#24:違和感



あれから少し行った先に、取り引きを行う場所は在った。

近くに車を止め、これから行われる取り引きに備える。

深く息を吸って心の準備をしていると、ふとコードネームを呼ばれて顔を上げた。


「ハイ、これ。」
『え…っ?』
「スマホ。貴女、組織と連絡する用の携帯、まだ持ってなかったでしょう…?」
『あ…そういえば、そうでしたね…。今持ってるのは、完全プライベート用ですし…ガラケーなので、最新鋭の物は助かります…。』
「ボスから貴女へのプレゼントよ。何かあれば、これで連絡なさい。あと、既にメンバーの番号も登録しといたから。」
『あ、有難うございます…。』
「これから任務だし、“いざという時に使えるよう渡しておけ”って言われてただけよ。」
『ま、マジですか…っ。後で、御礼の電話入れるべきですかね…?』
「別に、わざわざ其処までする必要無いわよ…。まぁ、どうしても不満なら…どうせ任務を終えたら報告の連絡を入れるんだし、その時にでも伝えておくわ。」
『なんか…何から何まで、すみません……っ。』
「今更でしょう…?良いわよ、これくらい。」


恐縮して縮こまっていると、それまで黙って此方の会話の流れを聞いていたバーボンが興味深げに問うてきた。


「へぇ…。お二人共、随分と仲がよろしいんですね…?」
「まぁ、彼女…まだ入り立てで危なっかしいし、若いし、何より女同士だから…放っておけないのよ。」
「それにしては…随分と入れ込んでいるご様子ですが?」
「あら。貴方も直に分かるわよ?」


表面上ではにこやかに会話しているような二人だが…その裏では、熾烈な腹の探り合いが行われているのであった。

何となくそれをひしひしと肌に感じていた梨トは、「間に入らず、黙って見ておこう…。」と傍観する事に決め込んだ。

組織用連絡網と端末をゲットし、その他に念の為とベルモットから一丁の拳銃を手渡された梨ト。

その重みといい、実際に手にした冷たい金属の感触に冷や汗をかいていると、様子を見兼ねたバーボンから声をかけられた。


「…安心してください。ソイツは、仮に渡されただけであって、今回の任務で使う事は、ほぼありませんから。万が一の護身用と思ってください。」
『そ、そうですか…。それなら、良かったです。拳銃なんて、殆ど持った事が無かったので…扱い切れるかどうか、色々心配だったので。』
「そう心配せずとも、僕や彼女も居ますし。単なる護身用に手渡されただけですから。…まぁ、ソイツが使われる事が無いよう、此方がきっちりフォロー致しますので、ご安心ください。」
『は、はい…。』


つまり、取り引き相手が妙な動きを見せた時点で始末するんだな、という事が分かり、「結局は殺しちゃうんですね…。」という言葉を飲み込んだ。

最終チェックも終えて、心の準備も整った梨トは、ベルモットがバーボンより開けられたドアから車を降りるのと同時に、自身もドアを開けてゆっくりと外に出た。

先に歩き出した彼女の後を追うように歩き出そうとしたところ、不意に腕を掴まれて後ろを振り返った。

見ると、何故かバーボンが此方の足を止めていた。


「そのまま顔を晒した状態で行かれるおつもりですか…?」
『…え……?』
「まだ現役学生であるなら、顔はなるべく隠しておいた方が良い…。僕の帽子を貸してあげますから、これでも被っておいてください。」
『えっ?あ、あの…っ。』
「僕は今回、後方にて待機しておくだけですので。被っていなくても、別段関係ありませんから、構いませんよ。」
『え、えっと…お気遣い、感謝しときます…。有難う、ございます…っ。』
「いえ…。彼女に気に入られてしまっている貴女が、可哀想でしたからね。」


そう言って、何処か憂い目な空気を纏わせて見つめてくるバーボン。

気にはなったが、今は任務の事の方が優先事項なので、少し先に行って待ってくれている彼女の元へ駆けていった。


―その後、取り引きは無事に終わり、渡された拳銃については一切使う事無く終了したので、丁重にご返却した。

取り引きの際、名前は明かさず、彼女によって“下っ端の下っ端である”と末端の部下という事にされて紹介されただけで。

末端の部下には然して興味は無かったのか、取り引き相手も特に触れてくる事は無くて安心した。

合流した時の地点へと戻り、彼の車から降りる際に借りた帽子を礼と共に返した。


『あの、これ…。先程は、どうも有難うございました。』
「…あぁ…。僕が勝手に貸しただけなんですから、別に礼なんて良いのに…。」
『いえ…。人からお借りした物ですし、きちんと御礼言っておかないと気が済まない質なので…。』
「……律儀な方なんですね、貴女。初めて顔を合わせた時の第一印象から思ってたんですが…貴女、組織に入るような人間ではないような気がするのですが、どうして此処に居るんです…?」


単純な問い掛けのように思えて、なかなかに鋭いものであった。

僅かな間が空き、どう答えるべきか言い淀んでいると…。

会話を聞いていたのだろう、ボスへの報告を終えたベルモットが代わりに答えてくれた。


「…私が彼女を引き入れたからよ。」
「貴女が、ですか…?」
「ええ。なかなかのカワイ子ちゃんだったから、気に入ってね。」
「へぇ…。でも、可笑しいですねぇ…コードネームを与えられるまでになるには、組織の末端としてかなりの功績を挙げないと、此処まで辿り着けない筈では?」
「彼女は、“特別”なのよ。」


至極愉しそうに微笑んだ彼女。

思慮深そうな彼も、今の言葉で納得したのか、ニコリとまた貼り付けたような笑みを浮かべて微笑んだ。


「そうなんですね。お引き留めして、どうもすみませんでした。」
『い、いえ…大丈夫です。今日は、有難うございました。』
「ええ。気を付けてお帰りくださいね。」
「私が送ってくんだから、万が一も起こらないわよ。彼女は、私のお気に入りなんだから。」
「そうでしたね。では、くれぐれもお気を付けて。」


バタンッ、と大きな音を立てて閉められたドア。

彼女の車の助手席の窓から、彼の方を見遣った梨ト。

優しげだと思っていた態度から、急に鋭い態度に変わった彼を見て、不安に感じ始めていたのだった。

そんな彼女の変化に気付いたのか、前を向いたままのベルモットが…。


「…気にしなくて良いわよ。彼、いつもあんなんだから。ただ、探偵なんてものやってる分、ちょっと厄介なところがあるから…気を付けときなさい。」


そう、口にした。


『……はい…。胸に留めておきますね…。』


梨トは、改めて感じた組織という重圧に、小さく返すだけで精一杯なのであった。


―彼女の運命の歯車は、また先へ進んだ。

目まぐるしく廻る世界で、ポツリ、と生まれた彼女に課せられたものとは…?

新たな刻の歯車が、廻り始めた。


執筆日:2016.07.31
加筆修正日:2019.12.04

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