#14:疑心暗鬼
貧血と寝不足でふらふらなところに、子供達のサッカーボールがモロに顔面アタックしてぶっ倒れ、挙げ句の果てに気絶してしまったかと思えば、目を開けば見知らぬ家の中で、目の前には例の男が。
これ程までに最悪な目覚めはないだろうと思った梨トは、双眸を見開いて固まる。
その瞳の色に、若干恐怖の色が浮かんでいるとは、鋭い洞察力を持った者でないと気付かないだろう。
「大丈夫ですか…?」
『…ぇ……?…あ…あの…っ、』
「突然の事ですし、混乱するのは無理ないでしょうね。」
「大丈夫?お姉さん…。ごめんね、僕達のボール当てちゃって…。お姉さん、ボールが当たった衝撃で地面に倒れちゃって、頭を強く打っちゃったみたいなんだ。それで気を失ってたから…介抱する為に、この阿笠博士って人の家まで運んだんだよ。」
『…そ…、そうですか……。ご迷惑をお掛けして、すみません…っ。』
「良いんじゃよ。困った時はお互い様じゃ!それより、意識の方は大丈夫かの?」
「頭、痛くない…?大丈夫?」
「自分の名前、言えますか…?」
あの時、ぶつかってしまった男が、眼鏡を掛けた少年の後ろから問いかけてくる。
ごく普通に心配してくれているような雰囲気を醸し出しているが、あの時の異様な感覚はまだ記憶に新しく、警戒して口を噤んだ。
しかし、子供達をこれ以上不安にさせない為にも、必要最低限は答えるべきかと思い直し、慎重に言葉を口にした。
『意識は、大丈夫だと思います…。頭はまだクラクラしますが…倒れる程ではないと思うので、大丈夫です。』
「良かったぁ〜っ!お姉さん、勢いよく倒れて気絶しちゃったので、どうしようかと思ってましたよ!」
「歩美、すごくビックリしたんだよ?このまま目が覚めなかったらどうしようって。でも、目が覚めて良かった…!」
『ごめんね、驚かせちゃって…。私、偶々寝不足と貧血が相まってふらふらしてたから…そこにボールが当たっちゃって、意識飛ばしちゃったみたい…。わざわざ此方に運んで介抱までして頂き、有難うございます。それと、ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございませんでした…っ。』
「あ、謝らないでください…っ!!悪いのは僕達の方なんですから!」
「そうだよ!」
「姉ちゃんは何も悪くねぇぞ…っ!!」
『…有難う、そう言ってくれて。』
改めて感謝と謝罪の言葉を述べ、上体を起こそうと動くと…頭がグラリと揺れ、思わず呻いてしまい、額に手を当てた。
「急に起き上がっちゃダメだよっ!まだ意識が戻ったばかりだから…。」
『ぁ…、ごめんなさい…。心配してくれてありがとう。』
心優しい少年は上体を起こすのに手を貸してくれ、有難くその手を借りながらゆっくりと身体を起こす。
「それで、お姉さんの名前は何て言うんですか?僕は、円谷光彦と言います!」
「私は吉田歩美!」
「俺は小嶋元太!!」
「…灰原哀。」
「僕は江戸川コナン。よろしくねっ、お姉さん!」
『こちらこそ宜しく。私は、此瀬梨ト。丁寧な自己紹介に、介抱までしてくれて、ありがとねっ。』
酷い寝不足のせいで力無い笑みになったが、一応微笑んでおく。
小さな子供相手な上に、自身を助けてくれた人達だ。
感謝の気持ちはきちんと伝えておかねば。
「梨トさんって言うんですね!素敵なお名前です…!」
「うん!お姉さんによく似合ってる!!」
『…ふふっ、有難う。君達ぐらいの子にそう言われたのは、初めてだよ。』
まさかこんな場で名前を褒められるとは思っておらず、少し気恥ずかしげに返した。
その間も、此方を見つめてくる視線は、先日の時と同様に探るような視線であった。
梨トは敢えて気付かないフリをしつつ、身体の調子を確認する。
『あの…つかぬ事をお訊きしてもよろしいでしょうか?』
「ん?何かのぉ?」
『私の記憶が正しければ…私が気絶してしまったのって、午後の十四時半ぐらいだったと思うんですけど…。あれから、どのくらいの間眠ってしまっていたんでしょうか?』
「そうじゃのぉ…。昴君に運ばれてきたのがその後すぐで、今の時間が十五時半ぐらいじゃから…一時間くらいじゃないかの?」
『そうですか…。ありがとうございます。』
「あっ、昴さんっていうのは、この人で…お姉さんを此処まで運んできてくれた人だよ!名前は、沖矢昴さん。東都大学院に通う大学院生で、お姉さんが気絶しちゃった時、偶々あの道を通りかかったんだって!」
少年が紹介してくれた男の方を見ると、男は柔和な笑みを浮かべて微笑んでいた。
「どうも。東都大学院工学部に所属する、沖矢昴です。僕は、買い物帰りにあの道を通っただけだったのですが、子供達と地面に倒れた貴女がいらっしゃったので…。見過ごす事なんて出来ず、少々お手伝いさせて頂きました。大事に至らなくて良かったです。」
そう一気に喋った男は、真正面から彼女の姿なりを観察した。
椅子に深く腰掛けていた彼女の視線は低く、また、警戒の色を孕んでいる。
その様子に何を思ったのか、眼鏡の奥に潜む細目が、僅かに弧を描いた。
それに気付いた茶髪の少女と梨トは、更に警戒を高め、彼の一つ一つの行動を見極めるのだった。
執筆日:2016.06.19
加筆修正日:2019.11.30
加筆修正日:2019.11.30