血を分けた指導者



我が主には、血を分けた妹が居るという。

主と同じく審神者をやっていて、自身の本丸を持ち、活動しているらしい。

らしい…と言うのは、主や初期刀の山姥切などから話に聞いただけで、まだ直接逢った事が無かったからだ。

俺は、この本丸で早い段階で顕現を果たす事が出来た、へし切長谷部だが…。

近々、主の審神者としての勤めの模範を見せに指導…言ってしまえば、先輩審神者からの手解きを行う為に来訪するとの事になっている。

要は、右も左も分からぬ新米審神者である主に助言を施し、此れから先一人の審神者として立派に立っていけるように手伝いをしに来るという事だ。

主の妹君という点でも、どんな人物なのか気になるし、何よりどれ程の手腕を持った審神者なのだろうかと内心期待を抱いた。

そして、二日後の午後…主の妹君は来訪した。

出迎えは、勿論主ご本人と初期刀の山姥切に、初鍛刀の乱だった。

俺は、玄関先に近い部屋にて控えて耳をそばだてていた。


「いらっしゃーい。始めたばっかの刀数少ない本丸だけど、ウチの本丸へようこそ。」
『おー、お邪魔しますよ、っと…。やっぱり、アンタの初期刀はまんばちゃんだねぇ〜。で、初鍛刀は乱ちゃんか。見事、前話してた通りになったねぇ。』
「あっはっは。そう言うアンタは初期刀の清光と初鍛刀の前田君連れか。」
『そっ。ウチのこんのすけから言われてね。他所の本丸へ行くでも念の為に護衛も兼ねてのお伴を付けとけって。まぁ、今日は手始めの顔合わせみたいなもんだから、万が一も無いと思うけどね。』
「成程、そういう事か。」
「そーいう訳だから、今日一日宜しくね?」
「嗚呼…此方こそ、宜しく頼む。」
「ご指導の程、宜しくお願いしまーす!」
「はい、畏まりました。喜んでお教え致しますね…っ!」
『早速打ち解ける初期刀と初鍛刀組…流石だね。そんで何より、主の私達よりしっかりしてるわー…。』
「うん、そだねー…。まぁ、こんな処で立ち話も何だし、上がってって?」
『ウィーッス。陸奥国所属一審神者、狛、改めてお邪魔致しまーっす。』
「おぉ…何かそうしてると本当先輩審神者って感じするね。取り敢えず、どうぞー。」
『感じじゃなくて、リアルにそうなんだけどな…。まぁ取り敢えず、失礼しまーす。…って言うと、学生時の職員室入る時を思い出すな。』
「分かる、マジ其れな。懐かしいよね〜。」
『まぁ、私相手だからそんな堅苦しくないっしょ…?あんま肩に力入れずに気軽に行きましょー。』
「わぁ、マジで先輩っていうか先生みたい。今日は宜しくお願いしますね〜。」
『みたいじゃなくて、リアルに先輩だわ。つって、審神者始めて半年な新人には違いねぇんだがな?アンタより数ヶ月先に就任したってだけさね。正確に言うと、五ヶ月差ってとこかな…?とりま、政府からの指令(?)なので、任されましたー。』


来て早々耳にした声は、高過ぎず低過ぎない、芯の強そうな声だった。

会話は、政府より派遣された指導者と言えども、やはり姉妹故か。

些か緩めな気がする話し方だった。


「それじゃ、まずは広間の方に案内するね。其処に皆集めてあるから、一度自己紹介の程宜しく。」
『了解ッス。』
「…さっきから気になってたんだけど、そのお面…何?やっぱ外しちゃいけないパターン?」
『んー、別に外しても大丈夫だと思うけど、一応…?此処はアンタの本丸な訳だしねぇー…。神隠しとか無いだろうけど、念には念を入れての事だよ。あとは、上からの言い付け的なもの?』
「あーね…把握した。私も演練の時は気を付けとこ。」
『一番気を付けて欲しいのは名前についてですよー。相手がお前だからな…絶対本名、真名である方の名で呼ぶんじゃねーぞ?呼んだらシメるから。』
「ウッス!其処んとこはガチで気を付けまっす…!!」
『私の事呼ぶ時は、必ず審神者名の方で呼ぶ事。良いな…?此れだけは絶対に間違えるんじゃないぞ。本名呼んだりなんてしたらマジでぶっ飛ばすからな。おk?』
「ハイッ!了解です、狛先輩…ッ!!」
『先輩やめろ。普通で良い…。』
「あ、すまん。何かノリで…。」
『テメェ、巫三戯ふざけてんのか?』
「ひぃっ!?怖い怖い…ッ!!お願いだから、ウチの子達ん前でいきなりメンチ切ったりしないでよ!?」
『しねぇよ…。人を何だと思ってんだ。』


声だけを聞くと、随分と男勝りな喋り方をする人なのだなと思った。

主とは違って、少々気の荒い方なのだろうか。

しかし、喋り方が些か乱暴だからといって、其れだけで人物を決め付けてはいけないと思い直し、所定の部屋へと移動した。

広間へと来れば、堀川や燭台切といった世話好きの面子がソワソワとした面持ちで待機していた。

寸分立たずして待てば、来訪したという妹君が姿を現した。


「待たせてごめんね、皆。…えーっ、此方が本日から数日間お世話になります、私の妹であります、先輩審神者です。」
『どうも…本日付けで、政府より此方の本丸の指導者として派遣されました。陸奥国所属の一審神者、狛と申します。私もまだまだ未熟な新人審神者の身ではありますが、微力ながらお手伝い出来ればなと思います。どうぞ宜しくお願い致します。横の二人は、私のお伴として同行しました、初期刀の加州清光と前田藤四郎です。』
「宜しくねー。」
「どうぞ、宜しくお願い致します。」
『彼等は貴殿あなた方と同じく刀剣男士で近しい存在ですから、学ぶ事も多いでしょう。質問等あれば、気軽にお聞きください。では、私からの挨拶は此れで。』


主の妹君は、黒狐の半面を付けた和装の女性だった。

主も、一応今日だけは形式的にと、正装の巫女服を身に纏っていたが。

口調は先程聞いたものとは違い、きちんとした話し方になっていた。

先程のは、やはり身内との会話だから崩れていた口調だった、という事なのだろうか。

時と場合によって公私を使い分けている点においては、まともな人間であるようだ。

此処まで全て客観的でしか見れていないから、其れ以上の事は知り得ないが。

挨拶を終えた後、妹君は主に連れられ、本丸内を案内される事となった。

その際、好奇心旺盛な短刀達が数名付いていった。

主の仕事の邪魔をしなければ良いが…今日の近侍は残念ながら俺ではなく山姥切である為、雑務の合間に見守る程度しか出来ない。

酷く歯痒く悔しい思いだ。

主のお側に居るのは、この俺だ。

まぁ、采配は主がお決めになる為、文句は言えない。

本丸内を案内された後は、主の執務部屋…実質上の審神者部屋へと通され、其処で審神者としての采配の仕方や刀剣男士達の育成の遣り方等の指南を行っていくようだった。

俺は、主の手伝いをするべく、主が妹君より指南を受けている間、隣の部屋で政府への提出書類を纏めたり等の雑務をこなしていた。

本丸案内に付いていった短刀の奴等数名が、指導の邪魔にならない程度にその場の同伴を許されていた。

狡い。

まぁ、すぐ横の部屋に居るが故、会話は筒抜けであったが。

姉妹間で話している限り、口調は砕けたものだった。

指示も的確且つ正確で、手慣れた様子からも審神者としては先輩の者なのだという事がはっきりと分かった。

主より数ヶ月早かっただけの新人と言えども、経験値上は上。

先輩風吹かせる妹君は、やはり一人の審神者であり、一本丸を任せられた人なのだなと思わせられた。

だが、少しばかり当たりが厳しいところが多々ある気がした。

主は審神者になったばかりなのだから、もう少し優しく教えたらどうなのだと感じた。

後で彼女が一人になるタイミングがあるならば、時を狙って伝えておこうと思う。

そう考えていた最中、隣の審神者部屋から小さな悲鳴が上がった。

今の声は、恐らく信濃の声か。

何かあったのだろうか?

俺は、隣とを仕切る襖の戸を少しだけ開け、中の様子を覗いた。

すると、信濃が妹君の方を見つめて怯えた様子を見せていた。


「こ、この人の目…、凄く怖い目してた…っ!」
「信濃ったら、主さんの妹さんの顔覗き込んじゃったの…?」
「信濃…。」


向かいの主が呆れた表情を見せる。

妹君はというと、顔の半分を覆い隠す面を掴んでいた。


「…下手な好奇心は猫をも殺すよ?」
『全く…何の為に面を付けているんだか分かったもんじゃないな。俺は他所の本丸の者だから、節度の為にと一応付けてきてる身なんだぞ…?そのわざわざ隠している下を覗かれたら、元も子もないじゃないか。』
「ごめんねぇーっ、我が妹よ…。」
『いや…私の目付きが悪いのは元からだ。気にすんな。だから、面の下が気になるのは分かるが、あまり見ない方が良い事をお勧めする。…睨まれたと勘違いしたくなければね。』


同じく呆れの溜め息を吐いているようだったものの、怒っているという訳ではなく、ただ諭しているだけのようだった。

短刀達は見た目が幼いだけあり、好奇心旺盛な者が多い。

教育という意味でも、今回の事は身に染みただろう。

そんな事がありながら、その日は主の妹君は帰っていった。


―翌日も、昨日と同じくらいの時間に妹君は新米審神者の指導者としてやって来た。

その翌日も翌々日も。

指導者が自身の妹である為か、主も気軽に指南を受けやすいようで、あまり肩肘張らずに力を抜いた様子で指南を受けていた。

しかし、その翌日、主のご様子が変わった。

この日の妹君は、何時も以上に当たりが強く厳しい物言いとなっていたのだ。


『あのなぁ…っ、全てを私に任せ切りでどうする?此処はお前の本丸だろう…?少しは自分で考えて遣ってくれないか?私だって、自分の本丸の事があるんだ。何でもかんでも私に聞くのではなく、自分で調べろ。資料なんて、探せば幾らでもあるだろう?全部が全部私に頼るな…っ!』
「そう言ったって…まだ始めたばっかりで右も左も分からないんだから、もうちょっと優しく教えてくれたって良いじゃんか…っ。」
『甘えるな。…私だって最初はそうだったんだ。寧ろ、私はアンタと違って指導なんて付かずの一人でこなしてきたんだぞ。殆どの皆がそうだ。逆に、先輩審神者から指南してもらえるお前は有難い事なんだぞ…?其れをお前はきちんと分かってやっているのか?…まぁ、政府からのメンテによって新たに加えられた方針だから、何とも言えないところもあるけどな…。』
「其れは分かってるよ…。だけど、もうちょい言葉を選んで言っても良いんじゃない?」
『お前が何時も俺に言ってきたものと比べれば優しいモンだろ。…とにかく、もう少し自分で自分の本丸を管理しろ。そして、自分の刀剣達を信じろ。今のまんま俺に頼り切ってちゃ、お前の本丸じゃなくなっちまうだろ…?俺を当てにするな。此処は俺の本丸じゃない。お前の本丸だ。お前も一審神者なら、それくらいの覚悟をしろ。』


主の様子見がてら、燭台切のお茶出しに付いていった先で聞こえた、主と妹君の口喧嘩。

主をお前呼ばわりするとは何事だと思ったが、言っている事は至極まともな事のようだった。

ガタリと審神者部屋の戸を開けて中から出てきた妹君が、振り返り様に主へと口にする。


『…半端な気持ちで審神者をやろうと思ったなら、今すぐ辞めてしまえ。要は、その程度の覚悟だったって事だ…。厳しい事を言ってるようだが、審神者を勤めるという事は、歴史を守るというこの戦争に身を投じるという事だ。半端な覚悟じゃ、すぐに闇に飲まれるぞ。俺は、自分の子達を支えとして生きてるから、相応の覚悟を持ってやってる…。一審神者としての誇りも持ってる。だが、此れ以上続けたくないと思うのなら辞めれば良い。簡単な事だ。政府に連絡を取って、手続きをするだけで良い。そうすれば、此処に居る刀剣達は皆、新たな審神者の元へと引き継がれるだろ。』


妹君が主より背を向けて、すぐ向かいの窓の外へと目を向ける。


『しかし、此れだけは言っておく…。アンタも、今や立派な一審神者なんだ。自分の本丸くらい、自分で管理してみせろ。自分んとこの刀剣男士達さえ信じる事が出来なければ、この本丸を設立した意味が無くなるぞ。…今日のところは以上だ。帰るぞ。』
「は、はい…っ。」
「え…っ?ちょ、ちょっと待ってよ主…!」


スタスタと足早に部屋から出てきた妹君と廊下で立ち止まり聞いていた俺達は、運悪くも其処で鉢合わせたのだった。


執筆日:2018.12.18
加筆修正日:2020.03.10

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