#15:渦巻く不安色



目が覚め、身体の具合に特に異常は無いと判断し、その後も暫く様子見という事でお茶を頂いていると、不意に彼女の携帯に着信が入った。

その音にビクリッ、と盛大に肩を跳ねさせると、鋭く目を眇めた沖矢。

ディスプレイを覗くと、掛かってきたのは身内からだったと分かり、小さく安堵した梨ト。

一言断りを入れ、まだふらつく身体を立ち上がらせ、壁際に寄り、着信に出た。

その際、コナンと名乗った少年が心配して声をかけてきたが、「ちょっと電話に出るだけだから…。」と側で支えられる事を断った。

壁に身体を凭れかからせ、通話ボタンを押して電話に出る。


『―Hallo,mein Vater…?もしもし、父さん…?どうしたの?』
<―“どうしたの?”じゃないだろう…。今、何処に居る?今日は真っ直ぐ帰ってくるんじゃなかったのか?>
『ごめんなさい。ちょっとした事情で、帰るのが遅くなっちゃって…。』
<…奴等絡みか?>
『いや…。大した理由は無いんだけど…今、阿笠博士って人のお宅に居るよ。』
<………は?それに至った経緯は…?簡潔で良いから、説明しなさい。>
『えーっと……。寝不足と貧血でふらふらしてて、そこへ子供達が遊んでたサッカーボールがぶち当たり、失神状態に…。』
<……つまり…気を失った後、その阿笠博士さんというお宅に運ばれ…今しがた目が覚めて、現在進行形で休んでいた…、という事か?>
Ja…,Du hast Recht.はい…、その通りです。
<…馬鹿なのか、お前は。>
『御尤もです……っ、スミマセン…。以後、気を付けます。』
<…はぁ……。取り敢えず、事情は把握した。頭は大丈夫か…?ちゃんと機能してるんだろうな?>
『ちょい。その言い方じゃ、まるで私の頭がイカれたみたいに聞こえるじゃん…っ。』
<現場に居なかった以上、分かる訳ないだろう…?一先ず、介抱してくださった其方の方には悪いが、家まで送ってもらうようにしなさい。帰宅途中で万が一があっては大変だからな。>
『あい…。そうなるよう、これからちょっと掛け合ってみます…。』
<ん…。じゃあ、切るぞ。>
『うん。心配かけてごめんね?わざわざ電話ありがとう。それじゃ…。』


パタリッ、と固い音を立てて携帯を閉じた梨ト。

くるりと方向転換すると、苦笑いを浮かべて先程居たソファーの元へ戻り、電話の内容を話した。


『すみません…。身内からの電話で…今日は早く帰ると伝えていたのに帰ってくるのが遅いと心配した弟からでした。丁度、今夜の晩御飯担当が私だったのもあって…それで。』
「そうなんだぁ…。じゃあ、そろそろお家に帰った方が良いね?」
『ええ…っ。そういう訳ですので…私、そろそろお暇させて頂きますね。』
「うむ、親御さんも心配なさっておるじゃろうからな。しかし…頭を強く打っておったから、一度病院で診てもらっておいた方が良いかもしれんのぉ…。」
『はい。その件につきましては、後日、改めて診てもらいに行くつもりです。』
「その方が賢明でしょうね。では…もう夕方近いですし、女性の一人歩きは危険ですから、僕が家まで送りましょう。」
『え゙…?い、良いですよ…大丈夫ですから。』
「いえ、遠慮せずに。まだ身体がふらついているのでしょう?そんな状態のまま、一人で帰らせる訳にはいきませんよ。僕、車持ってますから、それで送って行きましょう。」
『いや、あの…っ、本当、大丈夫なんで…っ!』
「…なら、彼の代わりに博士に車で送ってもらうのはどう…?貴女、此処まで運んでもらってるから…これ以上彼に迷惑かけたくないんでしょう?」
『え……?あ、ぅ、うんっ!そうそう…っ!!よく分かったね…っ。』


押し問答を繰り返していると、それまでずっと黙っていた茶髪の女の子が助け船に別の案を提案してくれた。

彼女に感謝しつつ、すかさず便乗して肯定の意を示す。

咄嗟の事だったから盛大にどもってしまったけど、この際気にしない気にしない…。


「そうですか…。なら、後は阿笠博士に任せて、僕も仮の家に帰るとしましょうか。いつまでも此処に居座っては、お邪魔でしょうから…。」


そう言って大人しく引き下がった沖矢昴という男は、怪しげに眼鏡を光らせながら出て行った。


―彼は、一体何者なんだろうか…?


渦巻く疑問と黒い感情を綯い交ぜにしたまま、阿笠博士という人の車に乗り込み、自宅まで送ってもらった。


―車に乗り込む前、見送りに出ていた子供達が、彼女の通話時の言葉について首を傾げていた。


「…さっきのお姉さん、電話の時の最初の方と途中、何て喋ってたのかなぁ?」
「さぁ…?英語なんじゃねぇか?」
「いや…英語なら発音とかが異なる筈だよ。英語は、米語と英語と二通りの発音の仕方があるけど、今のは…何語だ?どちらの発音でもないように聞こえたが…。」
「ロシア語でも、イタリア語とかでもなさそうだったわね…。」
「まぁ、先程の言葉がどうであれ、僕達もそろそろ帰りましょう!あまり遅くなっては叱られますしっ。」
「そうだねっ!お姉さんも帰るし、歩美達も帰ろっか!」


眼鏡の少年と茶髪の少女のみが、彼女の存在を注視するのだった。


執筆日:2016.06.23
加筆修正日:2019.11.30

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