爽風は和解という名の物理をかます



あまりにも予想出来た事過ぎて逆に面倒になり、既に仕事の積み重なり様で若干苛々してきていたところだ。

取り敢えず、好き勝手騒ぎ出したコイツ等黙らせて良いかなぁ…?

元より、騒がしいのはあまり好きじゃないんだ。

少しは平穏に過ごさせてくれと思う心が、些か物騒な方向へと思考を傾けさせた。


『最早コイツ頭に血が上り過ぎて何言ってるか分かってねぇよな?怒ってんのか、ただ説き伏せたいだけなのか、てんで分からん。』
「たぶん、怒ってるんじゃないのかぁ…?彼。」
『面倒だから、一発両方ぶん殴って両成敗で黙らしても良いですかァ…?』
「ソレが良いんじゃないですかね?」
「おい、待て!そっちの主、少し物騒過ぎやしないか…!?というか、誰も止めようとはしないのかっ!?」
「ウチじゃコレがテンプレだし、ウチの大将はいつもこんなんだ。気にすんな。」
『そんじゃ…っ、お前ェ等いっぺん黙りやがれ。』


混沌に満ちた空気感に混乱した姉本丸勢の目の前で、互いの本丸勢の長谷部の頭部を掴むと力加減無しに思い切り正面からぶつかり合わせた。

腹いせにガチンコで額を突き合わされた二人は、あまりの衝撃に言葉を失い、よろめき崩れ、そのまま床の間に伏せ悶絶し床に転がった。

片や、少しだけすっきりとした私は、一仕事果たした顔で両の手を叩いた。


「おっま…、容赦無いな……ッ。」
「今、物凄い音したよね…?“ゴッッッ!!”って…。」
『大丈夫、コレくらいじゃ死なんよ。たぶん、ちょっと強めに強打したくらいだろ…。其れか、悪くて軽傷くらい?まぁ、ちょっとくらいの怪我ならウチの薬研が治療してくれるからダイジョーブダイジョーブ!』
「最終的には他人ひと任せかよ(笑)。しかも、俺っち。」
「流石は我が主だね。確かに、今くらいので死なれちゃあ困るね…。渾身の力を込めたように見えて、今のはちゃんと加減をされていたから。今ので折れるようじゃ、戦場に出ても役に立たないだろう…?分かってたから、ウチの長谷部は素直に受けたのだろうけど…其方の本丸の長谷部は、どうかな…?」
『…まぁ、文系語っときながら、意外と物理で片付けるお前には負けるけどな。通称文系ゴリラの歌仙さん。』
「うん?今、聞き捨てならない台詞を聞いた気がするが、気のせいかい…?」
『うんー、気のせい気のせい風のせぇーい…っ。』


うっかりつい癖で口が滑って、危うく彼のお怒りに触れる台詞を口走ってしまった。

危ない危ない…。

頃合いを見計らって、「そろそろ復活してくるかな?」と床に突っ伏した両者を見遣る。

うん、タイミングは間違ってなかったようだね。

ただし、錬度上の問題か、片方はまだ少し完全復活には遠いようだ。


『はーい、早くも復活を果たしたウチの長谷部くーんっ?何か申し開きしたい事はあるかね…?』
「勝手を行い、申し訳ありませんでした…っ。」
『分かっているのなら、良しとしよう…っ。外した障子は後できちんと直しておくようにねー?あと…、一つ聞いておきたいのだけど、お前にこの事を話したのは誰?』
「同田貫です。」
『あんの野郎…っ、この件については向こうの奴が来ても長谷部には伝えんなって言っておいたのに…!後でシメる。』
「念の為言っておくけど、僕は一切伝えてはいないからね。」
『うん、知ってる。彼奴、マジでシバく。』
「え…何、アンタんとこって、もしかして恐怖支配?」
『阿呆か。んなブラック染みた事する訳なかろう。ウチは、至ってホワイトに努めてますよぅ。』


冗談でも、んな馬鹿げた運営の仕方やるもんかよ。

人の姿をしているとはいえ、相手は神様だぞ。

畏れ敬い、従うべきは人間である私達だってのに…何を勘違いしたのか、そういう酷な運営の仕方をする審神者も多くはないと聞くが。

まぁ、今しがた、その神様達の頭むんずと掴んでぶつけさせといて説得力の欠片も無い訳ですけど。


『まぁ…、此れで少しは分かっただろ?ちったぁ頭も冷えたんじゃない…?』
「き、さまぁ…っ、主の妹君というだけの分際で、何を……ッ!」
『でも、今ので分かったんじゃありません?此方がわざとちからセーブしてるって事。』
巫山戯ふざけた事を…ッ!」
『そもそも考えてもみろよ…。自らよりも遥かに力もあって体躯にも差がある相手を組み伏せる事が出来るのは何故か…?其れは、元より審神者の方が刀剣男士達より力が上回っているよう仕組まれているからだ。力の仕組み上、審神者はお前達刀剣男士を従わせる形になる。従わせるのに、その審神者がお前達より力が弱くてどうするんだ…?当然の事だが、審神者としての私はお前達よりも力は強いし、錬度的に言えば格は上だ。だから、私は今もあの時も“手を抜いた”…。真剣に命賭けて殺り合う訳じゃないしな。その気になれば、何時だってお前の顕現を強制的に解く事だって出来る…。此れも、審神者の権限として、当然の事だわな。そうしないのは、そうする必要性が無いから。まぁ…言ってしまえば、お前は他所様の刀だから?強制的に顕現を解くのにも多大な霊力を消費する上に骨が折れるからやらないだけ、っていうのもある…。良かったな、俺が投げ遣り面倒くさがりでブラックじゃなくて。俺がブラックなバイオレンス野郎だったら、お前…今頃折れてるどころか、影の形も無い存在になってるところだったぞ。良かったな。』


冷静に淡々と事の事実を告げると、奴を含めたこの場の者達皆がシン…ッ、と静まり返った。

ブラックな様子をリアルに想像したのだろう、一部の者達は少し青ざめた顔色で俯いていた。


『…つまりは、そういう事だ。この話は、此れで終い。歌仙に連れられて文句を言いに集った者達の中で、此れだけは言っておきたいとする代表の者は居るか?』
「ほにほに。わしがそっちんくの長谷部に、ちっくと一言言わせてもろうてもえいかにゃあ?」
『おや、むっちゃんが代表かい?』
「駄目かぇ…?」
『いんにゃ、別に私は構わないけども?他の面子は其れで宜しいので…?』


思っていた中でも意外な者が手を挙げた事に、少しだけ驚いて素直に言葉を紡ぐ。

むっちゃんの他に一言物申しに集まった面子(恐らく野次馬も含む)は、今剣いまつるちゃんと乱ちゃんにみっちゃん、ずお兄に兼さん、其れと堀川とパッパだった。

思った以上に多いな…。

まぁ、其れだけ多くの者に慕われつつも、心配を掛けてしまったという事だろうか。

努めて冷静に事を見守っていると、むっちゃんが物申しに口を開いた。


「おんし…ちっくと改めて問うけんだ、わし等の主に対し加減せずに刃を向けたっちゅうんは、本当ほんまか?」
「あ、嗚呼…。道場での手合せでの事だから、刃と言っても本体ではなく、木刀同士で、だが…。」
「其れがおんしの言い訳ながか。」


今まで聞いた事も無いような低い声を聞いて、ヒュッと息を止める。

場の空気も一瞬にして冷えた気がした。

唯一、彼と正面から対峙している向こうの長谷部のみ、場違いにも眉を潜めていた。


「言い訳とは…貴様、どういう意味だ…?」
「こんべこのかァ…ッッッ!!」


突然大きな声で怒鳴り付けたむっちゃんに、皆が吃驚して瞠目する。

あまりに大きな声だった故に、ビリビリと鼓膜に響いた。


「おんしゃあ、其れでも主を慕う刀ながか…!?例え、自身の主じゃのうても、おんしの主の妹やんやっても、やってえい事と悪い事があるんはおまんも分かっちょろう!?木刀であろうとなかろうと、刀の形をしちょるもんを…其れも、まかり間違えば殺傷能力のある物を人に簡単に向けるらぁ、何事じゃあ…ッ!!其れも、か弱い女子おなごに向かって…っ、おまんには武士の心得っちゅーもんは無いがか!?」
「な…っ、何を………ッ、」
「わし等は刀じゃ。刀が人を殺せる武器やっちゅーんは分かっちゅーな…?其れを振るえば、人を斬れるちゆう事も分かっちゅーのぉ?けんど、おまんは其れを分かっちょった上でわしの主に対して切っ先を向けよりよった。其れが本物の刀を模した物と知っちょった上でじゃ。…おまんは、武士として風上にもおけん。おまんは刀を持つ者としての理を冒した。おまんは其れだけの事をしたっちゅー事ぜよ…。例え、手合せっちゅー訓練上の事やったとしても、主たる者に刀を向けるべきがやなかった。おまんは、女子に手を挙げたんじゃ…。そん事実は変わらんき…今後どうあるべきか、確り考えて肝に命じちょきぃや。ほいで、わし等に約束しぃ。二度とわし等の主を傷付けん、っちにゃあ…。」


平常そうに見えて、実は相当頭にキテいたんだろう。

かなり怒っている様子だった。

普段穏やかそうにしている分、かなり驚いた。

謝罪を受けるべき当人である私自身がこんな感じでは、なし崩しになるだろうので、敢えて口出しする事はしないが。


「…わしからは以上じゃ。」
『あ…、良いの?』
「おん。…ほれ、そっちんくの長谷部は、ウチの主に何ちゃあ言う事はないんかえ?」
『…あ゛ーっ、この件についての謝罪ならもう良いって…。事件当日に散々謝られたし。』
「けんど、主…。」
『元より…本当は断わりゃ良かったものの、怪我するの分かってて受けて立った私が悪いんだし。其れを補足として付け加えるんだったら、私も同罪だよ。何も全部が全部向こうの長谷部が悪い訳じゃあない。だから…、この件はお相子。既に、彼奴からかなり怒られて身に沁みてるだろうからね。』
「そうなんかぇ…?」


怒りの冷めた目でむっちゃんが、すっかりビビって縮こまってしまった我が姉の事を見遣る。

其処で、我が姉は少しだけ怯えた様子でおずおずと小さく口を開いた。


「さ…っ、流石の私も…、妹が怪我するだなんて思わなかったから……っ。つい、冷静で居られなくて…。私だって痛いの嫌だし…、ましてや、実の妹が傷付いてるトコなんて見るの嫌だしで…っ。」
「………妹君の血が流れる様子を見て動転された主は、その後すぐに凄まじい剣幕で俺を怒鳴り付けてこられた…。“女の子相手に何してくれてるんだ”、と…。“嫁入り前の妹に傷でも残ったらどうするんだ、責任は取れるのか”、と怒りに早口で捲し立てられて、俺に手を挙げかけたんだ。そんな主を制したのが、其処の妹君…お前の処の主だ。」
「…な、なん…っ!?…お、おんしゃあ、そら本当の事かぇ…っ?」
『本当の事だよ…。其処の長谷部が言ってる事は全部本当の事。』
「け、けど…っ、其れじゃあアンタ、敵に塩を送るようなもんなんじゃ……っ?」
『力ある者が其れをおごって振るってしまえば、権力と同じなっちまう…そうだろう?そんなんじゃ、ブラックな処と何ら変わりなくなってしまう…。だから、俺は止めた。謝罪も言い合いも、もう十分だと思ってね。だから、この話はもう終わり…!済んだ事を何時まで語ってたってしょうのない事だろう?さっ、仕事ある奴は各自持ち場に戻った戻ったぁ…っ!』


不満げに問うてきた兼さんの言葉に答えた後、さらっと流して立ち上がる。

私の意図を察した薬研やにっかりさん、宗三達は、其れにするりと続いて腰を上げる。

其処へ、最後に顔を見せに来たのは、江雪さんだった。


『あれ…、どしたの?江雪兄様…。』
「お話は、解決されましたか…?」
『嗚呼、その事か…。ご心配なく、ちゃあんと無事平和的に解決しましたから。』
「其れは、良かったですね…。争いは哀しみしか生みませんから。和睦は、大事ですよ…。」


すまん、一部物理で解決したとは言えない…。

最後の方は、ひたすら場の空気に飲まれ存在を薄くさせていた者達が、帰り際にぽつりと言葉を零していた。


「…何か、僕達付いてきたは良いけど、あんまり意味無かったね…。」
「嗚呼…そうだな。」
「何かなぁ…色々と思い知らされちゃったって感じかな?改めて、って事だけども。」
「確かに、其れは言えてるな…。俺達は、まだ学ぶ事が多い。」
「…長谷部君、また暫く落ち込んじゃうかな…?」
「その点は大丈夫じゃないか…?ウチにも、博多や厚に小夜も居るんだしな。」
「うーん、其れもそっか。取り敢えず…本丸に帰ったら、長谷部君を手入れ部屋に入れてあげないとね?」
「あぁ…そういや、彼奴、軽傷だったんだったか…。ただ話をするだけって体だったから、刀装なんか装備してこなかったしであの打撃をまともに食らったんだったな。…其れにしても、向こうの主は凄いな。あの長谷部を素手で軽傷にするとは…。」
「ね、凄いよね。アレも、もしかして、審神者だから成せる事だったのかな…?」


否、単に錬度の高いウチの長谷部とカチ合わせた事による相互作用とは言い辛い事であった。


執筆日:2019.01.30
加筆修正日:2020.03.11

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