#05:昼間に佇む悪魔



少年に叩き起こされた後、遅刻する事なく午後からある講義に間に合った梨ト。

この日は、二コマ分の講義を取っていたが、それも終え、サークルにも入っていない彼女は真っ直ぐに帰路へ着く。

梨トには、同じ学科を受ける仲の良い友人が居たのだが、生憎、今日は別の講義に出ていて、尚且つ午前中にあった教科を選択していた為、逢えなかったのだ。

その為、一人で帰り道を歩く事になったのである。


(―えぇっと…今日って確か、バイト休みの日だったよね〜…?なら、このまま直行で帰宅かな…。)


のんびりと歩きながらぼんやりと考える彼女。

人通りの多い道に出て、道路沿いに走る道を進む。

自身の家が在る米花町のとある場所を目指して、緩やかに足を動かしていた。

もうすぐ交差点に差し掛かるかな、という手前で、携帯の着信音が鳴り始め、誰かからの着信が入った事を知らせた。


(あ、電話だ…。誰からだろう?)


そう思いつつ、肩に掛けたバッグに入れていた携帯を探る。

すぐに取り出せるかなと思っていたのだが、気持ちとは裏腹、最初に入れた時のポケットから落ちてしまったのか、底の方へ沈んでしまったようで。

荷物の中に紛れてしまい、奥深くへと入り込んでしまったようだった。

未だ着信音が鳴り響いてくれている事に感謝しつつ、「あっれぇ〜?」と思いながらバッグの中をあさくる。

すると、周囲への注意が携帯の方へ集中して、他の事については散漫していたのか、前方に何かが迫っている事に気付かなかった。

もう少しで取り出せる、そう思った瞬間。


―ぼすんっ。


『わっ。』


信号待ちで立っていた人に思い切りぶつかってしまったのだった。

誰かがぶつかってきた事に、相手はゆっくりと後ろへ振り向く。


『す、すみません…!ぶつかっちゃって……っ。』
「いえ…。大丈夫ですか?」
『あ、はい。前をよく見ていなかったもので…、ごめんなさいっ。』


慌てて目の前の男へと謝罪した梨ト。

怒鳴られたりするのだろうかと不安に思ったが、案外男は心優しい人だった。


「この辺りは交差点や車通りの多い道ですので、気を付けてくださいね。」


そう注意しただけで、優しく微笑んだ男。

薄い茶髪に眼鏡を掛け、ハイネックを着た、若くて優しげな男性だった。

怒鳴られるのかもしれないと心配していた彼女は、ホッと安堵し、「はい、すみませんでした。」と素直に頭を下げ、会話を終了させる。

その間も着信は鳴り続け、掛けてきた相手に申し訳ないと思いつつディスプレイを開く。

すると、其処に表示されていたのは未登録の知らない番号…。

「誰だ?」と訝しげな表情を浮かべるが、次の瞬間、思い出した記憶に手の中で鳴る着信に出る事を躊躇った。

しかし、先程ぶつかった人が目の前に居る手前、ずっと鳴らしっ放しの電話に出ないというのも不自然かと思い、恐る恐る通話ボタンを押して耳に押し当てる。


『……はい、』


緊張で硬くなった自身の声が、機械越しに聞こえた。


<―覚悟は決まった?>


その声を聞いた途端、全身が強張るのが分かった。

電話の相手は、あの時の女からだった。


執筆日:2016.05.28
加筆修正日:2019.11.28

PREVNEXT
BACKTOP