#27:仄かに迸る火花



華やかに彩られた表舞台の裏で、小さな少年は動いていた。

彼女のように自らは表立って立ち回る事が出来ない為に、ひっそりと彼女の知らぬところで影ながら活動しているのだ。

彼は今、一つの小さな個室に閉じ込もり、パソコンを目の前に考え込んでいた。

両手はカタカタと休む事無くキーボードを叩いているが、思考はやや回転を鈍らせていた。


(…ここ最近で起きた事件で、奴等に関係しそうなものがあるかと思ったのだが…大したものは無かったか……。まぁ、気になる点は幾つか挙がりはしたが…それはまた後で調べるとしよう。)


カタン…ッ、とエンターキーを打ったのを切りに、一度手を止めた彼は小さく嘆息する。

身体を一端背凭れに預け、身体の緊張を解すように伸びをし、手足を伸ばす。

その後、足を組み、顎に手を当てると悩み始めた。


(……沖矢昴という男についても調べてみたが、これといった情報は出てこなかったな…。確かに、東都大学院の工学部に所属をしているようだが…いまいち謎の多い男だ。)


パソコンの側に置いてあったアイスティーの入ったグラスを取り、ゴクリと飲む。

アイスティーを飲みつつ、適当にサイトのトピックス欄を巡ってスクロールしていると、気になるニュースを見付け、手を止めた。

そのリンクをクリックして記事を開くと、それは何処かで起きた焼死体事件のようだった。


「―来葉峠にて、車が炎上する殺人事件…?車の車種は、黒いシボレー…。中に乗っていたのは、二十代から三十代と思われる男性で、発見したのは、別の事故現場へと向かっていたパトカーに乗る警察官二名。車は、突然目の前にて爆発。遺体に、拳銃で撃たれた痕跡がある事から、警察では殺人事件と見て捜査しているが…犯人は未だ分かっておらず、未解決事件として扱われている。尚、この事件には奇妙な点が幾つかあり、警察は現在も捜査を続けている……。」


彼は、記事の内容を小さな声で口に出して読み上げた。

そして、事件の内容として出てきた単語に引っ掛かりを覚え、再び顎に手を当て考え込む。


(……確か、奴も同じ車種を気に入って愛車にしていたな…。年齢も、奴と限り無く近い。当時の記事を調べれば、何か出てくるか…?)


手にしていたグラスを一気に傾けて中身を飲み干し、そのまま傍らに置いて作業に没頭する。

勢い良く回り出した思考に、彼の両手は走り出し、キーボードを速いスピードで叩いていく。

頻りにマウスポインターを動かし、スクロールを回す。

ウィンドウを幾つも開いては閉じ、目的の情報をしらみ潰しに調べていく。


(俺の予測が正しければ…奴は、組織のスパイである事がバレ、組織を抜けて本職に戻っていた。しかし、何かをきっかけに再び相見える事になり、奴等の手にかかった…、という可能性もある訳か…。奴の事だから、何か策を練ってから奴等とドンパチ構す筈だが…。もし仮に、本当に死んでしまったとしたのなら…惜しい男を失った事になるな。それも…心の底から親しくしていた、大事な友を、な……。)


少年は、見た目の年齢には似つかわしくない憂いの表情をして、俯いた。

一度、目を伏せると、頭を振り、余計な思考を振り払う。

そうして、もう一度気合いを入れ直すと、画面へと向かって作業を再開した。


一方、その頃…。

彼女とその母親である佳奈絵は、夕食を食べながらテレビの番組について談笑していた。


『…ねぇ、母さん。遥都…また何にも言わずに出掛けちゃってるけど、何処に行ってるんだろうね…?昨日もそうだったけど。今日は晩飯もいらないなんて…。』
「さぁ…?何か、部屋でも色々と調べ事してるみたいだから、それ絡みじゃない…?どうしても気になる事があるみたいだったから。」
『ふぅん…。あんま遅くならない内に帰ってくると良いけど。』
「まぁ、家のパソコンじゃ調べづらい事もあるようだから…?気が済むまで放っておいてあげましょ。」
『…家じゃ調べづらい事、ねぇ…。組織に纏わる事なら、家のパソコンじゃ深く探れないのも無理ないわな。…変に向こうから探知されても困るし…。』


そう言って、梨トは御飯を口の中に放り込むのだった。


―刻は、深夜を示す頃…。

彼は、彼女等の寝静まった頃合いを見て、音も立てずに帰宅した。

リビングに明かりが点いていないのを確認し、部屋へと上がろうとした時。


「―…貴方。」


起きていたのか、キッチンの方から姿を現した佳奈絵が、不意に彼を呼び止めた。


「おかえりなさい…。遅かったわね。」
「……あぁ、ただいま…。起きていたのか。」
「ええ。最後の後始末をしてたし…家計簿付けてたから。」
「…そうか。遅くなってすまない…。もう寝るから、お前も寝た方が良い。」


彼はそう口にすると、彼女に背を向けて、二階への階段を上がろうとした。

だが、手摺に手を添えた時、また彼女から「貴方、」と呼び止められ、足を止める。


「………無茶だけは、絶対にしないでよ。」


ポツリ、と呟かれた言葉には、様々な思いが複雑に入り混じっているように感じられた。

彼はそれを汲み取ったのか、フ…ッ、と口元に笑みを浮かべると、彼女を振り返り、こう言った。


「…努力はしよう…。だが、まぁ、そう心配するな。俺なんかより、アイツの方がよっぽど危険な橋渡りをしてるんだ。これぐらいしなきゃ、申し訳が立たないよ。それに…アレは本来、俺自身が遣らねばならなかった仕事だ…。だから、これだけは譲れないさ。」


それだけ告げると、階段を上がっていく彼…。

その背を黙って見つめる佳奈絵は、切なげに瞳を揺らした。

過去に気付けなかった自分を引き摺り、今も尚、悔やむ気持ちを抱える彼女は、複雑に想いを絡ませているのだった。


執筆日:2016.08.05
加筆修正日:2019.12.04

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