#08:黒猫のTänze



『―宜しくお願い致します。』


ペコリと軽くお辞儀をしたら、少し面を食らったような顔をされて見られた。


(…そんなに可笑しかっただろうか。)


何のリアクションも返されず、数十秒が過ぎる。

両者微動だにせず固まっていると、ベルモットが小さく咳払いをし、フォローに回ってくれた。


「…ま、まぁ、こんな子だから…組織に馴染むには暫く掛かるだろうけど、宜しく頼むわね。」


あの大女優の表情筋を引き攣らせるとか、我ながら凄いな…。

私、そんなに変な事言ったかな?

もしかして…挨拶自体、必要無かったのだろうか。

ごく一般的な自己紹介の仕方に倣っただけだったのだが。


(えぇー、マジかぁー…。初っ端からやらかしたのかぁー。これから先が思い遣られるぞ………っ。)


そんな感じで軽くナイーブに陥っていると、ふいに鼻で笑う声が聞こえて、俯けていた面を上げた。

すると、ジンという男が此方を見ながら、面白い物を見たとばかりの顔でニヤリと口端を吊り上げていた。


「……ふん…っ、なかなか面白ぇ奴じゃねぇか。ちゃんと上の者に対しての立場を理解してやがるし…何より、礼儀がなってるしなァ。」
「あ、兄貴…?」
「初めて面合わせるにしちゃ、上出来だぜ。この俺に、そんなご丁寧な挨拶をした奴は初めてだからな。」
『は、はぁ…。』


よく分からないが、彼の機嫌を損なうという結果にはならなかったようで。


(良かったぁ〜…っ。)


取り敢えずは一安心して胸を撫で下ろしたのだった。

実のところ、ジンとの顔合わせには、かなり心配していたベルモットだったのだが…。

思いもよらぬこの展開に、流石の彼女も驚いたのか、些か唖然とした表情で彼の方を見遣っていた。


「…まぁ、これから色々と組織のルールとか教えなきゃならないけど……それは、追々教えていけば良いわよね?」
「あぁ…それで構わねぇだろう。」
「にしても…この娘、何が出来るんですかい?見たところ、どうも細っこ過ぎて、何も出来なさそうに見えるんですが…。」


ジンの相棒と言われる、サングラスを掛けた厳つい男がそう喋りかけた時だった。

大きな騒音が聞こえ、其方の方を見遣ると、一台の大型二輪に若い男女二人が乗った車が一台、倉庫街へと走ってきて停まった。


「…遅れてごめんなさい。ちょっと野暮用があったから、そっちに手間取っちゃって…。」
「ねぇ、ジン!今回新しく入るって奴はどんな子なんだい?」
「…俺、気になる…。」


新たに姿を現した、組織のメンバー達。

人数は三人…。

一人は、片目に蝶のタトゥーを入れたハイカラで見た目が派手めな女。

もう一人は、寡黙で口数が少なく、ライフルバッグを担いだ男。

そして、最初に言葉を発した、ポニーテールの冷めた印象を持つ見た目の女であった。

手前の二人は、以前から組織に所属している二人だと話は聞いている。

しかし、後から歩いてくる彼女は、ここ最近所属したばかりの女だった筈だ。

名前は、確か…。


『水無怜奈……?』
「え…っ?」


唐突に此方側から話しかけた為、驚く女。

それにしては、酷く動揺したような様子だが…。


「貴女、彼女の事知ってるの…?」


隣に立つベルモットから、訝しげな顔で問いかけられる。

しかし、梨トは至って冷静に言葉を返した。


『あぁ、いや…何処かで見た事ある人だなぁって考えてたら、テレビで見た事があったのを思い出しまして。…確か、アナウンサーの水無怜奈ですよね?彼女…。』
「ええ、そうだけど…。いきなり名前を呼ぶものだから、てっきり知り合いだったのかと思うじゃない…。」
「そ、そうよ。私も驚いたじゃない…。貴女と逢った事なんて一度も無いのに。」
『あはは…っ。すみません、つい…。』
「ったく、紛らわしい奴ですぜ。」


控えめに謝りながら、ちらりと横目でジンの様子を窺う。

まだ初めて逢ったばかりなのもあって、かなり警戒はされているとは思うが、今の切り返しで怪しまれたりしなかっただろうか。

そう不安に思ったが、どうやら杞憂に過ぎなかったようで。

一応、筋の通った解答だった為か、特に怪しまれる事も疑われる事も無かった。

寧ろ、最初の印象が彼にとっては好印象だったようで、不敵な笑みを浮かべて此方へ近寄ってきた。


「取り敢えず、今夜集まる予定の面子は集まった。さっさと遣るべき事を済まそうじゃねぇか。」


コツコツと革靴の音を響かせつつ、彼女の目の前にて足を止める。

長身な男であるだけでなく、組織の幹部を勤め、謂わばリーダー的存在に見下ろされて畏縮する梨ト。

思わず、表情を強張らせてしまったが、そんな些細な事など気にも留めないのか。

突然、ガシッと強い力で肩を掴まれたかと思うと…身体を半回転させられ、皆の方向へと向けさせられた。

その際、思い切り肩をビクつかせたのだが、それも大した問題では無かったようだ。

「これから何をされるんだ…!?」と慄いていると、今度は頭にガッシリと乗っけられる掌。

「え…?」と疑問の言葉を思い浮かべる間も無く彼から告げられていく言葉。


「コイツが、今回新入りとして組織に入ってきた奴だ。…コードネームはキティ。“RUM”から送られてきた情報によると、主に情報収集を得意とするらしい。現役で大学生をやってるらしいが、組織のメンバーになったからには、今後任務を共にするだろう。戦闘は得意としねぇらしいから、まぁ、囮役や取り引き役が適任ってところか。」


組織のNo.2である“RUM”から送られた資料を元に、淡々と紹介をされる。


「それじゃ…、仲間の名前も紹介しとこうかしらね。」
「コイツは、俺の相棒のウォッカだ。」
「これから宜しく頼みまっせ、キティ。」
「アタイはキャンティ。銃の腕には自信あるから、今度一緒に撃ち合いに行こうよ…っ!」
「…俺、コルン。宜しく…。」
「キールよ…。任務の時は、宜しく。」
「そして、私とジンだから…分かるわよね?あと一人、“バーボン”って男が居るんだけど…彼、何で今日来てないの?別に強制ではないから、来てなくても特に問題は無いけれど。」
「もしかして、ジン…彼の事嫌いだから、敢えて連絡を入れなかったとか…?」


キールが皮肉っぽくジンへと言葉を投げかける。

この二人は仲でも悪いのだろうか。


「…んな面倒な事はしねぇよ…。ちゃんと連絡は入れた。だが、アイツは探偵の仕事が入ったとか何とかで、どうしても外せねぇから今回はパスだそうだ。」
「あら、残念ね。じゃあ、彼の紹介はまた別の機会にするしかないわね。」
「別に、任務が一緒になった時でも良いんじゃないですかい?」
「彼女はまだ学生なんだから、あまり危険な任務には同行出来ないわよ。」
「本当に学生なんだねぇ〜…。面倒じゃないかい?」


他にもコードネームを持つ程のメンバーが居るとの事らしいが、今夜はお目にかかれないようだ。

と、言うより…思っていた以上にアットホームというか、「コイツ等、本当にあの黒の組織の人間か?」と疑いたくなる空気だった。

―ただ一つ、この頭の上に置かれたまま(鷲掴みされたまま)の掌以外は…。


執筆日:2016.06.03
加筆修正日:2019.11.28

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