#25:胡散臭い笑顔の裏側



―いつもの如く、例の女から任務との連絡が来て、支度をする。

今日は、ポアロのバイトが早く終わり、特にこれといった事件も起こらなかったので、いつもより少しのんびり出来ると思った矢先にこれだった…。

全く、今回は自分自身も任務に組み込まれた人間であるから、まぁ良しとするが。

最近では、それ以外の事でも足として呼び出されていたものだから、正直堪ったもんじゃないと思う。

ただでさえ、こちとら三つの顔を持つが為に、日々多忙を極めているというのに…。

そんな不満が思考を埋め尽くすが、前回組織の会合があった際に、依頼人(クライアント)から依頼を受けた事で欠席していた為、行かない訳にはいかない。

何より、あの方からの命令であるなら断れる筈がなかった。

仕方なしに溜め息を吐きながらも車を出し、合流地点へと向かう。

話によれば、今回の任務は、新しく入ったばかりのメンバーと共に行うらしい。

彼女のデータは、“RUM”より送られてきたメールで把握済みだ。

だが、実際に顔を合わせて逢うのは、今回が初めてである。

どんな人物なのか、此方の有益になる情報は持っているのか。

思考を組織の方にシフトチェンジしながら、運転を続けた。


―夜も深く、普通の人間なら寝静まった頃…。

目的の合流地点へ到着した。

ベルモット達は先に着いていたのか、車から降りて此方が停めるのを待っていた。

降りてすぐに待たせた事と先日の欠席の件を詫びると、早速話を本題へと移す。


「彼女が、先日言っていた例の新入りですか…?」
「ええ、そうよ。」
「これはこれは…また随分と可愛らしい方を入れたものですね。聞いていたよりも、ずっとお若いようだ…。」


言葉にした通り、此方には無害で、組織とは無縁そうな感じの少女と言い紛うような女性だった。

しかし、何かしらの理由があって組織へと介入している訳であって、先入観だけで物事を判断してはダメだ。

少しずつ彼女との会話を進めていき、内情を聞き出す事にする。

しかし、大して踏み込む事もしない内に、彼女から思いがけない事を言われてしまった。


『………胡散臭…っ。』


確かに、今の自分は、組織の一員である“バーボン”という皮を被ってはいるが、初対面で其処まで言われるのか…っ、と些かへこんだ。

気を取り直して事を先に進めるが、若干29歳の心に重しを残していった彼女に、ある意味興味が湧いた。

任務先へと向かう最中に、ベルモットを通じて彼女の事について聞き出すと、実に普通の女の子だという感想を持った。

任務という事で、ベルモットより拳銃を手渡される時なんて、手に汗握る様子で怖々と受け取っていた。

自分がちょっと声をかけてやらなかったら、そのまま倒れるんじゃないかと思う程に顔を青ざめさせていた。

その様子から、これまでに銃器の類いは一切扱った事が無いのだという事が分かる。

という事は、訓練さえも受けた事が無い、一般人であった可能性が高い。

ベルモットとの会話が多いところを見て…恐らく、何らかの形で組織に関わった親のどちらかのせいで家族を殺され、唯一生き残った彼女だけ、女同士の情で組織の人間となる事で生かされているのだろう…。

その上、ベルモットのような女に気に入られてしまうとは…甚だ憐れな運命だな。

幾ら組織の人間と言えども、入れられた理由がもし予測を付けたものなら、同情する。

そのような事にならないよう動くのが、我々日本警察の仕事なのに…。

色々と悔やむ思いが表に滲み出て、つい彼女へ顔を隠すよう、自身が被っていた帽子を貸し与えてしまった。

普段、組織の人間にはあまり個人的に関わろうとはしないのだが、余計なお世話だっただろうか?

そう思いながら忠告すると、彼女は驚きつつも素直に受け取り、言われた通りに僕の帽子を深々と被り、取り引きへと向かっていった。

挙げ句の果てに、任務を終えての別れ際…。


『先程は、どうも有難うございました。』


…だなんて、きちんとした礼と共に貸した帽子を返されてしまった。

礼など気にするなと言えば、彼女は…。


『いえ…。人からお借りした物ですし、きちんと御礼言っておかないと気が済まない質なので…。』


と、言った。

つくづく、組織とは無縁な全うそうな人間であると思った。

だからこそ、其処で初めて、彼女に直接組織へ入った理由を問いかけた。

すると、途端に焦ったように言葉を詰まらせ、言い淀み始める。

「これは、何かあるな…?」と、そう確信して、更に踏み込もうとした瞬間。


「…私が彼女を引き入れたからよ。」


横合いから、そう、ベルモットから代弁の解答が返ってきた。

しかし、その言葉の意味に引っ掛かり、追及の言葉を投げかけた。


「貴女が、ですか…?」
「ええ。なかなかのカワイ子ちゃんだったから、気に入ってね。」
「へぇ…。でも、可笑しいですねぇ…コードネームを与えられるまでになるには、組織の末端としてかなりの功績を挙げないと、此処まで辿り着けない筈では?」
「彼女は、“特別”なのよ。」


その言葉を聞いて、発覚した。

彼女は、どうやら憐れな新入りなんてものではなく、ベルモットのお気に入りで特別扱いを受けた、重要人物であったようだ。


―これは…彼女の事について、詳しく調べる必要がありそうだ…。


去っていく車の姿をジ…ッ、と見送ってから、自身も一度帰宅する為に車を出す。

明日は、確か…ポアロのシフトは入っていなかった筈だ。

ならば、久々に自分の本拠地へ戻るとするか…。


「貴女の事…調べさせてもらいますよ、キティ…?」


無意識に笑みが浮かび上がってきて、口許を形作った。


執筆日:2016.08.01
加筆修正日:2019.12.04

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