言うには“192cmある”って言ってたかなぁ?俺もまだ顕現して日が浅いから、現世の事についてはあんまりよく分かってないんだ。そんなもんで、俺から教えれる事は少ないかもしれないけど…その分、アンタと一緒に色々覚えていくからさ。同室な者同士、宜しくなぁっ!」


此れから同室になるという奴は、思ってた以上にデカイ奴だった。

見上げねぇと奴と視線を合わせられないくらいにはデカくて、ずっと見上げてたらその内首が疲れてきそうだと内心で思った。

いきなりの衝撃にちょっと引き気味に構えて応対していると、世話役の獅子王が奴の事を軽く紹介し始める。


「はははっ、まぁ初めて逢った時の印象はそんなもんだよな…!一先ず、軽く紹介すっと…此奴がこの本丸で唯一顕現中の槍にして、御手杵だ。見た目に驚いちまっただろうけど、気の良い奴だから仲良くしてやってくれな!」
「あ、そういや名乗るの忘れてた…っ。俺は、三名槍が一本、御手杵だ。まだウチには槍は俺しか居ないんだが…実は俺の他にももう二振り居るんだ。まぁ、その内来るだろうから、その時は宜しく頼むな〜」
「…お、おう…っ。俺は同田貫正国だ。宜しく頼む…」
「同田貫…!同田貫っていうと、あの“折れず曲がらず”で有名な戦刀の同田貫か…っ!?」
「え…?あ、アンタ…俺を知ってんのか?」
「まだ槍で蔵に仕舞われてばっかの頃、噂で聞いた事がある程度だけどな。いやぁ〜、にしてもアンタみたいな奴が同室に来てくれるとはなぁ…!話も気も合いそうで嬉しいぜっ!」
「は……?どういう事だ…?」


己を槍だと名乗った奴の言葉に、俺は首を傾げた。

その反応に、奴は親切にもご丁寧に答えてくれた。


「実はさぁ…俺、槍と言っても、本当に槍だった頃はあんまり戦が無い時代でさ…。実際に戦に出れた事はほんの数回で、殆どが蔵に仕舞われてばっかりだったんだよな。だから、俺、戦に出れたら活躍出来る自信はあるけど、実践経験が少ないって経歴の槍なんだよなぁ…。まぁ、その分大事にされてたんだなぁ〜って事は分かるんだけどさ…複雑な話だよ」


そう言ってぎこちなく笑って頬を掻いた奴の目が、俺の見た事のある目をしていて、咄嗟に言葉を返していた。


「俺も…っ、同田貫の内の一部も…、そういう戦の無い時代に打たれて価値観が低かった刀だ。…俺の元は量産刀。俺はその同田貫一派を集合体として、この身を得て顕現した…。たぶん、俺とアンタは似た者同士だ。気も話も合いそうで安心したよ」


口角を上げてニッと笑みを形作れば、奴は嬉しそうな表情かおを浮かべて俺が差し出した拳を受け取ってくれた。


「おう…っ!此れから宜しくな!!…えぇ〜っと、たぬき…!」
「狸って呼ぶんじゃねぇ…!俺は、“同田貫どうだぬきだ”っつっただろ…っ」
「んえぇ…っ!?じゃあ、アンタの事、何て呼んだら良いんだ?」
「……狸以外なら、何でも良い」
「う〜ん…っ。……じゃあ、下の名前で“正国”って呼んで良いか?」
「まぁ…それなら、別に悪かねぇけど…」
「よし…っ!んじゃ、今日からアンタの事は“正国”って呼ぶな!改めて宜しく頼むなぁ〜っ!!…あ、俺の事も、普通に御手杵で構わないぞ〜。皆そう呼んでくれてるしな…!主だけ、俺の事“ぎね”って渾名で呼んでるけど」
「そうかよ。だが、まぁ…逢ってそう時間も経ってないんだ、取り敢えず俺も普通に御手杵って呼ぶ事にするわ」


こうして、後に切っても切り離せないくらいの仲の奴となる、良き仲間との縁が繋がるのだった。

その後、自室となる部屋以外にも案内され見て回り、道順や本丸内の敷地配置等を頭の中に叩き込む作業を行った。

だが、手入れ部屋で顔を見合わせて以来、主の姿を見る事は無いまま時が過ぎた。

各々の部屋の配置を教わっていた際に、一度、主の部屋があるという本丸の敷地内奥…離れの方角を指差しだけで教えられたが、実際にそっちの方へ足を運び案内される事は無かった。

だからなのか、結局その日は其れ以降主と顔を合わせる事は愚か、姿を見る事すらも叶わなかったのだった。

余程忙しいのか、食事の時間となっても主は部屋に籠ったまま出て来る事は無くて、その日、主だけ食事は自室で個別に摂るようになっていたのだと後から誰かしらに聞いて知った。

その事に特に疑問にも不満にも思う事は無かったが、夕餉の時も別に摂ると聞き及んだ時は流石に気になって、自然と隣席に座っていた世話役の獅子王へと問うてみた。


「…なぁ、ちょっと訊いても良いか?」
「ん?何だ?分からない事あったら何でも訊いてくれて良いぜ…!」
「あのさァ…審神者ってのは、そんなに忙しく大変な仕事なのか?」
「へ…?」
「いや…思ってた以上に忙しそうにしてるというか、食事も個別で摂る程手に追われてんのかな、と思って…。その、手入れ部屋で会って以来、顔も姿も見てねぇからさ…ちょっとだけ気になっちまったというか」


そう…主がよく座るんだと聞いた、上座でもなく皆と同じの、誰も居ない席の方を見つめながら口にした。

獅子王は、其れに少し難しそうな顔をしながら答える。


「うーんっとな…俺達も、まだ顕現してから日が浅いんでよく分かっちゃいないんだけどさ。主はまだ審神者に成り立ての新人らしくて…主曰く、審神者になってからまだ十日しか経っていないんだと。そんで、“右も左も分からずに何もかも手探り状態で突き進んでるから、皆を迷わせてしまう事もあるだろう”って言ってた。審神者って仕事に慣れるのにも暫く時間が掛かるかも、ってそん時言われたかな…?たぶん、主も俺達と一緒なんだよ。俺達は、刀剣男士として主から貰ったこの人の身に相応しい立ち居振る舞いに慣れる事。主は、審神者としてこの本丸を引っ張っていく大将らしく、その仕事や立ち居振る舞いに慣れる事。それぞれ別に考えちまうと違う事なのかもしんねぇけどさ。まぁ、詳しい事は俺にも分かんねぇけど、主には主の事情があるんじゃねぇかな…?まだ三日と一緒に居る訳じゃないけども、あんまり大人数に囲まれるって事が得意じゃねぇってらしい事だけは確かかな」
「まだ三日と一緒に居る訳じゃない…って、アンタ顕現したの何時だ?」
「ん?俺が此処に来たのは二日前だぜ…!ちなみに、お前と同室の御手杵は俺が来た前日だってよ」
「そうなんだよぉ〜。だから、俺…ぶっちゃけまだこの人の身に慣れてないんだよなぁ〜。お陰でしょっちゅう鴨居に頭ぶつけててさ…地味に痛いんだなぁ、此れが…っ。身長がただデカイってだけなのも大変なんだぜ?槍の頃はそんなの気にしなくて良かったからさぁ〜…本当、人の身で居るってのも大変だな。俺達がこんだけ苦労すんなら、始めから人間であった主はもっと大変なんじゃねぇかなぁ…?ほら、人間は数が多い訳だし。たぶん、其れなりの苦労はしてきてるんじゃないか?」


獅子王とは反対側の隣に座っていた御手杵が、獅子王の言葉に反応して答える。

話を聞くからに、どうやら二人共、俺と然して変わらない内にこの本丸へとやって来たらしい。

後から聞いた話だが、俺は、この本丸の二十二振り目の刀として顕現したとの事だった。

本丸も主も全てが始まったばかりのこの場所は、小さないざこざが起きたりする事はあれど、皆が主や仲間の事を思い尽くしているようであった。

皆も、手探りの状況で主と接している。

審神者として成り立ちなばかりなら、そりゃ何も分かんなくて当然だと思った。

誰かしらの指導者でも付いているのかと思えば、そうでもなく。

唯一補助サポート役として付いているのは、名ばかりの手伝い役兼伝達係といった、政府から遣わされたという管狐のこんのすけって奴だけだった。

つまり、主はたった一人でこの本丸を築き、引っ張ってきたという現状である。

まだ右も左も分からぬ成り立ちの新人の身で全てを抱え込んでいれば、そりゃ忙しそうにしていて当たり前だ。

なら、そんな主を陰からでも支えてやっていくのが、主の臣下で武器である俺達の役目なんだろう事をその時理解した。

俺もまだ人の身として始まったばかりだ。

其れでいて、主も始まったばかりなら、一緒に成長していけば良い。

俺は、取り敢えずはそんな風に考えを付けて、目の前の飯を食う事に集中した。

人の身を得て初めて食事なる物を口にしたが、成程、此れは確かに美味くて、食べれば食べる程躰の内側から力が湧いてくる感じがした。

人は、動くのにも生きていくのにも、まずは食べ物を食べ飲まなければいけない生き物らしい。

顕現して初日は、そういった事を改めて身に覚え学ぶ一日となった。

人間ってのは、思った以上に複雑な生き物だったんだなと学んだ。

初日で其れだけ考え悩むものなら、始めから人間であった主は、何れだけ悩み壁にぶち当たってきたのだろうか。

人の一生は、刀である俺達とは違い、とても短く儚いものだ。

時には挫折を味わい、道を踏み留まる事もあっただろう。

主は、そんな時どうやって乗り越えてきたんだろうか。

今、部屋で一人仕事に向き合う主は、何を思っているんだろうか。

刀の頃には無かった複雑な感情が、そう思考して、内側に蟠りのように渦巻いた。

主は、きちんと休めているのだろうか…?

果てには、そんな事まで心配するように頭の中でぐるぐると考えていた。

慣れない人の身を動かし、疲れて、夜となったので床に布団を敷いて、人と同じように其処に身を横たえ、目を閉じ眠る。

目を閉じる一瞬前、隣で同じようにする御手杵の方を見遣ったが、奴は寝付きが良くて早いのか、もう既にぐーぐーと鼾をかいて寝ていた。

眠る感覚という事自体はまだよく分かっちゃいなかったが、気が付けば俺も意識を飛ばして眠っていた。


―しかし、その頃でも主の部屋にはまだ明かりが灯っていて、夜深い時刻となる頃になっても、その明かりが消える事はなかった。

その明かりが漸く消えたのは、皆がすっかり寝静まったであろう遅く深夜も深まった頃で…。

明かりが消えたからといって彼女が寝たのかと思ったら、現実はそうではなくて。

部屋の明かりが消えた後も、彼女は離れの自室にて一人起きていた。

一人静かに起きて、布団の上で躰を横たえるでもなく膝を抱え、その上に頭を乗せて飾り障子の向こう側に見える景色を、ただ何を思う訳でもなく見つめ物思いに耽っていた。

虚ろに見つめるだけの目に、何が映っていたのか。

まだ主の事を何も知らない頃の俺は、其れを知り得る術を持たない。


執筆日:2019.10.28
加筆修正日:2020.03.06

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