#13:度重なる不運



その日は天気も良かった為、小学校の帰り道に、そのまま近くの公園へ寄ってサッカーをする事になった。

育ち盛り遊び盛りな小さな子供達は、元気な笑い声を上げて公園までの道を歩いていた。


「今日はどちらのチームが勝ちますかね!」
「それはコナン君が居るチームに決まってるよ!ね、哀ちゃん?」
「そうね。彼、サッカーは得意中の得意だから。」
「俺だって負けねぇぞ…!」


わいわいと喋りながら歩くのは、ランドセルを背負った小さな小学生の集団。

人数は五人程で、とても仲の良い雰囲気である。

“コナン”と呼ばれた眼鏡を掛けた小柄な男の子は、頭の上でサッカーボールを乗っけながら、バランスを取りつつ歩いていた。

余程サッカーが好きなのか、その表情は子供らしい笑みを浮かべている。

彼等は公園に着くとすぐさま荷物を置いて、サッカーを始める。

その前にメンバーを二つに分け、片方は三人一組、もう片方は二人一組のチームとなる。

裏か表かで決めた結果そう分かれたのだが、奇数である彼等は、当然片方に人数が偏ってしまう。

そこで、サッカーが得意らしいコナンという少年には、“利き足じゃない左足だけを使う”というハンデを設けた。

彼自身も納得な上なので、その条件にてサッカーを始めた。


「江戸川君、そっちに行ったわよ…!」
「任せろっ!」
「元太君!」
「おうっ!こっちだ、こっちー!」


サッカーを始めて、数分が経った頃…。

元気良く走り回る子供達の姿を公園の外より眺める、一人の女性が居た。

大学生くらいの年齢なのか、勉強道具を詰めているのだろうバッグを肩に掛け、ぼんやりとした様子で立っていた。

寝不足なのか、目の下の隈は酷く濃かったが、何処か遠い目で懐かしげに見つめる彼女の視線に、眼鏡を掛けた少年は気付いた。

不思議に思い、一瞬だけ其方を見遣ったが、特に何も無さそうだった為、声をかけるまでの事はしなかった。

それよりも、少年は目の前に来たボールを奪ってやろうと其方に意識を移し、得意気な顔をして駆け出す。

そして、上手くボールを奪えた事で、ゴールに向かって駆けていく。

しかし、隙を突かれて相手チームに取られてしまい、再びボールを奪い返しに追いかける。

奪い返しに成功した少年は、その場から一気にゴールを決めようとロングシュートを構そうとした。

だが、その瞬間、自身よりも大きな体格の相手チームの少年に体当たりを受け、ボールは目標にしていた軌道を外れ、公園の外側へと飛んでゆく。


「!?やべ…っ!!」


その先には、先程から此方を眺めていた若い女性が居る。

更に、その女性はぼんやりと立っていた為、此方の呼びかけからの反応に遅れた。


「わ…っ!?お姉さん、避けてぇっっっ!!」
「危ない…ッ!!」
『ぇえ…っ!?』


忠告をしたものの、避け切れなかった彼女は、真正面からボールを食らい、倒れ込んだ。


「お姉さぁんっっっ!!」


彼女が立っていた先が硬いコンクリート面だった事もあり、慌てて彼女の元へと駆け寄っていく少年。

一緒にサッカーをしていた子供達も、彼の後に続く。

辿り着いた先では、案の定、コンクリートに頭を強かに打ち付けてしまったのだろう女性が気を失っており、ボールを受けた勢いのまま地面に倒れ込んでいた。


「…これって、僕達のせいですよね?ど、どうしましょう、コナン君…っ!?」
「落ち着けお前ェ等…っ!」
「なぁ、どうすんだよ!?」
「江戸川君っ。まずは、彼女に出血箇所が無いか、確認しましょう。」
「あぁ…っ。」
「…うぅっ、お姉さん…大丈夫かな?」
「…どうやら、出血箇所は無いみてぇだな。ただ、コンクリートに頭を強く打っちまってるから…それで、気絶しちまったのかも。」
「たぶん、脳震盪を起こしたんじゃないかしら?貴方、ボールを蹴る時、思い切り蹴ってたから。それなりの威力はあるし、後ろに倒れ込んだ時に後頭部を強打すれば尚更よ。」
「取り敢えず、応急処置くらいはした方が…。」
「早く氷で頭冷やした方が良いんじゃねぇのか?」
「けど…その前に、此処から彼女を移動させねぇと…っ。」


今、彼等が居るのは、公園を出てすぐの道路。

其処は、あまり広い道でもなく、普段から車通りのある場所でもあった。

完全に意識を失った女性をどう移動させようか考えあぐねていると、ふいに知り合いの声が聞こえてきた。


「―そんな所で固まって、どうしたんですか…?」
「昴さん…っ!!」


少年が振り向いた先に居たのは、買い物袋を提げた、薄い茶髪の眼鏡を掛けた男性だった。


「おや…そちらの女性は……、」
「あ、今、丁度その事で話してて…。実は―。」
「―…ふむ、成る程。状況は分かりました。では、僕が彼女を抱えて移動させましょう。このまま居ては、君達も危険だ。移動先は…、そうですねぇ……。」
「博士の所は?博士なら、事情を話せば分かってくれるし、お姉さんを休ませられる場所もあるよ!それに、頭を冷やせる氷も!!」
「…そうですね。其処なら、比較的此処から近いですし、的確な場所でしょう。教えてくれて有難う、歩美君ちゃん。では、急ぎましょう。」


通りすがりである知り合いの大学院生の沖矢昴に粗方の事情を説明し終えると、即状況を把握した彼は、自分が意識を失った彼女を運ぶと申し出た。

その場に居た大人が、事実彼しか居らず。

彼自身、「彼女を運べる適任者は、僕しか居ないでしょう?」と言うので、その件で困っていた皆は快諾し、早速彼女を横抱きに抱え込むと早々と歩き出した。

その後を追いかける子供達は、頼れる大人の存在が現れた事で安堵し、女性の身を案じて、駆け足で付いていく。

ただ一人…その中で不信な目を向け、眼鏡の少年の背に隠れて続く、少女が居た。

その目は、何かを恐れ、怯えた色を湛えていた。


―場所は移り、阿笠宅。

チャイムを鳴らすと、白髪で身体の太った気の弱そうな男性が出てきて、目を丸くさせた。

取り敢えず、詳しい事情は後にし、彼女を介抱したい旨を伝え、上がらせてもらう。

居間にあるソファーへ彼女を横たわせ、冷えた氷枕を頭の下に敷き、額の上に水で濡らしたタオルを乗せてやる。

一先ずは、これで応急処置は終わりという事で…未だ事情を知らない博士とやらに説明を始めた。


「―ほぉ〜…そりゃあ、驚いたじゃろうなぁ…。まぁ、大事には至っておらんようだし、良かったのう。」
「あぁ…。昴さんに偶然逢えたのが、幸いだったよ。」
「いえ、僕は、偶々買い物帰りであの道を通っただけですから。お役に立てて、何よりです。」
「でもっ、凄く助かりました!ありがとうございます…っ!!」


あの時、今にも泣きそうな表情を浮かべていた子供達は、心の底から礼を述べた。

偶然通りかかったに過ぎない彼は謙遜し、苦笑を浮かべる。

説明やら何やらしていると、気付かぬ間に時間が過ぎていっていたのか、意識を取り戻した彼女が僅かに身動いだ。


『―………ぅ゙…、ん゙ぅ……っ。』
「あっ、お姉さん気が付きましたぁ…!!」
「えっ!?」


緩慢な動きで目蓋を震わせると、ゆっくりと開かれていく澄んだ茶色の瞳。


「…気が付いたようですね?」
『………え?』


彼女が目を覚ました先に映るのは、先日、交差点の所でぶつかった相手の男性。

その際、危険な空気を纏わせていて、決して近寄ってはダメだと直感が告げていた彼に、再び相見えてしまったのだ。

それも、意識を失った自分を助けてくれた、というそんな状況下で…。


執筆日:2016.06.13
加筆修正日:2019.11.28

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