#19:dir Heuchelei



「いらっしゃいませー!」


来店を知らせる音を聞きながら、彼女はコンビニへと入店する。

其処は、大学の帰り道に在るコンビニで、母親が夕方から夜にかけて不在の時は、よく利用している店であった。

入ってすぐに、レジ脇に立つ店員の明るい声が響く。

中へ足を進めると、ポップで軽快な今人気の音楽が流れていた。


(えーっと…今日の晩飯のお弁当はぁ〜…っと。あ、あと、明日の朝飯用のパン買っとかなきゃ…。)


何の警戒も無く完全プライベートな彼女は、絶賛緩み中である。


『あ…、何か新商品出てる。いつの間に…。流石コンビニ、消費者を呼び込むなぁ〜。』


ゆるりと立ち寄ったお菓子コーナーにて、新商品を目敏く見付けた梨トは、如何にも女性が食い付きそうな陳列棚に立ち止まる。

暫し物色すると、晩御飯そっちのけで真っ先に購入と決め、カゴの中へとinするお菓子。

ついでに、手に取ったお菓子が新商品じゃないところが彼女らしい。

本日の目的であるご飯コーナーに回れば、どれも美味しそうで堪らないお弁当やおかず類が輝いて此方に顔を見せ、空腹なお腹を刺激した。


(どれにしよっかなぁ〜…?今日はかなりお腹減ってるからな…ガッツリ食べたいんだよなぁ〜…。)


頭の中で今夜の晩御飯を決め兼ねているが、その口調すらもユルく伸び切っている。

暫し悩んだ結果、タレたっぷりの焼き肉が乗っかったお弁当とデザートに甘いスイーツと決めたようだ。

何故、いつの間にデザートもあるのか…?

こういう場のお弁当は、ある程度入っている量が決まっていて、ガッツリいきたくても量が少なかったりするのだ。

なので、それを考慮してデザートも購入という、お店の策略に引っ掛かった梨トなのであった。

「さて、次はパンコーナーだ!」とでも口にしそうな様子で身体を半回転し、ラインナップ豊富なパンコーナーを物色した。

此方は既に内容を決めていたようで、あっさりと購入する予定の商品がカゴの中へと投げ込まれていった。


(あ…っ、そういえば母さん…お酒飲みたがってたなぁ。…今日は買わないけど。今度、母さんが買いに来た時の為に、オススメ程度はチェックしとくか…。ついでに、値段安い奴も。)


そんな感じでお酒コーナーに立ち寄ると、ふと洋酒コーナーに目が留まった。

其処には、ある種そこそこ値段の張るウイスキーの類が陳列していた。

大衆によく名の知れたウォッカやバーボンなどのお酒に混じって、あまり耳にしないタイプのお酒も置いてある。

コンビニなので種類こそ数は知れているが、なかなかのラインナップのようだった。


―そういえば、昔、父さんもウイスキーとか洋酒系のお酒を好んで飲んでたな…。

…もう随分昔の話になるけど。


感慨深そうにウイスキーの並ぶ棚を見つめる梨ト。

その眼差しは何処か遠くを見ていて、憂いを帯びていた。


(…思えば、私の入った組織の奴等、全員お酒の名前のコードネームだったっけか…。じゃあ、あの時の夢に出てきた人も、お酒にちなんだ名前だったんじゃなかろうか…?夢に出てきた父さん…あれはたぶん、組織に極秘で潜入していた頃だろうし。この中のお酒にあるかな…?恐らく、そんなに長くない短い名前のお酒だったと思うんだけど………。)


顎に手を当て、考え込むようにしてお酒が陳列する棚を眺めていると…。


「―未成年がお酒を飲んではいけませんよ。」


不意に、近くで聞き覚えのある声が聞こえた。

顔を上げ、ゆっくりとした動作で振り向くと…丁度今来店したばかりの様子で、最近知り合ったばかりの男が、入口方面の方角から歩いてきて、此方を鋭い目付きで見つめていた。

その男とは、東都大学院に通う大学院生という、沖矢昴であった。


「こんばんは、梨トさん。奇遇ですね、こんな所で出逢うなんて。」
『…こんばんは、沖矢さん。沖矢さんも何か買い物ですか?』
「ええ…。ちょっとお酒が飲みたくなったので、買い出しに…。それより…僕の名前、覚えててくれたんですね?嬉しいです。梨トさんは、夕飯の買い出しですか?」
『はい。今日は、母が外出で居ないので、此処で済ませてしまおうかと…。』
「だから、お弁当などがカゴに入ってるんですね。あれ…?ですが、カゴに入っている量では、一人分のお弁当しか見受けられませんが。確か梨トさん、先日、弟さんが居ると仰っていませんでしたか…?」
『あぁ…。弟なら、今日…昼から何処かへ出掛けてしまったようで、居ませんよ?たぶん、友人の家にでもお邪魔してるんじゃないですかね?ついでに、晩御飯もご馳走になってくると思います。ウチの弟は、そういう子ですから。』
「成る程…それで一人分だったんですね。納得しました。」


向こうから話しかけてきたかと思えば、今度はにこやかな態度で世間話を振ってきた。

先程、覗いた鋭い空気は成りを潜め、今は見た目通りの優しげな空気を纏っている。

梨トは、敢えて気付かないフリをして話題を変えた。


『…そういえば、沖矢さん。先程、私に対して“未成年はお酒を飲んではいけない”と仰いましたよね…?それ、どういう意味ですか…?私、沖矢さんに自分の年齢の事なんて話してないと思うんですけど…。』
「おや、これは失礼…。先日、交差点でぶつかった際に、偶々電話口で話しているのを聞いてしまいまして…。」
『……あの時の会話、聞いてたんですか?』
「すみません…。悪気は無かったのですが、あまりにも深刻そうなお顔をされていたので、何かあったのかと思いましてね。気を悪くされたのなら、申し訳ない…。お詫びに、今夜ウチで晩御飯でもどうですか?」
『は……?』


唐突に何を言い出すんだ、この男は。

どんな思考回路になったら、そんな答えに導かれるんだろうか?

たぶん、そんな感情の入り混じった顔をしていたのだろう。

「あっ、別に変な意味ではありませんので、ご心配無く。」と、慌てて付け加えられた。


「えっと…、話を戻しますね。」
『はい…。(そっちが勝手に脱線させたんだろうがよ。)』
「何故、貴女の年齢を知っているか、でしたよね…?答えは簡単です。電話の会話から、貴女が大学生であると分かり、後は貴女の姿格好を鑑みれば…大学に入りたての一年生か、又は、ある程度余裕を持てるようになった二年生…と推察した訳ですよ。」
『…それって、私が子供っぽいって言ってません?かなり失礼なんですけど…。確かに、私は童顔で小柄ではありますが、そんなに餓鬼っぽく見えますか?』
「あ、いえ…そういう意味ではなかったのですが…。」


眉間に皺を寄せて不機嫌な声で問えば、途端に困ったような顔で言葉を濁らせた。

まぁ、容姿に関しては既に諦めている事なので、今更気にする事ではないのだが。

わざと不機嫌さを面に出すと、余裕を無くしたようにわたわたし出す沖矢さん。

今までが今までの印象だ、これくらい当たったとしても構わないだろう。


「では…貴女の年齢が幾つか、教えて頂いても…?」
『………十九ですよ。米花大学二年の…。もう少しで二十歳ですが、まだ誕生日が来ていないので十九です。』
「わざわざ学年まで有難うございます。十九歳ですか…。やはり、僕の推察は合っていたようですね。十九歳は、まだ未成年。お酒は二十歳から…、ですから。」
『……そうですね。ですが…勘違いしないでくださいね?私は、別に飲みたくてお酒を見ていた訳ではないので。』
「そうだったんですか…?何だかジッと見られていたので、てっきりそうなのかと…。」
『(この人、何処から見てやがったんだ…?)…全くそういう意図はありませんので、ご安心を。見ていたのは…父の知り合いに、お酒をもじった名前の方が居たみたいだったから、その人の名前らしきお酒はないかな、と眺めてただけです…。』
「ホォー…お酒の名前、ですか…。その人は、どんな容姿をした人なんです?」
『さぁ…。子供の頃に数回逢った程度でしたし、あまりよく憶えていないので…。ただ、そんなに長くない名前だったのは確かで…容姿は……、“黒い服装に黒髪の長髪、そして極め付けに黒のニット帽に濃い目の下の隈”…という全身真っ黒な人、という印象の人でしたかね?』


頭の中で、先日見た夢に出てきた男の朧気な姿を思い浮かべながら口にした。

実は、目の前の男がその話を聞きながら、不敵そうな笑みを浮かべているとは知らなかったのである。


執筆日:2016.07.07
加筆修正日:2019.11.30

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