量産刀だからこその距離感


「っていうか、たぬきは“まんま武士を刀にしました”ってくらい漢くさい奴だよね〜。戦うの大好きだし」
「うんうん。其れ、僕も思ってた」
「…つーか、加州だけじゃなく、アンタも俺の事たぬきって呼ぶのかよ…」
「だって、たぬきはたぬきでしょ…?“同田貫”って呼ぶとちょっと長いし。たぬきで良いじゃん、ぴったりで」
「ぴったり、て……何て適当な理屈…」
「まぁまぁ、お話は其れくらいにして。ハイ、お二人の分の食事です。後の人の分の用意もありますから、他に用が無いんでしたら広間の方まで行っててください…!此処に居座られたまま居ても邪魔なので!」
「あ、ハイ…すみません…っ」


堀川にそう言われ、半ば厨を追い出されるような形で外へ出た。

二人して微妙な顔で厨の方を振り返り見つつ、お互いに顔を見合わせる。


「あはは…っ、追い出されちゃった…。ま、いっか。御飯は貰ったし、大広間の方に行こっか。大広間の場所とかはもう覚えた…?」
「あー、まぁ…飯食う部屋と自分が寝る部屋と厠の場所くらいは…?」
「重畳だね。うん、その意気で他の部屋の位置も覚えていこうな」
「部屋っつったら…アンタの部屋まではまだ直接案内された事はねぇが…」
「俺の部屋…?あー、もしかして審神者部屋の事かな…?其れなら、この本丸から少し離れた奥に位置する離れの方になるけど…近侍とか、俺と一緒に何か仕事をする時以外は特に来る用事無いと思うよ?短刀の子達が偶に遊びに来たりはしてるけども」
「ふぅん…。直接案内まではされなかったから、てっきり入っちゃなんねぇ場所なのかと思った」
「あ゛ー…もしかしたら、昨日は仕事立て込んでて部屋に籠り切ってたから、其れを気遣っての事だったのかも…。普段は別にそんな入っちゃ悪いとかはないから。何か用があれば、何時でも訪ねにおいで?」
「ん…。分かった」


一先ずは納得したのだろう、素直に頷いた様子の彼に安堵し、前へ向き直って大広間への道を歩き出す。

其処で、再び横に並ぶようにして歩き出した彼の様子に、心なしか擽ったさを覚えて内心首を傾げた。

今のむず痒い違和感のような感覚は何だったのだろうと思いながらも無言で歩き、そう時間の掛からない内に大広間へと到着する。

朝餉の膳を乗せたお盆を抱えつつ、どう片手で障子を開けようか一瞬悩んでいると、自身が開けるより先に隣に居た彼が開き、「…ん」と短く先に中へ入るようにと促された。

何とも有難い流れに此方も素直に「有難う」と短く礼を告げ、開かれた隙間から身を滑り込ませ中へと入る。

その後を遅れて彼も入ってきて、器用に片手でお盆を支えながら開いた戸を閉めた。


「お…っ、大将。今日も早いんだな。おはようさん。同田貫の旦那も一緒だったのか」
「うん、おはようさん。先に厨に顔出そうと向かってる途中でばったり会ってね。道とか場所覚えるついでで案内してきたとこだよ。薬研は、今日は内番だったっけ?」
「嗚呼。今日は畑当番だ。朝一起きて、昨日頼まれてた朝飯に使う用の野菜なんかを収穫してきたとこだな」
「おー、お疲れさんっ。今日は何採れたの?」
「今日採れたのは、小松菜と人参、胡瓜と…あと大根だな。取り敢えずは朝餉に使う分だけを採ってきたんで、あとの分は此れから収穫する予定だ」
「そっか。じゃあ、御飯食べて少ししたら内番の続き宜しくね」
「おう」


すっかり馴染んだ初期も初期組の薬研と挨拶を交わしつつ軽い会話なんかも弾ませて話す。

彼はこの本丸が出来てから三番目…つまりは、初泥刀として、日々色々とお世話になっている。

短刀らしかぬ男気と持ち前の気軽さに、始めの頃から付き添ってもらっている身としては大変頼りにしている刀の内の一振りだ。

そんな彼と慣れた様子で言葉を交わしていると、妙に凝視されている気がしてチラリ、と横の方を見遣ると、たぬさんが眉間に皺を寄せた変な顔で此方を見ていた。


「…えっと、どうした?そんな変な顔して……っ」
「いや…何か俺と接する時とだいぶ違うなァーと思って…。さっき厨に居る奴等と喋ってた時もそうだけどよ。俺と喋る時はもっと遠慮しがちな感じじゃなかったか…?」
「あ、あぁー…そういう事ね。何かスゲェ凝視されてたみたいだったから、何かと思った…」
「あー、まぁそいつぁしょうがねぇ事かもしんねぇな。大将、こう見えて結構人見知りみてぇだから。俺っちは初期の初期の頃に顕現したんでな。短刀で見た目も幼ぇ上に、体格も大将とあんま変わんねぇくらいだから、親しみやすいんだろ」
「へぇ…。短刀にしちゃ随分と男前だな、アンタ…」
「おっ、嬉しい事言ってくれるじゃねーか。ありがとさん。まっ、そう焦らずとも、大将自分とこの本丸の奴等には何かと甘ぇから、その内馴れ合ってくれるようになるぜ?安心しな」
「馴れ合うって…確かに馴れ合ってるかもだけど……。俺、そんなにウチの子に甘いかなぁ…?あんま自覚無いんだけど」


思わぬお言葉を貰い、今までの自分の言動やら行動を思い返してみて頭を捻った。

そうこうしてたら、朝飯持ったまま突っ立ってる事に気付いた五虎退に声を掛けられて、慌てて近くの席に置き、腰を下ろした。


(何て阿呆な事をやらかしてるんだ、俺は…)


ちょっぴり恥ずかしく思いながら、さっさと食事を済ませて仕事に取り掛かろうと手を合わせて食事に手を付ける。

一番にお味噌汁に手を伸ばしてずずず…っ、と啜っていると、自然と横隣に座ったたぬさんから控えめに声を掛けられた。

「うん?」と返事を返しつつ、口の中の物を咀嚼してから椀を置き、声を掛けてきた主の方を見遣る。


「どうかした?たぬさん」
「いや…アンタ、其れだけで足りるのかよと思って…」
「へ…?其れだけって?」
「飯の量…ちょっと少な過ぎやしねぇか?そんなんで足りんのかよ?」


隣に座ったから特に分かりやすかったのだろう。

私の膳のお茶碗に盛られた御飯の量が少なめだった事に、彼は心配したらしい。

其れに私は肩を竦めながら何時もの事のように繕った。


「嗚呼…此れ?平気だよ。寧ろ、逆にたぬさんみたくしっかりした量だったら、俺多いから。俺、朝は少食なんだよねぇ〜…。其れでこの量、かな?」
「嘘だろ…女でももっと食えるもんなんじゃねぇーの?」
「んー…っ、女の人が一様にこうではないので何とも言いづらいが…まぁ、俺の場合はこんな感じですかね…」
「何時もんな量しか食ってねぇのか…?」
「うん、まぁ…。元々、俺、朝はパン派だったし。あんま朝から御飯入っていかないタイプなんだよねぇ…。何か朝は食が細いというか…?今は特にそんな感じだね。…あ、お昼とかはもっとちゃんとした量食べてるからね…!其処んとこは安心して!」
「はぁ…」


納得はしていないようだったものの無理矢理納得させる形で打ち切り、何となく続けるには気まずいこの話題を終わらせる事にした。

代わりに食事に集中する事にし、コミュ障故に苦手な会話を続ける事を避けた。

彼も其れ以上は追求してくる事はせず、他は何も用は無かったのか、無言で食べ続ける事に徹したようだった。

何だか彼には申し訳ない事をしたなとは思いつつも、お互いの距離感というものがまだ掴めていない今の内は仕方がないのかなと思う事にして、箸を動かす事にするのであった。

今日の朝餉の献立は、炊き立てツヤツヤ白米に、朝の採れたて野菜を使った人参と大根とお豆腐のお味噌汁、小松菜の和え物に鮭の塩焼き、胡瓜の浅漬けという、なんて健康的且つ純和食なのだろうと思うメニューだった。

他の者に比べ量は少なめであったが、しっかり満腹に腹は膨れて完食である。

きっちり食べ終えて「ご馳走様でした」と告げてから席を立つ。

同じくらいに食べ終えていた隣の彼も同時に腰を上げ、共に大広間を後にする。

何となくそのまま一緒に食べた食器を厨へと片付けに行ったら、後は軽い朝のお勤めと午前のお仕事が待つのみである。


「さて…しっかり朝御飯も食べた事だし、皆が大体広間に集まったら、食べながらの人も交えて朝礼を行うと致しますかねっ」
「朝礼…って、一体何すんだ?」
「んーっと、大まかに言えば…その日の一日の予定を皆に伝えたり、政府から届いたお知らせ事項や伝達事項を伝えたりとかかなぁ?現世で会社勤めの人が大体やってる事だよね」
「そうなのか?」
「サラリーマンの方だとかは、たぶん…?本当かどうかは知らんけど。……俺が前勤めてた会社はそんなん無くて、始業になったら各々持ち場に付いて働くって感じだったし。まぁー、俺が勤めてたとこは普通の一般企業じゃなかったし、田舎によくある小さな会社だったしなぁ…。――ハッ…ま、どうでもいっか、んなこたぁ」


また要らん事を口にしかけて、つい朝方見た夢の事も思い出しかけて、思わずそんな投げ遣りな口調で言葉を締め括ってしまった事に内心顔を顰める。

しまった…つい余計な事まで喋ってしまった。

其れも此れも、今朝見た厭な夢のせいだ。

全く、此れでは早くも今日一日上手くやっていけるかの自信が無くなってきたぞ。

しっかりしろ、自分…っ。

そう内心で自分を鼓舞して、気分を落ち着かせる為に深く長い溜め息を吐き出していると、隣を歩く彼に顔を覗き込まれた。


「…大丈夫か?アンタ」
「え……っ」
「いや…何か暗い顔だったし、気分でも悪くなったのかと思ってよ」
「…あ、あぁ、いや…っ、別にそんなんじゃあないから気にしないで…!大した事無いから、…ただ、考え事してただけだし…。其れで、ちょっと自己嫌悪に陥ってただけだから……っ」
「…まぁ、大丈夫だってんなら良いけどよ…あんま無理すんじゃねーぞ。何かあんなら、溜め込むよか吐き出しちまった方が良いし。変に溜め込み過ぎてっと、後で調子狂ってきたりするからな。どっかで良いから、誰かしらに吐き出しちまえよ?話くらいなら俺も聞くし。…つって、来たばっかの俺が言えた口じゃねェーけどさ」


顔色を窺っての気遣いだろう。

敢えて深くは接してはこない彼の距離感に安堵を覚えつつ、やんわりとした優しい気遣いに短く「有難う…。」と返した。

来たばかりの新刃である彼にまで心配されるとは、今自分はどんな顔付きをしているのか。

後でこっそり何処かで鏡でも見て確認しなくてはならないなと思った。

一先ず、彼との距離感やどう関係を築いていくべきか悩んでいた事については思った以上に悩まなくて良さそうな流れに、そっと溜め息を吐いて安堵するのだった。


執筆日:2020.03.07

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