#28:Girl's talk



薄暗く、カーテンの隙間から覗く光が唯一の光源で、淡く部屋を照らしている。

そんな部屋の隅、入口とは反対の壁側を向いた少年は、密かに誰かと連絡を取っていた。

少年は、控えめな小声で言葉を紡ぐ。


「―…………あぁ…、あぁ。それで頼む。くれぐれも、内密にな…。奴の動向と正体、探ってみてくれ。奴の存在が確かになれば、もしかすると…我々の手助けになる奴かもしれない。だから、慎重にな。絶対に気付かれるな…。あと、アイツへの警護も引き続き頼む…。……あぁ、また連絡する。頼んだぞ。」


静かに通話を切った数秒後、部屋のドアが開かれ、彼女が顔を覗かせた。


『…電話してたみたいだったけど、誰だったの…?』
「大した事じゃない…。ちょっと知り合いから連絡を受けただけだ。」
『ふぅん…、そう。私、これからちょっと出掛けてくるけど、留守番良い…?』
「何処に行くんだ…?」
『お裾分けで頂いたタッパーを返しに、沖矢さんの所。』
「…気を付けて行ってくるんだぞ。」
『うん、分かってる。ほんじゃ、行ってきまーすっ。』


軽い調子で出て行った彼女を見送り、窓からしっかり後ろ姿を確認した後、溜め息を吐いた遥都。


―取り敢えず、今暫くは様子を見てみるとするか…。

どちらが先に辿り着くか…見物だな。

奴が、此方に気付いた時の驚く顔が楽しみだ…。


腰掛けていたベッドから降りると、大人しくお留守番をする為、下の階へと下りていった。


―颯爽と出掛けて行った矢先、梨トは困り果てていた。

先日頂いたお裾分けのタッパーを返しに来たは良いが、肝心の家主が居なかったのだ。

ただ気軽に返しに来ただけであったので、敢えてアポを取らずに来てしまったのが仇となったらしい。

彼の連絡先は知っているが、大した用でもないのに掛けるのも申し訳ないし、何より、未だ警戒すべき相手というのもあって躊躇していたのだった。

悶々悩みつつ、工藤邸屋敷の玄関前で右往左往していると、不意に名前を呼ばれて振り返る。


「あれ…?梨トさん?」
『へ……?あ、コナン君…!』
「やっぱり、梨トさんだ…!どうしたの?昴さんに何か用事…?」
『うん…。実は、一昨日、沖矢さんに肉じゃがのお裾分けを頂いて。その時のタッパーを返しに来たんだけど、お留守なようで…。』
「(マジかよ…。昴さん、いつの間に梨トさんと仲良く…?)あぁ、それなら、たぶん夕飯の買い出しに出掛けてるんだと思うよ…?昴さん、大体いつもこの時間に出掛けてるみたいだから。」
『そうなんだ。やっぱ、アポ取ってから来るべきだったなぁ…。』
「え…っ?梨トさん、昴さんと連絡先交換したの…?」
『ううん。向こうが一方的にくれただけだよ?』
「あ…っ、そうなんだ…。(めっちゃ警戒されてんじゃん、昴さん…。)」


工藤邸の入口門の向こうからやって来たコナン君に今の現状を話し、どうにかならないものかと考えていると…。


「…ねぇ、コナン君。その女の人は?初めて見る人だけど…。」
「誰…?この人。ガキンチョの知り合い…?」
「見た目からして、大学生っぽいけど…。」


コナン君の後ろから、制服を着た高校生と思しき女の子が三人やって来た。

コナン君のお姉さんだろうか…?


「この人は、大学生の此瀬梨トさんって言って、この間、僕らがサッカー中の時、頭にボールをぶつけちゃった人だよ!」
『あはは…っ、初めまして。その節はどうも…。』
「そうだったんですか…!あ、此方こそ初めまして…っ。私、この子を預かってる家の者で、毛利蘭って言います。コナン君から話は聞いてたんですけど、頭を打たれて倒れたそうですが、大丈夫でしたか…?」
『ああ、大丈夫大丈夫!ちゃんと医者に診てもらったし、大した事なかったんで…!そんな気にしないでぇー?(だから、もうその話題には触れないでくれ…っ!!)』


誰かと思えば、コナン君を預かっているというお姉さんとそのお友達さんだった。

単に心配されただけなのは分かっているが、如何にも優しげな女子高生の子に悪気も無く心の傷を抉られかけた梨トは精神的にへこんだ。

もう忘れたと思っていたのに…、沖矢さんの件といい、今回の件といい、泣きたい…。


「それで…梨トさんは、この家に何の用だったんだ…?」


ちょっぴりナイーブに陥っていると、黒髪の目付きの鋭い女の子から話しかけられた。

何だか不審者を見る目付きで見られてるけど、私、怪しい者じゃない。

如何にも、訝しんだ目で見られるので、少し気圧されながらも控えめに答える。


『えっと…。一昨日、沖矢さんにお裾分けを頂いたから、その時のタッパーを返しに来たんだけど…居なくて。御礼も兼ねてご挨拶しときたかったんだけど、またに後日にしようかなって思ってたところだったの。』
「ふーん…。あの沖矢って人と親しいんだね?」
『いや、まぁ…其処まで親しいって訳じゃないんだけどね。知り合ってから、まだ日が浅いし…。』
「その割りには、お裾分けを貰う程仲が良さげだけど…?」
「きっと、大学生と院生で歳が近いからじゃないかなぁ…?梨トさん、凄く親しみやすそうだし!」
『えぇ…?そうかなぁ…。私、沖矢さんみたいな底が知れない人、苦手なタイプだから、出来ればあまり関わりたくないんだけどな…。』
「ええっ!?勿体ない…!彼、凄くイケメンなのに!!しかも、優しくて紳士的で、更には料理まで出来ちゃう…っ!これ程条件の揃った男の人、居ませんって!!」
『え、えと…っ。た、確かに、世間一般の女性陣からしたらそうなるかもしれないけど…私は、ちょっと…。』
「でも、彼からしたら、そういう意味合いなんじゃないのか?」
『え…?そうって…?』


キョトン、とした表情で見返すと、彼女は意味有りげな表情で言葉を返してきた。


「彼は、梨トさんに気があるって事さ。だって、そうだろ…?自分が作った料理をお裾分けに行くくらいなんだからさ。おまけに、既に連絡先を渡してるみたいだしねっ!可能性は大きいんじゃないかな?」
『え゙………っ。』
「きっと、そうですよ…!」
「そうに違いないですって!!」
『え、え゛ぇ゛〜……っ。いや、無いでしょ、絶対…。(万が一、そうであったなら即丁重にお断りしたい…っ!!)』


内心で思う気持ちの方が大きい(というか、そっち系の思考はミジンコ程の気持ちも無い)せいで、顔が引き攣る梨ト。

正直なところ、今すぐこの場を去りたい…!

しかし、女子高生達は、一度盛り上がった恋バナから逃してくれる筈もなく…。

小学一年生男子のコナン君の存在を忘れ、更に掘り下げられる事に。


「今回のそのお裾分け以外にも、何かアプローチとか受けてるんじゃないか…?心当たりあるだろ?」
『ぅ゙え゙…っ?や、ま、まぁ…アプローチじゃないけど、夕飯に誘われたりは…。』
「ほら、やっぱり!」
「それ、絶対気がありますよ…!」
「これは脈アリだわね…!」
『いやいや、でも、ちょっとしたお詫びっていう体だったし…っ!』


男の子っぽい第一印象にそぐわず、意外にも攻めてくるボーイッシュな女の子に、タジタジになりながら逃げ道を探っていたところ。

コナン君が助け船を出してくれた。


「ね、ねぇ!梨トさん…!!もし良かったらだけど、そのタッパー、僕が預かろうか?」
『え…っ、良いの…?』
「う、うん…!どうせ、僕、これから博士の所寄る予定だったから。昴さんが帰ってきたら、僕から渡しておくよ!」
『有難う…!じゃあ、お願いしても良いかな…?』
「うん!任せて!(こりゃ、そうとう嫌われてるな、昴さん…。)」


此処に、神現れたり…。

そんな心境で快く引き受けてくれたコナン君に御礼を言いながら、小さな紙袋を手渡した。

取り敢えずはその場から去れる状況に至ったので、この好機を逃すまいと、「それじゃ、私用事あるから…!またねっ!!」と言い残し、足早に去って行った。

黒髪の目付きの鋭い女の子に、何処か見覚えを覚えた気がしたが、今はそれどころではないと足を急かしたのだった。


執筆日:2016.08.09
加筆修正日:2019.12.04

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