凩吹く頃に



とある本丸の審神者が活動を始めて五ヶ月とちょっとが過ぎた頃…。

とある審神者は或る場所へと向かっていた。

其処は、時の政府…彼女等が活動し集まる本拠地だった。


「今日は何の用事なの…?」
『ちょっと顔見知りの奴がめでたく審神者就任って事で、その就任式のお手伝い…というか付添人?みたいなものだよ。』
「あー…もしかして、この間、画面越しにウチの本丸の事見に来てた、あの人?」
『そうそう。まだ見習いにも満たない、軽く部外者扱いだった彼奴…実は私の姉でね。まぁ、血の繋がりのある姉妹って事で、今後ちょくちょく顔を合わせる事になるだろうから宜しくしてやってね?』
「主のお姉さんかぁー…どんな人なんだろ?」
『顔は似てないけど、雰囲気とかは似てるらしいよ。…つって、たぶん、お前と逢う時はお面付けてて分かんないだろうけど。』
「へぇ…。でも、何でわざわざ主が付き添わなきゃいけない訳?主だって、最初一人だったでしょ…?」


薄暗く静かな回廊に、一人と一振りの足音が響く。


『理由は簡単だよ。彼奴がチキン野郎だから。経験者が側に居ないと怖くて不安なんだと…。後は、政府からのお願い…?彼奴が、最初の手続き申請時に、誰か付添人付けるか否かのトコに丸付けてたらしいんで。つい先日、彼奴本人から直々に頼まれたのもその件だったんだよね〜…。まぁ、自分の身内が同じく審神者になるってぇなら、純粋に其れを見届けたいというか、見守りたいじゃん…?ってな、気持ちがあるから引き受けた、というところかな。此れから先輩になる訳だし。…たった数ヶ月違いの新人ではありますけどね。』
「まぁ、主が良いんなら良いんじゃない…?俺は、主の思う道に付いていくだけだし。」
『そういう訳なんで、道中の護衛兼お伴宜しくね。彼奴が初期刀を顕現させる時は、霊力とか諸々の影響を受けないよう、恐らく別室での待機になるだろうけど。』
「はいはーい、了解っと。」


少し進んだ先で、黒スーツに身を包んだ役人達が彼女等を出迎える。


「…お待ちしておりました。同伴への了承及びご協力、誠に感謝致します。件の審神者様は、先に顕現の間にてお待ちです。」
『どうも。』


風の如く飄々と過ぎ去っていく彼女は、これから逢う者の妹なのだ。

彼女の審神者名を、狛。

その名の通り、鋭く厳格そうな空気を纏っていた。

通された顕現の間の入口で、見張りで立っていた係の者だろう、黒服の役人が制止の合図を示してきたので、指示された通りその場で足を止める。


「本日行われる審神者就任式のご同伴、及び、現在中でお待ちの新人審神者のご親族の方である審神者様でお間違いありませんね?」
『ええ。私は、陸奥国所属のコードXXXXXXXX本丸の審神者、狛と申します。』
「……データとお間違い無いようですね。此処から先へ通る事を認可致します。つきましては、其方の初期刀の方とは、別行動して頂きます。中に入るのは審神者様のみ、初期刀様は儀式が終わるまで此方にてお待ちください。」
『…だってよ。予想的中だったろ…?』
「そーね。…んじゃ、終わるまで俺此処で待ってるから、早く終わらせてきてよね。」
『りょーかい。なる早で終わらせられるように努力するわ。』


互いに軽く手を振り合って別れた彼女は、上げていた面を下ろし、顔を隠す。

従来なら、就任に同行するのは政府の人間のみだが、今回は特別措置として許可されたらしい。

よって、同伴する者も面をして素顔を隠さねばならない規則なのだ。

面倒くさい事この上無いが、規則は規則なので大人しく従っておくのである。

無用ないさかいは起こさないのが得策だからだ。

通された中へと入っていった先で、彼女は脳裏に少し前の記憶を思い出していた。

其れは、自身が同じく審神者となった日の事である。

真っ白な何にも無さそうな部屋の中央に、ズラリと並べられた刀のショーケース。

その中には、それぞれ一振りずつ初期刀とされる刀が収められ、飾られていた。

そして、その奥に見えるは、小さな御社と祭壇。

その場所こそ、審神者が一番最初の刀を目覚めさせる儀式を行う場所なのである。

既にお清めの儀式は行われた後なのか、その空間だけ澄み渡った空気をしていた。

巫女服に身を包んだ女性が一人、赤い絨毯の敷かれた面積にポツンと座して待っていた。

彼女が近付いてきた事に気付くと、俯けていた顔を上げて、少しだけ付けている面を透かして振り返る。


『…よぉ。ちったあ様になる格好してんじゃないか。』
「うえ〜、待ってたよぉ〜…っ!」
『おいおい、今になってんな情けない面すんなよぉ…。』
「だって、チキンだから怖くて不安だし、一人じゃ上手く出来るか分かんなかったんだもん…っ!其れに、最初からアンタが一緒なのかと思ったらそうじゃないし…!!」
『全部が全部付き添いが付くと思ったら大間違いだからな。つーか、本来なら、そもそもの付き添い自体無いからな…?ったく…お前、此れから審神者になるんだろう?だったらもうちょっと胸張って、背筋伸ばしてシャキッとしな…!じゃないと、これから初期刀となるかもしれない付喪神様方に失礼だろ。』
「ハ…ッ!そ、そうだよね…っ。流石パイセン、頼りになるッス…!」
巫山戯ふざけるのは其処までにしときなよ…?』
「ハイ、すいません…っ、ごめんなさい。」


短い茶番のような遣り取りを挟んで、今回の本題である儀式に取り掛かる。


「…では、主様、貴女の初めとなる刀をお選びください。」
「と、とうとうか…。緊張するなぁ…っ!」
『しっかりしなよ。私は、後ろから見守っといてあげるから、自分が心から“この子だ…!”って思える子を選びなね?』
「う、うん、頑張る…っ。」
『其処まで気張らんでも…。もっと気ぃ抜いても良いって。』


此れから本当の意味で審神者となる彼女が、カチンコチンと固まったぎこちない動きで前の方へと足を踏み出す。

其れを、少し先輩の審神者である妹が呆れ半分期待半分な様子で見守っている。

さて…彼女は、どの刀を選ぶのか。

一振りずつ一振りずつ、大事に触れながら彼等からの声を聞く。

直接的な言葉ではないが、感覚・意識的なものが訴えかけてくるその感触を聞くのだ。

そうして、一振りの刀に熱心な視線を投げかけ、胸に抱いた彼女がスッと振り向く。

其れを決め終えた合図として、短く問う。


『…決まった?』
「うん…決めた。私の初期刀は、この子にする。」
「其方の刀、山姥切国広で宜しいのですね…?では、祭壇の方へ。其処に在る刀掛けに刀を置き、刀の上に手を翳すか触れるかして、刀に宿った付喪神を呼び起こしましょう。」


彼女の御付きとなるのだろう黄色い管狐のこんのすけが、彼女を祭壇の方へと導いていく。

付添人の妹は、少し離れた処で見守る。

説明や正規の手解きは、担当のこんのすけに一任されているので、黙って流れを眺めるだけだ。

一通りのレクチャーを受けた彼女は、緊張した面持ちで静々と祭壇前に座し、祈りを捧げるようにして力を流し込み、刀に宿った付喪神へ語りかけるように励起する。

内に眠り揺蕩う意識を掬い上げ、目覚めさせる。

目蓋の裏で映った水面に、一つの花弁が舞い落ちる。

瞬間、彼女の視界が真白の光に飲まれ、次に開いた時には薄紅の花弁の花吹雪が舞い散っていた。

この神聖な空間に、しっかりとした新たな気配が降りた事を感じ取った先輩審神者が、口端にうっすらと笑みを浮かべた。


「山姥切国広だ。……何だ、その目は。写しだというのが気になると?」


無事ちゃんと顕現させる事が出来た事に驚いたのか、面の下でポカンと間抜け面を晒して固まる彼女は言葉を発せないでいた。

その横(というよりは足元だが)で様子を見守っていたこんのすけが、「流石、主様…!無事顕現させる事に成功致しましたね!流石は御姉妹と言ったところなのでしょうか、やはり貴女にも素晴らしき霊力が備わっているという事なのですね…!!」と感想を述べていた。

しかし、呆然とし完全に意識を何処かへとやって惚けてしまっている彼女の耳には届いていない。

ただ、彼女は一つ、ぽつりと言葉を零した。


「…綺麗……。」


その一瞬、目覚めたばかりの彼は、隠した布の下で小さく目を見開く。


「ッ…、そ、それで……俺を呼んだ主は、アンタで合っているのか?他にも人間は居るようだが…。」
『嗚呼、大丈夫…君の言う通り、君の目の前に居るその人が君の主で合ってるよ。』
「なら…アンタは何なんだ…?」
『私は、其処に居る人が審神者となるのを見届けに来た、ただの付添人なだけだよ。』
「…そうか。」
『そうだよ。さて…、ほーら、何時までボケ〜ッとしてんのさ?さっさと自己紹介しなよ。この子の主は、アンタでしょ…?最初が肝心なんだから、しっかりしなさいよ。』
「ぅ、え…っ!?あ、うん、ごめんね…!つい、見惚れちゃってた…っ。」
「…写しの俺なんかに見惚れるなんて……アンタ、変わり者だな…。」
「え………っ?別に、写しだとかそういうのは全く気にしてないけど…?」
「は………?」


呆気に取られたように表情を崩す彼は、目の前の主となる彼女を見つめた。

未だ緊張したままで固いままだが、彼女は緩やかな微笑みを浮かべて彼を見つめ返した。


「初めまして…。私が、貴女の主となる新米審神者のひのえです。貴方は、私の刀として一番初めに顕現させた刀です。山姥切国広…此れから、私の初期刀として私を支え、共に成長していってくれますか…?」


とても嬉しげな笑みを浮かべて、彼へと手を差し伸べる。

その笑みは、妹の彼女からしてみたら久し振りに見る、花が咲き誇らんばかりの笑顔だった。


「…写しなんかの俺が、アンタの初めの刀で良いのか…?」


少し戸惑いがちに震えた声が彼女へと問う。


「純粋に、貴方が良いと心から思ったから、貴方を選んだの。だから、私と一緒に付いてきてくれますか…?」
「……………。」


布の奥で、美しく輝く翡翠の瞳が揺れる。


「………俺なんかで良ければ、連れていってくれ。アンタの目指す、その道の先に…。」


そう言って、彼は差し出された彼女の手を傷付けないようにと優しく握った。

それと同時に、少し不安に揺らぎながらもしっかりと意思の強さを持った言葉を告げた。

返事を受け取った彼女は、薄ら涙の膜で潤んだ瞳で笑み、頷く。


「うん…っ!どうか、此れから宜しくね、私の初期刀のまんばちゃん…!」
「な…っ!?ま、まんばちゃん…ッ!?」
「え…っ?あ、うん。まんばちゃんだけど…この呼び方じゃ、嫌?」
「え、あ、いや、その…アンタが其れが良いと言うのなら別に、其れでも構わないが……っ、」
「それじゃあ、まんばちゃんで。改めて、此れから宜しくね…!」
「あ、嗚呼…俺こそ、まだ人の身を得たばかりだから、色々と分からない事が多いだろう。だから、その…、宜しく頼む…。」


此れにて、新たに一人と一振りの絆が結ばれたのである。

用の済んだ妹は、彼女のこんのすけに向かって「後は任せたよ。」と告げた後、その場に背を向けて去っていく。

此れからの説明を聞きながら、何も言わず出口へ向かっていった様子に気付いた彼が、一寸ばかり気にしたように視線を向けた。

その先で、扉を開いた妹とその先に居た彼女自身の初期刀である清光が姿を見せる。


『終わったよー。』
「おっ、お疲れー。意外と早かったね。」
『そう?なら良かった。さっ、用は済んだし、ウチ等はウチ等で自分とこの本丸に帰るとしますかねー。』
「そうね。あ…向こうと目が合った。…へぇー、お姉さん、初期刀まんばにしたんだぁ?」
『彼奴によく合ってると思うだろ…?』
「だねぇ〜。此れからが楽しみだね?主。」
『ま…っ、ゆっくりと見守っていくさね。…いち先輩審神者としてね。』


翡翠の目に映ったその光景は、眩いものだった。

堅く結ばれた主とその刀の絆に、信頼された証の姿…。

彼が此れから彼女と築いていく先の其れを、彼は開いた扉の隙間越しに見たのだった。


執筆日:2018.12.09
加筆修正日:2020.03.10

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