#04:眠る羊は夢を見る



何やら、カタリ…ッと小さな物音がして、目を覚ます。

薄目を開けてぐるりと部屋中を見遣れば、視界の端で小さな人物が窓際に向かって歩を進めているのが見えた。

沈黙を貫いていたのも束の間、容赦無くシャッと開かれたカーテンに射し込んできた朝の日差し。

寝起きには刺激の強過ぎる眩しさに、思わず呻きが漏れた。

すると、カーテンを開けた人物が短く、「…起きたか。」と呟いた。


「―Guten Morgen.おはよう。 朝食が出来た。起きろ。」
『……ぅ゙………っ、眩しぃ……っ。』
「もう朝だ。早く起きなさい…。でないと、遅刻するぞ。」
『…ん゙ぅ゙〜…っ、でも、まだ七時じゃんか…。しかも、今日は朝一じゃないし……っ。十分余裕あるから、もう少し寝かせて…。』
「なら、せめて朝食を摂ってからにしろ。」


見た目は小さい癖に、物言いといい態度といい、デカイ上に生意気である。


『…ん゙ー……!ッ、はぁ…。まだ眠いけど、お腹減ってるし…起きるかぁ〜……。そういやぁ、母さんは…?もう起きてんの?』
「いや、母さんなら…昨晩、遅くまで撮り溜めていたというドラマを観ていたからな。もう暫くは起きないだろう。」
『…そっか。んじゃ、朝御飯作ったのって、遥都…?』
「あぁ…。だから、冷めない内に起こしに来た。早く支度をして、降りてきなさい。」
『んー、分かったぁー…っ。』


それだけ告げると、私の“弟”…遥都は、さっさと出入口である扉の方へと向かって行った。

ドアを開け、部屋を出る手前で彼は肩越しに視線をくれ、呟いた。


「…そういえばお前、昨日は随分遅くまで起きていたようだな…。また、例の調べ物か…?」
『え………?あぁ…、うん。そうだよー。』
「……調べるのは勝手だが、程々にしておけよ。お前には学業もあるんだ…それを忘れるな?」


そう言い残し、今度こそ部屋を出て行った遥都。

まだ頭は眠気で覚醒していない気がするが、せっかく作ってもらったので、朝食を食べに行く為、寝間着から服へと着替え一階の部屋まで降りていく。

洗顔を済ませ、頭をすっきりさせてからリビングへ向かうと、朝食の良い匂いが漂っていて、鼻腔を擽り、空腹を刺激した。

丁度良い具合に焼けたトーストの香ばしい匂いに席へと着けば、彼が目覚めの一杯の紅茶を淹れてくれた。


『有難う、遥都。頂きまぁーす…っ!』
「…朝はしっかり食っておけよ。」
『うん…っ。やっぱり、遥都の作ってくれる朝食は美味しいなぁ〜。マジうま…!』
「………今は盗聴なんてされてないだろう?心配せずとも、俺の事は普段通りに呼んでくれて構わん。」
『むぐ?(そう?)…っ、ならそうするよ、“父さん”。』


此瀬梨トは、外国人らしき少年の事を、何故か“父さん”と呼んだ。

呼ばれた少年は、別段気にする訳でもなく、寧ろそれこそが当然の事だとばかりに食事を進め始めた。

梨トは、ぱくぱくと元気良くトーストを頬張り、どんどんと腹の中へと収めていった。


「そういえば、梨ト…お前、また悪い夢でも見ていたのか?」
『へ……っ?どうして…?』
「…今朝、起こしに部屋へ訪れた際、魘されていたようだったからな。…眉間に皺を寄せて眠っていたぞ。」


ふと思い出したように、目の前の少年が呟いた。

全く意識していなかったのだろう梨トは、呆けた顔をして少年を見遣る。


「もしや…また、“例の夢”か…?」
『……うん…。黒ずくめの奴等に勧誘を受けた時の夢を、また見たんだ。…だからだと思う。昨日の晩、どうしても気になってる事があったから…夢中で調べ物してたら、気付いたら日付変わってたから、それで急いで寝付いたのもあるかも…。』
「…そうか。あれから…何か進展はあったか?」
『いや…。“組織に入った”と言っても、まだ形式上なだけで正式にとまでにはいってないらしいから…今度、皆で集合する際に紹介する予定だって。』
「……くれぐれも、無茶だけはするなよ。」
『分かってるよ、ヘマはしない。あの人の事は、一応は信頼して良いみたいだから…安心して。』


喋りながらも食事を進め、ペロリと全てを平らげた梨ト。

静かに手を合わせ、「御馳走様でした。」と静かに告げた。

食べた食器をシンクへと片したら、食後の紅茶をのんびりと楽しむのである。


「……敢えて念を押して忠告するが…注意だけは怠るなよ。」
ja.はいよ。
「今日は、午後からの授業か…?」
『うん。だから、少し遅めに寝ても平気だなって思ってたんだけど…。まぁ、もう一回寝直せば良いか。』
「なら…二時間後、また起こしに行ってやろう。」
Danke.有難う。


少年も食事を終えたのか、軽く口を拭い、カップに淹れられた珈琲に口を付ける。

新聞を手に取ったところを見ると、これからゆっくりと情報収集の時間らしい。

彼女は小さく、「それじゃあ、また少しだけおやすみなさぁ〜い…っ。」と告げ、リビングを出た。

洗面所で軽く口を濯いでから、自分の部屋へと戻る。

予め、携帯のアラームを起きる時刻にセットしておき、再び布団の中へ。

自分の匂いの染み付いた落ち着く空間に身を落ち着けると、梨トはゆっくりと目を閉じた。


―二時間後。

携帯のアラームが鳴り響く中、完全に爆睡していた彼女は、予定通り起こしに来た少年に容赦無く叩き起こされるのだった。


執筆日:2016.05.27
加筆修正日:2019.10.18

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