面の下に隠した素面



『…何だ、聞いてたのか?』
「あ、いや…、僕達は立ち聞きをするつもりは……っ。」
『別にわざわざ弁解しなくても構わねぇよ。見りゃ分かる。まぁー…その、気まずい空気にして悪かったな…。少し言い過ぎた感は自覚してるから、慰めに行ってやってくれ。もしかしたら、泣かせたかもしんねぇから。』
「ええ…っ!?」
「主の事を泣かせた、だと…!?」


用は其れだけだと言わんばかりに、「じゃあな。俺達は帰るから、後は宜しく。」と告げて、横をすり抜けて去って行った。

一瞬呆然と立ち竦んだが、咄嗟に我に返り、急いで後を追った。

玄関先の出て行く寸でで追い付き、奴の胸倉を掴んで詰め寄る。


「貴様ァ…ッ!主を泣かすとは、何様のつもりだ!?」
『…何様も何も、強いて言うなれば、一応先輩審神者のつもりですけど?』
「たかが数ヶ月就任が早かっただけで、貴様も新人である事に変わりはないではないか…!そんな新人風情が、主に対して偉そうに指図をするな!!主には主なりの遣り方があるのだぞ!?」
『だから、俺は敢えて進言したまでだ。“俺に頼るな”とはっきりとな。あと…指導者として俺を派遣したのは政府だ。文句があるなら政府に言ってくれ。俺は上の言われた通りにしたまでだ。』
「…その如何にもな物言いも気に食わないな…っ。」
『悪かったなぁ、口が悪くて。だが、元より彼奴も俺と同等…否、俺よりも口悪いぞ。』
「主を侮辱する事は、この俺が許さん…っ!!」
『事実を述べたまでだ。別に侮辱はしてない。』
「この減らず口が…ッ!今すぐに圧し斬ってやる…!!」
「ストップだよ、長谷部君…ッ!!」
「お二人共落ち着いてください…!!」
『俺は落ち着いてるぞ。』
「主はちょっと黙ってて…っ!」


今にも抜刀しそうな勢いで食って掛かっていたら、一緒に居た燭台切に取り押さえられ、引き離された。

憤慨したまま肩を怒らせて睨み付けていると、奴を庇うようにして立つ加州が口を開く。


「お前の言いたい事も分かるけどさ…もうちょい平和的に解決しようよ。確かにウチの主も言い方悪かったし、言い過ぎたとこもあっただろうけど、間違った事は何一つ言ってないってのは分かってんでしょ…?まぁ…ウチの主、見ての通り口悪いし言葉足らずなとこもあるから、誤解されやすいとは思うんだけどね。でも、コレが俺の主だし。」
『おい、然り気無くコレ扱いすn、(モゴモゴ)』
「そっちの主の事馬鹿にされたと思って文句言うのは構わないけどさ、手だけは出さないで欲しいなぁ…。俺達は刀剣男士な上に、男の身なんだからさ…人間で女の子の身の主に手ぇ上げたら、簡単に傷付いちゃうし、下手したら死んじゃうんだからね?おまけに、女に手上げるのは最低な男が遣る事だよ…?時と場合にも依るけど。」
「………何が言いたい?」
「だーかーらぁーっ、揉め事に一々本体持ち出すなって事…!簡単に斬ろうとするな!!」


怒鳴り声を上げた加州が俺の本体を取り上げ、前田が奴の守護として立つ。

いきり立った俺の頭は血が上り過ぎているのか、普段なら容易に理解出来た事を理解しようとしなかった。


「もしかすると、主君が此方の本丸を乗っ取るのではないのかとの懸念を抱かれているのでしたら、其れは誤解です…っ!」
「そうだよ。ウチの主は、そんな事微塵も考えちゃいないし、寧ろ自分とこの本丸で手一杯なんだから、んな余裕無いってぐらいだし。つーか、んな下らない事考えるくらいなら、つい最近ウチに来たまんばの本歌とその写しとの仲を取り持つ事考えるでしょ。」
『よく言ったぞ、清光。帰ったらご褒美のおやつあげるな。勿論、一緒に同行してくれた前田君にもあげちゃう。』
「有難うございます、主君…!」
『…まぁ、そういうこった。そんな件も含めて、お前の主に伝えるべき事は伝えたぞ。其れをどう受け止めるかは本人次第だ。決めるのは俺じゃない。彼奴の事を信じて、采配に従うのなら…彼奴の意志に従ってやってくれ。彼奴を支えてやるのも、俺じゃなく、お前等だ。後をどうするかは、お前等次第。俺は一切介入しないからな。取り敢えず、俺は上から言われた仕事をこなすだけだ。…ので、数日後、間を空けてまた訪問致します。此れは仕事なので拒否権は無しね。どうしても拒否したいのなら、直接上に掛け合ってくれな。俺は一切その点に関しては手を加えるつもり無いので…以上。お邪魔しましたぁー。』


主の妹君という奴は、あっさりと引き下がって背を向けて去っていく。

面で顔を隠しているせいで、奴がどんな表情をしているかは読み取れなかった。

気に食わない奴だと思いはしたが、奴の背中は毅然としたもので、審神者然たる者としてしっかり地に足を着けて立っているという風格を感じた。

やはり、場数を踏んだ数が違うのか。

一瞬俺を押さえに掴み掛かった加州の腕を振り払おうとしたが振り払えなかったのも、同じ事なのだろう。

此れが、錬度の差、且つ経験値の差…。

どれも今の主や俺達には足らぬものだったのは明確であった。


―翌々日、一日間を挟んで再び顔を見せた奴とそのお伴の薬研とにっかり青江。

妹君の奴は、相変わらず黒狐の半面で顔を隠していた。

出迎えは、主と近侍の堀川だった。


「やほー。今日は、お伴清光達じゃないんだね?」
『あー…まぁね。清光達は今遠征に出てるから。その代わりに、同じく初期メンの二人を連れてきましたー。ウチの初泥と初脇差(泥)組ね。』
「成程。じゃあ、錬度の高さ的なものは、この間の清光達と変わんないんだ?」
『そだよ。だから、何かあってもウチの子は強いよ…?』
「流石だね。」


一日置きに逢った二人は、何の隔ても無いように接していた。

姉妹故だからか。

話は変わるが、今日の奴は、何故か軽く武装をしていた。

その点について、主も疑問に思ったのか、奴へと問うていた。


「ところで…アンタ、何で武装…?してんの?どっかに戦いにでも行くの?」
『…いや、今日は内番の手合せの様子でも見ようと思ってね。手合せの手解きついでに、私も軽く参加しようかと思って。』
「え?アンタ、そんな事もしてたの…?」
『まぁ、護身術程度に…?実際は、自分自身で刀を手に取ってみれば何か分かる事もあるかなぁ〜って事で。あとは、単なる興味本意と好奇心から…?事務仕事ばっかしてると気が滅入るからねぇ〜…身体動かすがてら、運動的に。打ち合いの稽古すんのも、其れなりに良い運動にはなるよ。瞬発力とか反射神経上がって素早く動けるようになるし。』
「アンタは何を目指してるのよ…。」
『さぁ…?まぁ、そういう事だから、今日は内番の様子見させてもらうね。』


偶々内番に組まれていて、一緒に組まれていた厚と手合せしていた俺は、鍛練場である道場に来た奴と立ち会った。

今日の奴の服装は、動きやすい服装に両腕には籠手を付けた、軽く武装したような出で立ちだった。

暇潰しで手合せに来ていた非番の加州と大和守や信濃に後藤達も同じく「何故?」という顔をしていた。


『えー…、本日は内番の手合せの様子を観察しに来ました。本日同行しに参りましたのは、短刀の薬研と脇差のにっかりさんです。各々組まれた二人で手合せするも良し、二人と打ち合うなり何なりとどうぞ。質問するも良し、助言を乞うも良しです。各々方の好きなようになさってください。』
「宜しく頼む。相手になってくれって事なら、お手柔らかに頼むぜ…?」
「ふふふ…っ。さぁ、僕に身を委ねてごらん?」
『つきましては、指導者である私も参加致しますので、お相手したいという方がいらっしゃいましたらどうぞ。』
「え、マジで…?」
「へぇー…向こうの主ってそっちのタイプなんだぁー。ウチの主とは違うね。」


まさか自らも参加してくるとは思わず、新撰組の沖田刀二人が興味津々といった様子で感想を漏らす。

その為の武装とは、全くどういうつもりなのかが分からない。

どんな意図で打ち合いの稽古に参加するのか、思い切り訝しげな視線をぶつけて見た。

気付いているのかいないのか、奴は平然とした様子でこの場を仕切っていた。


『じゃあ、ウォーミングアップがてら…誰から来る?』
「んじゃあ…俺から!良いよな?」
『勿論。では、手始めは厚からだな…。先攻後攻、何方からいく?』
「ん〜、そんじゃあ俺からで…っ!」
『よし。厚相手なら…短刀だね。大きくても脇差ぐらいまでしか私には扱えないから。ギリイケても打刀までぐらいになるかな。じゃないと重くて振るえないし、手首痛めちゃうからね。でも、打ち合いの稽古って、或る種のストレス発散になるから丁度良いんだよねぇ…。』
「あ〜、成程なぁ。そういう事か。」
『という訳で…ド素人レベルの者だけど、お相手願うよ。』
「おうっ!」
「やる気満ちてんのは良いが…怪我しない程度にな、大将?」
『一応善処はするー。』
「お盛んだねぇ…血の気の事だよ?」
『そういう発言、この場ではやめい。気が抜ける…。』
「ハイハイ。」


この場の流れが軽く異常を来しているとは皆思わないのか、平然と受け入れる各々。

主自身も特に何も仰らず、平常通り仕事に戻るとの事で、何かあれば呼んでくれと言い残して執務室へと戻っていかれた。

何故だ。

奴は、短刀の木刀を構えると、突撃してきた厚の木刀を受け止める。

型は荒削りだが其れなりのもので、上手く立ち回り、厚と打ち合っていた。

日々鍛練を行っているのは、目に見えた動きで分かった。

面をしたままの視界の悪い状態で其処まで動けるとは、なかなかのものだと内心意外に思いながらも舌を巻く。

だが、何時までその余裕が持つのか興味が湧き、厚と軽く打ち終わった後の次の相手に申し出た。

俺が自ら相手に名乗り出ると、少し驚いたように口を半開きにして此方を見てきた。


『おや…、お前が相手になるのか…。』
「何だ。俺が相手では不満か…?」
『いや…寧ろ、私には過ぎた相手だと思ってね。お前の機動が高い事は、ウチにも居る長谷部でよく知ってる。』
「ほぅ、そっちの本丸にも俺は来ているのか…。なら、相手として不足は無いな。」
『絶対勝てる気がしない…。と言って、端っから勝つ気なんて無いけども。そもそもが、お前等が本気出しても出さなくても勝てっこないって分かってるし。故に、相手がお前という点で厄介だ…。ガチで手加減してくれよ?』
「ふん…っ、其れは貴様次第だ…!」
『うわっ!?いきなりかよ…!!』


腰に差していた長脇差の木刀を急いで抜き、反射で俺の木刀を受け止めた動きは良かった。

此れなら少しは楽しめそうだと口端に笑みを浮かべた途端、奴は苦々しげに表情を歪めた。

嗚呼、そういう表情もするのか。

漸く表情を変えた事に、俺は好機と見て畳み掛けた。

強く重みを掛けた一撃も何とか力を流して受け止めたりしていたが、やはり力の差、本当に戦いの場に身を置いているか否かの実力差だった。

すぐに柄を握る手に力が入らなくなったのか、躱したり往なすばかりでまともに打ち合わなくなる。


「どうした?貴様の腕はその程度か…!?」
『ッ……!』


安易な挑発に乗った奴が踏み込んできたところへ、とどめの一発だと突いた。

瞬間、奴の手に握られていた木刀が宙を舞い、遠くへ弾き飛ばされる。

気になって様子を見守っていた面子が、「あ…っ、」と声を漏らす。

衝撃で身体を仰け反らせた奴は体勢を崩して膝を付き、そのまま面を押さえて俯いた。

俺の勝ちだと思った。


「ふん…っ。見たか、俺の実力を。所詮は実戦に立つか否かの力量の差だ。」


奴は、無言を返した。

代わりに、パカリと何かが割れる音がして、面の一部がカランカランと床に落ちた。

そして、奴がぽつりと小さく低く唸るように一人ごちた。


『…あ゙ーぁ゙……っ、やっちまったかぁ………。』


俯いたままの奴が舌打ちをする。

ゆっくりとした動きでフラリとふらつきながらも立ち上がった。

残った面の部分を押さえたまま、奴が顔を上げる。

欠けた面の下から覗く奴の顔には、強く鋭い光を宿した目が覗いていた。

その目には、或る種の覚悟を背負った意志を感じ取れたのだった。

奴の太刀筋は本気のものだった。

妹という身なれど、審神者たる者として相応しく在ろうと我が主より少し先を行く彼女は、真の意味では俺よりも上の者だったのであった。

俺は、その目に宿った光に圧倒されて動けなくなった事にショックを受けた。

だから、妹君である奴に怪我を負わせるつもりは無かったのに負わせてしまったという事に気付くのが遅れたのであった。


執筆日:2018.12.19
加筆修正日:2020.03.10

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