亡き祖父の形見刀



お盆の時期になった。

この時期になると、ウチは毎年亡くなったご先祖様達をお迎えするべく、倉に仕舞ってある遺品を整理し、思い入れがあったとされる品を家中に飾る習わしがある。

何時から始まった事か、何故そんな風習染みたものが存在するのかは分からなかったが、とにかく私が物心付く前の幼い頃からずっとある事らしく。

代々受け継いできた家とその習わしは、代を重ねて伝えられている。

故に、子供の頃から重ねてきた経験から、今年も変わらず例年の如くご先祖様達を迎える準備を行う。

大学生になって家を出てからは、お盆の季節だけは必ず帰省するようにしている。

特に決まり事がある訳ではないが、お盆の時期は大切な期間だから、この時期だけは決まって家族皆が家に揃うのである。

そして、帰ってくるであろうご先祖様達を温かくお迎えし、お盆が過ぎたら気持ち良く帰ってもらうのだ。

その為の準備で、今年も我が家の立派な倉へと立ち入り、大事な形見の遺品を選び出す。

普段から整理整頓と掃除の手が行き届いた倉の中は整然と物が並べられていて、何時もながらに思う。

ウチの自慢の倉は今日も綺麗に整っているなぁ…っ、と。

さて、入口に突っ立って何時までも眺めている場合ではない。

今は、母に頼まれた品を取りに此処までやって来たのだ。

早く其れを探し出して見付けて持っていってやらねば。


『えーっと…母さんに頼まれた壺って何処にあったっけなぁ?確か、去年の夏も出してた筈だから、近場の棚に仕舞われてると思うんだけど…。』


きょろきょろと倉の中に仕舞われた品々を見遣りながら首を傾げる。

ほとんどの物が大事に大事に箱に仕舞われている為、外見からだけでは判別が付かないのだ。

一先ず、骨董品類の並べられた棚の方を探していると…ふと、視界の端に気になる物が映り、其方へと意識を向ける。

視線を向けた先には、とある横長の箱が転がっていた。

其れは、今探している物とは全くの別物だが、不思議と意識を惹かれて、目的の物探しを一時中断し其方へと意識を移した。

部屋の隅に置かれていた其れは、大層大事そうに仕舞われた品物だった。

軽くこの周辺だけ他の物が払われ置かれているという事は、何か特別な事に使われた物だったのだろうか。

何せ、ウチの家は代々古くから受け継がれてきた家だから、そういった類いの物が置かれていたとしても何ら不思議ではない。

横長い長方形の箱は桐で出来た物らしく、しっかりと紐で括られきちんと封をされている事から見ても、高価な物が中に入っているんだろう事が窺える。

試しに何が入っているんだろうかと抱えてみようとしたら、ずっしりとした重みが腕に掛かった。

思った以上のその重みに、慌てて慎重に床上に下ろし、改めて桐箱に触れ、紐を解き、蓋を開けてみたら――何と、中身は一振りの刀であった。

重厚感ある真っ黒な鞘に包まれた刀は、全くと言って良い程飾り気は無く、幾度と使われてきたのか、よくよく見てみると、その真っ黒な鞘には小さな傷が沢山と付いていた。


『へぇ…ウチにも刀なんて物が在ったんだねぇ〜。……まぁ、古くから在る家だから、今更刀が出てこようが其れ程驚きはしないけども。其れにしても、立派な刀だなぁ…っ。此れ、たぶんだけど本物だよね…?』


好奇心に負けて探し物そっちのけで箱から刀を取り出し、手に持ってみる。

手の中に落ちる重さから感じるに、恐らく此れは本物の刀なのだろう事が分かった。

次いで、何の刀なのかを見てみるべく、濃口を切り、鞘から刀身を抜き出してみた。

途端、ギラリ、と鈍く光った刃物独特の耀きに、一瞬だけ心がすくむ。

怪我をしないように気を付けながら、加えて落っことしたりなんてしないように気を遣りながら柄の辺りに視線を落とす。

名のある刀ならば、大抵この付近に号や銘が刻まれているからだ。

思った通り、昔の字で刻まれた銘が其処には彫られてあり、“同田貫正國”と書かれてあった。


『へぇ…この刀、“同田貫正國”って言うのか……。“同田貫”って言やぁ、確か居合い刀とかにも使われてた刀だったよね。…うーん、誰の遺品だろう?此れ…。昔、母さんが爺ちゃんが武道やってたとかどーのとか言ってたから、もしかして爺ちゃんの遺品の一つかなぁ…?』


取り敢えず、刃を剥き出しのままはあまりにも危険過ぎるので速やかに納刀する。

…が、やっぱり気になるので、ちょろっとだけ鞘から抜いてもう一度刀身を眺めてみる。


『………うん、見た目からしてもスッゲェ格好良いな、此奴。飾り気の無いところが、如何にも武器らしいって感じで。ただ真っ黒ってなだけなのも、重厚感あってめちゃくちゃ格好良いよなぁ〜…っ!たぶん爺ちゃんのだと断定して言うけど、爺ちゃん良い趣味してるわぁ〜マジで。もし、まだ生きてたら、今頃手を取り合って語り合ってた頃かもしれないな…!ふへへ…っ。』


もう随分と前に亡くなってしまった祖父を思い出して懐かしむ。

私の祖父が亡くなったのは、私がまだ幼い子供の時で、私が五つになったばかりの頃だったか――今から十五年も前の事になる。

当時まだ子供だった私も、今や二十歳となり、すっかり大人になるまで成長してしまった。

其れだけの時がもう経ってしまったという事だ。

しかし、未だ亡くなってもその存在を偲び悼む者は居るというのだから、きっと祖父も幸せ者である。


『爺ちゃん…あの世でも元気にしてっかなぁ?…って、まぁ、お盆になるんだから、もうじき帰ってくるんだろうけどもさ。』


祖父の形見であろうその刀が大事に仕舞われていた事に嬉しく思うと同時に、未だ綺麗な姿のまま保たれていた事に安堵した。

カシャンッ、と硬い音を鳴らしてきっちり鞘に納めると、再び箱の中へと仕舞う。

そんなこんな、つい昔を思い出し感傷に浸っていたらば、外から私を呼ぶ母の声が聞こえてきた。


「ちょっとーっ、曾祖父ひいじいちゃんの壺まだ見付からないのぉー?」
『あっ、御免ごめぇーん…!今持ってくからちょっと待ってぇーっ!』


うっかり倉に来た当初の目的を忘れかけていた。

母の声に現実に呼び戻された意識を、今度は当初の目的の方へシフトチェンジする。


『あっぶね…!つい、本来の目的を忘れるところだったわぁ〜っ。いっけねいっけねぇ…っ!』


取り出した刀を元在った位置に戻し、紐掛けして封を閉じる。

其れからすぐ近くの棚に在った目的の物を見付け、手に取る。

一応、箱を開けて中身を確認し、其れが今母に指定されていた物である事を確かめ、一人頷く。

よし、目的の物は見付かったから、早く母の元へ戻らねば…っ。

そう思って、一旦倉を出て行こうとした手前で不意に踏み留まり、先程見付けた刀が入っていた桐箱に向かって声をかけた。


『爺ちゃんの形見刀さん、また後でね…!』


片手に壺の入った箱を抱えながら、慈しみを込めて箱の上を一撫でしてから、改めて倉を出て行く。


―私が居なくなった直後…私の呼びかけに応えるように残されたその刀が箱の中でカタリ…ッ、と音を鳴らした事は、誰も知らない。


執筆日:2020.08.17


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